「こんにちは。」などという用法は間違いだと言う記事を見かけたのですが、
私は小学生のころに「~~です」と書いてバツを貰い「~~です。」と直された経験があります。
以後、作文などで「~。」という使い方をしていましたが間違いだと指摘されたことはありませんでした。

どちらが正しいのでしょうか?

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A 回答 (7件)

1)「こんにちは」


2)「こんにちは。」
 どちらも間違いではありません。
 どういうルールに従うか、という問題です。

 学校(義務教育)では、昭和21年に文部省が発表した「くぎり符号の使ひ方〔句読法〕(案)」の影響があるせいか、2)の書き方を教えます。
【くぎり符号の使ひ方〔句読法〕(案)】
http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/joho/kijun …
 しかし、新聞や一般の出版物は1)の形が圧倒的に多いはずです。

 新聞や一般の出版物の句点の打ち方は、おおむね下記のようなルールになっています。
【句読点の打ち方──簡略版】
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n140029
 以下は一部の抜粋(重言)。

================引用開始
 句読点の使い方のうち、句点(マル、「。」)については、それほど問題はないと思います。「文の終わりにつければいい」ということはだれでも知っているはずです。「文章読本」に書かれている句点の使い方を見ると、次のような記述になっています。

1)段落全体がカギカッコなどで始まりカギカッコなどで終わる場合は句点をつけない
例 「きょうは予報がはずれてひどい雨降りでした。あしたは晴れるでしょう」
※一般の新聞や雑誌はこうなっている。しかし、教科書の類いはこういう場合もカギカッコの前に句点をつけている。その影響と思われるが、マンガのセリフの場合も、小学館は句読点をつけていることが多い。他社は句点も読点もつけていない。ほかに句読点をつける流儀にしている出版社があれば教えてください。

2)段落の途中に句点があり、その直後にカギカッコなどが続いて段落末がカギカッコなどになった場合は句点をつけない
例 天気予報は、何度も同じことを繰り返していた。「あしたは晴れるでしょう」

3)段落の最後の文がカギカッコなどで終わる場合でも、その直前に主語があり、文末のカギカッコなどのあとの述語(「と語った」など)が省略されているときは句点をつける
例 気象予報士は苦笑しながら「あしたは晴れるでしょう」。
  この数日の予報がはずれつづけているだけに、さすがに自信のなさそうな口ぶりだった。

4)文末に注釈などを加えるパーレン(丸カッコ)を使うときは、そのあとに句点をつける
例 気象予報士は苦笑しながらコメントを終えたが、さすがに自信のなさそうな口ぶりだった(笑)。

5)文章全体の注釈、クレジットなどを加える場合は、パーレンの前に句点をつける
例 きょうは天気予報がはずれてひどい雨降りでした。あしたは晴れると思います。(談)

6)改行して箇条書きにする場合は、各文の文末に句点をつける(ただし、箇条書きの内容が簡単な場合はつけなくていい)

 本によって書き方は多少違いますが、だいたいこんなところではないでしょうか。
 新聞でよく見かける3)の形は言葉足らずの印象があり、ふつうの文章で使われている例も少ないので、避けたほうが無難です。6)は趣味の問題で、本書では箇条書きの場合、原則として句点はつけていません。
================引用終了
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補足


不似合いなんだけど、現実には文章(文字)のため句点(、)はやはり必要かな。
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句読点は文章で使用するものとすれば、「」内は直接話法による表現(話言葉)のため、句読点は不似合い。

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 No.4の方が引用された、昭和21年3月、文部省教科書局調査課国語調査室作成「くぎり符号の使い方[句読法](案)が生きていて、今も影響を与え続けているようです。


 この21年は太平洋戦争での敗戦の次の年です。大変な変革期だった頃で、現在の「日本国憲法」の公布の年(11月3日・翌年5月施行)でもありましたし、「現代仮名づかい」や「当用漢字」が告示された年でもありました。(1946年11月16日 当用漢字・現代仮名づかい 告示)「憲法」は別格として「仮名づかい」や「当用漢字」が先立つ問題であったため、「句読法」などは案のまま終わってしまったのですね。

