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「日本は島国で海に囲まれている。大軍が海を渡ることは困難で、海は天然の要塞である。だから大陸から侵略を受けなかった(元寇は侵攻だが、占領はされなかった)」という論がよくありますが、おかしくないですか?

 歴史を見ると古代から日本→大陸への侵攻・占領は何度も行っています(三韓征伐から第二次大戦まで)。海が天然の要塞ならば、日本も大陸に侵攻できなかったはずです。なぜ日本→大陸の占領行為は何度も成功して、大陸→日本への占領行為は一度もないのでしょうか?

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A 回答 (11件中1~10件)

「おお、いわれてみりゃそうだな」と思ってちょっと考えてみました。



つまるところ、「周囲が全部海」と「一部が海」の違いなのではないかなと思います。
日本の場合は周囲がすべて海です。ということは、海軍力がないと日本には攻めてこれませんし、日本側としては制海権さえ握っていれば国土は守れるわけです。
一方、朝鮮半島は中国とも地続きで繋がってはいますから、ある程度の陸軍力がないと国が守れません。極論すれば、海軍力は皆無でも陸軍力さえあれば国は守れるとなります。そうなれば、自ずと陸軍中心の国防思想になると思います。また、なんだかんだで日本から攻めてくるのは数百年にいっぺんですから、そう滅多にあることでもないので海軍力強化の関心は薄かったと思います。

日本側とすれば、攻めるにしても守るにしても海軍が必要なので、逆にいえば海軍を整備すればいつでも攻めることができるので、そういう意味で主導権を握っているといえるでしょうね。
朝鮮半島にしても中国にしても、陸軍が中心ですから海軍、特に外洋に出るほどの海軍力を持つ意味がないというのはあったと思います。

元寇が渡洋攻撃だったので失敗したというのは間違いないと思います。元軍はご存じのとおり騎兵が決戦戦力だったのですが、馬って実はすごく船に弱い生き物なのです。日中戦争当時も日本から軍馬を船で運ぶと馬の体調がえらく悪くなって苦労したそうです。元軍も、狭くて不衛生な船に馬が押し込められて、不衛生さも相まって病死する馬が続出して大変だったそうですよ。

日本側からの攻撃の成功率が高いのは、海軍力を持てばいってみりゃどこからでも攻撃ができますからね。朝鮮半島が相手なら、釜山でもいいし仁川でも攻撃できます。朝鮮軍も海軍力を持っていれば九州だろうが北陸だろうが攻撃自由ですが、朝鮮は日本と違って海軍さえあれば国が守れるというわけでもないので、そこまでの海軍力を持つ必要性を感じなかったのでしょうね。
中国は、実は船舶の技術は持ってるんですよ。明時代に鄭和さんという人が大艦隊を率いてアフリカまで何度も航海に出ています。一説には、喜望峰を回って南大西洋を渡り南米大陸に着いたのではないか?といわれています。ルネサンスの三大発明とされる羅針盤だって元々は中国が発祥ですからね。
だけど、なぜだか、どういうわけか中国人は海の向こうに無関心なのです。鄭和さんの功績は彼が死ぬと不思議なほどに中国でも忘れられていますし、南米大陸に渡ったことについても、もしはっきりすれば世界史が書き換わるのですが、中国でも記録が失われているだけではなく、現代の中国人研究者もどうも鄭和さんに無関心な人が多いようです。
中国史上最大の海軍を持ったのは清朝ですが、定遠、鎮遠という大戦艦を持ちながら日清戦争の黄海海戦で日本海軍に敗れています。海が嫌いっぽいんですよね、中国人て。
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海は天然の要塞である。

だから大陸から侵略を受けなかった
  ↓
海は天然の要塞である。だから守りやすい。

ですね。

海や山や川や沼は天然の城壁です。
占領されなかったのは単に日本が強かったからってだけです。

弱かったら、元寇で占領されてますよねw
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頻度と支配体制の問題じゃないの?



