いままで、辛い事やいやなことがたくさんあって
いつ死んでもいいやと思っていました。今なんかとっても幸せで死ぬのが怖いんです。そりゃ人間誰しも一度は死ぬわけだけど今死んだらどうなるの?と思うと死んでもあの世があって現世の行いによっていく所が違うって本当ですか?知ってる方がいましたら教えてください。

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A 回答 (12件中1~10件)

これは私の私感ですが。



基本的に宗教で言うところの、死語の世界は今を生きる為に、『死』への恐怖を
取り去る為にと作られたものだと思いますが・・・(実際には存在しない)。

現代の自殺者などにそれを当てはめるとおかしな事になります。

いつの世にも、『死』への恐怖は確実に存在し、この恐怖に常に直面してこそ
『生』があると言えます。『死』は生き物全てにとって最大の恐怖です。
『死』に恐怖感を持つのなら、『生』きるべきです。

死んでしまえば、人間の存在はなくなってしまいます。存在がなくなれば辛い事
も意味を持たなくなりますが、その一瞬の辛い事(一生を考えると)の為に、
自己の存在を放棄するのは、全くの愚策といえます。

そしてその辛い事とは、本当に辛い事ですか?食事をしている時、便所に入って
いる時等々、いつ何時でも辛いですか?そうではないでしょう。
人生そう捨てたものではないはずです。
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この回答へのお礼

生まれた時から個人個人にはものすごい差があって
なんか世の中って不公平だなとか思っていました。
でも生まれたからには唯一平等なのが『死』なんですよね
色んな人が未練を残さずとのことでしたので悔いなく辛い時は本当に辛かったです。でも時間が努力が解決してきたので自分で放棄することは無いと思います。回答ありがとうございました。

お礼日時:2001/06/05 20:47

なんかすごく難しいこと考えているようですね。

天国と地獄ではないけど、生きている時に良いことをしていた人と悪いことばかりしていた人では違うようなことは聞いたことあるけど、でも死後のこと、生きている時に考えてもどうにもならないのではないのかな?それより生きているというこの時を大切に生き抜くことを考えた方がこれからの幸せにつながるのでは???
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この回答へのお礼

幸せな時って永遠に続くって勘違いしちゃうのかな大切に生き抜くまさしくその通りですね。あまり深く考えないように日々楽しく暮すこと考えたいと思います。ありがとう
ございました。

お礼日時:2001/06/05 20:30

宗教や心理学などの世界には、共通意識のような概念があるようですね。


今生きている人間の意識を表層の意識とすると、共通意識はとして、万物
全てに共通する意識レベルがあり、死ぬとそこに戻るだけだという考え方
があるようです。
SF作家、石川英輔の「未来妙法蓮華経」(講談社文庫)の中に、波の話
として、
「海の波は、目で見ても手で触れても感じられるように、波には現実の姿が
あり存在しているように見える。しかし、よく考えるなら、波とは、海の
水の表面が風や大地の力という原因や条件の変化によって、仮の姿を現し
ているのにすぎないことがわかる。
本当に存在しているのは海の水であって波ではない。波はあくまで大海の
表面に現れた大海のほんの一部の仮の姿に過ぎない。」

というのがあります。
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この回答へのお礼

今が仮の姿だったら本当の姿も是非みたいですね。
好奇心的に考えると死ぬのも怖くなくなるかもしれませんね。回答ありがとうございました。

お礼日時:2001/06/05 20:27

pco1633さんに一票。


悪人も生まれ変わります。
死後の世界は魂が寝むってる状態なのでありません。
話はかわりますが
宗教に頼らなければ善人が増えないのは悲しいですね。
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この回答へのお礼

私は無宗教でそのくせ死ぬのが怖いなんて、かといって
特定宗教にきっと入信も出来ないんだろうって思ってる
ある時はキリスト教でお葬式では仏教で神社に初詣だもんね。まぁ弱い人間の典型かも?回答ありがとう

お礼日時:2001/06/05 20:24

僕はニヒリストなのかもしれませんが、死後の世界というのは、人間がそれがないと不安であるという理由からでっちあげられたものだと思います。


(決して宗教的なことなどを一切考えないでみると)

欲求というのは恐怖が起源であると思います。
飢えという恐怖のあるところに食欲、さみしさという恐怖のあるところに物欲、といった感じです。
jun1953さんと同じように、人類は歴史の中で、死後人間はどうなるのだろう、という不安を持っていました。
死後には何もなかったら恐いということから、死後の世界という想像のものを作り出すことによって安心するというだけの話です。