 しかし、この句読法案は、国定教科書の時代を経て、後の「検定教科書」にも影響しているようです。例えば「小説」などの一部が、教科書に採録されるにあたっても、これに縛られいるようです。それは端的にいえば「……………た。……………だ。」になることです。たとえば高校の教科書の中には、漱石の「こころ」が採録されることはたびたびありますが、
その原本が「……………た。……………だ」の形であっても、教科書では「……………た。……………だ。」に変えられることです。
 試みに、夏目漱石「こころ」連載当時の紙面(1914年4月26日朝日新聞デジタル版でのコピー)では
  
「若いうちほど淋(さむ)しいものはありません。そんなら何故貴方はさう度々私の宅(うち)へ来るのですか」
 となっています。(漢字の字体は新字体になおしました。またすべての漢字についていた読み仮名をはずしました。)
 その紙面では、直後に島崎藤村の「仏蘭西だより」音楽会のの夜(二)が連載されていますが、これは少し違います。 

 『欧羅巴へ来て見て、反って自分の国の方に種々(いろいろ)なものを見つけますね。自分の国の好いところを思ふやうに成りますね。』
 これは、最後の句点がついています。朝日新聞といえども、有名作家の意向は尊重せざるを得なかったのでしょう。
(これも漢字字体や読み仮名について同様の処置をしました)
 更に続いて、「美人の秘密」という広告文が載っています。これは見るも無惨。句読点など一つしかありません。

 現代に至っては、教科書以外は「括弧内句点なし」と思ったら、例外もありました。だいぶん古いものですが、昭和34年発行の「新潮社・日本文学全集-芥川龍之介集」では「括弧内句点あり」の形を取っています。
結論はどちらもありでしょう。
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 結論を先に書くと「特に決まりはないはず」になります。



 というのは、東大の2014年度の国語の第4問は 「です」。 のように最後の句点(。)は括弧の外にありますが、2009年の国語の第4問は「です」と などのように句点がない状態です。この5年で文法規則が変わったとも思えないですし、両方が出題されている以上どちらかが間違いだとするのはおかしいでしょう。
 ただ、「です。」 はありません。そういう観点から一番間違いに近いのは先生の指摘であり、間違いと言われるのは少なくともあなたではなく先生になります。

 ただ、絵本を読むなどの状況では先生の指摘が正しい可能性もあります。絵本には句点が書かれているわけで、そこを読むということは句点も読んでいることが想定されているからです(もちろん発音はありませんが)。
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自分も義務教育で「~。

」と教えられました。


どちらが正解でも構わないのですが、1つ疑問があります。1つのカギ括弧内に複数の文がある場合です。
  「こんにちは。いい天気ですね」
・・・「。」で閉じるのが誤りだとすると、これが正しいということになるのでしょうか? 途中に句点があるのに最後にだけ無いのが、自分にはどうにも見苦しいように思えます。とはいえ「こんにちはいい天気ですね」なんて論外ですし、日本文では伝統的にはスペースの概念が無いはずなので「こんにちは いい天気ですね」等もあり得ないですよね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A5%E7%82%B9
「句点の省略」の項目に少しそれらしいことが触れられていますね。ここでは「省略出来る」とはなっていますが、「省略しなくてはならない」とはなっていません。前に述べたような問題が出てくるので、断言しにくいというところなのかもしれませんね
句点を使わずになんとかなるのは、読み易いように好きなところで改行が出来る漫画のフキダシ(会話文)くらいなのかな、とも。
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正式には句点は必要ですが、省略するのが多数派のようです。


http://www.bow-wow.jp/sht3/pdf/024R1_symposium20 …

私も省略した方がいいと思います。
ちなみに、原稿用紙のようにマス目規制がある場合は、同じマス目に句点と閉じ括弧を入れねばなりません。
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Qなぜカギカッコ(「」)の文の終止に句点(。)を付けないのが一般的になったのか?

学校では、下記のように、カギカッコの文の終止に句点を付けるように習いましたよね?

