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それは、それに値する犯罪者がいるからです。一番腹が立つのは死刑廃止が先進国の考え方であるかのかのように言う人がいることです。では、人を殺すことが先進国に住む人間的な行為でしょうか?ということです。

また、死刑という行為は最高の刑、極刑ですがオウムの麻原のようなヤツを法の裁きだけで済ませられてしまってそれで済むのか?とも考えます。それだけで残された遺族の方たちの気持ちは晴れるのか、とも。あのようなヤツは10回死刑にしても許せない、遺族の気持ちも晴れることはないでしょう。

現在のところ、極刑は死刑しか、死刑しかない・・・ないのです。人を殺すという行為は原始的な行為である、と考えます。だから、原始的な方法で裁けばいいのです。公開処刑にすればいいのです。それでいいのです。それでこそ、抑止となるのです。

ムチャクチャだ、という方がいらっしゃるかもしれませんが、人命を絶つ、ということはそうなのだから当然です。極悪な行為を実行した者には極悪な方法で裁けばいいのです。それでこそ抑止の効力となるのです。

そこで質問です。この考え方は野蛮でしょうか?

A 回答 (9件)

この世で生きている人間だからこそ苦しみを味わうのですから、殺してしまっては元も子もありません。



その人殺しは、もしかすると来世に天界に生まれ変わるだけの高い徳を積んだ人かもしれません。

またその人殺しになぶり殺しにされた可哀想な幼児は、前世で多くの人を虐殺してきた鬼畜かもしれず、
むしろここで殺されることで過去の業を清算することができたのかも知れません。

そもそもその死刑囚は、何も悪いことをしていない冤罪被害者かも知れないのです。

この世に存在するものは、人・犬・蟻・机・トイレットペーパー・石ころありとあらゆるものが、ブラフマンの高次元の
波動であり、互いに干渉しながら、姿形を変え、解脱するまで永遠に輪廻を繰り返す「現象」です。

あなたの嗜虐性の赴くまま、残虐な死刑に執着し、業を深めてはなりません。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>またその人殺しになぶり殺しにされた可哀想な幼児は、前世で多くの人を虐殺してきた鬼畜かもしれず、
むしろここで殺されることで過去の業を清算することができたのかも知れません。
日本人は因果応報の考えが非常に強いですから、こう考えないと辻褄が合わなくなりますね。

お礼日時:2014/05/15 06:59

>「死刑という行為は最高の刑、極刑ですがオウムの麻原のようなヤツを法の裁きだけで済ませられてしまってそれで済むのか?とも考えます。



・・・じゃあ、どうするんだよ。


>「だから、原始的な方法で裁けばいいのです。公開処刑にすればいいのです。それでいいのです。それでこそ、抑止となるのです。」
>「そこで質問です。この考え方は野蛮でしょうか?」

・・・社会の敗北でしょう。
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死刑制度の目的は、凶悪犯罪に対する抑止力です。


死刑制度に対する主要な反対は、冤罪の問題です。
その結果として、死刑判決はするけど執行はめったに
しない(特に暗黙の了解として冤罪の可能性が騒がれ
ているケースは)という、現状になっているのです。

死刑の抑止力についても、冤罪の確率についても、
論理的に絶対的な答えのある問題ではありません。
現状の、あいまいな対応が最善ではないでしょうか。
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 こんにちは。




 問題は 自力救済が――緊急避難のばあいを例外として――みとめられていないことにあると考えます。それだから 公共の約束事としてその権力によって さばくというかたちになっている。


 もしその法律という取り決めによって けっきょく人の命を奪ってもよいということであれば 仮りに或る人が 自分の考えは法律の内容と同じであるから 自力救済をおこなうのだという考え方のもとに 命を奪われた人のためにその奪った人の命をも奪うのだと言って それを実行したとしたら どうなるか?

 裁判を経た死刑と同じ中身ではないかと 弁明できるか? 


 おそらく 法律による共同自治という精神に 形式的にでも 反すると考えられるからには 弁明はし切れないでしょうね。


 ただし 考え方においては 実質的に同じことだとうそぶくことが おそらく死刑の存続を訴えるその考え方とほとんど同じ程度で 否定できない。かも分かりません。


 つまり リンチ(私刑)による人殺しが 法律にもとづく人殺しと その実質的な考えや判断の内容から行けば ほとんど同じだと見る部分は 必ずしも 消え去らない。消え去らないで 法治社会にあっても残っている。かも知れない。そして そのことは 不法行為をおこなった人間に 共生の精神を取り戻させる刑罰を課するという――つまり死刑の存続という――意見と ほぼ同じくらい 消え去らないでいるということかも知れない。






 分かっていることは 世の中には 待ったなしという問題があることです。それゆえに 正当防衛ということもみとめられています。同じく それゆえに人殺しには 死刑という法による人殺しで対処するということも それとして認められ 実施されている。


