出産前後の痔にはご注意!

こんにちは。

日本は真珠湾を攻撃しましたが、力の決定的に違うアメリカに勝てると本気で思っていたのでしょうか?

似たような質問も探しましたが、私にはどうしても日本が当時どう考えていたのかわからないのです。

戦争に勝てると思っていたのか?
それとも何か考えがあったのか?

どなたか詳しく解説していただけないでしょうか?

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A 回答 (18件中1~10件)

「勝つ」とはどういう意味でしょう?



日本がアメリカを占領して統治すること?あるいはアメリカ軍の大部分を壊滅させること?当時の日本は、そのようなことは全く想定していませんでした。

日本の戦争目的は、南方の資源地域を確保して自存自立の態勢を築くことでした。よって、資源地域を支配する米英勢力を駆逐するとともに、米英にある程度の打撃を加えて資源地域における日本の覇権を認めさせることができれば、それが「勝利」でした。
南方の資源地域は米英にとっても重要な利権でしたが、死活的なものとまではいえない(と、当時の日本は理解していた)から、日本が軍事作戦に「当面」勝利し、かつ、米英が態勢を立て直すまでに植民地支配に反発する現地勢力と反米英連合を結成すれば、米英も奪還を諦めざるを得ない。これが当時の日本が描いた勝利の構図です。
大東亜共栄圏や五族協和の王道楽土などというスローガンは、占領地の国民と反英米という一点において利害を共有しようとした日本の政治的意志の表現でした(結果として日本は敗れましたが、植民地支配を道連れにすることはできました)。

上記のような意味で、日本には勝てる(戦争の目的を達成できる)可能性がありました。ただ、他国の支持をあてにするなど、あまりにも不確定要素が多かった(バクチ的)ことは否めません。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
参考にさせていただきます。

「勝つ」という言葉の意味こそ、私にはわかりません。
だからこそ質問しているともいえます。

お礼日時:2004/05/12 15:07

すみません、訂正します。


陸軍側は「及川古志郎」ではなくて「板垣征四郎」でした。

この回答への補足

回答してくださった皆さん、ありがとうございました。
私自身でももう少し考えてみます。

補足日時:2004/05/13 15:16
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この回答へのお礼

補足ありがとうございます。参考にさせていただきます。

お礼日時:2004/05/13 12:07

>「勝つ」という言葉の意味こそ、私にはわかりません。


だからこそ質問しているともいえます。

簡単です。
戦争とは、血を流す政治です。政治目的=戦争目的であり、これ達成することが勝利です。戦闘は、政治目的を達成するための手段に過ぎません。
日露戦争で日本は、戦いに勝って戦争に負けました。この不思議な現象も上記を理解すれば納得がいくと思います。

先の戦争における日本の政治目的は中国大陸や東南アジア地域に勢力を拡大すること、これを阻止して既得権益を守るのが連合国側の政治目的でした。もっとも、この目的は固定的なものではなく、当時の状況によって値上がりすることもあります。「ハルノート」はその好例です。
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この回答へのお礼

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お礼日時:2004/05/13 12:06

陸軍は戦線の拡大を想定しきれず、「勝てる」と考えていました。


海軍は軍事力の違いを冷静に分析していて「負ける」と考えていました。

ちなみに、その議論を戦わせたのは及川古志郎(当時陸相=陸軍中将)、米内光政(当時海軍大将…だったはず。。。)と聞いています。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。参考にさせていただきます。

お礼日時:2004/05/13 12:06

まあ、日本の「誰が」を絞らないと答えにくい質問ではあります。

北朝鮮が本当に拉致を行っていないと日本人は信じていたのか、とかいう類の問題に似ています。
 想像に過ぎませんが、勝てるとは多くの人が思っていなかったにもかかわらず、勝てるというムード、戦争をしなければならないというムードに流されて正常な判断ができなくなった、正常な判断を口に出せないような状態ではなかったかと思います。判断すること考えること自体が悪だというような罪悪感が伴うような状況ですね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。参考にさせていただきます。

