『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜ人々を魅了したのか >>

勝利しか知らない日本軍が負けた。ショックも大であったことだろう。負けて初めて知る、負け戦のミジメさ。
終戦の日には、それを思い出さねばならない、と私は思う。

それが運命ででもあるかのように、はじめから負ける予感が漂うあの一戦。なぜその流れが生まれたのか? 
第二次世界大戦に参加していないヤングな私の、憤りを沈めれる答えを、誰か教えてください。

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A 回答 (25件中1~10件)

>どうして太平洋戦争で日本軍は負けたのか?



回答の全てではありませんが、ずらりと並んだ高論卓説を拝見しますと、大変失礼ながら、木を見て森を見ない類の御意見が多いとの印象です。

そもそも日本がどうして太平洋戦争で負けたのか、それは当時の軍部ですら負けると分かった不毛な戦争へと無理矢理引き込まれたから、しかしてその原因は、我が大日本帝国が非欧米列強以外の、アメリカからすれば取るに足らないアジアの新興国家であったから、それ以外に回答は有り得ないと思いますが・・。

例えば高名なハル・ノート、あれなどは二国間に於ける交渉でも何でもなく、皆さん御存知の通り、単なる最後通牒(に似たもの)に過ぎないでしょう、それも噴飯ものの・・。

仮に中国に権益を持ち、侵略・進出を意図していたのが、欧州列強の何れかの国とするならば、少なくとも交渉の余地はあった、つまり条件次第でアメリカが譲歩する可能性は高かった、そう思いますよ。

ところがその当事者が、彼らアメリカからすれば何の譲歩も交渉すら必要ない日本という国家であった為、他の欧州列強と同列に論じる必要がなく、高圧的な態度で一方的に通告すればそれでいい、そう考えたのものと・・。

・・とすれば、当時の日本には負けを承知の戦争突入以外の選択肢は無かった訳でして、つまりヨーロッパ戦線でのナチス・ドイツの勝利と、そこに伴うアメリカの孤立化を希望的観測で織り込む一方で、対米初戦で手痛い打撃を与えて厭戦気分を誘発し、ドイツをその調停者として早期に講和に持ち込む戦略を立てた、そういう事なのかも知れません。

以下少々話が横道に逸れて恐縮ですが、例えば昨今の対米 TPP 交渉、あれを対等な経済交渉と捉える大変におめでたい自称経済通の方もおられるようだが、だれがどう見ても現状では或る種の片務条約であり不平等条約の類に過ぎない。

つまり憲法第9条に雁字搦めにされた我が国としては、自国の安全保障上極東からアメリカに手を引かれるのが怖い、即ち損して得取れという、経済よりももっと大枠の利益に力点を置いておりまして、アメリカもその点を知り抜いている為、我が国の国情を鑑みた些細な希望すら認めないという、現状になっているものと思われますが・・。

何れにしましても、概ね angel さんの質問は、どの辺りに力点が置かれているのか非常に分かり難くしてある(恐らく意図的に)、そう申し上げておきましょう。
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この回答へのお礼

原爆の矛盾、日本国憲法の矛盾、それらが解決しない限り、太平洋戦争の決着は、いまだ途中と言わざるを得ません。

敗戦という事実は、単に3本勝負の1本目です。第二次世界大戦に勝つか負けるかは、今後の問題です。

あれが結果だとしたら、その子孫である私たちとしては、たまったものではありません。

戦争はすべて経済的なもののための戦争ですから、そろそろ第2ラウンドに入っても良いのでは、と思います。

この質問に、いまだ正解は訪れず。今後さらに答えを探る必要があるものと思います。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/06/17 03:13



花は痩せ衰えながらも咲いてみせ
誰も知らない場所で誰にも救われず置かれた場所で土に還った。

でもそこから花は理想の場所を探しに行けるのですね。
花が咲くことは命の苦しみではない、いわば排泄や代謝でもある自然の営み。

白人にとってタブーですが若い白人女性も人身売買されていた。
自国の女性を守れない国は繁栄しないだろうと思います。

根本的な国の発展には女性が女性らしく美しく咲けることですね。
今後とも「やまとなでしこ」の応援におきばりやす!

私は若いおにいちゃんが好き。若いエネルギーをもらえるから。
これは明らかに母性の第二ステージ突入のサイン。立派なおばちゃんの証。
おっさんはウザいクサいし、しょーもないことしか言わん。
もう気力が日々奪われる。

無差別殺戮、原爆投下など戦時中、戦後にも男性が不足して
日本男児が女性を守りきれなかった。
その意味は国力的にも大きいはずです。
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この回答へのお礼

そのテキストの曲の良さも何語なのかも、今いちピンときませんが、それを聞きながら御礼を書いています。

私はヤングなので、ウザくも臭くもないし、しょーもないことも言いません。

でも、惚れないでください。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/06/18 18:38

始めに呼称ね、指摘シテおきます、太平洋戦争は米公の呼称ですよー、矮小化差せる為の、日本は大東亜戦争です、教科書では太平洋戦争とか教わったとか言い出す意見も有りますが間違いてす。



何故負けたとかはその太平洋戦争と書いて有る教科書には国力の差と書いて有るハズです、それが全てでは無いですが50.60パはその通りです。

でも戦争は国力が圧倒してるからって100パ勝と言うものじょ有りませんねー、日本のガチガチの官僚主義+国力が圧倒的に不利とか知ってか知らずか運用を小出し.大事にし過ぎとかミッドウェー海戦ではモッタイナイとか考えて一秒争う時に爆弾から魚雷とか又索敵機の無線で魚雷に付け替えるとかゴタゴタしてる内に敵の急降下爆撃機の餌食に成ってしまいましたねー赤城等が、爆弾でも魚雷でもドッチでも抱いて発進させて空母空にして置くのが第一なのにモタモタして餌食に成ってしまいましたねー猛将山口多聞第2機動部隊が反撃はして敵空母一艘は食いましたが日本側損害は何倍も大きくてそのまま後は負け戦の連続敗戦てすねー。

