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先日、池上彰さんのテレビ番組で「第2次世界大戦のソ連の戦死者は2000万人を超えている」「その恐怖からスターリンは、隣国を共産国にした」ということを知りました。

日本の太平洋戦争での戦死者は300万人くらいと聞いてますが、日本の戦死者と単純に比較できるのかどうかわからないのですが、日本の7倍の戦死者の数には、とても驚きました。

第2次世界大戦のソ連の戦死者が多い理由をお教えいただけましたら助かります。

よろしくお願いいたします。

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A 回答 (8件)

まあ、漫談です。



ソヴィエト軍はバルバロッサ作戦当初にその主体が壊滅したので、1941年のタイフーン作戦を乗り切って以降の部隊が、みな新兵、という特徴がありました。
また旧式の機械装備も壊滅したので、結果的に機械装備が新式のものにいれかわりました。
T-34は名高い戦車ですが、他につかえる戦車が当初はなくなってしまっていたから使った、というのが実態です。
最新装備と新兵がまぜこぜになった軍隊が、モスクワ正面の戦いを乗り切った、1942年当初のソ連軍でありました。

もちろん精鋭であり戦略予備といえるシベリアの部隊はありましたが、ノモンハンのときに日本の帝国陸軍と正面衝突を初めてして大損害をうけた経験から、軽々しく欧州戦線に移動させるつもりに、ソ連軍指導部はなれなかったのです。
そのノモンハンのソ連軍総司令官が、スターリン直々に任じられたジューコフでした。

ジューコフは、

1 ソ連軍は弱い

2 だから勝つためには、敵より多くの兵器と兵士を前線に惜しみなく投入し、その重みで押しつぶすしかない

3 だから、兵士も戦車も大砲も、とにかく数をあつめる

ということを、理解していたので、必要なだけの兵力を敵がつぶれるまで投入しました。当然ながら自分より強い相手を数でつぶすのですから、犠牲はふえます。
さらに、この考えをスターリンも支持したので、党、治安組織、軍事思考、動員体制、といったソ連という国家の戦争体制そのものが、勝てるまで人命も装備も前線に突っ込むように構築され、上から下まで人命軽視というより、人命より目的達成、のドクトリンが徹底しました。目的達成が勝利なら、なおよし、です。

そのような体制のもとで運用されたソ連軍の基本的ドクトリンは、

最低でも幅50kmの線に分厚く、最低でも敵の3倍、普通なら5倍、理想は7倍の二陣の部隊を結集させ、

まず砲撃と航空攻撃だけで相手の6割に損害をあたえ、

そして第一陣が弱った敵に突っ込みその第一陣が自分の損害を省みず敵をなぐるだけなぐったら、

味方第一陣の残骸を乗り越えて無傷の第二陣が第一陣と戦ってボロボロになった敵を蹂躙する、というものでした。

装備は更新されたし、戦車・武器も疎開した工場と米英のレンドリースでそろえてはいるが、兵士の教育が低い軍隊にむずかしいことはあまりできません。字の読めない兵士が珍しくないどころか、ロシア語がわからない兵士も珍しくありません。
なので、時には下級将校は選挙で選び出され、そのような将校には反抗するものを軍法会議抜きで「処分」する権利はあたえられました。戦争をしている国家と党に異を唱える者はいらない世界です。
また、女性が前線で銃をとったり、戦車兵をやったり、戦闘機・爆撃機パイロットをしたりしたのも、ソ連軍だけでした。

この残酷な単純化となりふりかまわなさが、精鋭のドイツ軍相手に血を流しつつも、ソ連軍を勝たせたのです。
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この回答へのお礼

ご回答、ありがとうございます。
ソ連軍は弱いので、敵より多くの兵士と兵器を惜しみなく投入して、その重みで押しつぶすしかなかったのですね。
ソ連より強い相手を数で勝たなければならないので犠牲者が多く出たのですね。
目的達成のためなら、人の命など軽いものだったのですね。
ソ連の兵士は教育が低かったのですね。字が読めない兵士やロシア語が分からない兵士がいたとは知りませんでした。
軍法会議抜きで処分する権利を与えらていたりとか、なんかメチャクチャナ軍隊だった感じがします。
女性まで前線で銃をとったのですね。
残酷で単純でなりふり構わなさで精鋭のドイツ軍に勝ったのですね。だけど多くの血が流れたのですね。
いろいろお教えいただき助かりました。
心から感謝いたします。

お礼日時:2014/05/09 21:08

スターリンの意識もあるけど、


独ソ戦のスターリングラードの闘いでの人海戦術が大きのでは?
囚人まで動員したと言うから・・・
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この回答へのお礼

ご回答、ありがとうございます。
スターリングラードの戦いには囚人まで動員したのですね。
人海戦術だったので多くの戦死者を出したのですね。
いろいろお教えいただき助かりました。
心から感謝いたします。

お礼日時:2014/05/09 21:10

>第2次世界大戦のソ連の戦死者が多い理由をお教えいただけましたら助かります。



回答:稚拙な作戦と人海戦術。
しかし、一番の原因は、スターリンが「人民」の命を何とも思っていなかったからです。
《戦った相手(ドイツとフィンランド)が強かったというのもあります》

当時のソ連の状況ですが
スターリンは、戦前にソ連の共産党内の権力闘争で大規模な粛清を行い、自国の人民を2000万人以上処刑しました。(戦争中の死者とは別です)
この中には、軍人も含まれており、指揮官である大佐以上の65%も粛清されました。
こんな状態では軍が機能するはずもなく、当然戦争などできるはずもありません。
ドイツが攻め込んだのは、このようなソ連の状態を知っていたからです。

ソ連は↑による指揮官の人材不足を、人命を無視した人海戦術でカバーするしかありませんでした。
(相手の弾丸より多くの兵士がいれば勝てる)

1:とにかく国中から「人民」を集める。
  (徴兵ですらなく、町や村から誘拐同然で「勧誘」していました。)
2:そのような「人民」を充分な訓練もしないで戦場へ送ります。
  当時のソ連はど田舎の農業国で、「人民」の教育水準は低く、文盲や計算ができないのは普通でした。
  (これは戦後も同じようなものでしたが)
  農村でトラクターを運転していれば、すぐ戦車兵にさせらる程でした。

