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60代、男子。

不幸だと思っているわけではありませんが、多分誰でも感じるであろう健康への不安とか死の恐怖とかを感じながら日常を過ごしています。

それらからくる精神的不安定をやわらげる目的で(「不純な動機」なのかも?)、禅に就いて本を読んでようかなと思っています。

但し、禅の教義は100年以上昔に考えられたものです。そんな昔(?)に考案されたものが、「変わった、変わった」と言われる現代に通用するのだろうかと気になります。

禅に接した方の参考意見が伺えれば幸いです。

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A 回答 (4件)

禅により何かを得ようというのは間違いです。



禅は、捨てる道です。

今まで築いて来た我を捨てるのが禅です。

禅は理論ではありません。
実践です。


そもそも禅、というのは武士の為の宗教です。
武士というのは戦争のプロです。
そういう武士に求められた宗教が禅です。

当時の武士は、後生のインテリ化した武士とは
異なり、文字も読めないのが普通でした。

そういう武士の為の簡明な宗教として発達した
のが禅です。
だから、小難しい理屈は無いのです。

総てを捨てて、心を空にすれば見えてくるものが
あります。

それが禅です。
そのための座禅です。


以下、私が体験したことです。

真夜中、一人で布団に仰向けになります。
そして、自分はもうすぐ死ぬのだ、と自分に
言い聞かせます。
それを繰り返していくと、本当にその気になります。

そうなると、自分にとって一番大切なモノが見えてきます。
明日死ぬのですから、財産も地位も名誉も大切では
無くなります。

私は怖いので、一度しかやったことがありませんが。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

とてもわかりやすく禅のエッセンスを表現して頂いて、これ以上勉強する必要がなくなったような気持です。^^;

お礼日時:2013/12/21 09:23

私も60代後半です。


この年齢になれば、ご質問の気持ちはよく分かります。

私の場合は「自然に対する畏敬の念」で生きていますので、いろんなことを考える時はいつも何百年も生き続けている木、そして土、川の流れ、海などに答えを求めます。何百年も生き続けている木に寄り添っていると、その過ぎ去った年月にはいろんなことがあり、それを静かに見守ってきたのだと感動します。
木は語りませんがその存在には言葉はいりません。ただただ恐れ入るだけです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

「自然に対する畏敬の念」= 了解です。・・・して、禅との関係は?

お礼日時:2013/12/20 20:09

人が今生に生まれてきた理由は、100年以上昔も 今も 何も変わらないと思います。



肉体を持って物質世界で生きていますが、本質は無ですね。実体がありません。

本を読んでお勉強なさるのも素晴らしいですし、

しかし机上の空論を重ねるよりは、実践が何より一番です。



無の意味、実体がないということの本当の意味を理解されれば、

老いも死も 恐るものでないことが“理解”でなく“実感”できるかと思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

「禅問答」したい所ですが、議論はこのサイトのマナー違反とか。

お礼日時:2013/12/20 20:08

人間は猿からさほど進歩していません。

未だに猿みたいなものです。
現代で変わったのは周辺や表面だけです。本質は猿そのままです。果たして猿に説教が理解できるものやら疑問ですが・・・
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この回答へのお礼

う~ん、わかったようなわからないような・・・。まさに禅問答?

お礼日時:2013/12/20 20:05

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