機動部隊総司令を年功序列の役人人事にした為に南雲中将より猛将山口多聞が総指揮適任者だったのに後世から出なく当時からでも、南雲第一機動部隊は真珠湾攻撃でも中途半端攻撃をしてますから第3派攻撃で燃料タンク.ドック.司令部等叩いて置くのが常道なのにそのままが後の日本負け戦に繋がってます、陸戦隊上陸させてオハフ島占領もしてないし何から何まで雑作戦、海軍は。

陸軍はその点成功してますねーベトナムの仏軍叩いてるしフイリピンの米軍叩いてるし、マレー侵攻作戦でイギリス豪のシンガポール落としてますし、インドネシアでは蘭軍叩いて解放してまし等で。
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この回答へのお礼

死んで行った人たちを無駄にしないためにも、これからも死者を生み続けるべきでしょう。

太平洋戦争は最終決着ではなく、あくまで第1ラウンドだと思ってください。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/06/17 02:59

しつこくすみません。



戦争の原因には他国の資産、利益を意図的に奪う目的がありますね。

1985年のプラザ合意(円高にして日本の産業の空洞化を促進する)と、
BIS規制(国際決済銀行が銀行の自己資本比率をに関する規則を決め、
貸付能力を下げさせそれにより銀行の経営悪化をまねくことになった)をしましたね。

それで今まであまり倒産しなかった日本企業も貸し渋りにあい、
結局日本経済も不振になった。会社倒産の原因はこれですね!

一度「戦後史の正体」という外務省の人の著書を読んだが素直に頭に入りません。
銀行員、検察、自衛隊、医療関係者、報道関係者、社会の先生も?
構造改革にご苦労されているよう。どこまで搾取され利用されたのかどうなのか。

「日本は米国の保護国」とあった。逆だと思い込んでる日本人はどうすれば?
日本が本当に戦争になったらアメリカを守らなきゃならないなんて。
日本は今日も平和な話題が溢れてるのに。
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この回答へのお礼

戦う気持ちが無いんですから、私たちではどうにもできないです。河童にシリコダマを取られ、フヌケになっになった現在日本男児たち。

本当の秩序が出来上がるまで、戦争をすべきですね。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/06/17 02:54

No13です。



戦争は資本、財源の確保、そして思想の延長みたいなもんだからと思って。
実際日本人がアメリカの思想を煽ってたこともあります。中根中さんとか。

アメリカの占領下の6年間は、戦前戦中の軍部より言論の自由がなく
いつどこから処罰されるのか予測出来なかった時代だったそう。

親米発言する人には「日本政府」公認?として第三国人を使い大きな自由が与えられた時代で。

日本人にとって「格子なき牢獄」ですが牢獄からシャバに出て自由を謳歌した人(第三国人)も。

植民地や占領地から撤退する時はそうやって囚われ人を入れ替え、
ちゃんと「扮装の火種」は残して、いつ自国が困窮しても、他国が困ってるならばと
正義のヒーロー役として君臨する道を未来の子孫にまで残しておくのが欧米流です。

どこが正義やねん!自分は何もしなくても争いが起きるようにすることが!

日本人の名誉を戦後も守り続けたのは一般の国民ですね。
いくら情報操作や言論を封じても家には証拠写真や当時の兵隊さんの日記や手紙がある。
一般家庭に多くの文献書籍があり、思い出したかのように読んで語り継ぐことが出来る。
日本にはいくらでも裁判に使える証拠資料が残ってるわけです。

日本人は宗教に対しても思想に対しても政府に対しても大らかですが。
アメリカによる洗脳に気がつくのが遅すぎたかもしれませんが。
確かに中曽根さん以前の公務員って慎ましかったような。
自分でも調べてみます。


「参考になった」ボタンに評価がない…やはり間違いだったのか。←そこを気にする人。



過去を学ばず同じことを繰り返す。
権威の奴隷になりやすいのに「クール」とか「クレイジー」連発。わかってるんか?
一応「死は悪、お金は善」な宗教も資本主義の基本にのっとってますね。アメリカ。
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この回答へのお礼

いろんな表現がなされますが、戦争は100パーセント経済戦争です。取りやすい所から取る、その攻防ですよ。

この質問には、まだまだ正解はないのかも、です。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/06/17 02:47

補足



日露戦争は

調停結んでの講話なので

勝って無いと思います。

日清戦争には勝ちました。

日露戦争にも条件加えれば辛うじて勝利したのです。

第二次大戦では、中国にもロシアにも勝ってないですよ。

多分、今の世界アメリカ対、世界中でもアメリカは勝つらしいですよ。。
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この回答へのお礼

話を訂正するほどに、現在日本人の甘さが露呈します。第二次大戦では、アメリカに負けた=全世界に負けました。世界ランク最下位と言っても過言ではないほどに。

それは認めてのことです。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/06/16 00:03

>勝利しか知らない日本軍が負けた。

ショックも大であったことだろう。
>負けて初めて知る、負け戦のミジメさ。
>終戦の日には、それを思い出さねばならない、と私は思う。
さてどうでしょうか?
当時の国民のどのくらいの方が、終戦の日をミジメと思ったでしょうか。
基本的に今も当時も国民の考え方はさほど変わりません。
もちろん、軍国主義という言葉の元、教育から統制されていたので違う部分はあります。
軍隊に入りたい人が集まって戦争をして、国民の生活を良くしてくれると期待していました。
ところが、戦況は国民から鉄など資産を搾取、そして男性を軍隊に強制的に徴収
残った労働も軍事産業に集中、食料も軍にもっていかれる生活が続きます。
国民は、口にはできませんが、早くこの戦争を終わらせたいと思っていたはずです。
終戦の日に神宮前で泣き崩れる映像が有名ですが、こちらが一部の情報であり
多くの国民は終戦を望んでいたと思います。
私の父も16歳で戦場に出たとのことですが、おばあちゃんは父が帰ってきた時の話を
何度も繰り返して話していました。