でも、それによって、人間は宗教観や倫理観を得たのです。
死後に懲罰を想定することで恐怖し、生前に善行を積むべきだという価値観を欲求したのです。

僕はそれが悪いとは思いません。
人間の産物ではあるけれども、非常に面白くできているので。
占いと同じで、いいことだけ信じるというのも方法じゃないでしょうか。
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この回答へのお礼

占いとかと一緒ですかね。いい事だけ信じて都合の悪い事は信じないそのほうがなんにしても楽かもしれませんよね。いつもいつもそんな事考えているわけじゃないんだけどホントに時々ふっと不安にかられるというかたくさんの人に回答もらって恐怖も薄れたように思います。ありがとうございました。

お礼日時:2001/06/05 20:20

>私もとりあえず日々楽しく人に不快な思いをさせない


ように過ごしているんですが、それで間違えはないのでしょうか?

そうですね、死後の世界とは関係なく、人には親切にしたいし、
人に不愉快な思いをさせるのは、自分の考え方に反するので
死後かならず、おまえは地獄にいくのだよ、とある夜、
閻魔様?に告げられてもいまの考え方のまま、生活するでしょう。

とりあえず、目先の現実をたのしく、幸せにすごす方が
あるかわからない、血の池のことを考えるよりも、
たのしいので。
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この回答へのお礼

あはは・・・まったくその通りかもしれませんね。
血の池は考えた事無かったけどあと閻魔様も。楽しく暮すそれが一番ですよね。ありがとうございます。

お礼日時:2001/06/05 20:15

私の家の宗派での教えですが(そんなに詳しくないけど)人は死ぬと


「お浄土」に生まれ変わるのだそうです。(天国みたいなもの?)
お浄土とは観音菩薩様のいる世界で皆平和に暮らしているそうです。
基本的にはこの世に「未練」を残さなければどんな悪人でも生まれ変わる
ことが出来るそうです。(地獄という概念は無いそうです)

で、「未練」を残してしまうとお浄土に生まれ変わるのは無理で
あの世とこの世のはざまで中途半端に苦しむのだそうです。
(もちろん未練が無くなれば生まれ変われる)

この世でもし犯罪を犯して、法で死刑になっても・・未練さえ残さなければ
お浄土にいけるそうです。逆にどんなに善行を積んでも未練を残すと
いけないそうです。つまりこの世で犯罪の被害者で加害者を恨んだまま死ぬと
加害者が生まれ変われても被害者は生まれ変われないそうなんです。

つまり「心の持ち様」ですね。

祖母が死んだ時に本気で「死」について考えましたが、
まあ、きっと祖母が幸せに暮らしてる世界に私も遅ればせながら生まれ変わる
だけと信じて、未練の残らないように今をエンジョイしたいものです(笑)

今生きている世の中を「天国」に!いいですね♪
参考になる意見じゃないけど、まあそんな感じです。
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この回答へのお礼

宗教によっていろいろな教えがあるようですよね。
私も早くに父と兄と母を亡くして残された者としては,あの世で幸せに暮らしているんだと思うことで悲しみから
立ち直ったようなきがするんですけど自分がもしなんて
事を考えるとむしょうに怖くなってしまうことがあるんです。みなさんのご意見は今をしっかり生きる事のようですので今を天国に!頑張りますありがとう

お礼日時:2001/06/05 20:12

もし死後の世界があったら・・・ということ考えてみると、



人間が時を過ごすんだからそこにはそれなりの秩序や道徳があって、そうなると立法・行政・司法も必要だし政治不信や人権・脱税が問題になると思う。
一番偉い神様とかが仕切ってたらそれは封建制度だから革命が起きたりしそう。
これは死んだ人に生前の記憶があったとき成り立つと思う。
死んで記憶がなくなるとしたらそのあとの世界は考えても意味ないですよね。記憶がないんだから。

・・・そうすると、やっぱり死後の世界はないような気がしてくる。

どちらにしても今生きることに損はないですよね。
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この回答へのお礼

そうですよね考えれば考えるほど判らないし要は気の持ちようなのかも知れませんね。ただ魂だとか霊の仕業とかで
超常現象が起きたりするとあの世ってあるのかなぁっておもってしまうんです。変ですかね?回答ありがとうございます。