 待ったなしの問題を超えることが出来れば 考え方は変わりましょうか どうでしょうか。

 つまり 死刑は 人殺しをとめるためにあるとすれば 法による人殺しをも止めることを目指すという課題が持ち上がっているはずだからです。



 わたしは いま現在では その時のその社会の見解として決めるしかないように思っています。として 逃げてみます。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>同じく それゆえに人殺しには 死刑という法による人殺しで対処するということも それとして認められ 実施されている。
正当防衛と死刑を同一線上に置くのは少し無理があるような・・・

お礼日時:2014/05/15 10:34

"それは、それに値する犯罪者がいるからです"


  ↑
そうなんですよね。
廃止派は、死刑が無くなれば素晴らしい社会が来る
ような錯覚を持っています。
死刑などなくてすむような社会にするのが先です。


”一番腹が立つのは死刑廃止が先進国の考え方であるかのかのように
 言う人がいることです。”
    ↑
死刑を廃止した国で、途上国はいくらでも
あります。
また、歴史上一番人殺しをして来た国の多くは
欧米です。
欧米は未だに戦争という人殺しをしています。


”死刑という行為は最高の刑”
   ↑
歴史的には死刑は軽い刑だった時もあります。
死刑にしてから死体を切り裂く、バラバラにする、
見せしめに晒す、馬で引きずり回すなどなどの
刑が盛んに行われていました。


”公開処刑にすればいいのです。それでいいのです。それでこそ、抑止となるのです。”
    ↑
これはいいかも。
ネットで中継すれば犯罪も減るかもです。
イヤな人は観なければよいだけの話。


”この考え方は野蛮でしょうか? ”
    ↑
野蛮ですが、野蛮だから悪い、ということは
ありません。
封建時代の武士の方が現代人よりも立派だった
かもしれません。

野蛮を理由に、侵略し、野蛮を理由に4000万人を奴隷として
売りさばき、大儲けしたのはどこの国でしたっけ?

それに、そもそも先進国であればあるほど野蛮です。
米国などは石油利権の為に、無実の罪を着せて侵略し
10万の外国人を殺害しています。
先進国ほどやりたい放題やっているのが現実です。

己の価値観を絶対視し
他国の価値観、制度に干渉することは野蛮では
無いのでしょうか。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>死刑などなくてすむような社会にするのが先です。
しかし、hekiyuさんのことだから、こうして死刑がなくなっても困るんじゃないですか?

お礼日時:2014/05/15 07:28

 私も『死刑制度』に賛成です。

『欧州から日本の死刑制度を廃止しろ!』と言ってきています。世界で死刑制度を実行している国は、少数国ですが・・・。

 人の命を殺めておいて『犯人に生きて償いをさせなさい』と言う道理が欧州の主張のようです。また、死刑は『残酷』だとも言われています。がそれならば、人を殺める事自体『残酷』ではないでしょうか?
 人を殺めたら己も殺められる、極自然の摂理だと私は思うのです。人を殺めておいて己だけ生き永らえて、帰らずの人に対しどう償いをすればいいのでしょうか?

 確かに、裁判に於ける犯人確定が事実に相違ない場合は良いのですが、事実に反し、捏造された・・・場合は悲劇でしょうね。

 ですから、しっかりとした判決が望まれます。事実に間違いないと確定された犯人(殺人犯)は何時までも刑務所暮らしなどさせないで、速やかに刑の執行を行えばよいと思う。永らえさせることは反面税の無駄遣いでもあるのだから。

 死刑が嫌なら間違っても『人を殺めない!』事を肝に銘じておくことではないでしょうか。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

お礼日時:2014/05/15 06:57

公開処刑はダメですね。


人命軽視の風潮が危惧されます。

ですので今のままで良いと思います。
どうしてもというのであれば、
   被害者の代表が執行のトリガーを引く。
で良いのではありませんか。
まあ、これも問題のある行為ですけどね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>公開処刑はダメですね。
人命軽視の風潮が危惧されます。
でも、公開処刑にしないと 例え死刑に値する命でも命にはそれなりの重みがあるということが認識されずに、ただ 極悪人を削除するくらいの軽い感覚になるのではないでしょうか?

お礼日時:2014/05/14 20:37

それで良いんじゃ無い?現在は死刑制度なのだから



いずれ 絶対に廃止されるが あなたが この世に居るまでは 無くならないから・・
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます

お礼日時:2014/05/14 20:34

一部分は賛成します。



法律的に正当に裁かれないのは疑問ですよね。
日本の刑法では「死刑」「無期懲役」と禁固何年という区分しかありません。
日本の法律がアメリカの法律みたいに複合刑となり、懲役100年とか200年があればいいと思います。
そうなって初めて死刑廃止論が論じられると思います。

日本では死刑囚であっても恩赦で無長期になって、無期懲役者は10~15年優良服役者となれが社会に復帰してきます。

死刑が好きなわけではありませんが、刑法の見直しが無い限り死刑の廃止には承服できません
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>日本の法律がアメリカの法律みたいに複合刑となり、懲役100年とか200年があればいいと思います。
まあ、死刑を廃止するとしたら、papapa0427さんの仰る代替案は必要でしょうね。

お礼日時:2014/05/14 20:33

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