もし現在において、
貴方の身の回りの人が次々と召集令状がきて、明日から鉄砲もって戦場で戦ってくれ
そして貴方も同様に今の生活から強制的に戦場に駆り出されたとして
そんな戦争に賛成できますか。

終戦の日に思い出さなくてはいけない事は
どれだけこの戦争が悲劇を生み出したかという事と
二度と同じような戦争を繰り返してはいけないと
いう事です。
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この回答へのお礼

たった4年の戦争ぐらい、我慢すべきでしょう。戦争になったら、こんな私で良かったら、最前線で働きます。引けない時は、死んでも引きたくないですから。

親と子々孫々の名誉にかけて・・・
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/06/15 23:30

アメリカとの物量戦で


負けました。

大国ロシアと

大国中国にも勝ってないのに

世界最強のアメリカに勝てる訳が無いです。
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この回答へのお礼

対ロ対中は勝ちましたよ。余裕で・・・
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/06/15 23:23

えー、このことについて本気で調べ出すと、それこそ何十冊にも及ぶ関連書籍を読み、かつ原因を求めて東アジアと日本の歴史を調べ出すという、途方もない労力が発生し、かつそれだけ調べても納得のいく回答が見つかるかどうか保証できない(なので、未だに「太平洋戦争=大東亜戦争の敗戦がホットな話題になる)のが、実情です。



私もこのことで書き出すと止まらなくなるので、一点だけ述べます。
それは、「専門家を集めたシンクタンクの分析結果を、政治が取り入れなかった。また、国民も最後まで知らなかった」ことです。


参考:ウィキペディア-「総力戦研究所」
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%8F%E5%8A%9B% …

上記URLより引用。

<引用1開始>
その結果は、「開戦後、緒戦の勝利は見込まれるが、その後の推移は長期戦必至であり、その負担に青国(日本)の国力は耐えられない。戦争終末期にはソ連の参戦もあり、敗北は避けられない。ゆえに戦争は不可能」という「日本必敗」の結論を導き出した。これは現実の日米戦争における(真珠湾攻撃と原爆投下以外の)戦局推移とほぼ合致するものであった。
<引用1終了>

<引用2開始>
研究会の最後に東條陸相(引用者注:言うまでもなく東條英機氏のこと。当時は陸相)は、参列者の意見として以下のように述べたという。
「諸君の研究の勞を多とするが、これはあくまでも机上の演習でありまして……
 なほ、この机上演習の經緯を、諸君は輕はずみに口外してはならぬといふことであります。」
<引用2終了>


日本国内に限定されるとは言え、最優秀のメンバーを集めて議論した結果というは、今も昔も馬鹿にはできません。
まあ、諸般の事情でそれを採択できなかったのは仕方がないにせよ、それを「国民に公表しない」というのは最悪の内容であることが、上記の記述で理解できるかと思います。
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この回答へのお礼

たとえばオウムによる事件ですが、1個の人間と集団になった人間とでは、明らかに行動が違ってきます。
視覚障害者である麻原彰晃が神の立場であったのは事実としても、集団が大きくなると、自分で見に行くことがなくなり、情報は部下たちに与えられるようになります。

最高司令官を操ることは、難しいことではなくなります。天皇の戦争責任とか言う言葉も流行りましたが、構造的に天皇は視覚障害者ですから、上層部へ行けば行くほど、事実が曲がっている可能性が大です。

また読み返しておきます。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/06/15 17:38

日清日露で連勝、第一次大戦でも傷つくことなく経済発展に結びつけることができました。

しかしその後は政治家の外交能力が落ちてしまいました。国際情勢を敏感に察し、的確な判断で戦略(軍事だけではなく、外交的な)をを立てることができなくなりました。

米国との戦力の差を見誤り、敵を過小評価したことが全ての誤りです。神風が吹いて日本を救ってくれるかのような迷信を信じていたようです。

A級戦犯は国際法上はすでに無罪なのですが、日本を敗戦に導いた責任を国民に対して負わなければなりません。


※不要なサイトへのリンクはやめいください。
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この回答へのお礼

英霊という言葉があります。霊など存在しないのに英霊です。ただ戦場へと行く、行かすからには、絶対に勝たねば死者たちの立場がありません。

今後、私の質問の一番下の青い部分はクリックしないでください。ただ音楽が流れるだけですから。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/06/15 20:57

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Q日本が太平洋戦争に負けたのは…

当然アメリカとの戦力差は否めないのですが それは置いといて

真珠湾攻撃のとき あれだけ航空機戦力の力を証明したにもかかわらず日本軍は航空兵力をおろそかにし 戦艦や空母に頼る 大鑑巨砲主義 に走ったことが一つ要因だとおもうのですが…

当時 日本の航空機の性能は世界最高でした もし真珠湾攻撃以降も航空兵力を中心に戦っていればまた違う結果になったのではと思いますが…
実際 日本より性能の劣るアメリカの航空機でさえ 日本にあれだけのダメージを与えました
ミッドウェー海戦も ほとんど日本の船はアメリカの航空機にやられています
対して日本にには戦艦の上空を防御する航空機がほとんどいなかった…