お礼日時:2001/06/05 20:06

jun1953さん、初めまして!。

こんにちは!!。
実はこの質問も、またまた僕もず~っと同じ思いだったんですヨ!(^^ゞ。
天国とか地獄って、ほんとにあるの!!?って!!。
それで、やっとこの疑問に、ちょっぴり満足できる答えを見つけたのです!!。
それは、ある本に書いてあったんです。
その本は、「TBSラジオ 全国こども電話相談室(1)」という本です!!。
ちなみに、jj3desuさんと同じような答えです!!。
そのまま書くと、違反になってしまうかもしれませんので、良さそうなとこまで書いてみます!!。
小学校2年生の女子から、
「天国に行ったら、どうなるんですか?」という質問です。
答える先生は、永六輔先生です。
「『今生きているこの世を、天国にしましょう』
だれでもいつかは天国に行かなければなりません。だけど、できるだけ行かないで、いま生きているこの世を天国にしましょうよ。
永先生 「いま、楽しい?」
女の子 「楽しいです。」
永先生 「よかった!。学校やおうちで、楽しくすると、今生きてるままで、天国になっちゃうんですヨ!!」。」
こんな内容でした。
俺は、めっちゃ感動してしまいました!!。今読んでも心打たれます!!(^。^)。

jun1953さんの質問に、適した答えではないかもしれませんが、どうでしょうか?。
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この回答へのお礼

天国とか地獄ってあまり考えた事はないんですけど、他の世界があるのかなぁなんて今を天国にしちゃうなんて最高ですよね。ありがとう。

お礼日時:2001/06/05 08:14

「天国と地獄」あるいは「地獄と極楽」とかいいますが、結局は生きている今、感じることのような気がします。



死んでまでそんな苦しい地獄に行かないように、今の世で悪いことをしてはいけませんよという戒めと思っていればいいのではないでしょうか?

怖いのは死んだ後に、誰も悲しんでくれる人がいなかったり、「これは解決しておきたかったのに」というような悔いが残ることですね。
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この回答へのお礼

悔いが無い様に精一杯生きてれば怖くなくなるんですかね
毎日忙しくしているふっとした時考えてしまったり最近理不尽なことで命を亡くしているいる人なんかの事を考えると怖くなってしまって回答ありがとう。

お礼日時:2001/06/05 08:21

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母が亡くなった後、ヘルパーさんから不思議な話を聞きました。

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百箇日過ぎたら、より前向きに生きて行きますのでよろしくお願いいたします。

母の死からもうすぐ100日になります。
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ヘルパーさんのお母様が亡くなった後、百箇日位まで親戚の霊感がある人から、ちょくちょく電話がかかってきてお母様からのメッセージを伝えてきたそうです。
それは、ヘルパーさんの家の中の事で、遠くに住む親戚の人は知らないはず事ばかりでびっくりしました。
百箇日が近づくと、親戚の人に見えるお母様の姿もだんだん薄くなり、メッセージも減ってきたようです。
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そこの窓から出入りしているのを知っているのは、うちの家族だけ。。。
どう見ても、通常は出入りに使うような窓ではないから、従兄が知る訳ないんだよね。
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死んでから、膝の痛みも無く、歩けるようになったんだな~と思ったな。

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涙がボロボロと流れて止まりませんでした。医師からは具体的な余命は告げられませんでしたが、事の深刻さは分かりました。

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退院後も母は前向きに生きていました。それは恐らく、がんになっても何年も生きている人が居ると言う事や治療の効果を期待していたんだと思いますが、私はネットや本、がん患者の家族会に参加したりして聞こえてくる手術が適応出来なかった場合の末期すい臓がんの現実を知ると1年は持たないだろうとは思っていました。

ただ、その時は現実には母は生きているし、同じ家に住んで話もしたり、TVを一緒に見たりしていたので絶望と言う気持ちではなかったのです。ただ、今年の正月の時に家族が集った時に全員で迎える正月は最後だろうなと思って凄く寂しくなりました。

今年の2月に主治医から「検査の結果、抗癌剤治療は中止し、今後は緩和ケアに移行したい」と説明を受けたと母が言いました。その時に母は非常に不安になり初めて弱気になりました。

母、そして家族と相談し、病院が斡旋する在宅看護を受けつつ、他の治療法を探す事にしました。
そこで、4月の初めにセカンドオピニオンとして国立がんセンターに資料を提出し、見解を聞きました。当初、母も同行する予定でしたが、すでに家から外出するだけの体力も無くなっており、私一人で訪問しました。

そこの先生の話では「データを見る限り、早ければ2週間後、長くても一ヶ月持たないでしょう」と言われました。私は久々に大泣きしました。

家に帰ると母は「どうだった?何か他の治療とか紹介された?」と聞いてきました。
私は本当の事は言えずに「先生は、薬は無い訳じゃないけれど、今は体力が落ちているので、その薬が飲めるようになるまで体力を戻す事が先決だと言っていたよ」と伝えました。