頻度の問題で言えば

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%B3% …

1231年から1273年にわたり、繰り返し行った戦争を指す。この間、主要な戦いは6度行われ
以上引用

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E7%9C%9F
。15世紀から16世紀にかけて、満洲最南部の朝鮮に接する鴨緑江や豆満江流域の女真人たちは、たびたび李氏朝鮮に反撃を仕掛け、豆満江南岸地域の争奪を繰り返した。

以上引用


日本→大陸への侵攻・占領は何度も行っています(三韓征伐から第二次大戦まで)
千年以上の中で、数回

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%9D% …

同じ島国で言えば、イギリスは
ローマ帝国による支配

927年にイングランドがウエセックス王国のもとに統一。
1016年 デンマーク王がイングランド占領
1066年 ノルウェー王 ハラールが上陸したが敗れる
1066年 ノルマンコンクエスト成功
1688 名誉革命を、オランダによる占領と言えば言えなくもない(少なくとも、スチュアート家ジェームズ2世側から見れば、国内反乱勢力と結託したオランダの侵攻)

統一が成立して、150年の間は、島外勢力による侵攻・占領の危険が常あったと思われます。
まだ、統一が当たり前の感覚になっておらず、外部生力を引き込む内因があったためかと。

天然の要塞の効果はあるが、その要塞がうまく機能するためには、内部の統制が必要ということではないですかね。

個別の侵攻が成功する成功しないというのは、1066年のイングランドのように、多分に偶然要因がありますが、頻度という点では、陸続きの朝鮮=満州(中国)の関係や、欧州大陸の状況と比べれば、桁違いだと。これが天然の要塞という言葉の意味じゃないのかな。
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『大陸→日本』の侵攻があまりにも少ないのは、それをする


メリットに比べてコストがあまりにも大きいためです。

日本を攻めるのには荒波を渡ることができる大船団が必要
になりますが、それだけの莫大な労力資金を使って得られる
のが『山ばかりの島国』では魅力がありません。それだけの
金があるなら、西域とかベトナムに攻め込んだほうが遥かに
得です。

つまり、『日本海』が侵攻コストを格段に跳ね上げさせている
おかげで、矛先がより安価に侵攻できる地域に向いた、と
いうことですね。

逆に『日本→大陸』の侵攻はメリットがいっぱいです。
広い土地、豊富な資源、進んだ文化、垂涎の的ですね。
多少無理してでも攻め込むだけの価値が出てきます。
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原因は漢民族の中華思想にあります。



中華思想では中原が世界の中心で、其の東西南北に蛮地が存在しています。

そして海は魔物の住む場所となっており、海の果ての地は「神の国」か「化外の地」です。

ですので地続きの朝鮮に与えた印はは銀印で、海を越えた日本は金印だったのです。


そんな中国も明の時代に一度(一次~七次)だけ大船団で鄭和という人物が皇帝の命で大航海を行っております。

航海は第七次まで行われ、最終的にはインドを越えアフリカまで達しております。

しかも西洋の航海と違い壊血病等も一切出さず、諸海戦でも勝利を収め中華の力を示しています。

しかし以降、莫大な費用のかかる大航海は官僚の反対で行われず、朝貢自体も中国からの持ち出しの方が多いので、縮小していきます。(朝貢貿易は正確には貿易では無く、貢物に対する返礼として行われますが、体面上皇帝の下賜する品の方が高価値で、中国側は損するだけなのです)

朝貢国を増やす政策は、威厳は挙がりますが経済的にはマイナスでしかない訳ですね。


そんな中国と言う大国が隣にいたので、日本は海を隔てて安全だと思い込んでいたのです。

それに西洋の国などは中国の脅威が全て遠ざけてくれると思っていたのです。(だからアヘン戦争の報は信じがたかったでしょうね)

勿論日本にはそれに対して、林子平の海国兵談という本を始め、海外事情に通じていて警告を発した人物もいたのですがね。
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> だから大陸から侵略を受けなかった



時の偶然でしょう。
ロシアの極東艦隊がヨーロッパを睨んでいるのと同規模だったならどうなっていたか判りませんしね。
幸いにも中国にはそこまでの船舶技術も無かったのでしょう。
元寇の時も「神風」とか言って居ましたが、台風シーズンと言う『時の偶然』によるものでしょうしね。
そう見れば日本は過去数々の『時の偶然』に救われてきたと言う事でしょう。
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鎌倉時代に日本海がなくて中国大陸と日本が地続きだったら、と考えれば簡単にわかるでしょう。

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日本・韓国双方に記録があるものでも『応永の外寇』(13世紀)ってのがあります。