【おらコルホーズ嫌だ】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1697706

3:指揮官のレベルも低いので、高度な作戦など不可能な為に、ただの突撃しかできませんでした。

4:ドイツ軍は、叫びながら突撃してくる赤軍兵士に対して機銃や戦車砲で撃退します。

5:戦車があれば歩兵を乗せて一緒に突撃させました。(タンクデサント 画像参照)
→戦車が撃たれれば道連れ、車上に密集しているので爆風や機銃や榴弾でも全滅。
戦車から落ちると、後続の戦車に轢かれました。
タンクデサント兵の寿命は2週間と言われていました。

6:このような状況で撤退や脱走者が出るのは当然なのですが、
撤退しようとする者は、後方に控えている政治将校が指揮する「督戦隊」に撃たれました。

【政治将校】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BF%E6%B2%BB% …
(主に一党独裁国家において、政府および一体となる党が軍隊を統制する為に各部隊に派遣した将校のことを指す。政府の政治原則を逸脱する命令を発する軍司令官を罷免する権限を有していることもある)

【督戦隊】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9D%A3%E6%88%A6% …
(軍隊において、自軍部隊を後方より監視し、自軍兵士が命令無しに勝手に戦闘から退却(敵前逃亡)或いは降伏する様な行動を採れば攻撃を加え、強制的に戦闘を続行させる任務を持った部隊のことである)

「督戦隊の歌」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2005014

ソ連の戦死者は↑のような戦術によるものです。
ジューコフのように、有能かつ粛清を生き残った将軍もいましたが、それは稀なケースですし、現場で直接兵を指揮する将校が無能では何もできません。


私はその番組は視ていませんが、他の国の↓のような事は話したのでしょうか。
《戦後の中国では、粛清や失政で数千万人(ソ連の戦死者より多い)が粛清されたり餓死した事や、実はホロコーストは物的証拠がなく、証言のみで判決が下された事とか(収容所の死体は、ソ連の粛清の犠牲者である可能性があります)》

【文化大革命と大躍進政策】
http://www.page.sannet.ne.jp/mhvmhv/BunkaDaikaku

【アメリカ軍の戦争犯罪】
「第2次世界大戦のソ連の戦死者が多い理由は」の回答画像6
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この回答へのお礼

ご回答、ありがとうございます。
スターリンが自国の人を2000万人も処刑したというのは驚きです。
ソ連の権力闘争ってものすごかったのですね。
指揮官の大佐以上の人が65%も粛清されてしまっては、たしかに軍が機能しないと思います。
指揮官のいない人材不足を人海戦術でカバーしてしまったので、多くの戦死者を出したのですね。
撤退しようとする者は、後方に控えている政治将校が指揮する「督戦隊」に撃たれとのこと。「督戦隊」と「政治将校」いう言葉、初めて聞きました。貼り付けていただいたページを読ませていただいて、とても残酷だと思いました。
番組では紹介されませんでしたが、中国やアメリカも随分残酷なことをしたのですね。
いろいろお教えいただき助かりました。
心から感謝いたします。

お礼日時:2014/05/09 18:51

日本はアメリカにこういわれてました。


首脳部は果てしなく無能だが前線の将兵は強く勇敢だったと。
とろこが当時のソ連は将軍を大量に粛清して前線が無能だったんですね。
なすすべもなく負け続けたうえにかなり内陸まで攻め込まれました。
おまけに道路や都市を破壊する戦略をとったので民間人の生活にも多大な影響を与え犠牲者も出したと思われます。
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この回答へのお礼

ご回答、ありがとうございます。
ソ連の粛清というのは、すごかったのですね。
前線に影響を与えるほど粛清してしまったのですね。
いろいろお教えいただき助かりました。
心から感謝いたします。

お礼日時:2014/05/09 14:25

まず戦争では陸戦と海空戦では兵員の規模が違います。


太平洋戦争は基本的に海上での戦闘ですので、船の乗組員と島嶼での攻防が大半です。
一方独ソ戦は陸戦ですので、鉄砲もって打ちあう歩兵の人数が大きくものをいいます。
当然動員される兵力も死傷する兵力もけた違いです。

あとソ連は確かに最終的には勝利しましたが、ドイツに千キロ以上攻め込まれているのです。
そのたびにソ連軍は抵抗してドイツ軍に蹂躙されて、そのたびに兵を集めて守りを固めて蹂躙されてと繰り返してるのです。

ドイツからしたら二人殺したら3人現れ3人殺したら5人現れと殺しても殺しても敵兵がとめどもなく現れるのです。
そして最終的に進出距離が長くなりすぎて補給が足りずに力尽きたのです。
殺されても殺されても兵と兵器の補充が続いたのがソ連勝利の理由であり、逆に言えばそれだけ大量のソ連兵が殺されたのです。
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この回答へのお礼

ご回答、ありがとうございます。
陸戦と海空戦では兵員の数が違うのですね。
太平洋戦争は海上と島での攻防が大半で、独ソ戦は陸戦で動員する兵力も死傷する兵力も桁が違うのですね。
ソ連は、ドイツの千キロも攻め込まれたのですね。知りませんでした。ドイツ軍に蹂躙されては兵を集めて守りを固めるということを繰り返しているので、戦った兵が多いのですね。
殺されても殺されても兵と兵器の補充が続いたのがソ連の勝利の理由で、ドイツ軍は補給が足りなくて力尽きてしまったのですね。ものすごい熾烈な戦いだったのがわかるような気がします。
いろいろお教えいただき助かりました。
心から感謝いたします。

お礼日時:2014/05/09 12:13

 ソ連人民(軍人を含む)の絶滅(皆殺しですね)を目的とした戦いでしたから

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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
ソ連人民の絶滅が目的として、当時のドイツにはあったのですね。
なぜ、ドイツはソ連をそれほど憎んでいたのでしょうか。
お教えいただきありがとうございました。

お礼日時:2014/05/09 11:14

日本は中国との戦争で大東亜共栄圏を掲げました。

共栄です。

一方、ナチスドイツはロシア人をユダヤ人に準じた抹殺すべき人種としました。つまり領土を獲得するだけでなくロシア人を殺戮することを目標としました。
しかもドイツの機械化部隊は日本の比ではありませんでした。

