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わが家は浄土宗なので、阿弥陀如来がご本尊なのですが、その両脇に、聖観音と十一面観音を置いてはダメなのでしょうか? あと、できればその足元に七福神を何体か置きたいのですが、それも駄目でしょうか?

宗教的な理由がわかる方、お願いします。

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A 回答 (5件)

寺の坊さんが「それは違う」と文句言うのを気にしなければ


好きにすれば良いんじゃないですかね?

ただ観音像を置きたいとは言っても開眼供養してなければ
ただのオブジェ(置物)ですよ?

仏壇の脇侍として置きたいのか屋敷神(厳密には菩薩だけど)として
勧請するのかどっちかよく考えた方が良いんじゃないかな~。
(まあ観音像も七福神も開眼してなければ単なる縁起物の置物ですね)
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この回答へのお礼

>開眼供養してなければただのオブジェ(置物)ですよ?

そうなんですね。恥ずかしながら知りませんでした。そうすると、開眼供養していただきに来ていただいたお坊さんに、「それはダメだ」と言われる可能性が大きそうですね。事前にメール等で質問しておこうとおもいます。ありがとうございました。

お礼日時:2014/01/21 15:57

 3番回答者です。

他宗派のことながら、補足して置いたほうがいいかなと思ったことがありますので、補足します。

 我が家は浄土真宗の大谷派です。

 で、浄土宗のことはよく知らないわけですが、浄土真宗では、仏壇の中は阿弥陀如来の掛け軸一本です。

 で脇侍の代わりに? 名号もしくは御影(向かって右側に親鸞聖人、左側に蓮如上人)を掛けることになっています。

 実は、私は趣味で、家の中に裸婦像や西洋の女神、毘沙門天や不動明王、千手観音、阿修羅などなどの像を置いているのですが、院主が顔をしかめて、「仏壇に余計な物は置かないように」と言われたことがあります。

 さすがに女神像を置こうとは思いませんが、毘沙門天や千手観音くらい置きそうに思えたのかもしれません。

 供物のお菓子類も仏壇の中には入れるなということでした。神社仏閣のお札やお守りなどもダメだそうです。「今のままでいい、あとは一切ダメ」と釘をさされました。

 今も、ガンで亡くなった母の小さな遺影を入れてあったりして、私もあまり真剣には守っていない浄土真宗の流儀ですが、一応、参考にどうぞ。
 
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この回答へのお礼

>実は、私は趣味で、家の中に裸婦像や西洋の女神、毘沙門天や不動明王、千手観音、阿修羅などなどの像を置いているのですが、院主が顔をしかめて、「仏壇に余計な物は置かないように」と言われたことがあります

そういうルールがあるのですね。もしかしたらお坊さんに何か言われるかもしれませんね。先に仏壇屋やお寺にメールでもしておこうかと思います。

お礼日時:2014/01/21 15:55

 浄土宗となると断定しかねますが、阿弥陀如来の場合「脇侍」「脇立」は観音と勢至菩薩ですので、観音像を置かれてかまわないと思います。



 (三尊来迎図・・・ 臨終に際し、阿弥陀様、観音様、勢至菩薩様が迎えに来て、極楽浄土へ魂を案内してくれるということを表した絵)

 両方とも観音様というのが、ちょっと古式に反するきらいはありますから、何か言う人もいるかもしれません。そう覚悟していれば問題なかろうと思います。同じ仏教ですから。

 脇侍(きょうじ・わきじ)や脇立(わきだち)というのは、古くから「如来」像の左右に控える形で置かれたり、描かれてきた仏様のことです。まあ、如来のパシリということになりましょうか。

 七福神は、厳密にいうと仏教ではありません。毘沙門天(仏教の天部所属)や大黒天(自在天の化身)など仏教所属の神様も混じっていますが、七体まとめたベースの思想は仏教とは無関係。

 従って阿弥陀如来の足下(ということは仏壇の中?)に置くのはおかしいと感じますね。

 まあ・・・ 我が家でも、父がノミで彫った大黒えびすとともに、床の間の「阿弥陀仏」と書かれた掛け軸の下にかざってありますので、知っていてやっているならいいかとは思いますが、お勧めはしません。
  (^_~;;
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。七福神って仏教ではないのですね。恥ずかしながら初めて知りました。サイズが小さいので七福神は如来や観音様の足下に置く形になりそうです。 