例)彼は、「このままじゃいけない。」と言った。

でも小説などを見ていると、下記のような書き方が多いのに、疑問を感じます。

例)彼は、「このままじゃいけない」と言った。

つまり、カギカッコの文の終止に、句点がないのです。
学校では確かに、「カギカッコの文の終止では、句点を付ける。」と習ったのに……。

これだと、“終止から終止まで”が短い文章では、見栄えが変になってしまうと思います(下記)。

例)「どうもありがとう。さようなら」

それではなぜ、カギカッコの文の終止に、句点を付けない書き方が、一般的になったのでしょうか?
推測でもいいので、教えてください!

Aベストアンサー

こんばんは。

> でも小説などを見ていると、下記のような書き方が多いのに、疑問を感じます。
>
> 例)彼は、「このままじゃいけない」と言った。
>
> ~中略
>
> それではなぜ、カギカッコの文の終止に、句点を付けない書き方が、一般的になったのでしょうか?

新聞社や出版社などが表記の基準としている『記者ハンドブック 共同通信社』という本があるのですが、そこには、句点「。」のつけ方の指針として次のように書かれています。
------------------
句点「。」
1.句点は文の終わりに付ける。
2.かっこでくくった文については次のようにする。

(1)段落全体を構成する場合は付けない。

〈例〉「これ以上は話し合っても無駄だ」
     突然の打ち切り宣言だった。

(2)段落の最後にある場合は付けない。

〈例〉…会長は頭を下げた。「責任を取りたい」

(3)直前に主語などの語句がある場合は、段落の最後にあるときでも、「と述べた」などの述語が省略されているので句点を付ける。

〈例〉男性はひと言「知りませんでした」。
    それきり口をつぐんだ。
------------------

一般的というのが、ご質問にもあるように小説などプロの作家の間で広まったことを指すのなら、おそらくその理由の一つとしては、『記者ハンドブック』の上記の例示が挙げられると思います。

文章を書くたびに表記方法が違っては読者にいい影響を与えないという考えから、物書きといわれる人たちは、何らかの表記の基準を作ろうとしているはずです。その指針となるのが上記の本になるわけです。

つまり、この本を手本としている物書きの人も多いと聞きますので、質問者様が目にされる出版物や印刷物の多くが、『記者ハンドブック』に倣って書かれた可能性が高いといえるのではないのかと思います。広まった一つの要因としては、十分考えられるのではないでしょうか。

しかし、私が見る限りですが、ネット上の掲示板などでは、今のところ、カッコ内の文末に「。」を付けている人の方がやや多いような気がいたします。

しかし、「なぜカッコ内の最後に「。」を付けないと決めたのか?」ということに関しては、私にもちょっと想像がつきません。申し訳ありません^^;

> これだと、“終止から終止まで”が短い文章では、見栄えが変になってしまうと思います(下記)。
>
> 例)「どうもありがとう。さようなら」

おっしゃるとおり、この場合は私も少しアンバランスのような気がいたします^^;
実際の用例を引いてまいりました。文が長くなると違和感もやや解消されるみたいですね^^

> 2009年9月8日21時48分 朝日新聞
>
>  8日朝から政策責任者間で断続的に続いた連立協議は、同日夜、幹事長レベルに格上げされ、民主党の岡田克也幹事長、社民党の重野安正幹事長、国民新党の亀井静香代表らが国会内で会談した。岡田氏は会談後、「1、2点を除いて合意できたが、社民党が党に持ち帰らないと最終的には決められないということだった。それをお待ちすることになった」と語った。

こんばんは。

> でも小説などを見ていると、下記のような書き方が多いのに、疑問を感じます。
>
> 例)彼は、「このままじゃいけない」と言った。
>
> ~中略
>
> それではなぜ、カギカッコの文の終止に、句点を付けない書き方が、一般的になったのでしょうか?

