日本語を勉強中の中国人です。弁護士は良心を捨てて仕事をしていますか。頼まれた人に無実の弁護をしてあげ、お金をもらうことになります。頼まれた人は本当は罪があると良心上でわかっているのに、弁護してあげます。自分の良心に問いただされないのでしょうか。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

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A 回答 (12件中1~10件)

弁護士については詳しくありませんが、それは逆に危ない考えではないでしょうか。


依頼する側は弁護士に弁護して欲しい、だからサービスを受けるわけで、弁護士個人の考えでそれが叶わなくなれば裁判の公平性はどうなるのでしょう。


>頼まれた人は本当は罪があると良心上でわかっているのに、弁護してあげます。

依頼者に本当に罪があるのか、それとも冤罪なのかは弁護士が決めることでは無いと思います。
公平な裁判で結果が出ることではないでしょうか。
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刑が裁判で確定するまで、日本では、その人は犯罪者ではないのですよ。


あくまでも、検察に「犯罪をおかしたのではないか」という疑いをかけられ、裁判所に告訴された人。

どんなに可能性が低くとも、わずかでも無罪の可能性があれば、
検察に身柄拘束をされ、裁判にまでかけられるという人権侵害から被告人を守らなければいけない。

それが弁護士さんのお仕事。

また、被告人が罪を認めている場合は、
被告人の更生の可能性を信じて、すこしでも刑を軽くするように働きかけるのも、
弁護士さんのお仕事です。


☆頼まれた人は本当は罪があると良心上でわかっているのに、弁護してあげます。自分の良心に問いただされないのでしょうか。
◇時に、自身が行っていることに矛盾や葛藤を感じることはあると思いますよ。
しかし、日本の場合は、刑が確定するまで、被告人は犯罪者ではないので、その人の人権は守らないといけないのではないでしょうか。


まっ、そういうことで。
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 日本の裁判には、民事裁判と刑事裁判があります。

民事裁判は個人と個人、個人と企業、個人と国の権利や義務の争いを処理するので、有罪か無罪かを争うものではありません。刑事裁判では、検察官と被告人が当事者となって有罪無罪が争われれます。このとき被告人に弁護人がつきます。この弁護人は被告人に弁護の費用を支払えない場合でも、依頼する権利が認められています。つまり無償で弁護してもらえます。

 被告人は、有罪が確定するまでは罪はないものとみなされ、人権が保証されています。

 裁判官が法と自己の良心にのみ拘束されてその職務を全うするように、弁護士も被告人の弁護という職務を全うすると思います。被告人が罪を認めていたとしても、国家権力によって不当に重い刑罰を加えたりされぬよう。被告人の人権を守り、できるだけ被告人にとって有利な判決を引き出すよう務めるのが弁護人の良心だと思われます。弁護人にとっては「本当は罪がある」と判断することこそ、良心がとがめることなのではないでしょうか。
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弁護の仕事とは、被告の権利を法的に守る為に存在するシステムです。



しかし其れを担うのは人間なので、確かに全ての弁護士が善人かどうかは判りませんし、個人的には疑わしい例も伺えます。

でもだからと言って、全員が全員、良心が無いかと問われれば、それは違うだろうと思います。

日本人の中で弁護士になる人間だけが、その性質に問題がある等は考え難いでしょう。


確かにイデオロギーを前面に出して活動する方が見られ、また、有資格者ですから特に目立ちますが、人口比率的に偏っていると言うより、ニュースに取り上げられる様な犯罪事件には必ず付いて廻っている問題だからでしょう。

私は彼等はあくまで法律の専門家であって、善人・悪人のレッテルで簡単に区別出来るものではないかと考えます。

真っ当な弁護士ならば、事実を知って尚、真実を秘匿して弁護する事は有り得ません。

何故なら被告が裁判等で証拠を突きつけられてしまった場合に心証の悪化が想定され、判決に悪影響を及ぼしてしまう可能性が高くなり、それは弁護士の評価のマイナスにも繋がって仕舞いかねないからです。
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sobatya_cnさん、こんにちは。