別に勢至菩薩や観音菩薩でもよいのですが、手ごろな価格の仏像で、阿弥陀三尊を売っているお店が少ないと思うのです。なので代わりに観音様2体を置きたいと思ったので質問してみました。

お礼日時:2014/01/21 15:53

宗教的なことではないですが、ご本尊様の両隣には質問主様の家系の初代の方ご夫婦の位牌(一つの位牌に二人の戒名が書かれたもの)と先代の位牌を置くのかと思います。



ちょっと見えないところにその他大勢のご先祖様。

宗教的なことを言うと、日本は八百萬の神を祀っておりますので、何を置いても構いません。ブッダも八百萬の一人です。

そうなると、七福神も大丈夫になりますが、仏壇があるなら、神棚もあるでしょうから、七福神は神棚の方がお似合いかと思います。

美術品として七福神を置くなら、床の間や出窓の方が似合います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうざいます。なるほど、大丈夫ですか。七福神は神棚って本当ですか? 一応美術品としてではなく、神様として仏壇にお祭りしたいのですが、むずかしいんですかね。

お礼日時:2014/01/21 15:48

 質問を拝読させて頂きました。


 宗教には、詳しくないのですが、七福神は、好きです!!
 いかがでしょうか・・・?

この回答への補足

わたしもすきです

補足日時:2014/01/21 15:48
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私の父は現在85歳です。最近足腰が弱ってきたせいで行く末を案じて
葬儀の話や墓の話をよくするようになりました。

父いわく「俺は観音様に縁があるから葬儀は長男がいる実家の天台宗とかじゃなくて
観音様に極楽浄土に導いてもらう事が可能なお寺で葬儀を頼むぞ。」と言います。
母は「でもそんな非現実的な事無理でしょ。近所の天台宗のお寺で挙げて貰うのよ。」
と言い返します。
「俺の死後は仏壇などいらないぞ。観音様の横に位牌を置いて拝んでくれればいいからな。
それで十分だぞ。あと卒塔婆は南無観世音菩薩と書くのかどうか知らないが立派な墓等いらないからな。お盆は普通にやってくれ。」と言い返します。仏教の事は詳しくないので私たちは困ってしまいました。

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「観音様に極楽浄土に導いてもらう」のが望みなら、むしろ天台宗のお寺で葬儀をしていただくべきです。

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阿弥陀如来は、人が亡くなった時に、極楽浄土に導くために亡者のもとにやってこられるのですが、その時に観世音菩薩と、もう一方の脇侍の勢至菩薩がいっしょにおいでになります。

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こんにちは。。

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 何人かの手を経ているものでしょうか?(年代からすると、そう思ったのですが・・・)当初から美術品扱いだったのであればともかく、いちど開眼(御魂入れ)され、信仰の対象になっていたものであれば、そのあと撥遣(はっけん=御魂抜き)されたことを確認できるでしょうか?(売買されるものですから、通常、撥遣されているとは思うのですが・・・)

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 美術・工芸品としての仏像であれば、普通に飾ってよいと思います。では。

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Q聖観音菩薩にはどんなご利益がありますか?

1年前小観音菩薩像を購入しました

ネットでどんなご利益があるのか調べましたが色々解釈が違いすぎて良くわかりませんでした

聖観音菩薩にはどんなご利益がありますか?

詳しい方教えて下さい

Aベストアンサー

こんばんは

仏さま、菩薩さま、如来さま・・・いろいろ言いますが仏教は基本的に衆生救済です。
地獄に落ちるところを救って頂いて極楽浄土に迎えてくれる。
あるいは末世・末法の世に現れて、人々を救う。
というのが基本的な性格です。

現世利益を求めるのならば、八百万の神々ですね。
五穀豊穣・商売繁盛の宇迦ノ御霊神(お稲荷さん)とか縁結びのお伊勢さんとか、こちらは人々の欲望にダイレクトに応じてくれます

もっとも神仏混淆が長かった歴史もあり、お寺さんでも現世利益に応じているところも多々あります。
ともかく仏格は垂迹が多く、宗派も多岐にわたり、また由緒や縁起に応じて変幻自在なところがありますね
正直言って「お寺によって、仏様のご利益は違う」くらいに様々です
(観音様も「千手観音」・「馬頭観音」・「慈母観音」、はては「マリア観音」なんて観音様までいらっしゃいます)
そういった現世利益的な意味合いでいえば観音様は「あらゆる衆生を救い、あらゆる願いをかなえる、」オールラウンドプレイヤーと言ってもいいかもしれません
なにしろ、マリア様に変身して隠れキリシタンまでお救いになった方です。

こんばんは

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Q仏像に魂入れは必ず必要か?