お礼日時:2004/05/13 12:05

私は、現在66才です。


あの日のこと、いや、開戦ではなく、終戦の日のことです。昨日のように覚えています。
その私の父が云っていたのに「やらない訳にはいかなかったんだヨ」と云っていたのを覚えています。
「一発目(真珠湾)は日本のようだが、アメリカからやってきたんだ。」
とも云っていました。
そうならば、勝も負けるも、やるだけやらなければ、と考えていたのではないでしようか。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。参考にさせていただきます。

回答に不足があるわけではありませんが、
もう少し回答を待ちたいと思います。

お礼日時:2004/05/12 15:12

太平洋戦争開戦の疑問については、


『日本の戦争―なぜ、戦いに踏み切ったか?』著者:田原総一郎
が、まあまあわかりやすいです。

この本の記述全てに同意するわけではないのですが、
時代が昭和に入ってからの内容については、だいたいあって
いると思います。


それから、私なりの意見を幾つか補足します。

・日本のアメリカへの宣戦布告は、独ソ戦のドイツの勝利
 をあてにしていた

日本が対米戦争の開戦を検討していた時期というのは、ドイツ
がモスクワめがけて、快進撃していた時期なんですね。
当時、ソ連軍は敗退を重ねており、ドイツの勝利が確定した
かのように、日本からは見えたんです。
それでドイツがソ連をやっつけてしまえば、ヨーロッパ大陸
でドイツに敵対するのはイギリスだけとなり、やがてジリ貧
となってイギリスもドイツに屈服するだろう。そうなると
アメリカだけで全世界を相手に戦争できなくなるから、今の
うちに戦争を吹っかけておけ、みたいな考えをしていたらしいです。
しかし結果として、ドイツ軍はモスクワを目の前にして、
進撃が止まり、日本の甘すぎる予想は外れてしまったわけです。

・政府が陸軍を中心とした軍部を抑えきれなくなっており、
 その陸軍は官僚制度の硬直化で、まともな情勢分析が
 できなくなっていた。

当時の陸軍参謀のアホらしさについては、弁護する気すら
起きません。
詳しくは、下記の質問の私の回答を読めば、だいたい理解
できるかと思います。

『帝国陸軍について』
 http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=410339

参考URL:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093892 …
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。参考にさせていただきます。

この本については知っています。
もうすぐ読む予定になっているのです。
その前に考えてみたかったのです。

お礼日時:2004/05/12 15:11

ハルノートは理不尽な要求でした。


当時、朝鮮半島だけみてとっても、国家予算の半分程度を費やしてインフラ等に費やしたそうです。
ましてや日露戦争で勝ち取った満州を無条件に手放せというのは無茶が過ぎると思いますね。
現在泥沼化したイラクから撤退せよとアメリカに要求しても、彼らはそれを到底聞き入れないでしょう? それよりはるかにひどい要求だったと思います。
アメリカはそれを見越してハルノートを突きつけたようです。先に仕掛けたのは日本ですが、それをさせたのはまぎれもなくアメリカだったということですね。
今も昔も強引さはちっとも変わっていません。

当時日本は太平洋戦争を3段階で考えていたそうです。
確か、攻撃→防衛→持久 だったと思います。(うろ覚えです。ごめんなさい)
つまり持久なんて考えていた時点で、軍部も最初から勝てないということは理解していたのかもしれません。山本五十六も2年程度が限界と考えていたようですし、客観的に事態を把握できる人物であれば、到底持久戦など不可能と考えていても不思議ではありません。

陸軍・海軍などの縦割りの権力構造こそが、この敗戦の元凶のひとつかもしれませんね。
もっとも今の権力構造も当時に負けないくらいビッチリ縦割りなわけですが。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
参考にさせていただきます。

お礼日時:2004/05/12 15:10

難しい問題を提起なさいましたね。

一言では言いづらいです。そこで、私としては、この問題に全力で取り組みます。つまり、私の知っているあるいは調べた様々な事実を今後、提示しようと思います。で、ご質問の件ですが、日本はアメリカに勝てると本当に思っていました。間違いないです。例えば、大本営陸軍部つまり陸軍参謀本部の作戦課作戦班長の辻 政信中佐は米軍を舐め切っていました。作戦の神様と言われた人ですらこんなていたらくだったのです。敵の実力も知らずに。三八式歩兵銃で武装し夜間の白兵突撃で 簡単に勝てると思っていたのです、自動小銃で武装したアメリカ軍に。
 辻参謀は日本陸軍・帝国陸軍を最も象徴しているかと思うので、引き合いに出しました。 