なぜ日本軍は航空機戦力を中心に戦わなかったのか?
教えてほしいと思います

Aベストアンサー

作りたくても材料が無いんだもの。

エンジンを回したいけど、ガソリンもエンジンオイルも無いんだもの。

飛ばせるパイロットがいないんだもの。

アメリカの飛行機は丈夫で防弾装備も着いていますし、無線だって完備しています。
日本軍の飛行機にはパイロットを護る防弾板も、燃料タンクを護る防弾ゴムもありません。
無線は積んではいましたが、「聞こえなくて当たり前 何か聞こえたら空耳と思え」と言われるぐらいでしたし、誰だったか忘れたけどアンテナ支柱をのこぎりで切ってしまった人もいます。
開戦当時はベテランパイロットも多く、無線が無くても身振り手振り機体を使って以心伝心でした。

さて。
艦上機が飛び立った後、空母がやられたらどうするんでしょう・・・
海軍機は自爆するしか無いんですよね。
どれだけベテランパイロットであっても、燃料が無ければ飛べません。
たどり着ける陸地は遠すぎます。

アメリカ軍は、潜水艦や飛行艇を使って、可能な限りパイロットを救出しました。
1回2回落とされても、墜落しても命があれば戦闘に復帰できて、経験豊かなベテランになれます。
日本軍にはコレが出来ませんでした。
見捨てるしかありません。

霞ヶ浦で操縦を覚えても戦場ではカモです。
免許取り立て、昨日免許を交付された若いのが、いきなり鈴鹿耐久に出されるような物です。
リタイアせずに走りきれると思います??

当時、日本では自動車を個人が所有して運転できることなど無く、良いところ、自転車が精一杯
アメリカでは結構な数の自動車が走っています。
自動車を運転できれば飛行機を飛ばすことぐらいは出来ますよ。
後は訓練を積み重ねるだけですから。

日本軍は、少ない人数の達人を育てようとしました。
アメリカ軍はたくさんの操縦士を育てようとしました。
日本軍の操縦士は、ベテランになる前に撃墜され、救出されること無く朽ち果てます。
アメリカ軍パイロットは、死なない限り、何度でも、撃墜されたことを恨み、教訓として帰ってきます。
さて、強いのはどっち??

また、航空機を作りたくても原料も無く、製造する行員は陸軍に兵隊として連れて行かれ、残るのは虚弱体質とカタワと白痴ぐらい。
強そうな飛行機が作れますかね??

戦艦は、ほとんどが大戦前に建造された物で、プリンス・オブ・ウェールズが一式陸攻に撃沈されてからはすでに航空戦力重視に変わっています。
が、その莫大な工業力で空母を建造できたアメリカに比べて、日本は幾らほど空母を建造できたんでしょうね。

戦いたくても戦えなかったのです。
元々2年分の備蓄しか無かったんですよ。石油って。

作りたくても材料が無いんだもの。

エンジンを回したいけど、ガソリンもエンジンオイルも無いんだもの。

飛ばせるパイロットがいないんだもの。

アメリカの飛行機は丈夫で防弾装備も着いていますし、無線だって完備しています。
日本軍の飛行機にはパイロットを護る防弾板も、燃料タンクを護る防弾ゴムもありません。
無線は積んではいましたが、「聞こえなくて当たり前 何か聞こえたら空耳と思え」と言われるぐらいでしたし、誰だったか忘れたけどアンテナ支柱をのこぎりで切ってしまった人もいます。
開戦当...続きを読む

Q日本は強かったの? 他国から歴史をみたら日本なんてなんてことない国だったの?

第一次、第二次世界大戦の時代
私は今まで、日本はアメリカに負けたけど、日本は戦争に強かった。と思っていました。零戦とか戦艦大和とか聞くし、神風特攻隊を出撃させたのは、作戦には疑問を持ちますが、とにかく日本は強かったんだと思っていました。でも、実際そうなんでしょうか?戦争に関して知識は豊富ではないですが、昔のVTRなどをみていると、簡単に言うと、ずるい方法をとったりしていたようにいわれてました。(約束破り?)
私は日本で日本の歴史を勉強するので日本は負けたけど、すごかった、強かった、というような感じを受けるものが多いですが、ほかの国から歴史を見たら、日本なんてなんてことなかった かのような存在だったのでしょうか?教えてください

Aベストアンサー

ご質問が「第一次、第二次世界大戦の時代、日本は強かったの」
ですが、
「アメリカには勝てないが、かなり強かった」といえます。

第二次大戦の時期の列強陸海軍ランキングを仮に作成してみます。

陸軍
1) アメリカ
2) ドイツ
3) ソ連
<この間、かなりの差>
4) 日本 4) フランス 4) イギリス
7) イタリア
(他はランキング対象外)

海軍
1) アメリカ
2) 日本
3) イギリス
<この間、かなりの差>
4) イタリア 4)フランス
6) ドイツ
(他はランキング対象外)

<陸軍について>
日本陸軍は弱かった、人命無視のムチャクチャな作戦をやって自滅して行った…という悪いイメージがありますが、仔細に見るとそうでもありません。

A) 支那事変は、蒋介石率いる国民政府が、上海周辺にドイツ軍事顧問団の指導で建設した第一次大戦型の塹壕陣地(第一次大戦の常識では『突破不可能』。ゼークトラインと呼ばれた)を建設した上で、上海に駐屯していた海軍の上海特別陸戦隊を襲撃し、救援にやってくる日本陸軍を、上海周辺の塹壕陣地に誘致して殲滅する、という計画で始まりました。

