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 幕末に、三条実美と共に尊王攘夷派公卿として活動した姉小路公知が、御所の北東猿が辻で暗殺されるという事件があります(いわゆる猿が辻の変)。でも、なぜ公家町のど真ん中、御所の九門の内側で暗殺されてしまったのでしょうか?御所の各門には各藩の藩兵が警備についていたはずです。そんなに易々と九門の内側に入れたものなのでしょうか?当時の警備の状況や、出入りのチェックがどのように行われたかなど、ご存じの方よろしくお願いします。マニアックな質問ですいません。

A 回答 (1件)

 時間が、夜10時過ぎですし、警備についていた門からは、距離が少しあるみたいですし、幕府の謀略説ありますので、手引きも考えられます。



http://www1.mirai.ne.jp/~jkj8/bakusin/nensiryo.h … 

この回答への補足

これ以上回答が望めないようなので、今回はこれで締め切らせていただきます。ありがとう御座いました。

補足日時:2001/07/10 02:40
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この回答へのお礼

マニアックな質問にお付き合いいただきありがとう御座います。ただ、猿が辻は朔平門から130メートル位でそんなに離れてはいないと思うのですが…。夜だから分からなかったのでしょうか?当時は街灯もありませんしね。恐らく真っ暗だったのでしょう。ただどうやって入り込んだのかそこが不思議です。

お礼日時:2001/06/07 06:53

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