中国は戦死者を南京と同じようにとんでもない数字をでっち上げていますが、日本の陸軍なんて戦車は小さいし、銃は単発式でした。弾がなくなったら銃の先端にとりつけた銃剣で戦うようになっていました。こんな装備で中国の言う5千万以上などとてもとても。多くて150万でしょう。そもそも中国軍は戦わずどんどん内陸へ逃げたんです。本格的な戦闘はありませんでした。

独ソ戦はスターリングラードの死闘を始め、熾烈な戦闘が各地で繰り広げられました。
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この回答へのお礼

ご回答、ありがとうございます。
ドイツの機械化部隊は日本の比ではなかったのですね。
日本と中国、ドイツとソ連では戦闘の熾烈さが違ったのですね。
中国の場合、真正面から戦うというより内陸に逃げて行ったのですね。本格的な戦闘はなかったのですね。
いろいろお教えいただきまして助かりました。
心から感謝いたします。

お礼日時:2014/05/09 11:11

スターリンの戦略によるものだそうですよ。



↓この質問に判りやすい回答が数件寄せられていますから、ご覧になってはいかがでしょうか。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/1655903.html
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この回答へのお礼

ご回答、ありがとうございます。
貼り付けていただいたページを読ませていただきました。
スターリンという人の異常さがよくわりました。
いろいろお教えいただき助かりました。
心から感謝いたします。

お礼日時:2014/05/09 10:27

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第二次世界大戦において、ソ連の戦死者数は他国に比べて郡をぬいていると思います。ドイツでも300~350万人ぐらいだと思いますが、ソ連では2000万人ともいわれているのを知りました。ドイツ軍の進撃によりソ連侵攻でモスクワ近くまで攻め入られたというのもあると思いますが、ソ連側の大戦中の死者の数は異常だとお思います。この理由を知りたいと思い質問をさせて頂きました。

Aベストアンサー

戦死者を英語で表記すると"death in action"、つまり、戦闘中の死者(軍人)を意味します。当時のソ連の総人口が仮に2億人だったとしても、軍人の死者が2000万に達するはずがありません。2000万という数字は軍人の死者ではなく、戦争による全ての犠牲者を含んでいることに注意して下さい。

ソ連の戦争犠牲者が異常に多いのは、当時のソ連の独裁者スターリン(本名:ヨシフ・ビサリオノヴィッチ・ジュガシヴィリ)の戦争指導に原因があります。スターリンは、戦争を有利に遂行するためなら一般市民が多数犠牲になることを気にかけませんでした。軍事産業を維持するため、敵が迫っても一般市民が避難することを許さず、軍と共に都市に篭城させたのです。
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2000万という数字は、戦死者(軍人)+戦争による死者(市民)+たまたま戦争中に発生した政治的粛正による死者の合計、と考えるべきでしょう。

戦死者を英語で表記すると"death in action"、つまり、戦闘中の死者(軍人)を意味します。当時のソ連の総人口が仮に2億人だったとしても、軍人の死者が2000万に達するはずがありません。2000万という数字は軍人の死者ではなく、戦争による全ての犠牲者を含んでいることに注意して下さい。

ソ連の戦争犠牲者が異常に多いのは、当時のソ連の独裁者スターリン(本名:ヨシフ・ビサリオノヴィッチ・ジュガシヴィリ)の戦争指導に原因があります。スターリンは、戦争を有利に遂行するためなら一般市民が多数犠牲に...続きを読む

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ソ連はどうしてこんなに多く死者を出したのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

第二次世界大戦前というかドイツとの開戦前、ソ連はスターリンが権力を掌握したところで、独裁者の常として自分の地位を脅かしそうなものやライバルになりそうな人物を次々と粛清してゆきました。
その中にはトハチョフスキー元帥をはじめとする内戦を戦ってきた実戦経験のある有能な軍人も多数含まれ生き延びたのは能力はなくてもスターリンに忠実なものばかりでした。
しかも高級軍人だけではなく、これらの粛清された高級軍人の部下だった佐官・尉官クラスについても粛清されたり強制収容d)に繰られたりして、ほとんどまともな軍隊としての体をなしていませんでした。
そのためドイツが侵攻していたとき(スターリンとしてはドイツとは不可侵条約を結んでいるし、英仏と戦争を始めたところ℃ソ連に攻め込んでくることはあるまいと油断していたものと思われます)ドイツ軍に対抗するだけの能力はなくとくに緒戦ではドイツの機動部隊の前に次々と壊滅し、ソ連はさこへどんどん未経験に近い聴衆兵を前線に送り出してきて人海戦術で兵士の犠牲にはいとわず防衛しようとしましたのでどんどんと犠牲が増えたものです。
この頃、戦線の崩壊を防ぐために退却を許さず、退却してきた兵士を後方の督戦隊が銃殺してしまうことさえありました。
ドイツ軍としても捕虜にしても足手まといになるということで投降してきても捕虜にはせず射殺してしまうこともありました。
そのあたりのことについては戦史にも載っていると思います。

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おいみんな、「第二次大戦 戦死者」とか「欧州戦線 戦死者」と検索すりゃ一発で出てくるじゃないか。

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投入した物資の量となると、イギリスやソ連への武器貸与分を含めると圧倒的に欧州戦線となります。アメリカがどのくらいソ連を支援したのかというと、ソ連軍が使ったトラックの約9割がアメリカ製だったくらいです。アメリカがトラックや弾薬、燃料をソ連に送ったので、ソ連はほとんど戦車とか戦闘機だけ作っていれば良かったのです。そもそもアングロサクソン人国家であるアメリカにとって大西洋と太平洋では圧倒的に大西洋のほうが重要であり(ワシントンDCは東海岸であることをお忘れなく)、太平洋戦線なんて言葉は悪いですが片手間でやっていたようなものです。

どうしても私たちは日本人なので自分たちを買いかぶってしまいますが、そもそもアメリカは対ドイツ戦に勝利してから太平洋戦線で反撃しようと考えていました。けれど、(欧州戦線でメインの)陸軍が反撃しているのに(太平洋戦線でメインの)海軍は反撃しないのでは国民への体裁も悪いことから主に米海軍が強く主張して太平洋戦線でも反撃することにしました(あとは国民的人気が高かったマッカーサーも主に自分の体裁から強く主張した)。だから、1943年まで太平洋戦線に投入された主な地上部隊というのは海兵隊一個師団程度です。