蓋を開けてみますと、上海特別陸戦隊は意外なほど頑強に戦って陸軍の援軍が来るまで持ちこたえ、杭州湾に上陸した日本陸軍3個師団は、国民政府が頼みにしていたゼークトラインを「浸透戦術」を巧妙に用いることで少ない損害で突破し、国民党軍を包囲殲滅しながら国民政府の首都である南京へ進撃しました。

これは蒋介石にとって全く予想外のことで、国民政府軍は総崩れとなりました。日本陸軍は、上記のランキングでは「ランキング対象外」の国民政府軍より「遥かに強かった」と言えます。

ウィキペディア 第二次上海事変
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E4%B8%8A%E6%B5%B7%E4%BA%8B%E5%A4%89

B) ポツダム宣言受諾の「後」に、ソ連軍が北方から千島と南樺太に侵攻しました。
千島列島の北端である占守島、日本領であった南樺太には、比較的装備が良く、兵員も充実した守備隊が残っていました。
8月15日以降のソ連軍の攻撃に対し、占守島と南樺太の陸軍部隊は善戦し、
「占守島においては、上陸したソ連軍をもう少しで海岸に追い詰めて全滅させるところまで戦う」
「樺太においては、ソ連軍の南下を食い止め、南樺太の日本人が北海道へ逃げる時間をかなり稼ぐ」
という戦いぶりを見せています。

<海軍について>
日本海軍については、アメリカに次いで世界第二位の戦力を持っていたのは異論がない所で、戦前においては、東太平洋は「日本の海」でした。

「空母機動部隊」はアメリカと日本だけが編成して運用できたものですし、18インチ砲搭載の戦艦を建造できたのは日本だけです。第二次大戦終結までに完成させた大型空母の隻数で言えば、アメリカが圧倒的に多いわけですが、次に多いのは日本です。第三位のイギリスにかなり差をつけているはずです。

無限の物量と高度な技術を持つアメリカと戦っては、昭和19年のサイパン沖海戦で日本空母機動部隊が壊滅し、レイテ沖海戦で航空機の援護のない「レイテ湾への特攻」を命じられた水上部隊がろくな戦果を挙げられずに甚大な被害を受け、「沖縄への大和特攻」(坊の岬沖海戦)で終わったわけですが、アメリカ海軍相手にここまで戦える海軍は日本海軍だけだった、というのは紛れもない事実でしょう。

ご質問が「第一次、第二次世界大戦の時代、日本は強かったの」
ですが、
「アメリカには勝てないが、かなり強かった」といえます。

第二次大戦の時期の列強陸海軍ランキングを仮に作成してみます。

陸軍
1) アメリカ
2) ドイツ
3) ソ連
<この間、かなりの差>
4) 日本 4) フランス 4) イギリス
7) イタリア
(他はランキング対象外)

海軍
1) アメリカ
2) 日本
3) イギリス
<この間、かなりの差>
4) イタリア 4)フランス
6) ドイツ
(他はランキング対象外)

<陸軍について>
日本陸...続きを読む

Qミッドウェー海戦の敗因を教えて下さい

ミッドウェー海戦の敗因を教えて下さい。なぜあんなに強かった日本軍が負けてしまったのですか?理由を教えて下さい。ちなみに僕は戦史に関してはド素人ですので、その辺はご了承ください。

余談ですけど、先日新聞を読んでいたら「アベノミクス第三の矢はミッドウェー」とかいう記事が載っていて、要するに第一、第二の矢(経済政策)はうまくいったが問題は第三の矢で、これが日本の今後の経済趨勢を決するという内容でした。

それで僕は、緒戦の快進撃から一転、大敗北を喫したミッドウェー海戦の敗因とやらをどうしても知りたくなった次第です。

Aベストアンサー

○日本には防衛研修所戦史室 (現在の防衛省防衛研究所戦史部の前身)が編纂した「戦史叢書」という全102巻にも及ぶ太平洋戦争について書かれた公刊戦史がありまして、ミッドウェー海戦について書かれたものは、その第43巻が「ミッドウェー海戦」として出されています。
「戦史叢書ミッドウェー海戦」・・・市立や県立図書館でも置いてるところは結構あります。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E6%B5%B7%E6%88%A6-1971%E5%B9%B4-%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%8F%A2%E6%9B%B8-%E9%98%B2%E8%A1%9B%E5%BA%81%E9%98%B2%E8%A1%9B%E7%A0%94%E4%BF%AE%E6%89%80%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%AE%A4/dp/B000J9GX1M

この本によると次の6項目が大きな日本軍の敗因として取り上げられています。

(1)情報戦の大敗。日本海軍の暗号が解読され、米軍は日本軍の計画を察知していたのに、日本軍は敵情がよくわかっていなかった。

(2)心のゆるみ。開戦以来の戦果から心にゆるみが生じ、作戦の計画と実行に慎重さを欠いた。

(3)山本長官の出撃。山本長官が戦艦に座乗して出撃したので、その位置を秘匿するため、無線の使用が制限され、作戦指導に支障を生じた。

(4)航空戦様相の事前研究、訓練の不足。索敵、偵察、報告などの地道な訓練及び、空母の被害局限対策の研究が足りなかった。

(5)5日の航空決戦の指導の誤り。二度の兵装転換によって弱点を作った。

(6)戦艦主兵思想の転換の不十分。戦艦部隊が後方遠く離れて航空決戦に寄与できなかった。


○ちなみに当時、敵であったニミッツ太平洋艦隊司令長官は戦後に出した著書の中で、「勝利は主として情報による。・・・日本軍は奇襲を試みようとして日本軍自体が奇襲された」と述べています。また日本軍が空母戦力を分散してアリューシャン作戦を行った事を批判し、その戦力分散が無ければ米艦隊が敗北していた可能性があると述べています。