 今私は先の大戦がまるで悪かったような発言をしましたが、そうは思いません。恐れ多くも多大な死者を出しましたが、アジアやアフリカの植民地解放・民族独立の気運を高めるのに多大な貢献をしたと考えます。  
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。参考にさせていただきます。

戦争に「いい戦争、悪い戦争」があるのかどうか?
私自身も考えます。

お礼日時:2004/05/12 15:09

一部の冷静識者は「勝てるわけない」と思っていたようです。

No.1さんでしょうか?神風が吹くと言う馬鹿げた神話も信じられていたようですね。私の父母も戦争中に育った世代でして情報を操作して日本が不利な情報は一切流していなかったせいもあり本当に日本が
負けるとは思っていなかったようで、竹槍で「やぁ~」とかやっていたそうですよ。本土決戦になったら本気であんなもので戦う気でいたのでしょうかね?原爆を一発落とされたら木っ端微塵なのにね・・・(笑)今、考えると実に滑稽ですね。
結論を言うと何も策なんかなかったおでは考えられます。軍部の一部が熱くなってしまい誰も抑えられなくなてしまったのでしょうね。又、当時、経済封鎖をされてもうジリビン状態で死中に活を求めるような考えもあったのではと考えられます。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
参考にさせていただきます。

お礼日時:2004/05/11 19:03

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Q第二次大戦中に現代の自衛隊を投入したら

くだらない質問ですが、気になったので書いてみます。

第二次世界大戦末期の1945年1月1日時点に、現在の最新鋭の自衛隊(航空・海上・陸上)の全戦力を日本本土に投入したら、日本軍は勝てるのでしょうか?兵器の生産設備などは投入しないものとします。

いくら最新鋭の戦力を持っていても核と資源がないのでアメリカが多大な犠牲を出しながらも勝つだろうという見方もできるし、当時の日本はインドネシアを占領していたので資源不足を克服し日本の勝利という考え方もあると思います。

Aベストアンサー

戦争に「絶対」は無いですから必ず勝てるとは言いませんが、面白い勝負にはなるでしょう。

近代軍では補給が重要な要素を占めるので、どれだけの弾薬や燃料、整備、補給品を保持しているかで、戦い方も変わってきます。自衛隊のそうした物資の正確な保有量が不明なので、推測するのは困難なのですが、とりあえず・・・

1945年1月の時点なら、できるかどうかは分かりませんが、まずは自衛隊の戦力を秘匿します。
2月の米軍による硫黄島攻略あたりで航空自衛隊の全力出撃です。
この次期、米艦隊は正規空母12隻、護衛空母17隻を含む大艦隊を出撃させてきており、このうちの正規空母12隻、護衛空母4隻が日本近海に現れ本土空襲を行っています。これを狙います。ちなみに、この当時の米艦隊の正規空母の数は14隻ですから全部撃沈できれば、後がかなり楽になります。
F2攻撃機、約80機を中心とする対艦ミサイル攻撃で、空母を撃破します。現代の対艦ミサイルを当時の米軍艦艇がそれほど迎撃できるとは思えないので、うまくいけばかなりの空母を撃破できるのではないかと・・・
また、B29への迎撃にもF15を出撃させます。最大で4発のミサイルを別々の目標に連続発射できるF15の戦闘力に、B29の部隊は大打撃を受けるのではないかと・・・
さらに海上自衛隊の潜水艦部隊によるハワイの真珠湾攻撃を行います。ハープーン対艦ミサイルは対地攻撃にも転用可能とという事なので、ハープーンで真珠湾の燃料施設や艦艇補修設備などに攻撃を行い、打撃を加えます。
要は自衛隊の進んでいる兵器を一挙に出して大打撃を加えるとともに、米軍にショックを与えます。
これでうまくいけば、アメリカは空母艦隊とB29の部隊とハワイの後方施設に大打撃を受け、直ぐには大きな作戦をできなくなるのではないかと思います。

