『L・DK』上白石萌音&杉野遥亮インタビュー!

どういう意味ですか?

風が立つ?

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A 回答 (5件)

文法的に考えれば「風が立った」であり、意訳すると「風が通り過ぎた」、「風が吹いた」でしょう。



 「ぬ」に関して、考えられる日本語は、古文の打ち消し(否定とほぼ同じ意味です)の助動詞「ず」の連体形と(こちらも古文の)完了・強意の助動詞「ぬ」の終止形です。「立ち」は明らかに動詞であり終止形は「立つ」であり、打ち消しの「ず」は未然形接続なので「立たぬ」になるはずであり、本来は「立たず」になるはずです。
 
 打ち消しの「ず」が「ぬ」になるのはその後ろに名詞などの体言(名詞など)が必要か、係結びの時です。つまり「風立たぬ場所」や「ぞ~風立たぬ」等です。この両方でも結局は動詞は未然形接続である必要があるため(未然形接続では「立た」になるはずです)にこうした解釈(「ぬ」が打ち消しの意味)は文法上はできません。

 その結果、この「ぬ」は打ち消しではなく、完了の「ぬ」であるといるのが妥当で一番上の解釈になります。
 私自身あの映画を見ましたが、主人公の奥さんが風となって主人公に触れる・それを主人公が感じているものと解釈しています。死んでいった人を心にとどめながらそれでも前向きに生きていくべきという志を宮崎駿さんは示しているものと考えています。小説のタイトルでもありますが、映画化にあたってタイトルも変更できたはずですし、あの映画内容と言葉の意味からそう解釈できます。

 ただ、以下は風立ちぬのウィキですが、これをしっかり読めば答えはありますよ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E7%AB%8B% …(%E5%B0%8F%E8%AA%AC)
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「風立ちぬ」の「ぬ」は完了の助動詞「ぬ」の終止形です。

「立つ」についての追加情報です。「立つ」の意味は辞書で見れば分かりますが、「月が立つ」と言って「月の初め」を意味します。「つきたち」→「ついたち」(朔日・一日)はそこから来た言葉。「春・夏・秋・冬」らも「春立つ」のように言います。それらが「立春・立夏・立秋・立冬」とも呼ばれます。「霧が立つ」のようにも使います。宝塚少女歌劇出身で映画や新劇の俳優であった、昭和期の女優の芸名が「霧立のぼる」でしたが、ここから採ったものでした。
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風がたった、風が吹いた



「ぬ」は完了の助動詞で、連用形と結びつきます。

「立つ」は古語では四段活用で、「ち」が連用形。

現代では「ぬ」は否定に感じますが、
否定はもちろん、未然形と結びつきます。

しかも、「ず」が終止形で、「ぬ」は本来、連体形です。

風立たず
だと、「風が吹かない」

現代では連体形の「ぬ」を終止形としても使っています。
同様に「ん」も否定になりますが、
これはもともと、「む」という推量・意志を表す助動詞です。
未然形と結びつくのは否定と同じです。

「あらん限り」「言わんとする」
のような「ん」は本来の「む」の意味で、否定ではありません。

しうる、のような表現もそうですが、古語が現代語に残る例はありますが、
古語の用法と現代語の用法がごちゃまぜになりがちです。

「うる」は連体形でしかなく、
終止形としては現代語としては「える」とすべきで、古語なら「う」のはず。
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「風立ちぬ」は堀辰雄の作品の名からきたもので、例のアニメの中で、主人公の名を「堀越二郎」としたのも、堀の作品を意識したものでしょう。

ストーリーそのものは別物ですが、愛する人を失うという点で通じるものがあります。
 堀の「風立ちぬ」は高原のサナトリウムで療養する若い女性と婚約者の男性との愛を描いた中編小説です。
この療養所は長野県富士見高原病院の一部として保存され手います。「風立ちぬ、いざ生きめやも」という有名な詩句は、作品冒頭に掲げられているポール・ヴァレリーの詩『海辺の墓地』の一節“Le vent se lève, il faut tenter de vivre”を、堀辰雄が訳したものである。

 「風立ちぬ」は「風が吹き始めた」の意味です。
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よくわかりませんが、風は立つ ではないですよ。



ぬ がついているので風は立たないの方が正解に違いかと。
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Q堀辰雄の『風たちぬ』