新聞社や出版社などが表記の基準としている『記者ハンドブック 共同通信社』という本があるのですが、そこには、句点「。」のつけ方の指針として次のように書かれています。
------------------
句点「。」
1.句点は文の終わりに付...続きを読む

Qかぎ括弧 のあとの句読点

小説などでは、台詞のかぎ括弧の最後には「。」をつけないのが一般的だと思います。
では、地の文でかぎ括弧を使う場合、台詞以外の場所で、強調の意味で
かぎ括弧を使う場合は、句読点はどうするべきでしょうか。

A・俺は確信した。花子は間違いなく、霊感を『持っている』。(かぎ括弧の後につける)

B・俺は確信した。花子は間違いなく、霊感を『持っている。』(かぎ括弧の中につける)

C・俺は確信した。花子は間違いなく、霊感を『持っている』(何もつけない)

どれが正しいでしょうか。回答をお待ちしております。

Aベストアンサー

カギカッコと「。」の関係。

 一般的なルールは、Aです。
 ただし、Aが「正しい」わけでも、BやCが「間違い」というわけでもありません。一般的な文章の場合も、厳密なルールはありませんし、小説の場合はなおさらです。
 詳しくは下記をご参照ください。
 1)2)3)が関係箇所です
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11103685081

以下は一部の抜粋(重言)。
================引用開始
1)段落全体がカギカッコなどで始まりカギカッコなどで終わる場合は句点をつけない
例 「きょうは予報がはずれてひどい雨降りでした。あしたは晴れるでしょう」
※一般の新聞や雑誌はこうなっている。しかし、教科書の類いはこういう場合も句点をつけている。その影響と思われるが、マンガのセリフの場合も、小学館は句読点をつけていることが多い。他社は句点も読点もつけていない。ほかに句読点をつける流儀にしている出版社があれば教えてください。

2)段落の途中に句点があり、その直後にカギカッコなどが続いて段落末がカギカッコなどになった場合は句点をつけない
例 天気予報は、何度も同じことを繰り返していた。「あしたは晴れるでしょう」

3)段落の最後の文がカギカッコなどで終わる場合でも、その直前に主語があり、文末のカギカッコなどのあとの述語(「と語った」など)が省略されているときは句点をつける
例 気象予報士は苦笑しながら「あしたは晴れるでしょう」。
この数日の予報がはずれつづけているだけに、さすがに自信のなさそうな口ぶりだった。================引用終了

かなり前に書いた下記も参考になるかと思います。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7413058.html

カギカッコと「。」の関係。

 一般的なルールは、Aです。
 ただし、Aが「正しい」わけでも、BやCが「間違い」というわけでもありません。一般的な文章の場合も、厳密なルールはありませんし、小説の場合はなおさらです。
 詳しくは下記をご参照ください。
 1)2)3)が関係箇所です
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11103685081

以下は一部の抜粋(重言)。
================引用開始
1)段落全体がカギカッコなどで始まりカギカッコなどで終わる場合は句点をつけな...続きを読む

Q括弧内の句読点について

カギ括弧の中での句点(。)の使い方について教えて下さい。
閉じ括弧(」)の手前の句点は必要ないのでしょうか?
「~でした。」は間違い「~でした」が正しいという指摘を受けたのですが、小学校の国語ではつけるように習ったと記憶しています。
「」内に複数の文章が続く場合、途中には句点が入り、最後だけ入らないのもおかしいと思うのですが、ネット上や小説なども混在していてどちらが日本語として正しい表記なのか判断つきません。

Aベストアンサー

カッコのウケ(」)が文末を示すことは明白なので、句点は省略するのが書籍や雑誌等での表記ルールです。

が、児童書の類では次にウケ(」)がきても文末の原則どおりに句点をつけます。
なので、小学校の国語では
「今日学校でね、こんなことがあったよ。」
というように、カッコの前にも句点をつけて書くように教わる、というわけなのです。

ネット上では、表記ルールの統一というのは特になく、個人個人がそれぞれ自分が正しいと思うやりかたで文章を書いているので混在しているのではないでしょうか。

また、大人向けの出版物で、カッコの前に句点が来ているものがあるとすれば、それはプロの編集者やライターが書いたものではないと考えられます。実際、予算がないため、仕方なくデザイナーなどが原稿を書いている場合もあるので。