その後は、まずシーレーンの確保です。九州から中国沿岸、そして台湾海峡を通ってシンガポールへの海上交通路の守備に海上自衛隊のP3C対潜哨戒機の部隊や、一部航空自衛隊の戦闘機部隊を派遣します。輸送船団には海上自衛隊の護衛艦隊も付けます。航空部隊の根拠地の設営は大変でしょうが、部隊が稼動すれば米潜水艦隊の脅威へ大きな力になると思います。日本の輸送船の撃沈された半数は、米潜水艦隊の通商破壊戦によるものだそうですが、当時の旧式な潜水艦なら現代の対潜哨戒機と護衛艦でかなりの確率で防ぎ、逆に戦果をあげられるのではないかと思います。
日本本土の防空は航空自衛隊の戦闘機とPAC3ミサイル部隊と、陸上自衛隊の高射特科団(改良ホーク地対空ミサイル部隊)が守ります。
攻撃には海上自衛隊の16隻の潜水艦部隊を使います。潜水艦隊で通商破壊戦を行います。第二次大戦末期のドイツで建造されたUボート21型は連合軍の対戦哨戒部隊にも察知されにくかったそうです。それよりさらに技術の発展している現代の潜水艦なら数は少なくとも大きな戦果を期待できると思います。
未だフィリピンの日本軍の抵抗は続いており、米陸軍20万人が投入されている時点で、米空母艦隊が大打撃を受け、さらに通商破壊戦を仕掛けられたら・・・米軍は楽勝とはいかなくなるでしょう。

米軍としてはこうした進んだ技術の兵器対策に苦慮する筈です。簡単には有効な対抗策は出てこないのではないかと思います。まずは打撃を受けた艦隊の再編と、戦略爆撃部隊の戦術の見直し、フィリピンへの海上補給路の守備を固め、真珠湾の設備の再建をしなければなりません。
建造中のエセックス級空母の建造を急いでも、半年以内に戦闘に参加させる事ができるのは5隻です。
大西洋から部隊を回す必要も出てくるかもしれません。

一方、自衛隊を除く日本の連合艦隊の状態はよくありません。
戦闘可能な空母は小型の鳳翔1隻ですし、戦艦は2隻、巡洋艦も数隻、駆逐艦も二十数隻というありさまです。
南方から資源が入ってきたら、まずは艦隊の増強が急務でしょう。まずは空母で建造途中の伊吹、天城や損傷状態の龍鳳、準鷹、葛城を戦闘可能な状態にしなければなりません。
他にも損傷を受けている戦闘艦艇があるので、大至急修理が必要です。
また、輸送艦の建造も急務です。1945年1月から終戦時までに約180隻の輸送船が建造されています。
しかし、同じ期間に実に700隻が沈められているのです。
まあ、自衛隊の参戦で、その数は減るでしょうが、しかし、1944年だけでも約970隻の輸送船が撃沈されています。
日本の造船所はとにかくフル稼働しなくてはならないでしょう。
また、航空機パイロットの育成や、戦闘機などの生産も必要でしょう。
時間は幾らあっても足りないくらいです。

こうした中で、日本の潜水艦隊がどれだけアメリカに打撃を加えられるかが重要だと思います。
そしてフィリピンの米軍を孤立させ、ハワイを孤立させる事ができれば、新たな展望が開けるかもしれません。
時間が立てば、連合艦隊の戦力もある程度は回復してきます。そうなれば、新たな作戦を立てる事も可能となるでしょう。

なお、そのうち満州にソ連軍が侵攻してくるでしょうが、これについては航空自衛隊の支援を受け、東満山地で持久戦を行えば、かなりの機間、持ち堪える事ができるのではないかと思います。

戦争に「絶対」は無いですから必ず勝てるとは言いませんが、面白い勝負にはなるでしょう。

近代軍では補給が重要な要素を占めるので、どれだけの弾薬や燃料、整備、補給品を保持しているかで、戦い方も変わってきます。自衛隊のそうした物資の正確な保有量が不明なので、推測するのは困難なのですが、とりあえず・・・

