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私は高校時代にいじめに合いました。
いじめを行う側の人格は大人になっても変わらないのでしょうか。
人間の人格は十代後半にはほぼ形成されると書籍に書かれていました。
だとすると、かれらは社会に出てからもいじめを繰り返す可能性があると思います。

また、学校のような閉鎖的な空間と異なり、実社会ではいじめを行えばその反動が
自身にもなんらかの形で跳ね返ってくると思うのです。いわゆる因果応報です。

意見を頂ければありがたいです。

A 回答 (5件)

高校生にもなると性格は変わらないでしょう。


ただ、いじめるという表現方法は変わると思います。

人をいじめるという性格はそもそも存在せず、
いじめる行為につながりやすい性格の持ち主、ということではないかなと。

どんな性格でしょうか、例えば・・・
・リーダーとして相手を淘汰したい性格
・相手よりも劣っていたくない、常に優位でありたい性格
・優位な立場で傍観者となること安心する性格

等々、いじめる側の人間の性格を想像して書いてみましたが、
これはいじめに直結するかというと、どうかなと思います。
むしろ上だけ見ると社会やスポーツでは大成しそうな性格ですね。
実際リーダー格は社会で大成していることがしばしばあるようです。

男性の場合、社会では友達以上の関係が出来にくい為徒党を組みにくく、リスクも高いので高校生がやるようないじめは滅多にないと思います。
(女性の世界はまた別物だと思いますが・・・)

もう会わない相手を気にして、振り回されて、不確かな因果方法を期待するよりも
全部忘れてしまうのが質問者さんにとっての「勝ち」ではないでしょうか。
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自分が人をいじめてることに気づかないと人格は変わらないかも知れませんよね。


いじめがなんらかの形で自分に跳ね返って来て自分がしてることがどういうことかに気づけばまだいいんですがね。
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人の人格の形成は4,5歳で決められます。


人格に障害があると言われる人たちは、精神的の成長が無かった人と診断されていますので、判断できます。
人格の障害がある人も、治療を受けることで、人格障害は完治します。
障害では無い人格を変えたい人は、それなりの努力で変えることが出来ます。

人格が変わらないと考える人は、その人にとってその人格で居ることが心地好いと思うからでしょう。
いじめを行った人たち、行う人たちも、それが心地良いことと思うからのことです。
因果応報で何らかの報いがあり、心地良い状態が壊されるなら、行動が変わるだけでしょう。
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イジメをする人は人を束縛することで自分自身のエゴを保っている変人だから常に人生に借金をしながら生きていると思います。


借金を繰り返しているだけの人生だから楽は出来ません。イジメる人達は常に気苦労しながらお金では清算出来ない借金の為に奉仕活動をして皆に幸せを返さなくてはなりません。
精神的負担もイジメる人達だけに常に襲いかかってきます。イジメる人達は、いつも皆から下っ端扱いされて何十年も罪を償う結果になるでしょう。それは自業自得なので誰も同情してくれません。そしてイジメる人達に最終的に下されるのはハルマゲドンでの死刑です。ざま~みろって感じです。意地悪イメージだけがイジメる側には付きまとい誰もが、あざ笑うでしょう。
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人格は十代後半にほぼ形成されるかもしれませんが、まったく変わらないわけではありません。



人格は本人の強い意志や変わらなければいけない状況に追い込まれることによって、少しずつ改善してはいきます。

そういう意味では、因果応報を体験するからこそ改善できるチャンスを与えられているのだと思います。

自分が一時的に被害を受けたとしても、大局的にみれば自分のしたことが自分に還ってくると思うので、なるべく自分がされたいように周りに出来る人間に成長していきたいですよね。
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