朝鮮が軍船227隻、兵員17285人を対馬に向けました。
対して日本側の兵士は600人程度。戦力比28倍以上

果たしてその結果は
日本側戦死者百数十名に対して挑戦の戦死者は2000を超え、
朝鮮あえなく敗走だそうです。

結論、大陸兵弱かったが、大陸は広すぎた
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yamada504さん、こんばんわ。



5世紀頃、朝鮮から騎馬民族が侵入し、日本を占領したという学説がありましたが、実否はわかりません。
そんなことはありません。白村江の戦は大いに負けました。また、日中戦争も太平洋戦争も大敗しました。
だけど、日本海は天然の要塞は一種正しいと思います。なぜなら、そのためには船などの準備に大きな出費を伴い時間的にも膨大な日数がかかると思うからです。おそらく、その費用に見合うようなところではないと大陸の国々は思っていたのでしょう。また、近代に入っても、欧米列強はともかく、アジアの国々はそんな余裕はありませんでした。
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個人的な意見です。



やはり海を渡るのは双方にとって大きな賭だったのだと思います。

しかし
大陸から日本へはメリットが少ない。あまりにも辺境地だった。
日本から大陸へはメリットが大きい。日本から見ると大陸はあこがれの地だった。

なので,海を渡ってまで侵攻するのはモチベーションの問題だったのではないでしょうか?

しかし,江戸時代末期には開国を迫られたように,港としての利用価値は上がったのは事実でしょうね。
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Q日本は国際関係的、地政学的に恵まれた立場にいるのではないですか?

現代の国際関係を考えると、以下に書いたように日本は相対的に恵まれた立場にあると思いますが、どうでしょうか?

①アメリカと軍事同盟を結んでおり、他国から攻められる脅威が少ない

②移民、難民を厳しく制限していることから、ヨーロッパのような問題は起きていない

③色々と問題が多い中東やアフリカとは、遠く距離が離れている(ヨーロッパは隣接しているため色々と問題があります)

④中国や韓国とは仲がよいとは言えないが、海を隔てているため直接的な脅威はない

⑤島国で周りを海で囲まれており、また世界屈指の戦力を持つ海上自衛隊があるため、簡単には攻められない。また地続きの国がないため不法移民が侵入しにくい(海上保安庁の力もあるでしょう)。

⑥アメリカやフランスのように他国に武力攻撃を行っていないため、恨みを買いにくい

⑦今後はアジア諸国が経済成長するだろうと言われており、地理的に近いことからビジネスに何かと有利

これだから日本は絶対安心だとは言えないですが、他国と比較すれば相対的に恵まれているとは言えないでしょうか。

Aベストアンサー

おっしゃる通り、相対的には恵まれているとは思いますけれど。

①アメリカと軍事同盟を結んでおり
 ⇒そのアメリカがいまいち信用できない、最近ちょっとましになったとはいえ、東アジア関与に腰がひけぎみ。

②移民、難民を厳しく制限していることから、ヨーロッパのような問題は起きていない
 ⇒今は起きていないが、それだけに備えが不十分ともいえます。この間も対テロ訓練の模様を公開していましたが、失笑しちゃいました。(テロリスト役が隠れていたコンテナから拳銃を上に向けて「撃つぞー!!」って出てくるんだもん。)

③色々と問題が多い中東やアフリカとは、遠く距離が離れている
 ⇒空路はともかく海路は意外に抜け穴が多いそうです。

④中国や韓国とは仲がよいとは言えないが、海を隔てているため直接的な脅威はない
 ⇒中国は空母機動艦隊の創設(6年後ですと)、強襲揚陸能力の向上など、外征能力を着々と整えつつあります。韓国はまあ、あんな感じですが。

⑤島国で周りを海で囲まれており、また世界屈指の戦力を持つ海上自衛隊があるため、簡単には攻められない。また地続きの国がないため不法移民が侵入しにくい(海上保安庁の力もあるでしょう)。
 ⇒管理すべき領海の面積に比べて戦力が不足がちです。実際海自や海保では艦艇の定期整備にも支障が出つつあるとか。

⑥アメリカやフランスのように他国に武力攻撃を行っていないため、恨みを買いにくい
 ⇒彼らの狙いは単純に恨みだけじゃないですし、カネ目当てなら格好の標的になると思います。

⑦今後はアジア諸国が経済成長するだろうと言われており、地理的に近いことからビジネスに何かと有利
 ⇒隣国が面倒くさいのでできることならちょっとハワイ寄りに移動したいくらいです。