母は久々に嬉しそうな顔をして「じゃ、お母さん頑張って食事取るね」と言いました。私は自分の部屋でわんわん泣きました。

実はもう一つ、母には隠していた事がありました。3月一杯で10数年務めた会社を辞めていました。
退職は会社から解雇通告されたからです。解雇理由は「ここ一年の仕事のパフォーマンスが低い」からとの事でした。

私の会社は外資(アメリカ)で確かに成果に厳しく、社員の出入りは激しいです。自分自身良くこんな自分でも10年以上居れたなと思っていました。パフォーマンスの低下は精神的な影響は多分にあったと思います。会社からはパッケージの提案があり、私はそれを承諾しましたが、1つお願いをしました。

それは退職時期を1、2ヶ月遅らせて欲しいと言う事です。理由は、母は私が働く姿を喜んで居てくれていて、このタイミングで自分が無職になったら母に余計な精神的ストレスを与えてしまう、それで死期を早めるような事があっては絶対にならないと考えたからです。

会社が提示した退職は3月末でしたが、自分は母の状況の事を説明し、4月若しくは5月まで延期してくれないか。3月一杯で社員待遇は終わり、身分はバイトでも何で良いから、そして約束の時期がきたら必ず退社すると必死に食い下がりました。上司は一旦は懐柔を見せ、マネージャー会で検討させてくれと言ってきました。

1週間後に上司に呼ばれ「検討したが、決定は変更できない」と言われ3月退職が決まりました。
その時点で私は会社には完全に愛想が尽きていたので、すぐにパッケージにサインし、4月からは「会社からは家族の状況を相談したら介護休暇と言うのをもらえた、だから、当分は自分が母さんの身の回りの世話をする」と家族に説明しました。母は喜んでいました。

母が「あんたは良い会社に入っているね」と喜んでいるのを凄く苦々しく感じましたが、一方これで一緒に入られると嬉しかったです。

在宅でしたので、自力ではトイレも行けなくなっていて、おむつの交換、座薬を入れるなど私と家族で行いました。母は「男の子にこんな事してもらうの恥ずかしい」と嫌がっていましたが、私は「そんな事気にするな、恥ずかしがっている場合ではない」と言いました。確かにおむつの交換、座薬などは最愛の母とは言え、きついです。でも他人に任せたくなった。そう言う汚い部分だけ人に任せて、臨終の時に「お母さん」って泣くのは嫌だったからです。

そして、4/17 夕方母は家族全員に看取られて、最後は私の手を握って、痛みに苦しみながら、荒い呼吸が段々と小さくなって呼吸が完全に停止し、永眠しました。

そして、その日のうちに葬儀会社が来て、葬式が終わり今日に至るのです。

なんかだらだらと長くなってすみません。何が質問かと言うと私は母が死んでから、殆ど泣かないのです。がん告知を受けた時やがんセンターで余命を聞いた時はあれほど取り乱したのに今は何故か冷静なのです。一方、母の葬儀以降、毎日空虚で無気力になってしまい、無職だし、仕事探すとかしなければとは思うのですが、やる気が起きず、母の写真を見たりして過ごしています。

感情が消えたみたいです。抜け殻の様な感じです。
同じような経験をお持ちの方アドバイス頂けたら幸いです。
宜しくお願いします。

4/17 夕方、最愛の母が永眠しました。

昨年の10月に膵臓がんが見つかり、約半年の闘病をしていました。私は小さい時から母が大好きで、この世で絶対に起って欲しくないことは「母の死」でした。

母が死ぬくらいなら、自分が死にたい、死んだ後、精神的に耐えられないと思ってました。ですから、昨年夏頃から調子が悪く、行きつけの病院に行っても原因が分からないとの事で、地域の大病院で精密検査した結果、家族が先生に呼ばれ「病気と治療方針」について病院で説明がしたいと連絡を受けた時は、非常に嫌な予...続きを読む

Aベストアンサー

はじめまして。

今あなたの文章を読んで泣いてしまいました。

私のお父さんも膵臓ガンでした。
あれから約3年経ちましたが、記憶の中のお父さんと被って、久々に泣きました。

私のときは、お父さんが発病したのは、私が中学二年のときでした。
三人家族で私がまだ精神的に幼いと両親は考えたのか、お父さんの病気のことをまだ受け止められないと思い病気のことは黙っていました。

何時間にも及ぶ手術に集まる親戚、心配そうなお母さんの顔…
今思えば自分は本当に幼かった
そんな空気の中でさえ、事の異常に気付かず、盲腸の手術程度に思ってました。
その後の抗がん剤治療も順調に進み、やっとガンだったのかと知りました。

