最近殺伐としたニュースばかりですね。少しずつでも暮らしやすい社会になればと思いますが、政府など行政に頼っても社会問題への対応は鈍いようです。そこで、住民ひとりひとりが心掛ければ実行できる世直しってありますか?
 まず、普段から貴方がこれは直した方が良いと思われる社会問題の具体例と、それを直すために私達はどうすればいいとお考えかをお教えください。
 忌憚のないご意見をお願いします。

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A 回答 (17件中11~17件)

  私も3人の親です。


 2年前に幼稚園で親の講習会が在りました。その内容は「文明が進むと人間が滅びる」だったと思います。 その意味で日本は最先端を行っているのだそうです。 そして、「3つ子の魂百まで」と言いますが、「子供の仕付け」は、9歳までで、それ以降は、更正不可能とゆう、ちょとショキングな内容でした。
 私は、前々から今の日本の問題は、幼児教育に在ると思ってました。 子供は、「遊び」を通して色んな事を学んで行きます。 私はこの「遊び方」に問題が在ると思います。本当に日本は外で遊ぶ子供が少なくなりました。 兄弟が少ないからでしょうか? それとも変質者が多いからでしょうか? 又はファミコンの為でしょうか?  出来れば、小学校で「遊びの時間」を設けて欲しいぐらいです。
 
 それと、今の子供は、謝らないですね。これも親の仕付けですけど、別に、「怒られること」が「悪いこと」では在りません。 その非を認めて素直に謝ればいいのです。 それが社会です。 私は妻に他の子供でも「叱れ」と言っています。 高校生位になると相当勇気が要りますが、最近でも注意して電車で殺された事件が在りましたが、今の若者は、余り注意された事が無いのでは無いのか、もっと注意する人が増えれば、「こんな事には成らない」のではと思います。

 幼児教育もそうですが、日本人は、恵まれすぎて、本当の意味での「大人」と呼べる人が少ない。  早く何とかしなければこの「連鎖」を止める事が出来ないと思います。 なんせ「子供の親が子供」なんですから。
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この回答へのお礼

 domodomoさん、辛辣、且つ有意義なご意見ありがとうございます。
 確かに、学校の生活指導要領や各家庭での教育の在り方こそ現代の悩める日本に一番関係しているのでしょう。しかし、これもなかなか難しく、「これだ!」という手段はないように思います。この頃の電車内での事件なども希薄な人間関係の結果であり、では率先して注意をすると、せいぜい他人事に首を突っ込んでトバッチリを受けるのが関の山という恐怖心が先に立ちます。つい目を背けて寝たふりしてしまうのも仕方ないといえば仕方ない。やはり段階的で着実な方法を考えるべきでしょうね。
 私も、如何にもすぐ「キレ」そうな学生にたばこや態度を注意したことがあります。恥ずかしながら昔は私も結構グレてたので、そういう連中とはウマが合うというか受け入れてくれることが多いのです。そのようなワルの先輩としての立場で諭すように話すと、聞き分けてくれる子もいます。でもこれも決して絶対的効果はありません。逆に殴られてボコボコにされたことも、また何度もあるのです。このような危険を伴う方法は個人的にはお勧めできませんし、賢いとも思えません(殴られた痛さ以上に、自分の無力感でイヤになるんです)。
 継続できる方法で、効果的で、誰にでもできる世直し。「そんなのあったらとっくにやってるさ」と言われそうですが、常に考えたいと思ってます。
 ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2001/06/11 02:45

私が実行しているのは「1人世直し」です。


自分で出来る範囲で自分の力だけででも出来ることからはじめています。
たとえば、ゴミが落ちていてイヤだなあと思ったら、自分でひろう。
電車で立っている年輩者がいたら、「座りますか?」と聞く。
確かなNPOなら、会員になって寄付を続ける。
自分と主張の合う政治家がいたら、後援会員になって話を聞いてもらう機会を持つ。
すべて簡単な事です。人を当てにしないで自分が先頭に立つことです。
そして、いつも世の中に不満を持ち続けることですかね。これが一番難しいことです。怒り続けるには気力と体力がいりますから。
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この回答へのお礼