○なお、アメリカ海軍公刊戦史を編纂したサミュエル・エリオット・モリソン少将はミッドウェー海戦について、日本の空母が最も脆弱な状態の時に、米爆撃隊が偶然に日本の空母を発見し攻撃できたという、幸運に恵まれた事から「100秒足らずの時間に起こった事実の相違で、日本軍はミッドウェイに勝ち、太平洋戦争にも勝利をおさめたかもしれない」と日本軍にも勝利の可能性が十分あったことを述べています。

○英国の著名な戦史家リデルハートはその著書で日本の敗因について、十分な数の索敵機を出さなかったこと、戦闘機の援護不足、空母の防火対策が不十分、空母での兵装転換時に敵に向かって航行したこと等、他にも色々指摘していますが、最後は「・・・これらの過失は自信過剰から生じたと言っても過言ではない」と述べており、日本軍の「自信過剰」を問題視しています。

○日本には防衛研修所戦史室 (現在の防衛省防衛研究所戦史部の前身)が編纂した「戦史叢書」という全102巻にも及ぶ太平洋戦争について書かれた公刊戦史がありまして、ミッドウェー海戦について書かれたものは、その第43巻が「ミッドウェー海戦」として出されています。
「戦史叢書ミッドウェー海戦」・・・市立や県立図書館でも置いてるところは結構あります。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E6%B5%B7%E6%88%A6-1971%E5%B9%B4-%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%8F%A2%E6%9...続きを読む

Qなぜアメリカは北朝鮮を滅ぼさない?

アメリカは世界有数の戦闘狂国家です ベトナムやイラクやクゥェートとは平気で戦争をするのに
なぜか北朝鮮だけは攻め滅ぼそうとしません
朝鮮戦争での敗北がよほどこたえているのでしょうか?
国連の制裁決議には積極的なのに軍事行動には出ませんし…

やっぱり背後の中国・ロシアが脅威なのでしょうか?
でもそんなのはイラクとか攻めたって周辺国とも戦争になりかねないだろうし…


北にだけ戦争を仕掛けないアメリカの思惑は何でしょうか?

Aベストアンサー

北朝鮮に軍事介入すれば中国が確実に出て来ます。
アメリカは今中国と戦争を行う体力がありませんので、北朝鮮へ軍事介入できないと言うのが本音でしょう。
アフガニスタンやイラクで犠牲を出しましたし、その前のベトナム戦争と言う負がありますので、腰を上げられません。
軍事介入に中国も理解出来る何かを北朝鮮が行えば、アメリカが出てくる可能性は有りますが、
その前に中国が軍事介入して事実上の併合をしてしまうかも知れません。

Q70年前の日本は、なぜ戦争を決断したのでしょうか?

お世話になります。

戦争は、外交手段の一つの方法でしかも最後の方法です。それでも、70年前に日本は世界大戦を決断しました。

(この世界大戦に至る序章として中国東北部の植民地化があったと考えます。この植民地化は、日本の勝手な解釈で「欧米列強のマネであることが権利」で錯覚していた様子です。この意味では、日本を含め中国を占領した国家は中国に謝罪は必要です。)

その延長で、連合国との全面戦争は開始されましたが、

●技術的
●生産力
●資源力
●人員力

から見ても、圧倒的に不利であったはずです。合理的に考えれば、国力の差は戦力に比例するはずですよね。

でも、70年前の日本は、なぜ戦争を決断したのでしょうか?その時の日本は、戦争をしなければならない 進退窮まる理由 があったのでしょうか?でも、敗戦は必定です。

Aベストアンサー

マクロ経済の観点から考察する対米開戦はまさに無謀の一言、一例を挙げれば一般会計と臨時軍事費に占める直接軍事費の割合が脅威の75.7%、これは対米開戦直前の数字ですが、当時の日本は日中戦争以来まさに食うや食わずで戦争を継続していた事がこの点に於いて明らか。
冷戦構造下のソビエト連邦が、アメリカとの軍拡競争で経済が破綻した際の同比率が50%強ですから、戦争突入以前の直接軍事費が70%を超える事の異常さが御理解頂けるかと思います。

更にはGDP比換算で1(日本):20(アメリカ)、質問者様が仰る通り近代戦は国家としての総力戦でありまさに大人と子供の喧嘩、そう形容するしかない戦争でした。

>70年前の日本は、なぜ戦争を決断したのでしょうか?

以上述べた前提はいかに当時の軍部主導下にあっても、大国アメリカとの戦争を想定した場合当然客観的判断材料として顧みられたはずであるが、では何故当時の大日本帝国首脳が対米開戦を決意したのか、その原因はそれこそ無数にあると思われますが、私なりの結論としては以下の2点。

1.本来日本の意図は対中権益の確保、本命である日中戦争を継続する為の石油・粗鋼の多くをアメリカに頼っており、その供給をストップされ且つ日本の対米資産凍結、更にはイギリス・オランダがそれに同調して所謂ABCD包囲網が構築された事で追い詰められていた事。

2.日露戦争の悪しき前例、即ち交戦期間2年程度を互角の戦いに持ち込み、ナチスドイツの欧州での勝利を希望的観測で織り込み、総力戦・消耗戦になる以前に仲介国を待つという戦略が可能であると甘く判断していた事。

但しドイツがソ連との不毛な戦争に突入した事で日本の思惑は大きく外れ、しかもアメリカの戦時経済が本格的に稼働しはじめた為、太平洋戦争開戦1年を過ぎた頃から国力相応の差が出始め、皆様御承知の通りの結果に終わってしまいましたが。

マクロ経済の観点から考察する対米開戦はまさに無謀の一言、一例を挙げれば一般会計と臨時軍事費に占める直接軍事費の割合が脅威の75.7%、これは対米開戦直前の数字ですが、当時の日本は日中戦争以来まさに食うや食わずで戦争を継続していた事がこの点に於いて明らか。
冷戦構造下のソビエト連邦が、アメリカとの軍拡競争で経済が破綻した際の同比率が50%強ですから、戦争突入以前の直接軍事費が70%を超える事の異常さが御理解頂けるかと思います。

更にはGDP比換算で1(日本):20(アメリカ)...続きを読む

Q日本がハルノートをを受け入れ戦争しなかったら?