 ということで、この相対的なメリットがいつまで持続できるか不安ではあります。

おっしゃる通り、相対的には恵まれているとは思いますけれど。

①アメリカと軍事同盟を結んでおり
 ⇒そのアメリカがいまいち信用できない、最近ちょっとましになったとはいえ、東アジア関与に腰がひけぎみ。

②移民、難民を厳しく制限していることから、ヨーロッパのような問題は起きていない
 ⇒今は起きていないが、それだけに備えが不十分ともいえます。この間も対テロ訓練の模様を公開していましたが、失笑しちゃいました。(テロリスト役が隠れていたコンテナから拳銃を上に向けて「撃つぞー!!」って出てく...続きを読む

Q何で日本は戦国時代に植民地にされなかったんですか?

大航海時代(日本では戦国乱世の時代あたりですよね?)、何で日本はポルトガルやスペインあたりの植民地にされずに済んだのですか?

すいません、もう一つ。

幕末の黒船来航の時は外圧に負けて開港させられ、不平等条約まで結ばされましたが、他のアジア諸国のように植民地にまではされなかったのはなぜなんですか?

私はまるで歴史ド素人なので恥ずかしい質問ですが、宜しくお願いします。

Aベストアンサー

>大航海時代(日本では戦国乱世の時代あたりですよね?)、何で日本はポルトガルやスペインあたりの植民地にされずに済んだのですか?

イスパニア(現スペイン)とポルトガルは当時、世界で植民地獲得競争を繰り広げていた。

1539 年には、ポルトガル国王ジョアン三世の要請を受けて、キリスト教イエズス会のF.ザヴィエルらがアジアでの布教を始めた。目的は植民地支配である。最初から武力を行使すると味方に多数の犠牲者が出るので、先ず先兵として宗教者を送り込み、現地の人々の心を支配しておけば、植民地支配が容易になる、という目論見でした。この方法は成功しました。ザヴィエルらは、日本においても布教を行うべく1549年に来日し、布教を始めました。

ザヴィエルらが日本へ来て知ったのは、ほかのアジア諸国の人民に比べて日本の人民は教養が高く、さらに戦が強いことでした。

1467年に始まった応仁の乱以後、日本国内は乱れに乱れ、内乱時代(戦国時代)でした。戦国の時代は、武器の発達が進みます。さらに武士たちの武闘能力も向上し、剣術や砲術の力が向上します。戦国時代の日本は、世界で最強の軍事大国だったという学者もいます。

そうした事情を知ったザヴィエルらキリスト教関係者が、本国の王へ「日本を植民地にするのは非常に困難です」といった報告をしたものと思われます。

織田信長はキリスト教を公認しましたが、豊臣秀吉はキリスト教を禁止し、キリスト教関係者を国外追放しました。イスパニア王フェリペ二世の日本征服の野望を知ったからです。

徳川政権もキリスト教を禁止しました。その上、鎖国しました。西洋人は日本を征服するチャンスを失ったのです。


>幕末の黒船来航の時は外圧に負けて開港させられ、不平等条約まで結ばされましたが、他のアジア諸国のように植民地にまではされなかったのはなぜなんですか?

日本も植民地にされ、列強によって分割される危険がありました。それを避けられたのは、

(1)人民の教養が高かったから。西洋の外交官は、江戸の町の本屋の店頭で、女や子供が立ち読みするのを見て、日本は植民地にすることはできないとあきらめました。多くの人が文章を読めたのです。(日本よりも西洋の方が文盲率が高かった。)

(1)武士階級が支配していたからです。清(中国)は科挙に合格した文官が支配する国でした。西洋列強の手が隣国に及んできても危険を感じませんでした。しかし日本の支配層は武官(武士)ですから、清が英国との戦争で負けて香港を割譲したことを知り、さっそく日本もやばいぞと危機感を抱きました。武士の仕事は戦争ですから、国の危機には敏感なのです。

(2)徳川幕府の外交が巧みだったからです。大政奉還と王政復古の直後の慶応3年12月16日(1868年1月10日)、15代将軍徳川慶喜が大坂城に6カ国の公使を招いて接見し、「朝廷は王政復古を宣言したが、朝廷側に内部事情があり、依然として徳川幕府が主権者である」と説明し、政権承認の確認を求め、さらに内政不干渉を約束させました。欧米諸国の目にも、この段階では、三職をトップとする新政府の実力は甚だ脆弱であり、国際社会の承認に値する政権とは見えなかったはずです。しかし徳川慶喜が各国に内政不干渉の約束を取り付けた結果、その後の内戦(戊辰戦争)では外国の介入を招きませんでした。慶喜の側近に国際法を理解していた人材が豊富だったからこその成果と言えます。徳川幕府の大手柄と思います。

>大航海時代(日本では戦国乱世の時代あたりですよね?)、何で日本はポルトガルやスペインあたりの植民地にされずに済んだのですか?

