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富岡製糸場の給料について質問です。

「600米ドル+150円が給料として支払われていた。現在の価値で年収5000万円で、当時の大臣クラスの給料だった。」

これって世界遺産に登録されて、日本政府がまた歴史を捏造して嘘を歴史教科書にしてませんか?

日本は戦後に歴史を嘘で塗り固めて、学校で習った歴史って嘘ばかりだと思ってしまいます。

なぜなら、富岡製糸場って出来高制で、早く出来る人ほど給料が高くなったと作業員は言っていました。

年収5000万円で大臣クラスの給料を貰っていたとかなぜ嘘を言うんですか?

高給取りだったとまた従軍慰安婦問題と同じように、何で戦前、戦後の金がないときに高給取りだらけの歴史になるんでしょう?

日本の歴史教科書ってやっぱりおかしいと思う。

A 回答 (5件)

私の知っている情報としては



ポール・ブリューナの月給が600ドルと賄い料150円だった。
それ、誰?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC% …

一等工女が年俸23円、二等工女で19円50銭
等外工女11円50銭。
しかし、この製紙場の中には、購買所があった。
この購買所には、フランス製の香水・化粧品・衣料品などを販売
していて、人によっては実家が仕送りをしていた。

ですから、ポールの年収だけは一等工女の800人分です。
一番の高給取りは、ドクターだったようです。

そこで働かされた人たちのことを思うと
私は良いイメージが、ありません。
確かに当時としては
好条件の職場であり、ブラックではないにしても
高級外国人がたくさんいましたから、当然に赤字経営。

その赤字は、どうしていたのでしょうね?
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

なぜ役職幹部の会社の社長みたいなランクの人の給料を当時の富岡製糸場の給料だったと紹介するのでしょう?

なぜ女工の給料じゃなくて?そこが不思議です。

いまだって会社の給料を社長の年収で言いませんよね。

お礼日時:2014/06/07 19:01

 お雇い外国人の給料に関するお粗末な勘違いは他の回答者の指摘通りとして、ほかにも重大な事実誤認があります。



 富岡製糸場の賃金体系は出来高払いではなく、技能審査に基づく能力別賃金です。出来高払いだと粗製乱造が有利になりますが、製品の品質を重視する富岡では、実技検定による工女の選抜制度によってこの弊害を防ぎました。

 この制度は、その後、近代的工場の多くで採用され、わが国工業発展の基礎になりました。見てきたような嘘はいけません。
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No.1の方がお答えの通りです。

技術をもったお雇い外国人
は大臣級の待遇でした。
ちなみに富岡製糸場の女工たちの給与も後に同様の作業をする
信州などの民間企業の女工と比べると雲泥の差がありました。
何しろ官営工場第一号ということで「模範」であることを欧米
諸国に見せるショーウインドウの役割をもったため採算度外視
での運営だったようです。女工に採用されたのは華族の娘が多く
勤務時間も短く高給でした。

 先日NHKの番組で富岡製糸場をとりあつかっていました。
華族の娘らを採用したのは製糸場では血を抜かれると人々が
誤解してだれも応募しないので製糸場のトップが自分の娘を
女工にし有力者に少女を出すように説得したようです。そんな
事情があればなおのこと好条件の労働だったでしょうね。

 少し後の「女工哀史」のような工場主に時刻を騙されて余計に
働かされ、劣悪な環境で胸を病み保障もなく放り出されることが
信じられないです。
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それ、フランス?から招いた技術指導者への待遇の話


敷地内に専用の洋館を造ったり

東洋の彼方、つい最近まで刀を振り回す人間がうようよいた国に招くにはそれなりの厚遇を準備しなければねぇ
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nazeka2014 さん、こんにちわ。



もしかしたら、そこで勤務しているお雇い外国人のお給料ではないでしょうか?外国人なら、しばしば大臣より高給だったというのはうなずけすし、第一600米ドルなんて表現は日本人にはいりませんよ。

あと女工さんは実際この金額だったようです。
http://cruel.org/books/tomioka/tomioka.html
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