 素晴らしい!! kensakuyaさん、あなたのような人を待ってました。仰る通りだと思います。そのような行動に出るために勇気、その行為の持つ意味、尊厳、そして、その行為を繰り返すことによって得られる周囲からの信頼、そして僅かな達成感とささやかな幸福感・・・。これこそ今貴重な意識ではないでしょうか?
 このような方が一人でも増えると、もっともっと世の中楽しくなるなぁと思いました。
 大袈裟にはしゃいでしまいましたが、こんな些細な事すらなかなか出来ないのが現状でしょう。とても勇気が湧きました。
 ご回答ありがとうございました。
 

お礼日時:2001/06/11 02:21

ふたたびです。


携帯電話も気になるんです。
どうして、学校に携帯電話がいるんでしょうか?学校というのはあくまでも学ぶところでしょ?時代が違うといわれればそれまでですけど・・・。携帯電話を買い与える親にも問題があるんとおもうんです。それに便乗して携帯電話会社も学割なんて・・・ますます拍車をかけるみたいで・・・。近頃は小学生ももってたりしますよね。中学生なんてメール交換できなきゃいじめられるって・・・なんか困った世の中ですよね。
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この回答へのお礼

 ハハハ、度々貴重なご意見ありがとうございます。ごもっともだと思います。
 ほんの5~6年前には「えぇ!? 携帯電話持ってんの? 凄ぉ~い」と驚いてました(因みに私は一度も持ったありませんし、必要性も感じませんが)。しかしこれも時代の流れとそれに上手く商品を売り込む企業戦略に大半の国民が踊らされているだけではないでしょうか?ただ、一度手にした利便性はそれを上回る程の利便性かまたは害悪の存在に気付かねば手放すことはないでしょう。
 一部のベンチャービジネス業界と通信産業と金融業だけで日々存立している現代日本では、これに気付くのは奇跡的である、とテレビで誰かが叫んでいました。
 う~ん、根は深そうですね。
 ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2001/06/11 02:07

・・・私は3人の子供の母親です。


いつもニュースを見ると思うんですが、母親の愛情が足りないのでは?・・・というか、今の世の中、専業主婦の人が少ないでしょ?母親が仕事を持っていて当たり前の世の中になったじゃないですか?係わり合いの時間が無く、子供にとって莫大なストレスを抱えていると思うんですね。ほんの30分でも子供の話をきちんときくってこと、どれくらいの人がしているのでしょうか?「おかあさんは、貴女のことをしんじているからね」の一言で終わると、子供はもっと自分の話を聞いてほしいってもやもやがつのって、ちょうど17歳の子供がって多いんじゃ・・・。と思うのですが・・・。どうでしょう?
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この回答へのお礼

 hiromakahoさん、お子さんをお持ちの方のご意見はやはり大変参考になります。
 確かに、女性の社会進出が目覚しい現状では、地域によってはもはや専業主婦主体のご家庭は少ないのでしょう。友人曰く、子供に愛情を注ぐ時間的・精神的ゆとりがなく、つい、安易に子供の欲しがる物を買い与えて、それを愛情とすり替えていることに気付くと言います。そして、これこそ親子の信頼や絆の希薄化の根源ではないかと痛感するそうです。
 やはり社会全体がこれらの問題に真に向き合う姿勢が大切だと思いました。
 ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2001/06/11 01:53

確かに行政に対する住民の働きがけでもっとも有効なものは選挙なのかもしれませんが、最近の青少年の不可解かつ残酷な殺人・傷害事件等を見ていると、これに関しては、私たちがそれぞれが何か行動を起こすことで、そういった事件を防げるのでは?と思います。

