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刑法における賭博の定義は、金品を賭ける事はもちろんですが、偶然の要素を伴う勝負である、ということになるようです。
それならば、偶然の要素が存在しない完全情報ゲームである囲碁や将棋で賭けを行っても賭博罪にならないのでしょうか?

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A 回答 (10件)

これは難しい問題を孕んでいますが、東京高裁昭31年1月17日の判例によれば、賭博罪の要素として、「偶然の支配によつて財物を得或いはこれを失う」ことが存することと判示されています。



完全情報ゲームであったとしても、実際に実力がある程度伯仲している者同士の対決であれば、将棋も囲碁も勝ったり負けたりのはずですから、そういう意味では偶然の支配と言えると、一般的には考えられていますが、明快な判例は存在しないはずです。

ただし、あまりにも実力がかけ離れている場合、例えば将棋界のトップである羽生先生と私(将棋の素人)が仮に金品をかけていたとしても、それは私が負けることは第三者から見ても、当事者から見ても明白であり、名目上は「賭けたお金」であったとしても、実質上は「指導料」であって、賭博にはあたらないと判断されることは有りうるのではないかと思います。勿論勝敗が拮抗するように、ハンデ戦であれば、賭博罪に該当するでしょう。
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この回答へのお礼

結局はお上のさじ加減次第なのでしょうか?

お礼日時:2013/12/25 11:02

>そもそも、いかなる勝負事にも何かしらの偶然性が介在することが自明であるならば、旧刑法に偶然の輸贏云々という文言で定義されていたのは何故なんでしょう?



ちゃんと書いとかないと、質問者さんみたいな人間があ~だこ~だと言い始めるからです。
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確かに囲碁将棋というゲーム自体には偶然の要素はないでしょう。

サイコロを振ったり、ルーレットを回したりして駒の行き先を決める訳じゃないからね。

しかし、対戦するのが人間である以上偶然性に左右されます。プロ同士、素人同士など実力が似たものであれば、ちょっとした思考ミスが勝負を左右するし、(相手がどう対応するかでも変りますけどね)どういう思考方法をしてどう展開していくかという部分には偶然性がある。

多少の実力差があっても、例えばプロの公式戦みたいに時間制限があると、うっかりミスも起りやすくなるから必ず格上が勝つとは言えない。そのミスを犯すかどうかというのは偶然としかいえない。(実際に公式戦で「二歩」の禁じ手なんて超初歩的ミスが何度も起きてるし。対局数から言えば微々たる割合だが、絶対100%起きないではない)

これが、プロ棋士対最低限の駒動きしか知らないド素人の平手対局だと勝負の結果は100%決まっているという言い方は出来るだろうが。素人がプロに対してミスを誘うほど厳しい手を指すとは思えず、プロ棋士が勝つのが必然であるとして賭博罪は成立しないかもしれない。(ここまで極端だと賭け自体が成立しないだろうけどね)

たとえ偶然の要素がないゲーム(将棋等)であっても賭の対象となる試合の対局者によっては偶然性がある、つまり金銭(現金・商品券等換金容易なもの)を賭ければ賭博罪に問われる可能性がある。

昼食代とか缶コーヒーを賭けて自分が対局したような場合は「一時の娯楽に供する物を賭けた」として賭博罪は成立しない。というのが私の考え。
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”偶然の要素が存在しない完全情報ゲームである囲碁や将棋で賭けを


 行っても賭博罪にならないのでしょうか? ”
    ↑
残念ですが、賭け将棋は賭博になる、という
判例が出ています。

その理由ですが、質問者さんの見解と異なり、
技量が100%ではなく、偶然の要素があるから
ということです。

しかし、偶然の要素が無いモノなんて、現実に
あるのでしょうか。
科学的に突き詰めると、疑問が出て来ます。

しかし、法律というのは科学とは異なります。
科学的にどうあれ、歴史上、社会通念上、将棋とは
そういうものだ、ということになっている以上、
法的には、賭け将棋は賭博であるということに
なるのです。

ここら辺りが法律のインチキ臭さです。
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囲碁や将棋や麻雀というゲームは、対戦が始まるまでは、相手の力量が図りかねます。


・手を抜いてる
・わざと負けてる
・本気で弱い
・運がない
かどうかだなんて、事前には分からないのです。
だから賭けが成立するのです。

羽生であっても同じA吸棋士と対戦して、100戦して「100勝するわけではありません。
あくまでも勝率です。
羽生自身、今よりは何冠も取っていた時期の方が強いと言われるのは腑に落ちないでしょう。
いつでも今最強なんです。
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>偶然性の有無の部分による犯罪の構成条件を深く論じた回答はないようです。



を語る前に

>偶然の要素が存在しない完全情報ゲームである囲碁や将棋

って前提に誤りがあるので、結果として「囲碁や将棋も賭博になり得る。実際に検挙されるとしたら、掛け金が大きくなった時だけ」って事になります。

因みに、囲碁も将棋も、人間が打つ限りは「うっかり打ち間違える可能性」が排除出来ません。

「うっかり打ち間違える」のは、言うまでもなく「偶然」であり、囲碁将棋で「賭け」をするのは「うっかり打ち間違える偶然性に賭けている」と言えます。

もし「打ち間違い」を完全に排除して「コンピュータ同士で対戦させる」などとした場合、偶然性は排除されるので「賭博」になりませんが、賭博になる以前に「何度やっても同じ過程を辿って同じ結果になるだけ」なので、賭けが成立しません。
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この回答へのお礼

そもそも、いかなる勝負事にも何かしらの偶然性が介在することが自明であるならば、旧刑法に偶然の輸贏云々という文言で定義されていたのは何故なんでしょう?

お礼日時:2013/12/24 16:49

手元にある解説書では、囲碁や将棋の他、野球、ゴルフのようなスポーツだとしても財物を賭ければ賭博罪が成立するようです。


これらは偶然性に欠けていても、その時の体調その他の条件によって日頃弱くても勝つこともあります。
ですから、サイコロの丁半などに限らず、偶然の要素を伴う勝負だそうです。
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この回答へのお礼

確かに厳密に言えばどんなゲームにも偶然性は存在しますね。

お礼日時:2013/12/24 16:42

>偶然の要素が存在しない完全情報ゲームである


この前提が町がつて居ます。
であるなら対戦する前に結果がわかりかつ、複数回行っても同じ結果になるはずです。
現実には同じ対戦でも時により勝敗が変わります。

よって偶然の要素が含まれるので本人が賭けるのであっても賭博罪が成立します。
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この回答へのお礼

つまり、この賭博の定義における偶然性とは「勝負事なのでどっちが勝つかはわからない」ということであって、そのゲームのプレイングにランダムな要素があるかどうかは関係ないのでしょうか?

お礼日時:2013/12/24 16:12

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/4374701.html
を読んでから、もう一度質問して下さい。
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この回答へのお礼

読んで見ましたが、金銭の多寡という視点がほとんどで、偶然性の有無の部分による犯罪の構成条件を深く論じた回答はないようです。

お礼日時:2013/12/24 15:29

予想の的中を争う賭博の範囲に含まれる


と判断されて、それも賭博罪。
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この回答へのお礼

第三者が対局の勝者を予想するなら、そうなると思いますが、対局者自身が金をかけても同じなのでしょうか?

お礼日時:2013/12/24 15:32

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