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高校受験のとき、数学を一生懸命勉強して偏差値70台の高校に進学しました。とくに図形の問題は塾でつめ込まされました。しかし、高校に入ってから特に図形を中学の知識で解く能力は、高校での数学の授業でほとんど役立たなかったという感想をもっています。

また、経験はしていませんが中学受験の数学の入試問題の内容を見ると、中学数学の知識があれば簡単にとける問題も、変な理屈でこねくり回して解くみたいな印象をうけました。受験生は、進学したら役立たなくなる知識をつめ込まされているという印象をもっています。

そう考えると、大学受験でも、似たような問題が起こりそうな気がします。
大学数学で解いたほうが楽な問題もありそうな気がします。
大学で役立たない知識をつめ込まされるような気がします。
特に、理学部数学科以外の大多数の理系学生のことを考えると、それが気になります。

結局、大学受験での数学は、役だつのでしょうか?

また、中学受験、高校受験の数学の役立たなさについて、どう考えればいいでしょうか?

つべこべ言わずやれ、というご回答は厳禁です。

ちなみに、偏差値の高い大学に行くには仕方がないということは理解しています。

A 回答 (9件)

まあ、質問者さんの言っていることは、ある程度は真ですけど。


当然の話ですけど、大学受験での数学は、「大学の入学試験に受かる」ことが目的であって、そもそも「大学での数学の勉強の役に立つこと」は「大学受験数学」の目的ではありませんから。
ただ、大学に入らないと大学での数学の勉強はできない、かつ、大学に入るには「大学受験数学」がいるわけで、「大学受験数学」ができないと「大学での数学」はそもそも勉強する機会がありませんけどね。

>とくに図形の問題は塾でつめ込まされました。
それは、確かにご愁傷様。
一般論として、数学っていう教科は、「前の単元の内容をきちんと理解していれば次の単元も必ず理解できるし、逆に前の単元を理解していなければ次の単元は絶対に理解できない」というふうになっているのですが。
小学校から大学受験までの算数・数学の中で、これが成り立たない唯一の単元が、初等幾何です。
初等幾何は、完全に行き止まりの単元なんで、全く理解していなくても、事実上、以降の数学の勉強にはほぼ影響はありません。


また、中学入試の算数は、そもそも「頭の良さ」を調べるものであって、「数学の力」を調べるものではありません。
「この紙をはさみを使わないで切りなさい」という問題文を前にして、「はさみ使えば切れるのに」とか言っても仕方ない、というか、そもそもこの問題は「はさみを使わないでいかに紙を切るか」という臨機応変の頭の良さを測ることが目的なわけで。
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やりたくない、そのための理由が欲しいってことでしょうか。


なら理由など必要ないので止めてしまえばよいです。それであなたが落ちぶれようと私は知ったことではないですが。

役に立つこと以外は必要ないというなら、いったい何が必要なのか考えてみたらいかがでしょうか。

高校程度で教えられる知識というのは、非常にごく一部の、すべての学問で入り口というか入門というか基礎というか、そういうものです。ですが、それでさえ、あなたにとって今まで知らなかったことばかりではないでしょうか。

新しいことを知ることは、悪いことでも苦痛でも無いはずですよ。
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>高校受験のとき、数学を一生懸命勉強して偏差値70台の高校に進学しました。

とくに図形の問題は塾でつめ込まされました。しかし、高校に入ってから特に図形を中学の知識で解く能力は、高校での数学の授業でほとんど役立たなかったという感想をもっています。


つまり質問者はそういう勉強しかしてこなかったというわけです。それが誰の場合もそうだとは思わないでください。しっかりと勉強できる人はこんなバカな無駄な感想は全く持っていません。数学にしろ物理にしろおよそ学問と名のつくもの道は無数にあり、すべて有機的につながり、いわば完成度の高い領域を形成しており、いかなるアプローチも有意義です。それが実感できるまで、勉強をやり直してください。

ユークリッド幾何と解析幾何は等価性が証明されており、どちらを使うかは使うものが決められるという優れものです。文句を言ういわれは全くありません。


>そう考えると、大学受験でも、似たような問題が起こりそうな気がします。
大学数学で解いたほうが楽な問題もありそうな気がします。
大学で役立たない知識をつめ込まされるような気がします。
特に、理学部数学科以外の大多数の理系学生のことを考えると、それが気になります。