日本語学習者でございます。

ある教科書に堀辰雄の作品、『風立ちぬ』の紹介がありました。

『ヴァレリの詩「海辺の墓地」中の一句「風立ちぬ、いざ生きめやも」から表題をとった中篇小説』
と書いてありますが、
それは日本の古文かな?と思ってて調べたら、全句の翻訳が見つかりました。
でも、古文を勉強したことがありませんので、文法的にはいまいちわからないのです。

『風立ちぬ』ってなぜ「立ちぬ」なのか、みたいなことまで知らないぐらい古文についてまったく知識がない私に、
その詩の意味を説明していただけませんか。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

堀辰雄の
「風立ちぬ、いざ生きめやも」の部分を説明すればよろしいのでしょうか? 

・風立つ: 風が出てきた。
「立つ」とは、その時に、風が一回だけ、さあっと通り過ぎたというものではなく、今まで静かだった辺り全体に、風が吹き始めたという感じです。

・(風立ち)ぬ: 完了・強意の助動詞終止形。
動詞が示す動き(ここは風立つ)が完了したことを示します。

ということで、「風立ちぬ」は「風が立った」とか「風が出てきた」などと考えればいいと思います。

・いざ: さあ、いよいよだ
「さあ、でかけよう」にくらべて「いざ、出発」と「いざ」を使うと強い意思を感じるようになります。

・(生き)め: この場合は意思の助動詞「む」の已然形
 意思:生きていこうか
 「可能」ととれば「生きることができるだろうか」になります。しかし、ここは意思でしょう。

・(生きめ)やも: 反語の助詞
「~か、いや~ではない」

ということで、「いざ生きめやも」は「さあ、生きていこうか、いや死のう」という意味になります。

しかし、出典である堀辰雄の「菜穂子」の内容からいけば、「生きていこうか、生きていくまいか、いや生きていくぞ」という意味の方が合っています。大学では、「文法と解釈」を考える題材としてよく取り上げられるようです。

ちなみに、もともとのヴァレリーの詩は、
「風が立った、私たちは生きようとしなければならない」といような意味です。この意味であれば、読者が望む形で「菜穂子」の内容ともピタリ合致します。しかし、堀辰雄はそう書かなかったわけです。「なぜでしょう?」というのがポイントになるのでしょうね。

この問いには正論はあっても正解はないと思います。

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1600841

堀辰雄の
「風立ちぬ、いざ生きめやも」の部分を説明すればよろしいのでしょうか? 

・風立つ: 風が出てきた。
「立つ」とは、その時に、風が一回だけ、さあっと通り過ぎたというものではなく、今まで静かだった辺り全体に、風が吹き始めたという感じです。

・(風立ち)ぬ: 完了・強意の助動詞終止形。
動詞が示す動き(ここは風立つ)が完了したことを示します。

ということで、「風立ちぬ」は「風が立った」とか「風が出てきた」などと考えればいいと思います。

・いざ: さあ、いよいよだ
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Q目処(めど)と目途(もくと)

目処と目途の使い分けについて教えてください。
送り仮名に違いがありますか。
PC辞書で「めど」の変換を探すと目途が入っているのもありますね。
これは明らかに誤用ですよね。

Aベストアンサー

めどはやまと言葉ではないでしょうか。もしそうなら漢字は当て字であり、どちらが正しいというものでもなく、世間で一般的にどう使い分けされているかということに過ぎないと思います。

広辞苑ではめど(目処)もくと(目途)と分けて記載されているだけで説明がなく
不親切です。朝日新聞社の漢字用語辞典では、めど(目処、目途)とあり、私のPCでも、めどで両方が転換できます。

解決のめどがつくとか、目標達成のめどが立ったなどと使われるので、
ものごとがその完成、実現にちかずいたということを意味し、目標とは若干ニュアンスが異なると思います。目標は高くとは言いますが、目途(目処)は高くとはいいませんね(この部分は蛇足です)

Q「風そよぐ」は正しい?