仏間に位牌と三具足を置いて毎日手を合わせています。今度、ご本尊の仏像を購入しました。仏壇店では、仏像に魂入れをやってくださいとの事です。その場合、ご本尊の仏像に魂入れは必ず必要でしょうか。仏壇の購入予定はないです。

Aベストアンサー

こんばんは。

魂入れはお位牌、新規に立てたお墓などでよく行われることなのですが、新しい仏像をお迎えになったということは、やはりこれも魂入れが必要になるものと思います。

魂入れとは開眼法要または開眼供養と申します。(ただし浄土真宗では呼び方が異なります。御移徙といいます。)
もともとは造られた仏像には眼を入れなかったんです。お祀りする際に法要を行って新たに目を書き入れるところから開眼と名づけられております。眼を入れるということは、仏法上から見ると「智慧の眼」を開いて仏法の真理を悟ることとされます。

お求めになられた仏像に眼がないわけではなく、お寺様において書くわけでもございませんが、魂入れである開眼供養をすることは、その造られた仏さまに「智慧の眼」を授けることで仏の世界に生き、ご本尊になるということになります。そしてお位牌などの祖霊は本尊となった仏さまの世界の中にお祀りされていくわけです。

詳しくは菩提寺様があるのであれば、そちらにもお尋ねになってみてください。
絶対今すぐにでも魂入れをしてほしいということは言いません。それぞれの事情もあり、すぐにはできないことも考えられるからです。ただご自身が納得されるようでしたら、魂入れである開眼供養をされるとよろしいかと思います。

以上です。

こんばんは。

魂入れはお位牌、新規に立てたお墓などでよく行われることなのですが、新しい仏像をお迎えになったということは、やはりこれも魂入れが必要になるものと思います。

魂入れとは開眼法要または開眼供養と申します。(ただし浄土真宗では呼び方が異なります。御移徙といいます。)
もともとは造られた仏像には眼を入れなかったんです。お祀りする際に法要を行って新たに目を書き入れるところから開眼と名づけられております。眼を入れるということは、仏法上から見ると「智慧の眼」を開いて仏法の真理...続きを読む

Q大日如来様とはどんなお方なのですか?

私は浄土真宗ですがご説教の中に大日如来様の話が出て詳しくしりたいと思いました。

もしよければ教えてください。

Aベストアンサー

 我が家も浄土真宗ですが、浄土真宗の説教に大日如来が出るのは珍しいんじゃないでしょうか。

 というのは、浄土真宗などは仏教の中でも「顕教」と呼ばれる一派に分類されますが、もう一派を「密教」と言います。つまり、別派だからです。

 この密教は、この大日如来(理解の仕方にもよりますが、本来は大宇宙そのものであって物言わぬ仏)から、直接意向を聞いたり、加持祈祷を通じてお願いをしたりしようという仏教を言います。

 空海が中国から持ってきたのが真言宗ですが、空海が渡海した時、空海を一目見た中国真言宗の最高僧が、「遅し!我、汝を待つこと久し!」と叫んだという逸話があります。

 勉学に励んだ空海は真言宗のすぐに最高位に就き、奥義や仏典などを全部日本に持って帰ったために、以後、中国では真言宗は廃れました。数年前、中国に空海像が里帰りしたような記事を見た記憶があります。


 密教では当然、大日如来は宇宙(宇宙を描く曼荼羅)の中心であり、諸仏(如来その他)も大日如来から産まれるものとされています。それ故、諸仏の王とされて王冠を被って描かれたり、彫られたりします。場合によっては装身具も身につけます。

 大本の思想は、帝釈天と戦った阿修羅系の神だそうです。ゾロアスター教のアフラ・マズダ(全生命の根源)・・・ そのものではないようですが、思想的には同系だとのこと。

 一神教は、他宗教信徒に対して「受け入れ」を求めるだけ(拒否すれば死)ですが、仏教のように平和的な宗教では、相手の言い分を認めて受け入れなければなりません。

 有名なところでは、阿修羅は帝釈天と何度となく戦った後、仏教に帰依したことになっています。これなどは、阿修羅を信じる者に、「阿修羅でさえ帰依したんだから、おまえたちも」と言うための方便だったものと思います。