おいみんな、「第二次大戦 戦死者」とか「欧州戦線 戦死者」と検索すりゃ一発で出てくるじゃないか。

欧州戦線における米軍の戦死者が約18万人、太平洋戦線における米軍の戦死者が約10万人、合わせて約29万人です。ただし、欧州戦線ではドイツ軍の他にイタリア軍だって(一応)いたわけですから単純に対ドイツ戦のみというわけではありませんが。
投入した物資の量となると、イギリスやソ連への武器貸与分を含めると圧倒的に欧州戦線となります。アメリカがどのくらいソ連を支援したのかというと、ソ連軍が...続きを読む

Q第二次世界大戦の日本兵の死亡率

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戦死者数は130万人を超えるとされていますが(原朗「戦時統制経済の開始」『岩波講座日本歴史20』近代7)、単なる戦死というより、日本軍は飢餓とも戦っていました。これこそ無謀な戦争といえる現実でした。

NHK取材班編 太平洋戦争 日本の敗因2「ガダルカナル 学ばざる軍隊」(角川文庫)
>アメリカ軍は結局この日本軍の撤退の動きにまったく気がつかず、奇跡的な成功だったといわれる。これは『戦争叢書・南太平洋陸軍作戦2』によれば、1万0665人であった。これはガダルカナルに上陸した総人員3万1358人のおよそ三分の一であった。戦死・行方不明は合わせて2万1138人、そのうち戦闘で死亡した兵士は5000人ほどと推定され、残りの1万5000人以上が飢えと病に倒れたのであった。
 
 精神論だけで勝とうとする日本軍の指導者について以下のように記載してあります。
 >またアルビン・クックス教授は、このノモンハン事件(死傷率70%)の失敗が太平洋戦争でも繰り返されたもう一つの大きな点は、事件の指導者(辻正信、服部卓四郎)が責任も取らずに再び太平洋戦争も指揮したことにあるとしている。

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戦死者数は130万人を超えるとされていますが(原朗「戦時統制経済の開始」『岩波講座日本歴史20』近代7)、単なる戦死というより、日本軍は飢餓とも戦っていました。これこそ無謀な戦争といえる現実でした。

NHK取材班編 太平洋戦争 日本の敗因2「ガダルカナル 学ばざる軍隊」(角川文庫)
>アメリカ軍は結局この日本軍の撤退の動きにまったく気がつかず、奇跡的な成功だったといわれる。これは『戦争叢書・南太平洋陸軍作戦2』によれば、1万0665人であった。これはガダルカナルに上陸した総人員3...続きを読む

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普通に考えたら、独ソ戦は日中戦争のヨーロッパ版みたいなもので、ソ連は最終的にドイツを追い出すことには成功するでしょうが、相手方の国土に攻め込むほどの余力はとても持てないのではないかと思うのですが。

Aベストアンサー

1942年6月当時、ドイツ軍が北アフリカ戦線に投入したのは3個師団。これに対し東部戦線は171個師団。

Location Of German Divisions In June Of Each Year
Country      1941   1942   1943  1944
USSR        34     171   179   157
France, Belgium
& Holland      38     27    42    56
Norway & Finland 13     16    16    16
Balkans       7       8     17    20
Italy          0       0     0     22
Denmark       1       1     2     3
North Africa     2       3     0     0
http://www.angelfire.com/ct/ww2europe/stats.html

それからイギリスが受け取ったレンドリースは、大戦を通じてソ連の3倍にも及ぶ。

           1941    1942   1943   1944    1945    Total
        (Mar. to Dec.)                (Jan. to Aug.)
Total aid to British
Commonwealth  1,082  4,757   9,376  10,766   4,437    30,073
Aid to Russia    20   1,376   2,436?  4,074   2,764    10,670
Aid to other countries                              2,872
Total lend-lease aid                               43,615
http://www.ibiblio.org/hyperwar/USA/BigL/BigL-5.html

 だが、現実は違った。ヒトラーは、対ソ侵攻開始直前の四一年六月十一日に発令した総統指令第32号「バルバロッサ以後の事態の準備について」の中で、対ソ戦が終結した後の四一年から四二年にかけての冬の期間に、陸軍の60個師団をロシアに駐留させるとの計画を立て、この駐留で必要となる冬季用装備についても陸軍側で手配が完了していた。
 ところが、四一年十月以降、ソ連国内での鉄道輸送網がパンク状態に陥っていたことから、用意された冬季用装備は、輸送手段がないためポーランドのワルシャワで山積みになったまま放置されてしまう。
http://wau.private.coocan.jp/wwtef/gaso/kampfe_vor_moskau.pdf

「終戦までのドイツ国防軍全体の損失は1348万8000人を数えた。このうち1075万8000人が東部戦線で戦死するか捕虜になった」
http://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784059011736

 ユーリー・レヴァダ分析センターが実施した世論調査の結果によると、ロシア人の60パーセントが、ソ連は第二次世界大戦で同盟国の援助なしに勝利できたはずだとの確信を示している。なお、回答者の32パーセントが、それに反対の見解をとっている。
http://japanese.ruvr.ru/2011/06/22/52225119/


戦線別ドイツ軍戦死者統計
Losses per theater
Theater      Dead      %
Africa       16.066     0,3   ←アフリカ戦線ww
Balkans      103.693    1,9
 North      30.165     0,6
 West       339.957    6,4
 Italy       150.660    2,8
Eastern Front
(- Dec 1944)  2.742.909    51,6   ←ソヴィエト赤軍は
Germany (1945) 1.230.045   23,1   ←頼もしいよなぁ♪
Various       245.561   4,6
 Total       4.859.056
http://www.axishistory.com/axis-nations/germany-a-austria/144-germany-unsorted/statistics/2461-german-losses-per-theater