でも中学三年の秋、突然お母さんに涙目で一言
「パパ後3ヶ月しかもたないって…」

頭が真っ白でした。
ガンを克服し会社にまで復活して頑張ってたのに…
この世に神様はいないのかと本気で思いました。
夜一人部屋の中で色んな思いが溢れて泣きました。
私は身近な人で死んだ人がいなかったので、お父さんの死ということがあまり上手く理解できませんでした。
でも、ふとある時、よぎったのは
3ヶ月後は自分の誕生日……
ということ。
なんだか急に現実味がまして怖くなり、これからの人生の色々な思い出のなかにお父さんはあといくつ居られるのだろう…そう思うようになった。

それからお父さんは余命宣告よりも5か月も長く生きました。
でも、みるみる痩せていく体、何度も繰り返す嘔吐…色々なことが私には死が迫ってくるようで怖くて怖くて耳を塞ぎ目を閉じ、この世現実が夢だったらと願いました。
今までずっとお父さんを支えていたのはお母さんだったので、当時の私には一緒に支える方法を知りませんでした。
支えようとするどころか、部屋で一人で泣くことしか出来ませんでした。
だからお父さんはお母さんの前でしか泣きません。
それを見て、私は二人を困らせてはいけないと、泣いてはいけないと誓いました。

高校一年になってすぐ、お父さんは病気と闘いながら死にました。
今でも、お父さんが焼かれて骨になった姿は焼き付いて消えません。

お父さんが死んだあと、家は母子家庭になり、お母さんは自分が守らなくてはと思うようになりました。
当時私は私立の女子高に通っていました。
親の死は女子には格好の話のネタなのは以前別の人がそうだったので黙ってもらってました。
可哀想だとか惨めだと思われたくなくて、学校ではバカみたいにテンションをあげてましたが、家では、部屋で泣きながら勉強してました。
というのも、私立は学費が高かったので、あまり成績はよくありませんでしたが、奨学金を目指し必死で頑張りました。
そのお陰か、高一は奨学金ももらえ、クラスでも1位の成績でした。
でももう心はギリギリで高二の夏に精神を病み学校へは行けなくなりました。
半年ほど、何もやる気がせずただ泣いたり、今の自分に失望したり…
こんなんじゃ、お父さんより私が死んだ方が…なんてことを永遠と考えてました。

だけどある時、自分が心から楽しめるものを見つけ、その時からこんなんじゃダメだと思いました。
もう一度高二からやり直すために転入しました。
今私は一年遅れの高校三年生です。
やっとお父さんの死から立ち直ることができたんです。

私はあなたの文を読んで、隣でお母さんをずっと支えていたあなたを心から尊敬します。
私が目をそむけ、現実逃避しようとした現実から最後まで逃げなかったあなたは誰よりも強いと思います。
今まであなたもずっと闘ってきたのだから、何もやる気がしなかったり、脱け殻のような状態から無理に抜け出そうとしないでください。
そんないまを悲観しないでください。
今は少し心が疲れてるんです。

こんな私が言うのはなんですが、今はあなたのやりたいように、好きなだけ休ませてあげてください。
そうすれば、ある時からきっと生きる気力が湧いてきて前向きにいまを考えることができると思います。
私がそうだったように。

人にはいつか自力で乗り越えなければならないとてつもなく高くて厚い壁が一度は来ると思います。
それを乗り越えたらのなら、私は、あなたは人の痛みや苦しみを、人よりなん十倍も身に染みて理解し、やさしくなれるんです。

壁は逃げれば自分についてきてどんどん高く厚くなります。
だから、たまには外にも出て、壊そうとする努力をしてください。
努力なしに得られるものなんてたかが知れてます。

最後にあなたは一人ではありません。
苦しくなったら、こうやって、いまみたいな場で良いから、吐き出して見てください。

そうすればあなたが一人ではないことに気がつくでしょう。
だから、いまのこの自分をどうか否定しないであげてください。
長文失礼しました。

はじめまして。

今あなたの文章を読んで泣いてしまいました。

私のお父さんも膵臓ガンでした。
あれから約3年経ちましたが、記憶の中のお父さんと被って、久々に泣きました。

私のときは、お父さんが発病したのは、私が中学二年のときでした。
三人家族で私がまだ精神的に幼いと両親は考えたのか、お父さんの病気のことをまだ受け止められないと思い病気のことは黙っていました。

何時間にも及ぶ手術に集まる親戚、心配そうなお母さんの顔…
今思えば自分は本当に幼かった
そんな空気の中でさえ、事の異常に気...続きを読む


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