江戸時代に存在したとする架空の藩の話なのですが、架空の藩が、歴史的な事柄に絡む筋立てなので、歴史的事柄を描写する際、実在の藩の地理的特徴を描写しないと成立しない話なのです。

地理的特徴(近くにどんな町がある、どんな海や山があるなど)は、歴史的事柄とも深く係ってくるので、実在の特徴を描写しなければなりませんし、近くの地名も外せないのです。

小説の中で描写する地域名や、地理的特徴が、何処の藩をモデルにしたか分かるくらいに、実際の藩の特徴と重なります。

例えば、主要な舞台である藩の名称を変えさえすれば、近くの町や、山や、海の名称について実在の名称を使っても構わないのでしょうか?
それとも似たような名称に変えて、ぼかした方がいいのでしょうか。

藤沢周平氏の小説に出てくる「海坂藩」の場合、鶴岡藩をモデルにしていると思いますが、江戸のように遠くの地名は使われていますが、近くの地名まで使われているかどうかは定かではありません。

江戸時代を舞台にしているのに、全て架空の名称にしてしまうと、時代小説として成立しなくなりますよね。

どこまで実在の名称を使っていいものか分かりません。

教えて頂けたら有り難いです。

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A 回答 (2件)

harukana1948 さん、こんばんわ。



たとえば、旧国名、「出羽」、「陸奥」となったら、ある程度近くの城下町や宿場町や山、海などの名称を使用してもよいと思います。ただし、さらっと描写と大まかな距離を書く程度ですね。昔、作家の半村良が小説を書くとき、実際の地図をもってきてはさみかナイフでとある場所を切って広げてそこに自分の想像で架空の土地や街を作るというお話を何かで読んだのを思い出します。
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時代小説であろうと現代小説であろうとフィクションには変わりないのだから自由に使って構わないでしょう。


まあ現代小説の場合は実在する住所等への配慮は必要ですが。

ただ実際の地名藩名を出すことによってかえってリアリティがなくなるという場合もあると思います。
そのあたりの加減が、つまりは力量ってものじゃないですか?
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Q三島由紀夫 『殉教』の中の理解不能の欲情描写

三島由紀夫の『殉教』のなかで、ガキ大将的少年がひ弱な少年を、こてんぱんに打ちのめしてから、欲情する場面がでてくるのですが、その理由も描写も理解不能です。私がゲイではないから理解不能なのかもしれませんが、それにしてもちょっと変なので、以下あらすじを記します。

 寄宿舎で魔王と呼ばれる畠山少年(中学生)が、男子学生皆が夢中になる本を所有しており、皆から見せて、見せてとせがまれていました。この日も上級生から見せてと言われ、焦らすなどしておちょくっておりました。しかし本棚に「その本」はなかったのです。
 亘理という自分の勢力下に入らない孤独で華奢な少年が、それを盗んで寄宿舎で読んでいました。畠山はそれを見つけたとたん、殴打を繰り返して本を取上げ自分の部屋にもどり、眠りにつきました。ふと気がつくと亘理が自分のベットの上で寝巻きの帯を首筋に絡みつけ、首を締め上げているところでした。
 畠山は、すぐさま反撃に転じ、亘理に暴力を加え続きました。そのうち2人とも疲れてしまい床に倒れたまま眠りに落ちましたが、畠山はすぐさま目を覚ましました。
 (原文はじめ)突然、畠山に奇妙な欲情が目覚めた。こういう沈黙な気持ちからの飛躍というより当然の移行であった。その欲情は先刻自分の首のまわりに感じられた怖ろしい紐の感触と奇体にからみ合った欲情だった。僕を殺そうとしたのはこいつだ、とこの果敢な中学生は考えた。すると異様な優越感と異様な負目とが同時に感じられて、じっとしていられなかった。今自分が現に殺されていないという屈辱に責め立てられるのだった。(中略)畠山は体を二回転がした。するとすこし行き過ぎて亘理の上へ半分のしかかる形になった。すると亘理が今まで聞いたこともない、貝の鳴くような可愛らしい小さなククという笑い声を立てた。(原文了)
魔王はそしてキスをした。

こんな内容です。理解不能なのは、
1.「当然の移行であった」。
2.自分が殺されかけたことが、なぜ「異様な優越感と異様な負目とが同時に感じられ」ることに繋がるのか
3。「今、自分が殺されていないという屈辱」をどうして感じられるのか

です。なにか思うところがある方、教えて頂けると幸いです。

三島由紀夫の『殉教』のなかで、ガキ大将的少年がひ弱な少年を、こてんぱんに打ちのめしてから、欲情する場面がでてくるのですが、その理由も描写も理解不能です。私がゲイではないから理解不能なのかもしれませんが、それにしてもちょっと変なので、以下あらすじを記します。

 寄宿舎で魔王と呼ばれる畠山少年(中学生)が、男子学生皆が夢中になる本を所有しており、皆から見せて、見せてとせがまれていました。この日も上級生から見せてと言われ、焦らすなどしておちょくっておりました。しかし本棚に「そ...続きを読む

Aベストアンサー

回答NO.1です。
>殺されることに優越感を感じるのでしょうか。死に対して美を持っているので、今、生きていることに負い目、屈辱を感じたのでしょうか。

→どちらも、YESだと思います。

>それなら反撃しないで、殺されるのを良しとして、亘理に首を締め付けながらエクスタシーを感じていればよかったようなものを、、、と私は考えてしまいます。

そうですね。論理として、その通りですが、
論理のままには、行動しなかった。という事か?と思います。

>物語の最後では畠山は、子分どもの最近生意気な奴に制裁を加えたいという願望に応えるかたちで、本意には反してだと思いますが、亘理を木に吊るし上げてしまいます。
> 結局、自分が死ぬのは嫌な普通の感覚の持ち主という感じもするのですが。

