電球を取り換えるだけで家族を見守る

過去質にて 「同情」に関して様々な回答を拝見しました。

同情による支持 というものが 物事を決定する要因となるのなら
それを 利用するということは 必ずしも 間違いではない

ということかと理解しましたが

私は そのような手段を用いたとしても
死刑廃止の理解を得られるとは思っていませんし
なにより 「正しいこと」を主張しているつもりですので

自分の考えと違うことを主張するつもりもないのです

ほかの死刑廃止を主張する方がたは どういう見解でしょうか?

同情による廃止論に関しては
わたしは 賛成しかねますので
その考えに基づき そういった主張には
反論させていただくこともあるかとおもいますが
見解の違いとご理解の上 ご容赦ください

私の主張に対する反論は
死刑支持意見と同様 歓迎いたします

A 回答 (1件)

私は、現にあるのだから


死刑制度を廃止する必要はないと思いますが


日本でも外国でも
死刑廃止論者になったきっかけが
・身内が殺された(犯人が死刑になった)ことから
死刑について考えるようになって、
・身内のように殺される人がいるのは嫌だ
・死刑も殺人に違いない
と思い
死刑廃止論者になった人が
けっこう 多くいるようです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>私は、現にあるのだから
死刑制度を廃止する必要はないと思いますが
ということは、現状維持の考えでしょうか? だから、日本で死刑が廃止して久しいのなら また復活させることもないみたいな。
でも、死刑を徐々に廃止するのは 道路の右側通行、度量衡や温度の単位、教育システム(6.3.3制)をシフトするより はるかに容易ですけどね。

お礼日時:2013/12/23 09:42

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