他に私が気づいたことでいえば、
本文中の?や!のあとは、1文字空けるのが原則ですが、これもネット上では混在しています。

例)
「犯人はあなたね!」
 彼女が私を指して言った。
 違う! 私は心の中で叫んだ。

カッコのウケ直前の「!」は1文字空ける必要はありませんが、
本文中の「!」のあとは空けます。
ただし、例外が…

例)
 どうやったら誤解がとけるのだろう? と、私は必死で考えた。
 彼女はポケットから手錠?を出して、私に近づいてくる。
「やめてくれ! 犯人は私ではない、あれは事故だったんだ」

2行目、手錠のあとの「?」は1文字空けていません。
疑問符、感嘆符のあとにカッコのウケがきた場合に空けないのと同様、文中に使用する場合で前後の文意に切れ目がないときも空けないで続けます。
判断基準としては、疑問符や感嘆符を句点に置き換えられるかどうか。
置き換えられる場合は1文字あけて、置き換えられない場合はあけずに続けます。

その他色々、原稿を書く際のルールがあるので、興味があれば以下のページにわかりやすく整理されていたのでのぞいて見てください。

http://www.kotono8.com/2004/01/06kutoten.html

カッコのウケ(」)が文末を示すことは明白なので、句点は省略するのが書籍や雑誌等での表記ルールです。

が、児童書の類では次にウケ(」)がきても文末の原則どおりに句点をつけます。
なので、小学校の国語では
「今日学校でね、こんなことがあったよ。」
というように、カッコの前にも句点をつけて書くように教わる、というわけなのです。

ネット上では、表記ルールの統一というのは特になく、個人個人がそれぞれ自分が正しいと思うやりかたで文章を書いているので混在しているのではないでしょうか...続きを読む

Qカギ括弧内の文の最後の句点がないのは何故?

例えば

「この映画はとても面白いです。是非観てください」

のように(文章そのものに特に意味はありません。)、カギ括弧で括られた文章はたいてい最後は句点も何もなく終わってますよね?その前の文章(この例なら”この映画はとても面白いです。”の部分)にはきちんと句点が打たれているのに・・・。
一体何故なのでしょうか??昔から気になってます。ご存じの方、どうか教えてクダサイm(__)m

Aベストアンサー

 機能論的にいうと、「 」のなかの最後の文は。がついていなくても「ここでおしまい」というのがはっきりわかる(」があるから)ので、不要だ、という発想によるものです。
 「」や。がきちんと文章に用いられはじめるのは明治からですが、当初は「」のなかの最後の文にも。をつける人が多かったようです。それが明治中期ごろからだんだん。をつけないのが優勢になってきて、現代では文芸書などでは。をうたないのが一般的になっています。
 ただし文部省の御推奨は最後の文にも。をうつやりかたで(小学校の書取りのときにたぶんそう教えられるはず。国語の教科書に載っている文章もこのスタイルです)、役所の指導を重んじるか、文壇の風潮を重視するかが人によって違います。 。」だと見た目にうるさい、という意見はまだ多いようですし、

  その映画の題名は「風とともに去りぬ」です。

というような場合の「」の使いかたとつりあいがとれないから。はうたないほうがいい、という主張もあるようです。

Q「」(かぎかっこ)と『』(二重かぎかっこ)の使い方

私は小学校の時の原稿用紙の使い方の授業で
「二重かぎかっこはかぎかっこの中に入れる」とならいました。
しかし、成長した今、色々な文章を読んでいると二重かぎかっこが外側に来ているのをよく見ます。
そのうえ、先日の現代文のテストに『○○テスト第○回「現代文」』とあって、さらに混乱しています。
(国語の先生のつくったものだから間違っていないだろうという考えです。)

「『』」と『「」』、用法としてはどちらが正しいのでしょうか?
小学校に習ったものが違っていたのか、この4~5年で慣習が変わってしまったのか、
詳しい方、回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

http://lightnovel.jpn.org/study/bracket.html
に「」『』の使い方の例があります。『』は書籍タイトルを示す意味でも使用するようです。

一方以下のページには、
http://www.sezax.co.jp/infomation/pdf/vol_66.pdf
 『 』 二重かぎ、二重かぎ括弧 引用や参考にした書籍や
  定期刊行物を囲むために使用。
   (論文や作品名は普通のかぎを使う)
とあります。