「そよぐ(戦ぐ)」を辞書で引くと、どの辞書でも「風に木の葉などがそよそよと音をたてているさま」などと書いてあり、一見したところ「風そよぐ」はおかしように感じます。「そよぐ」のは風ではなく、あくまでも葉や穂の方ですからね。

しかし、一般に「風そよぐ」が使われているのは、百人一首の98、
「風そよぐ ならの小川の 夕暮れは みそぎぞ夏の しるしなりけり(従二位家隆)」
を本歌として引いたものだと考えられます。

この歌は、京都にある「ならの小川(御手洗川)」と樹木名の「楢(なら)」が掛詞になっているので「風そよぐ」が成り立つのです。つまり、「風そよぐ」と書いてはありますが、実際は「風に楢の木(葉)がそよいでいる"ならの小川"の夕暮れは……」という意味だからです。

ただし、掛詞以降の部分をぶった切って「風そよぐ」だけを引いてしまう
ってアリでしょうか? 
「風たちぬ」のイメージからきているような気もしますが、そもそも「風がそよぐ」という使い方は許容範囲なんでしょうか?

Aベストアンサー

風によって何かがそよぐという現象が起きるわけですから、厳密に言えば風を「そよぐ主体」とするのは論理的ではないのかもしれません。

ただ、風が他の物質に作用することによって我々が経験的に獲得した「そよぐ」とう視的感覚を、風自体の属性として認識することは許されるような気がします。
個人的には、「頬にそよぐ風」などという表現は可能ではないかと思います。

ちょっと違うかもしれませんが、
「その宝石に反射した陽の光が目に眩しかった。」
「その宝石が目に眩しかった。」
が同義であると許容されているのと似ているようにも思います。
いや、これはあまり良い例ではないかもしれませんね。(^^;)

>「ならの小川(御手洗川)」と樹木名の「楢(なら)」が掛詞になっているので「風そよぐ」が成り立つのです。
:という箇所はとても興味深く拝見しました。
 

Q雀は季語?

題名の通り、「雀」は季語ですか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

はじめまして。

1.「雀」単独では季語にはなりません。理由は、年中みかける鳥で、渡り鳥のような季節ものではないからです。

2.ただ、雀を用いた以下のような単語になると、四季おりおりの季語になります。

(1)春:
孕み雀(はらみすずめ)
子持雀
雀の子
雀の巣
巣引雀
雀海中に入り蛤となる

(2)夏:
内雀(うちすずめ)

(3)秋:
稲雀(いなすずめ)
雀のたご

(4)冬:
寒雀

(5)新年:
初雀

3.なお、雀の文字の入った別の種類の鳥にも以下のような季語があります。

(1)春:
雲雀(ひばり)

(2)秋
連雀(れんじゃく)*冬の季語にもなります。
山雀(やまがら)
四十雀(しじふから)
五十雀(ごじふから)
小雀(こがら)
日雀(ひがら)

以上ご参考までに。

Q『更迭』と『罷免』の意味

皆様、こんにちは。

最近何かとよく耳にする『更迭』と『罷免』ですが、意味が同じように思えてなりません。(他にも『解任』などもあったりして)

どちらも、『人を辞めさす』という意味で間違いないと思いますが。
gooの国語辞典で調べると、『罷免』は単に辞めさす事。
『更迭』は他の人に変える事とでてきます。
だとしたら、『更迭』の用法としては『○○を△△に更迭する』という形となると思うのですが、新聞やTVなどメディアでは『○○を更迭』と使っている気がします。
これは単にメディアがきちんとした使い方をしていないという事なのでしょうか?

なんだかうまくまとまりませんが、『更迭』と『罷免』について分かりやすい用法や明確な違いをご存知の方がいらっしゃれば是非教えて下さい。
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

罷免--免職と同じで、辞めさせる事. **を罷免する。はやくいえば首
解任---任を解く  課長の任、地位を解く。**さんを解任するはその人の任(地位)を解くで、**さんを辞めさせるという事ではない。結果的には首もあるでしょう.
更迭---人を変える。**を更迭する。--に***を更迭でもいいし、**を更迭するでも、どこへ行こうが更迭をされる事実がわかれば、いいのだから、**を更迭でもかまわいと思います.地位を下げられる人もあり.

Qパーセンテージの出し方

パーセンテージの出し方をおしえてください

Aベストアンサー

主人公÷母体×100

Qお米1合はご飯何グラムですか?

お米1合(150g)は炊きあがり後の「ご飯」になった時は大体何グラムでしょうか?
また、炊飯ジャーなどで、容量6L等とありますが、このリットルはどの状態の事を差すのでしょうか?(米?ご飯?、容積?)