1945年1月の時点なら、できるかどうかは分かりませんが、まずは自衛隊の戦力を秘匿します。
2月の米軍による硫黄島攻略あたりで航空自衛隊の全力出撃です。
この次期、米艦隊は正規空母12隻、...続きを読む

Q戦争が起きた原因

1・一番始めに戦争が起こった原因は何なのでしょうか

2・なぜ日本が戦争をしなければならなくなったのか
  またその引きがねとなった理由は

3・日本はどこと戦争していたのか

4・戦争中の日本を誰が指揮していたのか

5・なぜ周辺アジアと未だに仲が悪いのか

いまだに全く知らない自分が恥ずかしいです・・・。
よかったら教えて下さい。宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

第2次大戦の事として、回答いたします。

1.これは、とても難しい話で、アヘン戦争の時代からの問題で、簡単には述べられません。
当初明治政府ができた時、朝鮮半島は、無政府状態で、そこに欧米列強の進出が有ると、国防上大変な事になります。
そのため、朝鮮半島を日本の勢力化に置き、本土の前哨線としようとしました。
そのため、利害の対立する、清やロシアとの戦いになりました。
朝鮮半島が日本の勢力下におかれると、さらにそこを守る前哨線として、隣接する満州地区を、さらに満州に隣接する北部中国へと、軍をすすめてゆきます。

当時の中国は、欧米列強による半植民地状態で、中国で、欧米との利害関係での対立を引き起こした事に起因します。

2.日本軍が、中国に深入りしすぎて、撤退も妥協もできなくなったため、国際間での調整がつかなくなったためです。

3.同盟関係は、とても複雑で、基本的には世界の2/3の国を相手に戦いました。
同盟国は、ドイツ、イタリア、ハンガリー、フィンランド、ブルガリア、ルーマニアです。

中立国は、スエーデン、スイス、スペイン、トルコ、タイなどです。

主な敵国は、アメリカ、イギリス、ソ連、オランダ、中華民国、中国共産党、自由フランス、などと、その植民地のオーストラリア、ニュージーランド、インド、カナダ、などです。

4.一応大本営は有りますが、各組織が勝手に作戦をたてて動いていました。

5.アジア周辺と仲が悪いと言っても、問題になるのは、中国および華僑圏と、韓国・北朝鮮です。

東南アジアの華僑は、大戦前は、シギリス・オランダ・フランスなどの植民地支配の手先として、現地人を支配する立場にいましたが、日本軍の進撃により、植民地軍が撤退すると、その利権を奪われてしまいました。
その後、日本の支援で独立国となったため、当時の利権を永久に失ってしまった事によります。

中国(中華人民共和国)は、戦勝国といっても、自分達では、全く無力で、何もできませんでした。
実際、中共軍と日本軍は、ほとんど戦っていません。
戦勝国といってみても、実質が全く伴っていませんでした。
そのため、日本に対し、強いコンプレックスを持ってしまい、やたらに正当性を主張するようになりました。
最近では、中国の国力がアップしてきましたので、コンプレックスは、より大きくなっているようです。

韓国ですが、本来韓国は、敗戦国なのですが、戦勝国としての地位を求め、他国からソデにされています。
ここでも日本に対して強いコンプレックスから、反日になっています。

ただ、韓国の場合でも中国の場合でも、日本に対して、真に反日の人は、それほど多くなく、パホーマンスの域を出ていないようです。

第2次大戦の事として、回答いたします。

1.これは、とても難しい話で、アヘン戦争の時代からの問題で、簡単には述べられません。
当初明治政府ができた時、朝鮮半島は、無政府状態で、そこに欧米列強の進出が有ると、国防上大変な事になります。
そのため、朝鮮半島を日本の勢力化に置き、本土の前哨線としようとしました。
そのため、利害の対立する、清やロシアとの戦いになりました。
朝鮮半島が日本の勢力下におかれると、さらにそこを守る前哨線として、隣接する満州地区を、さらに満州に隣接する北...続きを読む


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