イスパニア(現スペイン)とポルトガルは当時、世界で植民地獲得競争を繰り広げていた。

1539 年には、ポルトガル国王ジョアン三世の要請を受けて、キリスト教イエズス会のF.ザヴィエルらがアジアでの布教を始めた。目的は植民地支配である。最初から武力を行使すると味方に多数の犠牲者が出るので、先ず先兵として宗教者を送り込み、現地の人々の心を支配しておけば、植民地...続きを読む

Q貴族や騎士・兵士は何人ぐらいが妥当でしょうか?

貴族や騎士・兵士は一国あたり何人ぐらいが妥当でしょうか?

異世界ファンタジーの世界設定をしているのですが、行き詰っています。
一国あたりの貴族の人数、またはそれに伴った領地の数がよくわからないからです。
モデルとなる時代は14~15世紀ごろです。銃やプレートメイルが普及し始めたぐらいで、船は帆船が主流という設定です。
色々調べてはみたのですが、例えば公爵が何人で伯爵が何人などの具体的な数を探しあてられなかったので、知識人の力をお貸しいただけたらと考えた次第です。
下記の条件で、本当におおまかな数(“少なくとも○人は居て、○人以上だと多い”程度)で良いので妥当な数をお考え頂けないでしょうか。
ちなみに騎士はほぼ騎兵で、歩兵は傭兵を雇うのが一般的ということでお願いします。
■A国
絶対王政
国土面積:約2100万平方キロメートル(現在のロシアと中国の間くらいです)
人口:約5000万人
爵位:公爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、準男爵、士爵
10以上の国を併呑し、統一して誕生した大国。
貴族は文官と武官に別れ、文官は領地を持たず武官は領地を持っている。
士爵は領地を持たず、武勲をうちたてた騎士に贈られる一代限りの爵位。
軍は国の軍(王の常備軍?)のみ。ただ、全員が王都にいるわけではなく、王族を守る近衛兵と、王都を守る兵、国境を守っている兵(全て騎士)に別れる。王都と国境以外の街は、領主が雇った警備兵(庶民)が常駐する。稀に警備兵から騎士に取り立てられる者がいる。戦時中のみ傭兵を雇う。
海洋貿易が盛んで、海軍がある。海軍は貿易航路と海岸沿いを守っている。
同程度の規模の敵国と国境(山と川)を接していて、現在は冷戦中。

■B国
絶対王政
国土面積:約100万平方キロメートル(現在のエジプトくらい)
人口:約255万人
爵位:公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、士爵、名誉士爵
軍事的に強い国ではない。隣国の二国(東西の国)と三国軍事同盟を結んでいる。
あまり裕福ではなく、極端に貧乏でもない。海が無い。
士爵は領地を持たず、武勲をうちたてた騎士に贈られる爵位。世襲制。名誉士爵は伯爵以上の位を持つ者が、何かしら国に貢献した者に与えられる一代限りの位。免税と、街に入る際の優先権が与えられる。
軍の形は海軍が無いこと以外はA国と同じ。
同盟のため東西の守りは薄く、南の国境を重点的に固めている。北は砂漠で、国が無い。

以上です。
そもそも上記の条件の時点で無理があるという場合は、そちらもご指摘いただけたらと思います。


それとタイトル外のことなのですが、上記の設定で色々考えた結果、全世界の人口が二億人ちょっと程度になってしまいました。
ちょっと人口が少なすぎるかなと思うのですが、いかがでしょうか……。もしわかるなら、合わせて答えていただけると嬉しいです。

貴族や騎士・兵士は一国あたり何人ぐらいが妥当でしょうか?