 そう説得するためには、まず阿修羅の存在を認め、次に仏教の中に受け入れなければなりません。

 つまり、平和宗教というのは、いろんな宗教からの影響を受けざるを得ないのです。で、その一つが、大日如来。

 大日如来は、万物の根源であり宇宙そのものですので、かくかくしかじかの容姿であった、こう考えた、というようなことはおそらく伝わっていないものと思います。

 その代わり、というわけではないのでしょうが、金剛界や胎蔵界のそれぞれで、さまざまな仏や菩薩、明王などに変身して人々を教え導くとされています。例えば、不動明王も大日如来の変身姿の一つ(教令輪身)です。

 従って、大日如来そのものを直接知るのではなく、それぞれの仏などの教えや特徴を知って積み上げていくしかないのではないかと思います。
  

 我が家も浄土真宗ですが、浄土真宗の説教に大日如来が出るのは珍しいんじゃないでしょうか。

 というのは、浄土真宗などは仏教の中でも「顕教」と呼ばれる一派に分類されますが、もう一派を「密教」と言います。つまり、別派だからです。

 この密教は、この大日如来(理解の仕方にもよりますが、本来は大宇宙そのものであって物言わぬ仏)から、直接意向を聞いたり、加持祈祷を通じてお願いをしたりしようという仏教を言います。

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Qお線香の本数には決まりがあるのですか。

仏前やお墓にあげるお線香の本数には、何本が好ましいというような決まりがあるのですか?

49日までは、(49日まで用の)祭壇に毎日お線香を1本だけ(起きている時間)絶やさず着けていましたが、春の彼岸ということでお寺さんが来てお経を上げてもらった時は、お坊さんがお線香を2本同時に着けていました。

お墓参りの時は、10数本~1束まとめてお線香を着けていような記憶があります。

そこで質問なのですが、49日までは1本で、それ以降は2本(又は2本以上)といった決まりがあるのですか?

また、仏前とお墓の前とでは、お線香をあげる本数に違いがあるのですか?

ご存知の方、詳しい方、少しでも知っている方、
教えてくださいますようお願いします。

Aベストアンサー

詳しく書かさせていただきます。

私の家は浄土宗なので浄土宗のお話になりますが、
お線香は『仏・法・僧』の意味を込めてそれぞれ1本ずつ、計3本です。
仏は仏様、法はその宗派、僧は、仏様をあの世へと導いてくれた菩提寺の住職へ。という意味です。
ですからお坊さんが来たときには自分から自分へ。なんてことはしないので基本的に仏・法への1本ずつ計2本ということになります。

ですから49日までの飾り棚を見ていただければわかりますように、一人の仏様用です。それに宗派によってですが、ご本尊もそこには奉られていないはずです。
ですからこの場合、仏への1本。ということになります。さて、では49日を過ぎると、仏様はあの世へ到着し、本当に仏様となって、再びこの世に生を受けるための修行をなされます。
そうなると飾り棚ではなく仏壇を使用されますが、
そこからは、仏、法、僧の3本を焚いてください。また、僧を抜かして2本でも構いません。

コレはお焼香(抹香)でも同じです。
よく、通夜式(御通夜)なんかでは3回しますが、
翌日の葬儀式(告別式)では、ホールの方に、お焼香は一回で構いません。
といわれるケースが最近ありますが、通夜では、仏・法・僧の意味で、告別式では故人との別れとのことで
仏だけの1回ということになります。


また、お墓ですが、これまた49日までは一人1本ずつ。その後は特に決まりはありませんが、こういう基準を持つといいでしょう。
まず最低ラインである仏・法・僧の3本に、
そのお墓に入っていらっしゃる仏様の人数×1本ずつ
を一人一人が焚けば宜しいと思います。

ですからお墓に3人入っていらっしゃるのならば6本。5人なら8本ですね。

また、法事などでは一人3本ずつで構いません。が、法事をする対象の故人の人数が2人ならば+1本ずつ。としていけばいいでしょう。
法事のときに一人1本ずつは恥ずかしいですよ。

