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水上文学の奥深さが最近分かって参りました。

「はなれ瞽女おりん」 が水上文学というのは分かっておりましたが、読む気はしませんでした。しかし、ひょんなきっかけから、、「篠田正浩」監督、その実の妻「岩下志麻」主演のフィルムを見る機会がありました。

盲目の女旅芸人の一生の話であろうと思いこんでいたのですが、地方の人々は、彼女たちを阿弥陀様から遣わされた人間と扱っているのに驚きました。もちろん、彼女たちを性の対象として見る男たちがいるのは当然です。

彼女たちは、自身の目が見えないのは、阿弥陀様が、この世の地獄を見させないために盲目にしたのだと教えられて生きていきます。しかし目が見えなくても、この世の地獄は経験できるのです。結末は思いもかけないものでしたが、ふと一休を思い起こしたのです。70才を過ぎてまで、盲目の旅芸人・森侍者をそばに置いて、詩集『狂雲集』にその愛欲の様子を書きあらわしています。

仏教僧、特に、良寛・一休・沢庵など蒼々たる禅僧の心の底を、ちくりどころか痛烈に批判する水上文学に惚れなおしました。

この本「はなれ瞽女おりん」を読まれた方はおられますか?水上自身も禅宗小坊主だったことも影響しているとは思いますが、少しは親鸞などの文学も書いて欲しかったなと思っています。

最近は、身の回りにいる気に入らない人物、張り合う人物も、ひょっとして阿弥陀様に遣わされた人間ではないかと思うようになりました・・・

(哲学カテは苦手なもので、文学カテにしました。)

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A 回答 (1件)

こんにちわ。



本の『はなれ瞽女おりん』は読んだことありませんが、篠田正浩監督の映画は私もこの前見ました。

旅芸人の生活というのは非常にハードなものだなと思いますが、瞽女というのはさらに盲目なのですから、「阿弥陀様に恩寵を受けている」くらいに思わなければ、とてもとても耐えられるものではないと思いますね。

歌手の宇多田ヒカルさんの母である藤圭子さんの母親も瞽女だったと聞いたことがありますが、そうした母との旅芸人としての生活がああいう芸風に反映されたのかもしれません。そしてあの悲しい最後にも。

瞽女を描いた作品は色々ありますが、最近、『ICHI』という映画を見て、非常に良かったのでお薦めします。

綾瀬はるかさん主演で、最初は「なんだか軽そうな映画だな」と思っていたのですが、意外にも良かったです。

タイトルどおり座頭市ものなのかと思ってましたが、按摩ではなく瞽女の女剣士という設定で、瞽女の生活の大変さを描いたシーンもありました。瞽女が性の対象とされ慰み者にされるというのはやはりよくあったことらしいですね。

水上勉さんは幼少時に寺に出され、修行に挫折。生活苦で学校中退、会社の倒産、離婚、子どもとの別離、また次女の身体障害など苦労というものを系統的に網羅した人生を送られたようなので、瞽女の生涯とかそういうものを書かしたらやはり入り込みようが違ったと思います。

映画では『飢餓海峡』や『五番町夕霧楼』などを見ましたが、やはり水上さんの視点というものがわかる感じがする作品でした。

そういう意味で貴方がおっしゃるように親鸞を書いたら味のあるものになったでしょうね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。ICHIも見ました。年齢の変化にしたがって、好きな作家も変化するようです。今は水上です。

お礼日時:2014/04/14 17:51

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