すばらしい質問です。

弁護士も、悩んでゐます。もちろん、仕事だとわりきつて、悩まない人もゐます。

私は学校で法律の勉強をしました。法律は、人間の運命を決めてしまふかもしれない、とてもおそろしいものです。先に結論を出したあとで、法の解釈を考へて(ふうつの日本語では「屁理屈」といひます。)、法廷で勝利を得よう、または少しでも有利にしようとします。
私が学生のときは、悩んだら、大好きな「言語」の勉強に逃げてゐました。私の友だちも同じやうに悩んでゐました。今弁護士になつてゐる人たちも、心の中のどこかに悩みをかかへてゐます。生活するためには、きれいな仕事ばかり、といふわけにはいかないからです。きつと、私の学生時代のやうに、何か逃げこむものを持つてゐるのではないでせうか。

sobatya_cnさんのやうに、逃げる姿勢ではなく、堂堂と質問なさるのは立派です。このサイトの人たちはあたたかく回答してくれます。今回も、専門的な回答が4件も寄せられてゐます。私には付けくはへることがありません。
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少し話はそれるのですが、日本には日本弁護士連合会(日弁連)という組織があります。


政治的な分野で声明を出しているので、「弁護士団体が政治活動をするな」と批判されることがあります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC% …


そういうわけで、刑事裁判であれ、政治的な対応であれ、弁護士の活動と「良心」というのは分けて考えた方が良いと思います。
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これは訴訟構造に原因があります。



現在の日本の訴訟は、米国流の当事者訴訟と言われるものを
採用しています。

これは、検察、被告は対等の訴訟当事者であり
おのおの、自分の有利なこと、相手の不利なことだけを
主張し合う、というものです。

公平な立場にある裁判官が、双方の主張を聞いて
正しい判断をする。
これが当事者訴訟といわれるものです。

この当事者訴訟においては、弁護士はたとえ依頼人が
犯人であることを知っていても、法定に提出された
証拠では有罪に出来ないと考えれば、無罪を主張して
よいことになっています。
いや、無罪を主張することが義務とされています。

これは次のような考えに基づくものです。

刑事訴訟において、被告はたった独りです。
被告の味方は弁護士しかいません。
方や、検察は強大な国家権力を持っています。
上述したような責務を弁護士に課さなければ、
公平な訴訟はできません。

sobatyaさんを例にとります。
sobatyaさんも人間ですから、悪い所は
沢山あるでしょう。
検察は、その悪いところだけを取り上げ、強調します。
しかし、sobatyaさんには良い所も沢山あります。
それを無視して悪い所だけを取り上げ、強調した
のでは、公平で正しい裁判は不可能です。

それで弁護士が、sobatyaさんの良い所だけを
取り上げ強調します。
そうやって、悪い所良い所の双方をみて
はじめて裁判官は、正しい判断が可能になる
のです。


”弁護士は良心を捨てて仕事をしていますか”
    ↑
ウソをついたり、法に触れたりしなければ
被告の為に何でもやる、てのが求められる
弁護士の良心です。

そういうことになっています。
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良心=善悪とは、社会が勝手に作るものです。


それを、より具体的にしたものが法律です。
被告が悪であるかどうかなど、当人以外には分か
りません。
そこで、検察が全力で犯罪の証拠を上げ、弁護士が
全力で無実の証拠を上げ、それらを突き合わせて
事実を厳密化するのです。
あなたの国の信条であるコミュニズムの弁証法と
いうのをご存知じゃありませんか?
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法律上「悪い」と一旦見做された人(被告人)を糾弾するのは、強大な国家権力を背景とした検察官です。

弁護士は、本当は「悪くない」のに「悪い」と見做された人を救うだけでなく、「悪い」人には違いないが、法令上、法解釈上過剰な刑罰を科されている「悪い」人(≒国家権力と比べればゴミのような弱者)の味方になってあげるという役割も持っています。

ですから弁護士は「本当は罪がある」と分っていても弁護します。

そういう意味で、弁護士は「正義の味方」ではなく、「弱いものの味方」であるべきです。

ところが残念なことに、日本では、その名誉欲・金銭欲のため、強者の飼い犬になり下がったクソ野郎が大部分を占めます。あと、生活の為に、自らの職業倫理を切り売りする哀れな弁護士も大勢います(最近急増中)。

ちなみに、私が知っている弁護士の3分の2はクソ野郎と哀れな弁護士で、残り3分の1はクソ野郎であることが現時点でまだ確認できていない弁護士です。
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中国語を勉強済の日本人、回答番号5のplapotaです。