歴史で”たら、れば”は持ち出す事は駄目なんですが、もし、太平洋戦争に突入しなかったら日本はどうなっていたでしょう? 戦争で余りにも多くの方がなくなりましたが、戦争しなかった方が日本の将来は明るくなる事が期待できたのでしょうか?

Aベストアンサー

戦争をしなかった、という選択肢は
無かったと思われます。
日本が例えハルノートを呑んでも、米国は
必ずや、日本を戦争に引きずり込んだと
思われます。
あのイラク戦争のようにです。
フセインは、米国相手に戦争などしても
勝てる道理がないことぐらい、百も承知していました。
それでも米国に無実の罪を着せられて戦争に
持ち込まれ、処刑されてしまいました。
米国とはああいう国なのです。

当時の米国は、1930年に続く大不況の真っ只中でした。
GDPは1/2に、株価は1/10に落ち、1200万の失業者が
街に溢れ、あちこちで暴動が発生していました。
ルーズベルトは、ニューデールなどの政策を打ちましたが効果は
さっぱりです。
それでどうしても戦争をやる必要があったのです。
戦争は最大の公共事業ですから。その証拠に戦後、米国
経済は見事な復活を遂げています。
その現れがハルノートです。

これは私の偏見ではありません。
米国歴史学の権威チャールズ・A・ビーアド元コロンビア大教授は
公文書を調べて、ルーズベルトが巧妙に日本を戦争に引きづり込んだ
過程を明らかにした本を出版しましたが、これは事実上の発禁処分
にされてしまいました。

31代米国大統領のフーバーが、ルーズベルトを、日本を無理矢理戦争に
引きづり込んだ狂気の男、と評した書見を残しています。
彼は、ルーズベルトは真珠湾を知っていた、とも書き残しています。


米西戦争では、 1898年 2/15 ハバナ湾で、
米国戦艦メイン号が謎の爆発沈没しています。
これで米兵266名が死亡し、スペインの仕業だ、
ということになり戦争が始まっています。

ベトナム戦争では有名なトンキン湾事件が発生しています。
1964年8月、北ベトナムのトンキン湾で北ベトナム軍の
哨戒艇がアメリカ海軍の駆逐艦に2発の魚雷を発射した
とされる事件です。
これをきっかけにアメリカは本格的にベトナム戦争に介入しましたが、
その後、ニューヨークタイムズが、米国のやらせであることを暴露し
真実が明らかにされました。

湾岸戦争 1990年 では
アメリカの駐イラク特命全権大使のエイプリル・グラスピーが
イラクのクエート攻撃に対して
「介入するつもりはない」と発言しており
これを信じたフセインがクエートを侵略しましたが、
米国軍等により撃退されています。
米国は約束の存在を否定していますが、当の大使は、それ以後、公式の場には
一切姿を見せなくなりました。

その他にも怪しいのはいくらでもあります。
以上が、日本が戦争を拒んでも、ダメだったろうと思われる理由です。

戦争をしなかった、という選択肢は
無かったと思われます。
日本が例えハルノートを呑んでも、米国は
必ずや、日本を戦争に引きずり込んだと
思われます。
あのイラク戦争のようにです。
フセインは、米国相手に戦争などしても
勝てる道理がないことぐらい、百も承知していました。
それでも米国に無実の罪を着せられて戦争に
持ち込まれ、処刑されてしまいました。
米国とはああいう国なのです。

当時の米国は、1930年に続く大不況の真っ只中でした。
GDPは1/2に、株価は1/10に落ち、1200万の...続きを読む

Q日本が太平洋戦争で犯した最大の失策

みなさん、日本が太平洋戦争で犯した最大の失策はなんだったと思いますか?

また、アメリカとの国力差をみると負けるのは当然としても、もう少し善戦できなかったのかと考えてしまいます。



どうすれば、より善戦できたか。
また、善戦できなかった最大の理由はどこか、を教えてください。

Aベストアンサー

負けは当然ではありません。
ただ単に大本営の作戦指導にミスがあっただけの事です。
勝ち目はありました。

最大の失策はアメリカ1番の弱点を攻めきれなかった事です。
今も昔もこれからもアメリカの1番の弱点は人種問題です。
当時は現在よりもさらに人種問題は深刻でした。
その人種問題を謀略を用いて攻めきれなかった事。これが日本軍最大の失敗です。