<各戦線のドイツ軍機損失 GRUのデータ3476号>
En frente sovietico-aleman(独ソ戦線)
Durante 1941 (desde 22.6) 4 200
Durante 1942 11 550
Durante 1943 15 200
Durante 1944 17 500
Durante 1945 (hasta 9.5) 4 400
En frente occidental(西部戦線)
Durante 1941 (desde 22.6) 500
Durante 1942 800
Durante 1943 1 800
Durante 1944 14 550
Durante 1945 (hasta 9.5) 4 200
En Alemania y en los paises ocupados {2}(ドイツ国内)
Durante 1941 (desde 22.6) 800
Durante 1942 1 300
Durante 1943 4 850
Durante 1944 2 500
Durante 1945 (hasta 9.5) 1 500
Total aviones perdidos
Durante 1941 (desde 22.6) 5 500
Durante 1942 13 650
Durante 1943 21 850
Durante 1944 34 550
Durante 1945 (hasta 9.5) 10 100
http://www.rkka.es/Estadisticas/VVS_stat/01/01_10.htm

 ソ連側資料によれば、11月14日から12月5日までの期間、赤軍航空隊は西部方面戦区で15903回の出撃を行ったが、これとまったく同じ期間に同じ地区で確認されたドイツ機の上空通過は3500回であった。もちろん、すべての上空通過が確認されたわけではない。後に押収されたドイツ軍の参謀資料からすると、ドイツ軍のパイロットたちは11月末に平均して1日240回発進していたと推察できる(これに対してソ連軍パイロットたちは760回の出撃で応え、敵の約2倍の航空機を有していた)ドイツ軍の対ソ侵攻後初めて、赤軍航空隊はルフトバッフェよりも稼働率を上げて活動するようになっていた。ドイツ第4戦車集団の戦闘行動日誌は上空の様子を何とか説明付けようと試みている。
―「赤い首都はその多数の幹線道路・鉄道とともに前線のすぐ後方にある。敵は『地の利』に恵まれている。ソ連空軍は格納庫や修理所、モスクワの飛行場を持っているが、ドイツ機は野戦飛行場の雪原に立ち、悪天候の影響をすべて耐えねばならぬのである」
 11月18日に西部方面軍戦区の右翼に第6戦闘航空軍団の主力が基地を移し、さらに1日おいてそこに長距離爆撃航空軍の1個師団が投入された。上空ではソ連空軍が明らかに優位にあったことをドイツ第9野戦軍の戦闘活動日誌も認めている。
―「敵空軍再び我が軍進撃部隊を爆撃し、銃撃しているが、ドイツ戦闘機部隊は今にいたるも地上部隊の上空援護を保障できないでいる」
<モスクワ上空の戦い 知られざる首都航空戦1941~1942年
ドミートリィ・ハザーノフ/著 アレクサンドル・ペレヴォースチコフ/監修 小松徳仁/訳>

ノルマンディー上陸作戦
▼フランス展開部隊の実状
 ・フランスは東部戦線で疲弊した師団の休養・再編成地
 ・歩兵師団の多くは沿岸警備用師団か訓練師団
 ・第709師団の平均年齢36歳。対するアメリカの歩兵は平均年齢25歳
  →第一線の軍隊にとっては大きな差。
http://members.jcom.home.ne.jp/hartmann/page008.html

ちなみに米軍死者は欧州戦線で25万二千、太平洋戦線で15万6千人。

MILITARY      HOSTILE               NON-HOSTILE
ACTION       DEATHS      WOUNDED    DEATHS              
World War II
(1941-45)
Total          293,1216       670,846       115,185
European Theater  185,179        498,948       66,805
Pacific Theater    107,903        171,898       48,380
http://www.vfw.org/PR/Media%20Room/AmericasWarDead1775_2009.pdf  

1942年6月当時、ドイツ軍が北アフリカ戦線に投入したのは3個師団。これに対し東部戦線は171個師団。

Location Of German Divisions In June Of Each Year
Country      1941   1942   1943  1944
USSR        34     171   179   157
France, Belgium
& Holland      38     27    42    56
Norway & Finland 13     16    16    16
Balkans       7       8     17    20
Italy          0       0  ...続きを読む

Q日本のミサイル防衛にTHAADが無いのは何故?

【ワシントン共同】米陸軍当局者は26日、米領グアムに配備した高性能の地上発射型迎撃システム「高高度防衛ミサイル」(THAAD)が完全な稼働状態に入ったことを明らかにした。との報道です。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130427/amr13042709290001-n1.htm
一方日本の場合イージス艦から発射するミサイルとPAC3でTHAADはありません。
日本の場合THAADは無くても良いのですか?


 

Aベストアンサー

>日本の場合THAADは無くても良いのですか?

はい、必要ありません。

THAAD (Terminal High Altitude Area Defense) Missile は射程 200km、射高 40km~150km の地上発射型迎撃 Missile で、High Altitude Area Defense (高高度域防御) の部分だけを見て ICBM (Inter-Continental Ballistic Missile:大陸間弾道弾) をその頂点付近の宇宙空間で迎撃するかのように誤解されがちですが、Terminal (末端の/終末の) のいう言葉が示すように、目標に向かって高度を下げて大気圏 (成層圏よりも上の 40km~150km にある化学圏) に突入してきた最終段階での弾道弾を撃墜する Missile です。

一方、日本が Aegis 艦に搭載している SM3 (Standard Missile 3) 161B Block IA は射程 400km、射高 250km で、先端部が Kinetic 弾頭と呼ばれる高機動弾頭になっているように、空気のない大気圏外での超高速運動能力を持たせたものとなっていて、THAAD よりも高性能な Missile になっています。

http://www.youtube.com/watch?v=Clny6teU5ik&feature=youtu.be

最初に海上自衛隊に配備された「こんごう」の SM3 161B Block IA は高度 160km を飛行する模擬弾道弾の直撃撃墜に成功していますし、現在は日米共同開発になる Block IIA の地上試験を終えて来年に飛行試験、2018 年には現在の Block IA を Block IIA に置き換える予定になっています。

http://www.youtube.com/watch?v=A6CIu9fRk3k

地上発射型で射程が 200km しかない THAAD では幅数百km 長さ 2000km 余りの日本列島に数十基の発射機を配置しなければならず、何時 Terrorism だの過激な反対運動の前に壊されるか判ったものではないのに比べ、SM3 は部外者など近付けない Aegis 艦の中にありますし、相手国の Missle 発射機から 400km 以内の海域に派遣すれば 1 隻で事足ります。

相手国が日本に向けて発射する Missile の Course は決まっていますので、日本列島近海に配置する Aegis 艦の数も数隻あればよく、既に海上自衛隊は上記「こんごう」型 Aegis DDG (Missile 護衛艦) を 4 隻、次級の「あたご」型 Aegis DDG を 3 隻運用していますので、2~3 隻が定期整備中であっても常時 4~5 隻は緊急配備に就くことができるようになっています。

>日本の場合THAADは無くても良いのですか?