また、点けてしまってあまったお線香は施主か家族が全部線香受けに入れてあげてください。


ついでに言っておきますが、法事などのお墓参りには
事前に3ヶ月ほど前にお寺さんに出向き、1週間前に確認のため出向いたほうがいいです。その時、お寺ごとは2人で行くのが常識です。また、確認後はお墓へ行き、線香はいいので、お墓の掃除やお花を供えて、当日にやることがないようにしましょう。


ながながとすみません。

詳しく書かさせていただきます。

私の家は浄土宗なので浄土宗のお話になりますが、
お線香は『仏・法・僧』の意味を込めてそれぞれ1本ずつ、計3本です。
仏は仏様、法はその宗派、僧は、仏様をあの世へと導いてくれた菩提寺の住職へ。という意味です。
ですからお坊さんが来たときには自分から自分へ。なんてことはしないので基本的に仏・法への1本ずつ計2本ということになります。

ですから49日までの飾り棚を見ていただければわかりますように、一人の仏様用です。それに宗派によってですが、ご...続きを読む

Q仏壇用の御本尊はどうお迎えすべきでしょうか

浄土真宗本願寺派(西)の者です。

先日父が亡くなり、仏壇を買い求めました。
置き場所や予算の関係から、仏壇はかなり小さめのサイズ(幅43Cmの上置き仏壇)です。
御本尊をお迎えしなければならないのですが、調べていくうちに、正式には本願寺から入手するものだと知りました。
お寺に聞きましたところ、ご本尊は絵像、脇掛けは親鸞聖人と蓮如聖人のご影像となるとのことですが、仏壇が小さいため20代のサイズを三幅飾るのはやや無理がありそうです。

そのような場合、ご本尊だけでも問題がないのか(20代特小)、あるいは無理をしてでも三幅にしたほうがいいのでしょうか。
電話という事もあり、御住職のほうとは深く話しをすることはできなかったのですが、こうしたほうがいいと特に強く勧められるということはありませんでした。

また、仏具店等で売っている町版のものであれば小さいものがあるため、そちらを飾っても問題ないのでしょうか。
仏具店に聞いたところでは、当社でも正式な御本尊を取扱可能ですが、実際は御本尊を本山から正式に授与される方は全体の2~3%程度だとのことでした。

また、これは私の心情的なものなので、お寺の方などにはお叱りを受けそうなことなのですが、仏様を飾るのであれば絵よりも仏像(木仏)を飾るほうが、拝む際にも何となく有難味がある(拝む気持ちが増す)ように思っていたのですが、浄土真宗の場合は実際には逆だとのことですね(文字>絵>仏像)。
ただし、これも仏壇屋の話しでは半数くらいは私と似たような感覚で仏像をお求めになられるとのことでした(と言っても対応的に、利益の出るほうを勧めているというわけではありませんでした)
この仏像に関しても、木仏検査でお墨付きがでるような立派なものではありません。

まとめますと、
1.本願寺公認の正式な本尊のみ
2.本願寺公認の三幅 (置けなくもないが、仏壇内のスペース的にやや無理がありそう)
3.木仏のみ
4.木仏+町版の小さな脇掛け
5.町版の三幅揃い
で、どれにすれば良いのか迷っています(費用の問題もあります)。

私としては本願寺公認の三幅があるということを知る前は4がいいかなと勝手に考えていたのですが、有識者の方にどうすべきかの御意見をお聞かせいただけたらと思います。
よろしくお願いします。

浄土真宗本願寺派(西)の者です。

先日父が亡くなり、仏壇を買い求めました。
置き場所や予算の関係から、仏壇はかなり小さめのサイズ(幅43Cmの上置き仏壇)です。
御本尊をお迎えしなければならないのですが、調べていくうちに、正式には本願寺から入手するものだと知りました。
お寺に聞きましたところ、ご本尊は絵像、脇掛けは親鸞聖人と蓮如聖人のご影像となるとのことですが、仏壇が小さいため20代のサイズを三幅飾るのはやや無理がありそうです。

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Aベストアンサー

おはようございます。

私は浄土真宗(東系)の住職をさせていただく者です。
質問者様はお西ということですが、東と西ではさほど大差はありませんので回答させていただきます。

やはり正式な物は御本山から御下付いただいたご本尊です。
何故、「正式な」ということを申し上げるかというと、御本山からの下付ということは、御本山からお許しを頂いた御本山のご本尊の分身を頂くという事なのです。
お仏壇屋さんの作られた本尊では本山のお許しを頂いた分身という意味合いがありません。
ですので「正式な」という表現を使うのです。