法律家としての仕事と、人間としての良心に、矛盾を感じるのは人として当然のことです。訴訟のなかで、どうみても、甲さんが正しいのに、弁護士の自分が上手にやつたら、乙さんが勝つた。お金が入ればうれしい。でも、後味は悪い。そんなかはいさうな人たちです。私の同級生で弁護士になつたのは、そんな人たちです。大目に見てあげてください。

もちろん、中国にも、日本にも、ほんとうに人間としての良心を捨てて仕事をする弁護士がゐると思ひます。さういふ人は、ゆるさなくていいですよ。

これまで、sobatya_cnさんが、美しい日本語や中国語の質問をなさつてゐるのを、毎日見てきました。真面目な人ですね。回答はできませんでしたけれど。日本には「小説にはだまされてみろ。」といふ言葉があります。このサイトの中では、中国人でも日本人でも関係ありません。

また、回答文に不自然な表現があつても、指摘されると腹立たしいので、見過ごしていただければ幸いです。よろしくお願ひいたします。
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Q加害者の弁護士には良心の呵責があるかどうか。

カテはもしかしたらQ&Aですが、専門的な法律のことなのでここに質問させて頂きます。

訴えられて被告人になった人の弁護をすることになった場合、明らかに被告人に非がある場合でも、聞き取り後に陳述書を作成する段階で、「こういう言動だとまずいから、こういうニュアンスで書いておきましょう」「ここは突っ込まれるので、あっさり書いておきましょう」「書くのを止めましょう」というような具合に、抵触しそうな言動・場面、原告に非を認めてしまうような記述は、ぼかして、あるいは書かずに陳述書を作成することはありますか?

被告に不都合なことは書かないという場合、隠蔽にはあたりませんか?

加害者が有利になるように法律を駆使して(少しでも罪が軽くなるように)「加担」する感じがしますが、弁護士というのはそういうものですか。
そういうことをしても法律で身分が保証されているなら、意識として良心の呵責はないのですか。

裁判官が有罪と判決して、被告が控訴、上告しなければ、弁護士自ら、暗に力量不足・加担を認めたことにはなりませんか。

Aベストアンサー

弁護士の社会的責務とはなんだと思いますか。

一般の人が自らはこのように主張したいと考えたときに、法的な主張は難しくて出来ないため、それを法的な主張をするための代弁者としての役目が弁護士です。そうすることで、一般の人の弁護能力の格差を埋めることができ、すべての人に平等な法的な権利を与えることが出来ます。
そうしなければ口先のうまい人や頭の回る人が勝ち、そうでない人の権利がないがしろにされてしまいます。

犯罪者にしても同様です。
口がうまく説得力があり、頭の回るずるがしこい犯罪者がうまく法定でも言いつくろって刑を軽減してもらったり免除してもらったりする、一方でそうではない犯罪者の刑罰が重くなるのはおかしな話です。

ではどうすれば良いかといえば、すべての犯罪者に対して能力の高い弁護士が、犯罪者による差別をせずに、弁護士として能力を最大限に使い弁護するわけです。
そうすればすべての犯罪者を平等に裁くことが出来ます。

>ぼかして、あるいは書かずに陳述書を作成することはありますか?
もちろんあるでしょう。

>被告に不都合なことは書かないという場合、隠蔽にはあたりませんか?
なりません。それはあくまで検察が指摘する、立証すべき話です。

>意識として良心の呵責はないのですか。
良心があるからこそすべての犯罪者に平等な裁判を受けさせるために、弁護士は職務に尽くすのです。

>弁護士自ら、暗に力量不足・加担を認めたことにはなりませんか。
なりません。あくまで被告の意志が一番ですし、更に言えば刑事事件の場合には、平等な裁判を受けた結果として有罪であればそれが正義により裁かれた正当な判断と考えられるからです。

つまり検察と弁護士が対立して互いに主張をすることにより、争点が明らかとなり、また隠れていた真実が見えるというのが今の裁判制度の考え方なのです。

弁護士の社会的責務とはなんだと思いますか。

一般の人が自らはこのように主張したいと考えたときに、法的な主張は難しくて出来ないため、それを法的な主張をするための代弁者としての役目が弁護士です。そうすることで、一般の人の弁護能力の格差を埋めることができ、すべての人に平等な法的な権利を与えることが出来ます。
そうしなければ口先のうまい人や頭の回る人が勝ち、そうでない人の権利がないがしろにされてしまいます。

犯罪者にしても同様です。
口がうまく説得力があり、頭の回るずるがしこ...続きを読む


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