たかが高校、中学での数学で前述のような感想しか持てないなら、この心配は全く妥当です。その通りになるでしょう。それが嫌なら数学なんてやめるべきです。学問すべてやめたほうがいいでしょう。
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 >つべこべ言わずやれ、というご回答は厳禁です


質問に対するこの制限の仕方はいただけませんね。自分が満足できるものだけを求めようとしていることがありありと見えもします。自分の考え方とは違うといって異なる見解の存在を頭から否定してしまうのでは、「如何なる科学の領域」にも立ち入る資格はありませんから 笑
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後、微積分と線形代数は理系大学では


最初からわかっているものとしてスタートするので
みっちりやっておくこと。
基本言語なので、役に立つ/立たないという
次元じゃないです。
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問題を何のために解いたか考えてみましょう。


最初は初歩的なアプローチで解いて、理解を深めたのでは
ありませんか?

学習が進めば用済みの手法も出てくるでしょう。
それは悪いことですか?

あなたはその時の知識量に応じた手法で学んで
育ったのではありませんか?
それは無駄なことでしたか?
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 この問題はね、「役に立つか立たないか」との二元的思考で考えるから意味がないことを先ずはお話ししておきます。


 一つの問題を解くには、その「解き方」にも幾つかの異なった「方法」があるとのこともご存知でしょう。一つの結論に至るなら、どの解法を用いようとも自由です。けれどもここに一つの原則もあります。その方法を適用して、もし結論に疑義が生じたなら、その原因を答えに求めるのかそれとも方法論に求めるのかといった、過程分析に関する根本的な問題です。
 質問者の場合は「数学」と言っていますが、他の受験生にすれば、それは「受験のための○○」と同じ話です。実際に高校程度の知識で政治学や歴史学の領域で専門性を問えるかといえば、ノーとなります。文学や哲学の領域でも同じです。
 大学で扱う問題の立て方は高校までのそれと全く異質な世界である事も知っておいて損はないでしょう。最初から答が用意されている高校までの勉強スタイルに比べ、学部以後は「正解のない問題」に対し、どの様にアプローチするかとの分析視角と方法論の選択を行うと同じに、その分析視角や方法論に対しても検証せねばならないとの厳しさが求められもします。
 受験で判定されるもの、の正体が何であるかと考えたことはありますか?。中学校から高校に進む段階での受験も、高校から大学に進む段階での受験でも、高校や大学での勉強の仕方に対応できるだけの「理解能力があるかどうか」を判断するための材料でしかありません。ですから、高校の授業内容に中学校で得た知識をそのまま適用しても意味はありません。高校の授業で得た新たな知識をベースにした問題の解き方を学ぶことに重心があるといえます。実際に高校受験で高校の授業内容を出題しますか?、或いは大学受験で大学の専門課程であつかう内容を出題しますか?
 偏差値云々は全く関係のない話です。もし受験生の資質を本質的に問うならば、その場で論文を一本書かせるだけで全てを判断することができもします。でもそれでは殆どが不合格となりますから、そうした本来の形を大学が求めなくなってしまいもしたのが現実です。実際にそれ程高校生全体の資質は低下してもいます。
 入る前と入った後では、自らを取り巻く状況が異なることを先ずは理解することから始める必要があるようですね。
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受験をメインに考えるから違和感があるのですよ。

自分が学びたい分野を決めて進路を定めるのであれば、少々関係ない分野でも解けるぐらいの頭の回転は必要ですね。理数系で伸ばす能力は、論理的思考力です。まあ、脳への肥料ですな。だから、頭の回転効率を鍛えればいい。
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わたしが大学や大学院で学んだ内容は、社会人になってから役に立っていません。


しかし、学ぶプロセスで得たもの(物の考え方、調べ方、整理方法、覚え方など)
は毎日役に立っていると思います。

はっきりいって、微分積分を使えばすごく簡単な問題を、中学レベルにひねくり回して
考えるのは、問題を解くにあたって有益ではありません。 ただし、新しい問題を
解くにあたって、解法を考えるにあたって、それをやってきたことはプラスになる
はずです。 
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