はい、必要ありません。

THAAD (Terminal High Altitude Area Defense) Missile は射程 200km、射高 40km~150km の地上発射型迎撃 Missile で、High Altitude Area Defense (高高度域防御) の部分だけを見て ICBM (Inter-Continental Ballistic Missile:大陸間弾道弾) をその頂点付近の宇宙空間で迎撃するかのように誤解されがちですが、Terminal (末端の/終末の) のいう言葉が示すように、目標に向かって高度を下げて大気圏 (成層圏よりも上の 40km~150km ...続きを読む

Qなぜ中国は人口が多いのですか?

数千年前に急激に増えたのでしょうか?
SEXの好きな民族だったのでしょうか?

Aベストアンサー

 
  基本的に幾つかの理由が輻輳しています。
 
  1)まず、中国は、黄河・揚子江を擁し、肥沃な大平野があり、古来より、麦・米の栽培による灌漑農耕があり、「四大文明」の一つだともされています。二千年乃至三千年以前から、肥沃な土地にあって農業を営み、養える人口が、他の地域よりも多く、結果的に、古代から人口過剰になっており、農耕地をどんどん拡大し、揚子江南岸の三国志時代の呉などの地域は、あまり農業生産性が高くなかったのですが、ここも農耕地に変え、食料生産能力を高度に上昇させました。そのため、古代、二千年とか辺りからすでに人口問題があり、周期的な大戦争や天災で、死んだり、餓死したりで、人口調整がなされていたとも云えます。つまり、昔から、中国は人口が多かったのです。人口密度も高かったのです。
 
  2)上の周期的な人口減少があるということは、それを回復するための努力や、また自然に回復する理由があったとも云えます。その理由の一つは、中国の社会が、農業文明であって、農業文明では、人口調整は自分たちでは行わないのです。つまり、生まれる数だけの子どもを育成しようという文化慣習があります。この結果、戦争・天災などで、減った人口はすぐに回復するということが繰り返され、また、このような経験を蓄積した文化として、「子どもはできるだけ多数造る」というのが、歴史を越えて、文化の基底習慣にもなってしまいました。
 
  3)もう一つの理由として、中国の社会の構造があります。中国は、大家族制社会で、もう一つ大結社的社会でもあるのですが、中国の歴史上の争い、戦争や政争などは、大家族・大結社の規模や、どれだけ、それらを糾合できるかで決まりました。従って、大家族は、人数が多いほどよいというので、農業文化の基本である、子どもは造れるだけ造るという原理以外にも、社会的競争の結果、大家族集団では、育てることのできない子どもは、力ある、大家族の別の家族が引き取り養うという形で、単に、農民家族が多くの子どもを育てるというだけではなく(これだと、個人家族の限界が出てきます)、大家族共同体が、そのなかで、多数の子どもを再生産するという、大共同体レベルで、多産多育成を可能とする社会機構があったので、そういう機構がない農業社会に較べ、多数の子どもが、成長し得たということで、人口増大がすぐ起こったのです。
 
  4)あまり説明が長くなるのも困りますから、もう少し簡単にしますが、次に、社会の「近代化」という問題があります。農業生産を基盤とする社会は、可能な上限まで人口を増やします。国連が食料を援助すると、その援助分だけ、人口が増えて行ったりします。しかし、先進近代国家は、人口減少へと現実的に向かっています。この理由は、高度文化社会となると、餓死の心配などはなくなり、国家の国民支援も、制度的に保証され、子どもをたくさん造って、家族や自分たちの「保険=保証」にしようという必要がなくなることがあります。また、高度文化においえ、義務教育他高等教育も普通となり、生活費用も高くなり、一人の子ども成人させるのにかかる費用が大きくなって行き、多くの子ども育てるということが、合理的でなくなってきます。不可能になるとも云えます。国民全体が、餓死などない、相応に豊かな生活水準になり、義務教育の普及が90%を越えて来ると、こういうことになり、人口増加は逆転して人口減少になります。これが先進国の実状です。
 
  5)現在の先進国も、1世紀前には、実は、人口増大していました。先進国はどこもかも、産業化の時点から較べて、数倍から十倍ぐらいの人口に増え、その後、増加は停止し、減少へと転じます。このパターンからすると、現在世界の後発国は、産業化をすすめ、教育の普及などを進めていますが、この結果としての人口増大があります。衛生思想や技術の普及で乳児死亡率が低下し、人口増大へと転化した国も多数あります。中国もそうであり、1世紀前に較べ、第二次世界大戦などを経過したにも拘わらず、産業化・先進化の歩みの途上の人口増加を経験していると云えます。
 
  インドやバングラデシュや、アフリカなどの人口増加はどうなるのかは、主に第五の理由が共通しています。その他には、インドには、また固有の事情があります。とまれ、中国は、先進国化してしまえば、人口増加は停止するはずですが、「先進国化」というのは、文明の展開で、最初に突破した少数の国々・地域だけに可能で、後発諸国は、そういう可能性はないのではないかという可能性もあります。つまり、中国が近代化・先進化する見込みはないという可能性が高いです。先進化への開始から、実現までのあいだに、日本・欧米で、数倍から十倍ぐらいの人口増加と言いましたが、その数字からすると、中国が近代化を進めて行く過程で、いまから、農業国であった理由での人口増大とは別の要因の人口増大が加わって、まだまだ、増えて行くと考えられます。
 

 
  基本的に幾つかの理由が輻輳しています。
 
  1)まず、中国は、黄河・揚子江を擁し、肥沃な大平野があり、古来より、麦・米の栽培による灌漑農耕があり、「四大文明」の一つだともされています。二千年乃至三千年以前から、肥沃な土地にあって農業を営み、養える人口が、他の地域よりも多く、結果的に、古代から人口過剰になっており、農耕地をどんどん拡大し、揚子江南岸の三国志時代の呉などの地域は、あまり農業生産性が高くなかったのですが、ここも農耕地に変え、食料生産能力を高度に上昇さ...続きを読む

Q第二次世界大戦時で最も優秀な戦車は?