脇掛けはお西は絵像ですね。
お仏壇の場合はやはり正式な物は御本尊も御木像ではなく絵像です。
御木像は寺院のみ許される本尊なのです。
これにはシステムがあります。
御本山は阿弥陀如来の御木像・宗祖親鸞聖人も御木像です。
末寺は阿弥陀如来は御木像・宗祖親鸞聖人は絵像です。
門徒のお仏壇はすべて絵像になります。
これは、御本山の本堂の分身が末寺の本堂であり、末寺の本堂の分身が門徒のお仏壇になるのです。
門徒は阿弥陀如来の御木像をお参りするために末寺の本堂に行きます。
末寺の住職及び門徒は宗祖の御木像をお参りするために御本山に行くのです。
このシステムを崩すことの無いように正式な御下付されるご本尊は絵像となるのです。

三幅のお飾りが難しいようであればご本尊のみということになるかと思います。
御本尊のみでも御本山からの御下付はしていただけます。

このことを踏まえた上でお考えになられては如何でしょうか。

お仏壇は、亡くなられた方が入る場所ではありません。
極楽とこの世をつなぐ出入り口です。
先の人を敬い偲ぶことは大切なことですが、先の人がこの世を卒業されて後、お生まれになられた先(極楽浄土)を拠り所としてお参りする場所です。
質問者様が心からお参りする気持ちになれるようにしていただければと願います。

おはようございます。

私は浄土真宗(東系)の住職をさせていただく者です。
質問者様はお西ということですが、東と西ではさほど大差はありませんので回答させていただきます。

やはり正式な物は御本山から御下付いただいたご本尊です。
何故、「正式な」ということを申し上げるかというと、御本山からの下付ということは、御本山からお許しを頂いた御本山のご本尊の分身を頂くという事なのです。
お仏壇屋さんの作られた本尊では本山のお許しを頂いた分身という意味合いがありません。
ですので「正式な」とい...続きを読む

Q般若心経を唱えてしまった!!

般若心経は一般の方が唱えることはお控えください。というのも、般若心経の霊力は亡くなった霊には無条件で大慈大悲を与える功徳があります。これはこの般若心経の言霊(ことたま=言葉そのものが霊力を持っている)が霊にとっては非常に暖かく明るい光明に見えるのでどんな霊も唱えている人のところへ集まってきます。どんな霊もくるので必ずしもいい霊ばかりとは限りません。般若心経は他の真言と合わせて使わないと無防備で非常に危険なのです

単に般若心経を唱えれば質問者さんにはまったく関係のないその辺にいる霊がどんどんやってきてしまいます。あまりいい死に方をせずに成仏しないで浮遊している霊達が「もっと唱えてくれ~」と次から次へとやってくるのです。唱えるのをやめても霊達はまた般若心経を聞きたくてその場にとどまってしまいます。

ですから一般の方が般若心経を唱えるのは本当は怖いことなのです。防御系に強い菩薩の真言を奏上してその後内観という心の内を澄み切った愛情で満たしたうえでかくなる方法にて般若心経を唱えなくては霊にとってはまったく意味がございません。逆に霊を迷わす原因となります。

上のような文章をみて、どうしたらいいかこまっています。
まったくの素人です。般若心経をとなえてしまいました。しかも実家は浄土真宗なのに。。きいているあいだ、なんだか体がぐらぐらしました。
パソコンから、お坊さんがとなえたものも、聞いました。どうしたらいいでしょうか。こわいです。心を落ち着かせるために、写経をしようとおもっていたのですが、やめたほうがいいでしょうか。。アドバイスください。般若心経は邪を払ってくれると聞いたのですが、悪い霊をよびよせないで、安全な唱え方などはないですか。

般若心経は一般の方が唱えることはお控えください。というのも、般若心経の霊力は亡くなった霊には無条件で大慈大悲を与える功徳があります。これはこの般若心経の言霊(ことたま=言葉そのものが霊力を持っている)が霊にとっては非常に暖かく明るい光明に見えるのでどんな霊も唱えている人のところへ集まってきます。どんな霊もくるので必ずしもいい霊ばかりとは限りません。般若心経は他の真言と合わせて使わないと無防備で非常に危険なのです