「本意に反して」でなく、まさに本意をとげて、だと思います。
「死ぬのは嫌な普通の感覚」ではなくて、
同性愛の対象である『豆理』に、愛する相手にふさわしい、美しい死を
とげさせようとした。と思います。

また『豆理』とは、『豆つぶほどの理性』、『畠山』は、山のように畑になる位ありふれた男、という半ば逆説的な命名だと思います。
また、三島は逆説が大好きだから、あまり細部にとらわれなくて良い、とも思います。

しかし、死vs性のエクスタシー、この両者が一体、という信念は、三島の親友の、横尾忠則にも共通しています。
バタイユ「エロティシズム」は、これを生殖細胞から、説明します。
二つの生殖細胞が、合体して新たな生命を生むとき、
二つの生殖細胞は、消滅して、つまり死んで、新たな生命となる。

性=美=聖=死 この一体は、昭和6年から20年までの日本で、
つまり三島の幼年から青年までの時代で、最も緊密だったと思います。

三島の作品を、真摯に読まれる姿勢に、深く賛同します。
これからも、よろしくお願いします

回答NO.1です。
>殺されることに優越感を感じるのでしょうか。死に対して美を持っているので、今、生きていることに負い目、屈辱を感じたのでしょうか。

→どちらも、YESだと思います。

>それなら反撃しないで、殺されるのを良しとして、亘理に首を締め付けながらエクスタシーを感じていればよかったようなものを、、、と私は考えてしまいます。

そうですね。論理として、その通りですが、
論理のままには、行動しなかった。という事か?と思います。

>物語の最後では畠山は、子分どもの最近...続きを読む

Q雪景色の描写に優れた作品

こんばんは!

季節を少し先取りして、ひとり白い世界に遊びたいと思います。ストーリーより描写優先で構いません。なにかお勧めがありましたら教えてください。有名どころからマイナーなものまで大歓迎です。その作品の魅力など一言コメントを添えていただけると、なお嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

 こんにちは。

 堀辰雄さんは、もともと雪が大好きでしたし、執筆のために冬の軽井沢や追分にひとりこもることが多かったんです。
 だから、彼の作品は、雪がもうひとりの主人公じゃないかと思われるくらい、雪の果たす役割が大きい作品がたくさんあります。雪のさまざまな顔が、香気あふれる文章で活写されています。

『風立ちぬ』作品のクライマックスが雪の富士見高原、カ軽井沢。
『大和路・信濃路』の、「信濃路」。
『雉子日記』雪の中を雉の足跡を追いかけて歩いた小品。
『雪の上の足跡』堀さん最後の作品。小品ですが、私の中では、雪を描いてこんなに美しい作品はありません。

 青木新門『詩集 雪道』桂書房。
 雪国で葬儀社に勤めた体験をもとに、命のありかたを描いた『納棺夫日記』(文春文庫)で有名な人、やはり雪が随所に出てきます。これは、その人の詩集。なんていうか、「雪」に触発されて思索を始める、という感じ。ちょっと宗教的色彩(親鸞)が強いけど、すなおに読めます。

 ご参考になれば。

Q三島由紀夫の過剰描写表現について

なぜ、華美とも取れる絢爛豪華な文体に拘ったのでしょうか?
とくに不必要と思われるくらいに状況を描写する。
例えば、「春の雪」にこういう一節があります。

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確かに、そこが読者をひきつけるわけですが。

Aベストアンサー

なぜといわれても、それがいわゆる「耽美派」と呼ばれるゆえんなわけで、耽美派の作家は皆、その程度には華美です。例えば、その引用の一節に限っていえば、もっとあっさりした描写にすると、原文の描写から想像できる映像や世界は想像できないと思います。つまり、三島なら三島の頭の中には、とある世界があって、それを文字で表現したいと思ったわけで、それを表現するには、その文字列しかなかったのだと思います。

ただ、背景として、三島(など多くの耽美派)が完ぺき主義的だったこともあるでしょう。突き詰めるタイプなのだと思います。もともとそういう素質があったのかもしれないし、小説に限らず、影響を受けてきた作品や文化、環境やコンプレックスのせいもあるでしょう。そういうことについては、語り出すとキリがありませんが、いろいろな本が出ていますので、お読みになってみるといいと思いますよ。ちなみに、おぼっちゃま、おじょうさまは、耽美・華美に走りがちです。

Qこれは実在する歌でしょうか。

以前、平安時代を舞台にした小説(古典のパロディ)の中に、
「奇しの恋は禁色の、深きすみれの色なりき(以下略)」
という歌(長歌?)がありました。
これは、小説の作者のオリジナルでしょうか?それとも、実在する歌でしょうか?
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Aベストアンサー

え~、「ざ・ちぇんじ」ですね。
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Q殺陣や剣技の描写が優れている作品

殺陣や剣技の描写が優れている作品を是非教えてください! 洋の東西、現代物、時代物は問いません。

よろしくお願いします!

Aベストアンサー

藤沢周平の短編集『隠し剣 孤影抄』と『隠し剣 秋風抄』(共に文春文庫)に収録の各編は,いずれも著者が考案した“秘剣”が登場し,剣技の説明も詳しい方だと思います。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4167192381/qid=1137337367/sr=1-1/ref=sr_1_2_1/250-6834610-1156231

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/416719239X/ref=pd_sr_ec_ir_b/250-6834610-1156231

(先刻ご承知であれば失礼しました)


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