Aベストアンサー

一合150gのたきあがりは約300gです。ちなみにお茶碗一杯150gおにぎり一個100gすし一貫20gカレー一人前300g弁当一個220gが標準です。

Qイデオロギーって何ですか???

イデオロギーとはどんな意味なんですか。
広辞苑などで調べてみたのですが、意味が分かりません。
どなたか教えてください。

Aベストアンサー

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオロギ-には賛成・反対といった概念がないのです。

例えば、環境破壊は一般的に「やってはいけない事」という一定の考えに
組織されています。つまりみんなが根本的な共通の考え(やってはいけない事)として組織されているもの、これがイデオロギ-なんです。
しかし、社会的立場によってはその「やってはいけない事」を美化して
公共事業と称して環境破壊をする人達もいますけど。
ここでイデオロギ-という概念に対して色んな論説が出てくるわけです。
一応これは一つの例ですけど。

というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。
こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。
この説明で理解してくれると思いますけどね。

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオ...続きを読む

Q「裸の王様」という比喩

 飲み会の席などで、よく「あそこのボスは、裸の王様だよね~」という例えを聞くことがあります。

 が、その意味合いは、人や場合によってまちまちの様な気がするのです。具体的には、

(1)自分は「それは違うのではないか?」という疑問を持ってはいるが、周囲が自分と相反する意見を主張すると、リーダーのくせに何も発言することなく「そういうものか。それでは自分が間違えているのだろう」とあっさり引き下がる人

(2)自分では何も見聞していないのに人の言うことを全て鵜呑みにする、判断力に欠けたリーダー

(3)自分にとって都合の良いことを言ってくれる連中だけを周りにおき、都合の悪い話には聞く耳を持たない人

(4)本当は威厳も権威も既に失墜しているのではあるが、他人にそのことを指摘されてもなお、威厳や権威があることを見せつけようとする人

 といったところです。

 「裸の王様」のストーリーからすれば、確かにどれも正しいような気がするのですが、本来はどのような意味合いで使用すべき比喩なのでしょうか? ご存じの方、ご教示下さい。
 なお、辞書は一応調べてみたのですが、掲載されていないようでした。

 飲み会の席などで、よく「あそこのボスは、裸の王様だよね~」という例えを聞くことがあります。

 が、その意味合いは、人や場合によってまちまちの様な気がするのです。具体的には、

(1)自分は「それは違うのではないか?」という疑問を持ってはいるが、周囲が自分と相反する意見を主張すると、リーダーのくせに何も発言することなく「そういうものか。それでは自分が間違えているのだろう」とあっさり引き下がる人

(2)自分では何も見聞していないのに人の言うことを全て鵜呑みにする、判断力...続きを読む

Aベストアンサー

No1です。
辞書をいくつかひっくり返してみました。
で、三省堂の新明解国語辞典(第5版)で、裸の王様の語句説明を発見しましたので、紹介しておきます。

[目に見えない服を着せられているのに気づかず、子供から「裸の王様」と言われてはじめて自分のほんとうの姿に気づくという、アンデルセンの童話から]いいことだけを知らされていて本当のことを知らないでいる人のたとえ。「有権者は裸の王様であってはならない」

という説明がありました。
ご報告いたします。

Q「青」と「蒼」の違い

ネット等でも調べましたがいまいちよくわかりません・・・
できれば専門家の方にお伺い致したく投稿しました。
「青」と「蒼」の具体的な意味の違いを教えて下さい。
ただ色の違いを表すものなのでしょうか?
どのような状況でどちらを使えばよいのでしょうか?
できればこれらそれぞれの漢字の意味や起源のようなものも教えていただきたいです。

Aベストアンサー

こんにちわ。 文字を細々と研究しているものですが・・・(専門家ではありませんが)。
漢字の元祖-中国でどのように使用されているかが参考になると思います。

>「青」と「蒼」の具体的な意味の違いを教えて下さい。
*青:植物の葉っぱの"みどり色"の意。比喩的に"春" "若者" "青春"の意。"Blue"色の意。黒色の意。方位の"東"の意。