単に般若心経を唱えれば質問者さんにはまったく関係のないその...続きを読む

Aベストアンサー

悪い霊は、比較的に午前0時を過ぎて般若心教を唱えると出てくるような気がします。朝、太陽が昇ってから唱えるのが一番効果的に思えます。朝時間がなければ、風呂上りの体をきれいにして直ぐにやれば良いです。それから般若心教に宗派は余り関係ありません。仏教でも神道でも気にするような事はないです。仏教、神道、キリスト教等がどうしてできたとかを考えれば根本は同じです。それぞれの宗派に分かれて多少は、教えが違ってきてますが、根本が同じなので気にする必要はないです。

Q先祖代々の位牌のまとめ方について

こんにちは。先祖供養についての質問です。

先日、複数のご先祖のお位牌を繰出し位牌にまとめたのですが、
位牌のない、それ以前のご先祖の供養もしてあげたいと思うようになりました。
それで、そういった場合、どういう形でお位牌を作ればよいのか、
お分かりの方教えてもらえませんでしょうか?
(例えば、繰出し位牌とは別に、「○○家先祖代々之霊位」という位牌を作る、とか)

どうぞよろしくお願い致します。

Aベストアンサー

位牌は夫婦の戒名を並記して50年まで仏壇にてお祀りを致します。
いずれかが50回忌を迎えますと、先祖代々の位牌へ合祀し纏めます。
今までの位牌が不要になって寺でお焚き上げをなさいます。

繰り出し位牌なるものが有りますが、纏める方法として賢明な策ではありません。
大部屋に閉じ込めるような個々の仏格を否定してはならないのです。
位牌とは夫婦で並び祀ります。
独身死者は単独で。

位牌の頂部には家宗旨の仏種子を刻みます。
纏める先祖の位牌には
仏種子を刻んでから
『◎◎家先祖代々』とします。
霊位とは刻みません、何故ならば霊の位ではないからです。

Q神様や仏様、複数の置物を置くのは、どうなのですか?

神様や仏様や、複数の置物を置くのは、どうなのですか?

部屋に複数の神仏等の像を置くのは、どうなのでしょうか?
「神様たちが仲たがい、喧嘩する」等、聞いたことがあるのですが、、、、

今、部屋にビリケン様が居ます。
先日、骨董店で感じの良い七福神が在りました。
神や仏について無知で、7像ではなく2像でしたが、おそらく七福神だと思います。

自分の宗教は在りませんが、ときどき願いたくなる一般的な凡人です。
像も、そんな‘ときどき’とインテリアとして考えます。

ただ、喧嘩はして欲しくないし、願いをストレートにかなえて欲しいと思い、
七福神?を置く前に、相談したく御願します。

ビリケン様は神様でも仏様でもないようですが...
ビリケン様と七福神の守備範囲も似てるようで、まずいかな?なんて無知をベースに不毛な思いを巡らせています。

よろしく御願します。

Aベストアンサー

なんの問題もありませんよ。日本はそれが許される数少ない国です。(もしかしたら世界でただひとつかも?)

知っての通り日本は「何を信じ、何を重んじるか」は自由です。そして、それらは強制されることはありません。これは憲法にも規定されています。

<日本国憲法>
第20条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

そしてなにより、古の時代から神様は互いに喧嘩しないとされています。だから、神無月にいろんな神様が集まって会議をしたりするとされています。それに、八百万の神ということで日本にはたくさんの神様がいるし皆さん互いを尊重し平和に暮らしている素晴らしい国です。海外では、宗教対立が結構ありますが日本ではありません。それは、日本においてはすべての宗教が互いの思想を尊重しているから。すべての調和がとれているのです。

多重宗教の具体例は、僕らの暮らしにあります。一年の最初に初詣(神道)に行き、彼岸やお盆(仏教)で先祖を尊ぶ、冬にはクリスマス(キリスト教)を祝い、年の最後は除夜の鐘(仏教)で締めくくる。

そして、子供の頃にお食い初め(神道)をやり、死亡したらお葬式はお経(仏教)をあげたりする。

日本では、宗教というものはそれほど重く考えなくて良いのですよ。

なんの問題もありませんよ。日本はそれが許される数少ない国です。(もしかしたら世界でただひとつかも?)

知っての通り日本は「何を信じ、何を重んじるか」は自由です。そして、それらは強制されることはありません。これは憲法にも規定されています。

<日本国憲法>
第20条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及びその機関は、...続きを読む


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