テストのタイトルは「」『』どちらになるか判然としませんが、出題した先生はタイトルを明示する目的で『』でくくり、「」は"現代文"を強調する目的で使用したのではないかと思います。

何にせよ先生に直接聞いてみたらいかがですか?
変な聞き方をして揚げ足取りと思われたら困りますが…

Q句読点の「。」をつけるかつかないか。

会社で、従業員向けに、箇条書きに近い感じでこれこれこうしてくださいと文章を書いてボードに張り出すとき、文章の末尾に「。」をつけるのかつけないのか?
箇条書きに近い感じでも、文章の末尾は、「~になった」「~だ」「~にしてほしい」など「。」が必要そうな語尾になります。
ブログを書くときに、箇条書きに近い感じで短くて読みやすい文章を書くとき、文章の末尾に「。」をつけるのかつけないのか?「~である」などこちらも「。」が必要そうな語尾になります。
この2点について回答ください。
会社の方が一番悩んでいます。

Aベストアンサー

箇条書きでも、複数の文が連なったものには付けるべきでは?

1.出勤してきたら、必ずタイムカードを打ちましょう。打つのは制服を着用し、すぐに仕事に取りかかれる状態になってからにしましょう。

という具合に。一つの文章が終わって句点を打っているのに、二つ目の文章の終わりが箇条書きの終わりだから……といって句点を打たないのはバランスとしておかしいと思います。

これが、

1.出勤してきたら、必ずタイムカードを打ちましょう
2.タイムカードを打つのは、制服を着用し、すぐに仕事に取りかかれる状態になってからにしましょう

という具合に、一つの文章で一つの箇条書きが成立する場合は、なくてもおかしくないと思います。

先の回答にもありますが、句読点の打ち方にはルールがあるようなないような、曖昧なところがあります。
個人的な趣味で決めてしまっても、絶対的な間違いだと言うことはできません。

私自身の趣味としては、上記のように、一文ならなくてもOK(入れてもOK)、複数の文なら入れる方が統一性があるように思える……ですが、これとて「正解」ではありません。

いろんな方の意見を聞いて、ご自身の感覚にしっくりするものを探してください。
でも、いろんな意見を聞くと、却って混乱するだけかもしれませんね(^_^;)。

一つだけ注意するとしたら、末尾に句点を打つか打たないか、同一文書中ではどちらかに統一すること。
これだけ気をつけておけば、どちらでも大丈夫だと思います。

箇条書きでも、複数の文が連なったものには付けるべきでは?

1.出勤してきたら、必ずタイムカードを打ちましょう。打つのは制服を着用し、すぐに仕事に取りかかれる状態になってからにしましょう。

という具合に。一つの文章が終わって句点を打っているのに、二つ目の文章の終わりが箇条書きの終わりだから……といって句点を打たないのはバランスとしておかしいと思います。

これが、

1.出勤してきたら、必ずタイムカードを打ちましょう
2.タイムカードを打つのは、制服を着用し、すぐに仕事に取りかかれる状態...続きを読む

Qかぎ括弧の中のかぎ括弧の中にかぎ括弧を書くには?

文章を書くとき、かぎ括弧の中に、かぎ括弧を書くときには、『 』を用いますよね。
では、更にその中にかぎ括弧を書きたいときにはどのように書けばいいのですか?

Aベストアンサー

2番目の回答者さんがおっしゃるように、「“ ”」とか「‘ ’」でもいいですし、「〈 〉」「[ ]」でもいいと思います。

とにかく、カギ括弧内では、一度使った括弧は使わない方がいいと思います。
最初の回答者さんの例でいけば、

「…『…「…『…』…」…』…」

となります。
どの始まり括弧がどの終わり括弧に対応するか、一瞬、迷います。
今は一目で分かるように、本来文章である部分を「…」で書きましたが、これが長い会話文だったら、何が何やら、となります。
じっくり見れば分かるとは思いますが、分かりやすくするためには、違う形の括弧を使う方が親切だと思います。

括弧の形は、お好みで。ただし、一つの文書の中で、ルールは作っておいた方がいいと思います。
「 」の次は、『 』、その次は〈 〉、その次は[ ]……
という具合に。

以上は、とある業界新聞社で編集の仕事をした時に、先輩から教えてもらったことです。
小説など、“表現”を重視するようなものでしたら、読みにくくなろうが、それも表現の一つですので、最初の回答者さんの方式でもかまわないと思います。

Q拘らず・関わらず??