ドイツのタイガー戦車が強力で有名ですが、
ソ連軍のT-34という戦車がそれを打ち負かしたということを知りました。
さらにタイガー戦車より最新のパンター戦車というのもあるらしいです。
総合的に見て最優秀の戦車(一対一で勝てる)は何だったのでしょうか?

又日本は戦車の開発には関心が薄かったようですが、
それはどうしてでしょうか?
中国戦線では大活躍すると思うのですが。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

兵器の優秀さというのは、1対1で強いかとかカタログデータで決まるものではないのですね。別に兵器に限った話ではないのですけれど。
1対1で単純に強いといったらドイツのタイガー2(キングタイガー)だったと思いますが、じゃあキングタイガーは無敵で前線の兵士から歓迎されたかというと、前線の兵士の評判はあまりよろしくないのですね。なぜかというと、これはまあドイツ軍重戦車の宿命でもあるのですが故障しやすくて部品ひとつひとつがやたらと重い。つまり整備が大変だったからです。

1対1で強い戦車があれば戦争に勝つかというとそうでもないのです。例えば1940年のフランス電撃戦のとき、ドイツ軍の持つ戦車は3号戦車と4号戦車(前期型)が中心で、武器としては機関銃しか持っていない2号戦車の数もまだまだありました。
一方のフランス軍にはシャールB1という重戦車があり、イギリス軍にもマチルダ2という戦車がありました。カタログスペックだけ見たら、B1戦車もマチルダ2も3号戦車や4号戦車より優れているのです。しかも、その数はドイツ軍に比べると英仏連合軍のほうが多くの戦車を持っていたのです。
しかし、戦争にはドイツ軍が勝ちました。その勝因は、戦車を集中して運用したからです。

プロ野球でも、ものすごい4番バッターがいたら優勝するかというとそうではないですよね。チームとしての全体のバランスが重要です。サッカーもそう。軍隊(戦争)もそうなんです。
第二次大戦のときのアメリカ軍の主力戦車はM4シャーマンです。カタログスペックだけ見ると、ドイツ軍の4号戦車よりちょっと優れている程度です。だからドイツ軍のタイガーやらパンターやらには直接対決では勝てなかった。でも、アメリカ軍はそれでよかったのです。アメリカ軍にとってM4戦車は歩兵支援用です。だから、それ用のための性能を重視しました。そして、ドイツ軍の強力な戦車には、航空機などの戦車の苦手な手段で当たればいいと考えていたのです。これぞアメリカ人の超合理主義。「戦車の相手は戦車がしなきゃいけないと誰が決めたのだ」というわけです。

戦車というのはですね、基本的に消耗品なのです。いくら優れた戦車でも1両だけじゃどうしようもない。それなら平凡な性能の戦車が10両あったほうがいいのです。
これが基本的に理解できなかったのが日本軍。理解できなかったというか、受け入れられなかったというべきでしょうかね。基本的に貧乏な日本軍では、お金のかかる戦車を大量に用意して消費しながら戦うなんて贅沢な戦い方はやりたくてもできなかったのです。

日本軍悲劇の戦車チハタンこと九七式中戦車は、カタログスペックだけを見ると同時代の戦車、例えばドイツの3号戦車初期型とほぼ同等の性能を持っています。3号戦車初期型が37ミリ砲を搭載していたのに対して、チハタンは57ミリ砲を搭載していたので、カタログ上は上です。
しかしこの、「カタログ上は」ってのがネックで、実はチハタンの57ミリ砲、初速が遅くて徹甲弾の性能が低かったので対戦車砲としては使い物にならなかったのです。これは日本工業力の限界。
そしてなによりエンジンの性能が低かった。3号戦車が300馬力のエンジンを持っていたのに対してたった170馬力しかなかった。だから、改良を加えたくても性能に余裕がなかったのです。

日本軍は戦車の開発に関心がなかったわけではないです。ただ中国軍にはほとんど戦車はなかったし、アメリカ軍も第二次大戦前にはほとんど戦車を持っていませんでした。しかしソ連軍は戦車を大量に持っていたので、ソ連軍への対抗上戦車への関心は持っていました。
しかし、ソ連軍が戦車を「大量に動員する」という戦い方をしてきたノモンハン事変を目の当たりにして、「あんな戦い方は(貧乏で戦車を揃えられない日本には)とてもムリ」となったのです。
戦車は戦車単独で存在しているわけじゃなくて、修理をする整備兵や、補給をするトラックなども必要ですよね。ところが当時の日本人にはそもそも車の運転ができる人がいなかった。自動車運転は「特殊技能」扱いです。ましてやそれの整備ができる人となるともっといない。だから運用にも限界があるのです。国に車が行き渡っていて、当然自動車修理工がいっぱいいたアメリカとの違いです。

兵器の優秀さというのは、1対1で強いかとかカタログデータで決まるものではないのですね。別に兵器に限った話ではないのですけれど。
1対1で単純に強いといったらドイツのタイガー2(キングタイガー)だったと思いますが、じゃあキングタイガーは無敵で前線の兵士から歓迎されたかというと、前線の兵士の評判はあまりよろしくないのですね。なぜかというと、これはまあドイツ軍重戦車の宿命でもあるのですが故障しやすくて部品ひとつひとつがやたらと重い。つまり整備が大変だったからです。

1対1で強い戦車があ...続きを読む

Q第二次大戦中に現代の自衛隊を投入したら

くだらない質問ですが、気になったので書いてみます。

第二次世界大戦末期の1945年1月1日時点に、現在の最新鋭の自衛隊(航空・海上・陸上)の全戦力を日本本土に投入したら、日本軍は勝てるのでしょうか?兵器の生産設備などは投入しないものとします。

いくら最新鋭の戦力を持っていても核と資源がないのでアメリカが多大な犠牲を出しながらも勝つだろうという見方もできるし、当時の日本はインドネシアを占領していたので資源不足を克服し日本の勝利という考え方もあると思います。