(思いたくなるといった方がいいのでしょうか?)
青少年の事件で特に都市圏に住む子供たちが多い様な気がします。「キレル」という現象を食生活や普段の生活動態に話を持っていく専門家も多いですが、これも最近の希薄な隣人関係・親子関係が影響することが多いと思います。
私自身小さな頃は大阪のど真ん中のビジネス街に建つマンションに住んでおり、隣に誰が住んでいるかも分からない希薄な隣人関係でした。
現在住んでいるところは郊外ですが、昔ながらの町内会のシステムがあり、子供会の行事も多く、最初の頃は非常に面倒でしんどいなと言う感じでした。ですが、町内の子供たちと接する機会が多くなった分、道で会うと挨拶だけでなく、「これからどこいくの?」とか「気を付けてね」とか次の言葉が出てきたりします。何でもないことでも、そういう風に近づいた付き合いをしていると、子供たちも明るいし、行儀もいいし、思いやりのある子が多くなっている気がします。
よくニュースで「あの子は挨拶もできるし…」とかいう隣人のインタビューもあったりしますが、挨拶だけではどうなんでしょう?
べったりとした付き合いではなくても、会話が気軽にできるほどには会話のできるコミュニティー作りが、「キレル」といった現象をおさえるのに一役買うのでは?
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この回答へのお礼

 sonorinさん、本当にこの頃の頻発する事件や事故は子供をお持ちの方には人事ではありませんね。でも、私のこの様な発言こそ問題です。そう、これは何も親御さんや学校関係者だけの問題ではないからです。ついぞ少年犯罪や情操教育問題に関心や責任を感じた事のない社会人の多い事こそ問題なのではないでしょうか?
 わたしには幸か不幸か子供はいませんし教員でもありません。しかし、だからといって少年犯罪や教育問題に無責任でいる訳にはいかないとも思ってます。私たちは、それぞれの立場からそれらの問題に向き合うことができます。そして、それぞれの主張をすることができます。「キレル」とカタカナで表記されるこの現象にも、もっと国民は意識を持つべきですね。
 その点、sonorinさんを始めその隣人の方々の意識は何気ない路上での会話を作り、笑顔を作り、心の交流を生み出すのでしょうね。
 大変参考になりました。
 ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2001/06/11 01:40

DEMERARA151さんと同意見ですが、投票に行く事だと思います。



確かに棄権も参政権行使だとは思いますが、だったら白票を投票した方が有意義だと、私は考えてます。
投票率が低い事よりも、多量の無効票が出る事の方が、より問題提起になるでしょう。

また最近は投票率が50%を割り込んでいます。
つまり如何なる結果でも棄権票の分だけで覆せるって事です。

文句を云う前にまず投票。

因みに私は、投票権を得てから十数年になりますが、1度も棄権した事は在りません。
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この回答へのお礼

 MidnightHawkさん、全く同感です! この点、下のDEMERARA151さんもご一緒ですね。しかし、積極的選挙参加は正攻法として有効でしょうが、これはその時期が限られており、あまり即効性は期待できませんね。日々発生する身近な問題に対して少し迂遠であることも実情でしょう。
 私は、きっとこれまでも国民(住民)と政府(地方行政)がぴったり息の合った瞬間は一度もなかったのではないかと思うことがあります。
 では、選挙期間にはきちっとした意思表示をして投票するとしても、それだけに頼っていては政治家だけに全てを押し付けてしまうような気がしてなりません。もっと自分一人にでも出来る行動の中で即効性を持ち、且つ確実な世直し!ゴミを見つけたら拾うのもいいでしょう、お年寄りに優しくして上げるのも大切なことだと思います。でも私にはそんなことしか浮かびません。皆さんからもっとご意見を頂きたいと思います。
 ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2001/06/11 01:18

「選挙に行く」ことです!!(キッパリ)

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この回答へのお礼

ごもっとも!! わたしも選挙はどんなことがあっても絶対行くことにしています。たとえ碌な候補者がいなくても棄権したりしません。「自分一人くらい棄権したってどうってことない」と思っている国民のおかげで民主主義が上手く機能しないのでしょうし、そんなふうに無責任に権利を放棄する人に政治をとやかく言う資格はないと思ってます。むしろ、選挙権は権利ではなく公務としての側面を持ったれっきとした義務だと思ってます。
 有権者ひとりひとりが地方行政や国政にもっと関心と責任を持つ社会になればいいと思います。その意味では、現小泉内閣は面白いですね。
 ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2001/06/11 00:55

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