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戦後のハワイブームが起こるきっかけは何だったのでしょうか?
戦争が終わったとはいえ、つい最近まで敵国だった場所に憧れる理由は何か気になります。
「憧れのハワイ航路」という歌がきっかけと他のサイトで見ましたが、他になにかあるのでしょうか?

gooドクター

A 回答 (4件)

>戦争が終わったとはいえ、つい最近まで敵国だった場所に憧れる



これについては、第二次大戦中に敵国だったのであって、その前は違ったのです。

第一次大戦では日本は連合国側にいました。ドイツは敵国でした。

戦中に教育を受けた子供世代には敗戦後の変わりように複雑な心境になったり(例:養老孟司先生ほか)、負けた反動で、ああいう戦い方をした日本はダメだ、西洋のほうが優れている、と考えるようになったりした人たちもいたようです(例:若い頃の河合隼雄先生など)。

※太平洋戦争は3年半から4年ぐらい。

戦前を知っている大人たちは政治的にも文化的にもずっと鬼畜米英で来たわけではなかったし、都会の人は音楽や映画などの西洋文化にも触れていました。
インテリはドイツ語やフランス語や英語の書物を原著で読んでいましたし、英語を話したり書いたりできる日本人もいたのです(→戦中や戦後の捕虜収容所で通訳役をさせられたり)。

明治政府はお雇い外国人から知識や技術を得ていましたし、昭和に入ってからもキリスト教系の私立学校で外国人シスターの教師たちがいたりもしました。
渡辺和子シスターは陸軍中将の娘でしたが、女学校はフランス系カトリックの学校でした。
(家はクリスチャンではありませんでした)

移住や仕事で海外に住んでいる日本人もそれなりにいたようです。今ほど気軽ではないでしょうが、ハワイもそうですし、米国本土もですし(人種差別はあり)、シンガポールとかフィリピンとかにも。
情勢が悪くなり戦争になるかもしれないという所で、日本に戻ってきた人たちもいます。

戦前には政府や軍から派遣されて英米他に留学したり駐在したりした経験のある人たちもいましたし(例:山本五十六、栗林忠道など。他にも色々)、民間人でも裕福な家庭の子女で欧米に留学していた人もいます(例:白州次郎夫人の正子は米国留学経験あり。次郎は英国留学経験者)

画家の岡本太郎さんは若い頃にフランス留学していました。父の取材旅行に母ともども同行したのがきっかけ。10年ぐらいいて、ドイツのフランス侵攻をきっかけに帰国しました。
もう少し前の時代にはエコール・ド・パリという芸術家の集まりがあって、日本人画家たちも参加していました(フジタもその一人)

戦後のハワイ人気の回答にはなりませんが、
「戦前にはアメリカやその他西洋諸国とわりと仲の良かった時代があった」というご参考まで。

過去のことを水に流しやすい国民性もあるのかもしれませんが・・・・、
変わり身が早いとも。

敵国どころか、戦場も今やリゾート地ですよ。
『グアムと日本人』(岩波文庫)という本があります。
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一番簡単に言えば「日本人が海外旅行にいける場所がそこしかなかったから」です。



歌としての「憧れのハワイ航路」は1948年、終戦からわずか3年後には発表され、映画も1950年に上映されています。

日本人にとってハワイというのは、じつは戦前から有名な「外国」であり、移民も含めて身近な「渡航先」でもありました。もちろん、今のように飛行機で行けるわけではないので、身近と言っても全然今とは違いますが、それでも日本人にとって想像できる「外国」といえばハワイだったわけです。

そのため、終戦後数年の混乱を経て、戦前の活気や華やかだったころを思い出すだけの余裕がでてくると、海外へのあこがれもまた復活します。
しかし、併合していた朝鮮は共産勢力と資本主義勢力の領土争いがくすぶり、中国は内戦の真っ只中、満州はソ連と中国が領土争いをしていて、南洋州であったサイパンやグアムも米軍の基地化で渡航できる場所ではありませんでした。

ですので日本人にとっての外国、唯一行くことができそうな外国としてのハワイがクローズアップされたといえます。

そして、この後飛行機の時代になり、ジェット機の時代になるにつれ、日本人の渡航制限も解除され、飛行機の代金も安くなって多くの人が旅行に行けるようになってきたのですが、その時期にはJTBなどが日本人向けにハワイを開発し始めていきます。

結局、1980年代の後半、バブルの頃に至るまでは、日本人が渡航しやすい旅行先の一番はハワイであり、その次がアメリカ本土、そして安全なのはオーストラリア・ヨーロッパしかなく、韓国や台湾は80年代以前は政情不安定、中国は渡航制限、東南アジアは内戦や政情不安定で、今のように「ハワイに飽きたから、セブ・バリ・それともモルディブ?」のような選択肢はあまり無かったのです。

日本の近隣諸国が観光客を受け入れて発展するようになったのは早いところで80年代初頭、場所によっては90年以降になります。

このようなことから、日本人の目は戦前からハワイにあり、それが戦後も続き、ジェット化による大衆旅行時代になっても、ブランドイメージを損なわなかったのがハワイのすごいところでしょう。
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この回答へのお礼

皆様にわかりやすく丁寧に説明頂けて、とても勉強になりました。
ハワイと日本人の関係についてという事でしたので、大変迷いましたがベストさんにさせていただきました。
ありがとうございました。

お礼日時:2014/01/19 23:47

ハワイブ-ムについて。



1964年日本交通公社がハワイ支店開設

1965年に日本初パ-ケジツア-【ジアルパック】の登場

国際興業のワイキキの名門ホテル買収約90%

1960年代テレビ番組【アップダウンクイズ】商品としての夢のハワイ旅行

1961年壽屋CM【トリスを飲んでハワイにいこう】

などもありますが.

決定的に増加したのは.1988年12月アメリカの観光ビザの免除以後になります。

1964年のハワイ7泊9日364.000円 【大学卒初任給200.000円】
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 戦後のハワイブーム以前に日本人は明治時代よりハワイへ移民しています。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AF% …
 上記のウィキペディアによると1868年から移民が始まり、1924年の排日移民法成立までに22万人がハワイに渡ったそうです。もちろん太平洋戦争開戦の頃には、すでに日系ハワイ人が2世3世だったでしょうし、ずいぶん肩身が狭い思いをしたと想像できます。
 もちろん戦争前には移民した親戚に会いに行くということも合ったでしょうから、ハワイは現在我々が感じる以上に身近だったと思われます。

 まだハワイが「夢のハワイ」と呼ばれていた昭和30年代に「アップダウンクイズ」が人気を得ていました。10問正解で「夢のハワイ旅行」がゲットできたんですね。また昭和40年代になって海外旅行の自由かもハワイ旅行人気に拍車をかけたと思います。

 
 
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