*蒼:草や木の葉の色。深緑色。濃い藍色。灰黄色。灰白色。天。人が大勢いるの意。白髪交じりの意。老いてなお力がある意。

蛇足で、
*藍:植物の藍。あい色。晴天の空の色。野菜の名前。
*碧:青緑色。浅緑色。宝石の青玉。春草の緑色。

>ただ色の違いを表すものなのでしょうか?
*正確を期すれば青と蒼は異なる色です。使用範囲も少し異なります。

>どのような状況でどちらを使えばよいのでしょうか?
*日本語ではほとんど混同して使用されているので大きな差は無いと思います。しかし漢字の元々の意味を意識しながら使い分ければより的確な表現が可能になると思います。

*青:
青田。青田買い。青信号。青海亀。青梅。青刈り大豆。青首大根。青菜。青桐。青蛙。青雨。青そこい(緑内障)。←(以上全て、ほんとうは緑色をしている)。
青臭い。青年。←(若い草のように未熟の者の意)。
綺麗な青色をしたスポーツカー。青天の霹靂。青海原。顔が青くなる。←(以上すべて、ほんとうに青い)。
青目(眼球の黒目の意)。←(中国語の意味の黒色の意から)。
青帝(せいてい)。←(春を司る天の神。東の方向に住むといわれる。色は"Green")。

*蒼:
BMWは蒼色が似合う(BMWのロゴマークは半分が濃い藍色です)。顔面蒼白(あおじろい顔、灰白色の顔)。蒼白の頭髪(灰白色の髪の毛)。古色蒼然(色あせて灰色になって古びた様子)。蒼天(濃い藍色の空、比喩的に春)。蒼樹(あおあおと茂った樹)。蒼浪(老衰して髪が乱れる樣)。蒼老(老いてなお力がある、枯れている)。

>漢字の意味や起源のようなものも教えて
*漢字の元祖-中国ではいわゆる「みどり」(Green) は「青」と書き表します。現在でも特に文語表現のときには「青」と書けば「みどり」(Green)のことです。会話でも普通に「青」と言ったら「みどり」を指します。そして日本語の「あお=青」/英語で言う"Blue"は「藍」と書き表します。

日本語で「みどり」"Green"と言えば昔から「緑」のことですね。そのむかし中国伝来の書物には当然ながら「みどり」の意味で「青」と書いてありました。当時、その書物を読んだ日本の学識者たちは「青」の字は「みどり」と理解しました。それが現代日本にも引き継がれている状況です。漢文の素養がある現代人、または漢文が必須科目で学校で習っていた時代の年配者は今でも「みどり」のことを「青」と表現する傾向があります。一番いい例が交通信号の"青色ランプ"です。『青信号になったら進みましょう』と言います。あれは実際は「みどり色」ですよね。進め信号は"Green"が世界共通です。日本人だけが"青信号"と現在でも表現している理由の典型例です。

銅の錆の緑青(ろくしょう)もそうです。あの錆色はどう見たって"Blue"とは関係有りません。"緑青"の中国語の意味は孔雀石のことで、マラカイトグリーンといって鮮やかな"みどり"色をしている宝石の一種です。銅の錆の色と同じだったので「ろくしょう」のことを緑青と書きました。「ろくしょう」は鮮やかな「マラカイトグリーン色」をしています。この熟語の青も「みどり」と深い関係が有ります。

現代の時代でも中国人が「青」の文字を見ると、まず"Green"を連想します。「青」の文字を見て"Blue"を連想するのは世界広しと言えども我が日本人だけではないでしょうか(爆)。中国人が言う「緑」は日本人の言う「みどり」よりももっと濃い「みどり」のことです。

以上、日本語の辞典にも出てくる熟語などを選びました(^^♪。

こんにちわ。 文字を細々と研究しているものですが・・・(専門家ではありませんが)。
漢字の元祖-中国でどのように使用されているかが参考になると思います。

>「青」と「蒼」の具体的な意味の違いを教えて下さい。
*青:植物の葉っぱの"みどり色"の意。比喩的に"春" "若者" "青春"の意。"Blue"色の意。黒色の意。方位の"東"の意。

*蒼:草や木の葉の色。深緑色。濃い藍色。灰黄色。灰白色。天。人が大勢いるの意。白髪交じりの意。老いてなお力がある意。

蛇足で、
*藍:植物の藍。あい色。晴天...続きを読む


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