異世界ファンタジーの世界設定をしているのですが、行き詰っています。
一国あたりの貴族の人数、またはそれに伴った領地の数がよくわからないからです。
モデルとなる時代は14~15世紀ごろです。銃やプレートメイルが普及し始めたぐらいで、船は帆船が主流という設定です。
色々調べてはみたのですが、例えば公爵が何人で伯爵が何人などの具体的な数を探しあてられなかったので、知識人の力をお貸しいただけたらと考えた次第です。
下記の条件...続きを読む

Aベストアンサー

●回答・・・14~15世紀の頃ではなくて申し訳ないのですが・・・

○1700年頃(17世紀)のイギリスにおける貴族(公爵~男爵)の数は約180家で、準貴族にあたる准男爵が約800家、騎士爵が約600家。
そして、この頃のイギリスの人口は約900万人で軍隊の規模は約7万人でした。
ちなみに現在のイギリスにおける貴族は公爵が31家、侯爵が36家、伯爵が197家、男爵が495家となっています。
なお現在のイギリスの人口は約6000万人です。

○1700年頃の他の国の人口と軍隊の規模は、
フランス・・・人口約1900万人。軍隊は約35万人。
ロシア・・・・人口約1700万人。軍隊は約22万人。
プロイセン・人口約200万人。 軍隊は約3万9千人。
スペイン・・・人口約600万人。 軍隊は約3万人。

○なおヨーロッパの人口は1600年(16世紀)でも約1億人程度だったそうです。
ちなみにその頃のヨーロッパの人口の約四分の一は、ハプスブルク家の領地に住んでいたと推定されています。

○軍隊における兵士の数は、当然、その国のおかれた周辺の状況にもよってくるでしょう。
戦争状態にあったり、敵対国家が隣接していれば大きな軍が必要になりますし、周辺全てが友好国ならば、軍の大きさも抑え目になる場合もあるでしょう。
前述した1700年頃の人口と軍隊規模からは、人口の約0.5%~約2%程度が兵士であった事がわかります。
ただし、これも絶対というわけではなく色々なケースがあります。
特に傭兵を雇う場合、資金があればかなりの軍を維持できます。
16世紀、「北方の獅子」と呼ばれたスウェーデンのグスタフ2世王は、ドイツに進攻し軍事的成功をおさめ、15万人の軍隊を率いています。
しかし、そもそもこの頃のスウェーデンの人口は約100万人程度しかなく、15万人もの兵士のうちスウェーデン人はその約2割の3万人程度でしかなく、他は現地のドイツ人やイギリス人などの傭兵だったそうです。
ただ、傭兵を雇えばお金がかかります。
グスタフ2世王は現地ドイツの味方の貴族や都市から寄付金を募り、味方でないところの都市や、貴族からは、攻めない略奪しないと約束して、安全保障費を払わせ、軍を維持する資金を得ていたそうです。
ただし、傭兵を雇用し資金繰りに苦しみ失敗した例もあり、それがハプスブルク家です。
前述した16世紀におけるハプスブルク家の領地の人口は約2500万人ですが、この頃、ハプスブルク家の軍は、傭兵を主体に30万人を超えました。戦争も多く戦費も嵩みます。その結果、国の財政は殆ど破綻しています。

■そういうわけで、知恵を絞り、歴史に学び、工夫すれば、かなりの軍を作品内で動員する事が可能になるかと思います。
良い作品ができますようお祈りいたしております。

●回答・・・14~15世紀の頃ではなくて申し訳ないのですが・・・

○1700年頃(17世紀)のイギリスにおける貴族(公爵~男爵)の数は約180家で、準貴族にあたる准男爵が約800家、騎士爵が約600家。
そして、この頃のイギリスの人口は約900万人で軍隊の規模は約7万人でした。
ちなみに現在のイギリスにおける貴族は公爵が31家、侯爵が36家、伯爵が197家、男爵が495家となっています。
なお現在のイギリスの人口は約6000万人です。

○1700年頃の他の国の人口と軍隊の規模は、
フランス・・・人口約1900万人。軍隊...続きを読む

Q江戸末期の日本はなぜ列強の侵略を免れたか

他のアジア諸国がいとも容易く列強に植民地化されていた当時、日本も江戸幕府が脆弱になり内戦が起きていた頃です。 薩長対江戸幕府の争いに乗じてイギリスやフランス、アメリカ、ロシアはなぜ侵略行動を起こさなかったのか、又は起こせなかったのかを教えてください。 当時の列強の国内事情及び列強間の関係、日本の事情を重ねて教えていただけると幸いです。