すみません。以前から気になっていたので正しい答えを教えていただけないでしょうか。

「かかわらず」という言葉の漢字変換なのですが,
例えば

 雨が降ったにも「かかわらず」,彼は傘を差さずにやってきた。

というような文の場合,正しいのは「関わらず」「拘らず」どちらでしょうか。

国語辞典で調べてみたのですが,よく分からなくて(+_+)
すみませんがよろしくお願いします。

Aベストアンサー

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められているのみです。それも「かかわる」でなく「かかる」です。「人命に係(かか)る問題」「係(かか)り結び」など。前者は、「人命にかかわる問題」のように表記されることもありますが、この場合(常用漢字の基準では)「係わる」でなく「かかわる」です。

結論としては、「それにもかかわらず」などにおける「かかわらず」は仮名書きが無難でしょう。漢字の場合は「拘わらず」が正しいといえます。ただし、パソコンでは「関わらず」と変換されることが多いようですネ。

漢字の場合、「関係」という言葉があるように、「関わる」と「係わる」の用法はほとんど区別がつきません。一般的に言えることは、「関わる」「係わる」は肯定的にも否定的(「関わらない」「係わらない」)にも使いますが、「拘わらず」は、肯定的に用いられる例が少ない、ということです。

ただし、肯定的な「拘わる」が誤りだと言っているのではありません。念のため。

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められてい...続きを読む

Q「基」と「元」の使い方

経験を"もと"に話す。
上記の場合の”もと”は元、基のどちらが正しいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

はじめまして。

ご質問1:
<上記の場合の”もと”は元、基のどちらが正しいのでしょうか?>

「基」になります。

1.「経験を"もと"に話す」とは言い換えれば「経験にもとづいて話す」ことと同じです。

2.「もとづい(て)」は「もとづく」の連用形です。

3.「もとづく」は「基づく」という漢字しか存在しません。

4.従って、ここでは元、本、素などの漢字は適切ではありません。


ご質問2:
<経験を"もと"に話す。>

1.「~をもとに」という語感が「~を元に戻す」といった語感になるため、「元」の漢字を想定されたのだと思われます。

2.しかし、ここで使われる「もと」とは「土台」の意味になります。

3.他の漢字「元」「本」などには「土台」「ベース」といった意味はありません。

4.従って、ここでは基が適切な漢字となります。

以上ご参考までに。

Q「以降」ってその日も含めますか

10以上だったら10も含める。10未満だったら10は含めない。では10以降は10を含めるのでしょうか?含めないのでしょうか?例えば10日以降にお越しくださいという文があるとします。これは10日も含めるのか、もしくは11日目からのどちらをさしているんでしょうか?自分は10日も含めると思い、今までずっとそのような意味で使ってきましたが実際はどうなんでしょうか?辞書を引いてものってないので疑問に思ってしまいました。

Aベストアンサー

「以」がつけば、以上でも以降でもその時も含みます。

しかし!間違えている人もいるので、きちんと確認したほうがいいです。これって小学校の時に習い以後の教育で多々使われているんすが、小学校以後の勉強をちゃんとしていない人がそのまま勘違いしている場合があります。あ、今の「以後」も当然小学校の時のことも含まれています。

私もにた様な経験があります。美容師さんに「木曜以降でしたらいつでも」といわれたので、じゃあ木曜に。といったら「だから、木曜以降って!聞いてました?木曜は駄目なんですよぉ(怒)。と言われたことがあります。しつこく言いますが、念のため、確認したほうがいいですよ。

「以上以下」と「以外」の説明について他の方が質問していたので、ご覧ください。
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?qid=643134


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