Aベストアンサー

戦争に「絶対」は無いですから必ず勝てるとは言いませんが、面白い勝負にはなるでしょう。

近代軍では補給が重要な要素を占めるので、どれだけの弾薬や燃料、整備、補給品を保持しているかで、戦い方も変わってきます。自衛隊のそうした物資の正確な保有量が不明なので、推測するのは困難なのですが、とりあえず・・・

1945年1月の時点なら、できるかどうかは分かりませんが、まずは自衛隊の戦力を秘匿します。
2月の米軍による硫黄島攻略あたりで航空自衛隊の全力出撃です。
この次期、米艦隊は正規空母12隻、護衛空母17隻を含む大艦隊を出撃させてきており、このうちの正規空母12隻、護衛空母4隻が日本近海に現れ本土空襲を行っています。これを狙います。ちなみに、この当時の米艦隊の正規空母の数は14隻ですから全部撃沈できれば、後がかなり楽になります。
F2攻撃機、約80機を中心とする対艦ミサイル攻撃で、空母を撃破します。現代の対艦ミサイルを当時の米軍艦艇がそれほど迎撃できるとは思えないので、うまくいけばかなりの空母を撃破できるのではないかと・・・
また、B29への迎撃にもF15を出撃させます。最大で4発のミサイルを別々の目標に連続発射できるF15の戦闘力に、B29の部隊は大打撃を受けるのではないかと・・・
さらに海上自衛隊の潜水艦部隊によるハワイの真珠湾攻撃を行います。ハープーン対艦ミサイルは対地攻撃にも転用可能とという事なので、ハープーンで真珠湾の燃料施設や艦艇補修設備などに攻撃を行い、打撃を加えます。
要は自衛隊の進んでいる兵器を一挙に出して大打撃を加えるとともに、米軍にショックを与えます。
これでうまくいけば、アメリカは空母艦隊とB29の部隊とハワイの後方施設に大打撃を受け、直ぐには大きな作戦をできなくなるのではないかと思います。

その後は、まずシーレーンの確保です。九州から中国沿岸、そして台湾海峡を通ってシンガポールへの海上交通路の守備に海上自衛隊のP3C対潜哨戒機の部隊や、一部航空自衛隊の戦闘機部隊を派遣します。輸送船団には海上自衛隊の護衛艦隊も付けます。航空部隊の根拠地の設営は大変でしょうが、部隊が稼動すれば米潜水艦隊の脅威へ大きな力になると思います。日本の輸送船の撃沈された半数は、米潜水艦隊の通商破壊戦によるものだそうですが、当時の旧式な潜水艦なら現代の対潜哨戒機と護衛艦でかなりの確率で防ぎ、逆に戦果をあげられるのではないかと思います。
日本本土の防空は航空自衛隊の戦闘機とPAC3ミサイル部隊と、陸上自衛隊の高射特科団(改良ホーク地対空ミサイル部隊)が守ります。
攻撃には海上自衛隊の16隻の潜水艦部隊を使います。潜水艦隊で通商破壊戦を行います。第二次大戦末期のドイツで建造されたUボート21型は連合軍の対戦哨戒部隊にも察知されにくかったそうです。それよりさらに技術の発展している現代の潜水艦なら数は少なくとも大きな戦果を期待できると思います。
未だフィリピンの日本軍の抵抗は続いており、米陸軍20万人が投入されている時点で、米空母艦隊が大打撃を受け、さらに通商破壊戦を仕掛けられたら・・・米軍は楽勝とはいかなくなるでしょう。

米軍としてはこうした進んだ技術の兵器対策に苦慮する筈です。簡単には有効な対抗策は出てこないのではないかと思います。まずは打撃を受けた艦隊の再編と、戦略爆撃部隊の戦術の見直し、フィリピンへの海上補給路の守備を固め、真珠湾の設備の再建をしなければなりません。
建造中のエセックス級空母の建造を急いでも、半年以内に戦闘に参加させる事ができるのは5隻です。
大西洋から部隊を回す必要も出てくるかもしれません。

一方、自衛隊を除く日本の連合艦隊の状態はよくありません。
戦闘可能な空母は小型の鳳翔1隻ですし、戦艦は2隻、巡洋艦も数隻、駆逐艦も二十数隻というありさまです。
南方から資源が入ってきたら、まずは艦隊の増強が急務でしょう。まずは空母で建造途中の伊吹、天城や損傷状態の龍鳳、準鷹、葛城を戦闘可能な状態にしなければなりません。
他にも損傷を受けている戦闘艦艇があるので、大至急修理が必要です。
また、輸送艦の建造も急務です。1945年1月から終戦時までに約180隻の輸送船が建造されています。
しかし、同じ期間に実に700隻が沈められているのです。
まあ、自衛隊の参戦で、その数は減るでしょうが、しかし、1944年だけでも約970隻の輸送船が撃沈されています。
日本の造船所はとにかくフル稼働しなくてはならないでしょう。
また、航空機パイロットの育成や、戦闘機などの生産も必要でしょう。
時間は幾らあっても足りないくらいです。

こうした中で、日本の潜水艦隊がどれだけアメリカに打撃を加えられるかが重要だと思います。
そしてフィリピンの米軍を孤立させ、ハワイを孤立させる事ができれば、新たな展望が開けるかもしれません。
時間が立てば、連合艦隊の戦力もある程度は回復してきます。そうなれば、新たな作戦を立てる事も可能となるでしょう。

なお、そのうち満州にソ連軍が侵攻してくるでしょうが、これについては航空自衛隊の支援を受け、東満山地で持久戦を行えば、かなりの機間、持ち堪える事ができるのではないかと思います。

戦争に「絶対」は無いですから必ず勝てるとは言いませんが、面白い勝負にはなるでしょう。

近代軍では補給が重要な要素を占めるので、どれだけの弾薬や燃料、整備、補給品を保持しているかで、戦い方も変わってきます。自衛隊のそうした物資の正確な保有量が不明なので、推測するのは困難なのですが、とりあえず・・・

1945年1月の時点なら、できるかどうかは分かりませんが、まずは自衛隊の戦力を秘匿します。
2月の米軍による硫黄島攻略あたりで航空自衛隊の全力出撃です。
この次期、米艦隊は正規空母12隻、...続きを読む


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