Aベストアンサー

 当然ながら、侵略行動を起こしています。その方法は、今までインドなど人工の多い国の場合と同様の伝統的な方法で行っています。

 インドでは、敵対的な関係の藩王国に、イギリス・フランスなどがそれぞれ借款による資金提供・兵器輸出をして戦争をさせ、提供した資金の返済に「徴税権」などを担保にして、停戦後にその国の税収を差し押さえ、統治機構を徐々に乗っ取っていきました。(借金返済を拒否すれば、資金提供・武器輸出をしてもらえなくなり、敵対国に負けて自国が消滅してしまうので、欧米列強に対して、自国経済の切り売りをしてしまいました。)

 日本でも、薩摩・長州にはイギリスが、幕府にはフランスが支援し、内戦が長期化しても資金提供(後で返済を要求されますが)・武器供与を継続しますという申し入れを受けていました。

 それに対して、徳川慶喜は、鳥羽伏見の戦いで幕府内の主戦派に「鳥羽伏見の戦い」を戦わせて、幕府の自力では内戦に勝てない実態を体験させた後、戦闘行為を放棄し内戦を事実上終結させてしまいました。

 幕府内主戦派には、幕府の必勝作戦として、薩摩・長州軍が江戸に進軍した時点で、当時東洋一といわれた幕府海軍によって、東海道を遠江・駿河で上陸作戦を行い、物資輸送を遮断し、江戸に入場した朝廷軍を干し上げる戦略が提唱されていました。

 これが実行されていた場合、江戸に侵攻した朝廷軍が壊滅し、フランス兵器で武装した関東の幕府軍とイギリス兵器で戦う薩摩・長州などを主体とした名古屋以西の朝廷軍が対峙し続ける長期戦となり、イギリス・フランスに対する借金がどんどん増えて行き、戦争に勝とうとすれば、日本の国家主権にかかわる領土・権利を担保に、お金を借り続けることになっていたでしょう。

 明治維新時に、日本が植民地化されなかった背景には、欧米列強のアジア侵略のパターンを知っていた人々が、『如何に内乱を短期・小規模化して、政権交代をするか。』という点について、努力を重ねたからです。
 戦力を持ちながら、ほとんど戦わずに政権を移譲した「徳川慶喜」は、日本の植民地化を防いだ、隠れた功労者と言えます。(朝廷側が政権を確立するまでに幕府兵力とまともに戦ったのは、鳥羽伏見と上野の彰義隊程度で、合計二日しかありません。)

 当然ながら、侵略行動を起こしています。その方法は、今までインドなど人工の多い国の場合と同様の伝統的な方法で行っています。

 インドでは、敵対的な関係の藩王国に、イギリス・フランスなどがそれぞれ借款による資金提供・兵器輸出をして戦争をさせ、提供した資金の返済に「徴税権」などを担保にして、停戦後にその国の税収を差し押さえ、統治機構を徐々に乗っ取っていきました。(借金返済を拒否すれば、資金提供・武器輸出をしてもらえなくなり、敵対国に負けて自国が消滅してしまうので、欧米列強に対...続きを読む

Qなぜアメリカは北朝鮮を滅ぼさない?

アメリカは世界有数の戦闘狂国家です ベトナムやイラクやクゥェートとは平気で戦争をするのに
なぜか北朝鮮だけは攻め滅ぼそうとしません
朝鮮戦争での敗北がよほどこたえているのでしょうか?
国連の制裁決議には積極的なのに軍事行動には出ませんし…

やっぱり背後の中国・ロシアが脅威なのでしょうか?
でもそんなのはイラクとか攻めたって周辺国とも戦争になりかねないだろうし…


北にだけ戦争を仕掛けないアメリカの思惑は何でしょうか?

Aベストアンサー

北朝鮮に軍事介入すれば中国が確実に出て来ます。
アメリカは今中国と戦争を行う体力がありませんので、北朝鮮へ軍事介入できないと言うのが本音でしょう。
アフガニスタンやイラクで犠牲を出しましたし、その前のベトナム戦争と言う負がありますので、腰を上げられません。
軍事介入に中国も理解出来る何かを北朝鮮が行えば、アメリカが出てくる可能性は有りますが、
その前に中国が軍事介入して事実上の併合をしてしまうかも知れません。


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