当時の米国では黒人等の有色人種の権利は法的にも低いもので平然と差別が行われていました。
黒人等の有色人種はそれに不満をつのらせていました。
太平洋戦争が始まった時も黒人達は、対外戦争での勝利と、国内での人権向上の権利を得る戦いに勝つ、二つの勝利を目指す「2つのV」というスローガンを掲げていたぐらいです。
政府としては国内を平穏にしておくためと、不足する労働力を得る必要性から黒人への権利拡大に動きます。
その結果、それまで白人しか働けなかった職場に黒人が配置されたり、黒人がそれまで就けなかった地位に就くようになりました。
しかし、これに反発したのが白人労働者で「黒人と一緒に働くくらいならヒットラーやヒロヒトが勝ったほうがましだ!」とストライキや暴動を起こしています。軍需工場によっては白人労働者の9割が職場を放棄したり、2万人の労働者が職場放棄した造船所もありました。
1942年8月のライフには緊迫する軍需産業都市デトロイト(軍需物資の3割以上を生産していた都市)について「デトロイトでは人種対立が激化し、ヒットラーと戦う前に互いに憎しみをつのらせている。モラルの低下は国内でも最悪の状況で、デトロイトはヒットラーを粉砕する前にアメリカを吹き飛ばしてしまう危険がある」という記事を載せています。
実際、翌年にはデトロイトでは大規模な黒人対白人の人種暴動が発生し34人が死亡し1000人が負傷し、軍が動員され暴動が鎮圧されています。
こうした暴動はデトロイトだけでなく全米各地で発生しており47都市で100を超える人種暴動が発生しており、軍需生産にもかなりの影響を与えています。メキシコ系住民と白人との間にも暴動は発生しています。
人種対立は軍需産業における労働者だけではありません。
アメリカ軍内部でも発生しています。白人兵による黒人兵への差別、暴力は多く、それが暴動にまで発生した事件もありました。ルイジアナで起きた黒人兵の暴動では28人の黒人兵が射殺され3000人が逮捕されています。3000人といえば丸々1個連隊に相当する人数です。それが戦争に行く前に内部対立で失われているのです。
だから当時の黒人兵が回想で「我々が戦うべき相手はドイツ兵なのかアメリカの白人兵なのか」というような事を証言しています。
日本は白人と黒人、メキシコ系などの有色人種の対立を加熱させ利用するべきでした。
アメリカの国力は日本の10倍です。しかし、その巨大な工業力も人がいなければ動きません。
工作員を多数確保し白人側には黒人の社会進出の不満を煽り、黒人などの有色人種には白人支配の不満を爆発させるようにして、白人側、有色人種の側、双方から煽り対立を激化させアメリカ国内を紛争状態にし、その工業力を発揮させないようにするのです。有色人種が武器を持ち立ち上がり内乱状態にもっていければ最高です。
日本はスペイン人を利用して戦時中にアメリカ国内にスパイ組織を確保していますが、このように第三国を利用して工作員を多数確保するのもありでしょう。できれば戦前から工作員を確保しておくべきです。
日露戦争の時に明石元二郎大佐がロシア国内の反政府勢力を援助してロシア軍の大部隊を国内に釘付けにさせる事に成功していますが、そのような成果を狙えれば、なお良いでしょう。もしアメリカ最大の石油生産地帯である南部で大きな反乱が起こり、石油の流通に滞りがでればさらに良いでしょう。
日本も戦前からアメリカの弱点の一つとして黒人社会と接触していますが、その工作は規模が小さすぎ大きな力とはなっていないように見えます。これは完全な日本軍の手落ちでしょう。
なお、前述したデトロイトの暴動は日本人工作員によって発生したらしいという話しもありますが、確実な証拠に乏しく詳しい事は判明していません。

アメリカの国力は大きいですが、それが軍需産業としてフル活動するには時間がかかります。だから1942年10月には太平洋で無傷の大型空母は0隻になるという状況も発生しています。エセックス空母の1番艦が実戦に出て来たのは1943年からですし、アメリカ軍の戦力が大きく増強されるのは1943年以降です。
それまでの間にアメリカ国内で人種対立を激化させ内乱状態にまで持っていければ、アメリカは国内問題を先に解決しなければならず、日本に有利な態勢で講和という事もありえるかもしれません。
要は敵の内部を撹乱するのは兵法の常道でもあるにも関わらず、それを怠った大本営の作戦ミスです。

後はミッドウェー作戦での空母戦力の分散でしょう。
アリューシャン作戦を行い空母を分散させました。連合艦隊内部にもアリューシャン作戦は中止し、その空母を南雲機動部隊に合流させるべきだの意見がありましたが、採用されませんでした。
戦後、ニミッツ元帥もこの兵力分散を批判し、兵力を集中していれば日本が勝利していた可能性がある事を指摘しています。
ミッドウェー海戦では日本の暗号が解読されていた事を敗因に挙げる人もいますが、暗号を解読していたにもかかわらず空母ホーネットの爆撃隊は日本の空母を発見できず、20隻近いアメリカ潜水艦も空母を第1目標にするよう命令されていながら1隻も戦果を上げれなかった事からわかるように、必ずしも絶対的な要因ではありません。
もし、日本がミッドウェー作戦で空母を集中投入していれば勝利していた可能性はかなりあるかと思います。
そして、ミッドウェー海戦で勝利していれば、その後の展望も大きく違ってくるかと思います。

さらに日本潜水艦隊による通商破壊戦を全力で行う事でしょう。
アメリカは開戦時、Uボートの活躍で石油不足に陥っていますし、イギリスもUボートの活躍で海上交通路を攻撃され危機的状況にありました。これに日本の潜水艦による通商破壊戦の戦果が加われば、両国は一層苦しめられた筈です。
しかし、日本は潜水艦を全力で通商破壊戦に投入する事はしませんでした。潜水艦部隊から通商破壊戦実施の要望が出されてはいましたが採用されませんでした。

つまり・・・
(1)アメリカ本土での人種対立を激化させ国力を発揮させなくする。
(2)ミッドウェー作戦では空母を集中投入する。
(3)潜水艦による通商破壊作戦を全力で行う。
この三点だけでも成功すれば戦局は大きく動くでしょうし、日本の勝利の可能性もあるかと思います。

細かい事を言えば、まだまだありますが、多くの皆さんが言うように、日本の勝利が不可能だとは、少なくとも私は思っていません。善戦どころか勝利する可能性もあったのに、日本の軍部の作戦ミスで敗北したと私は判断しています。

負けは当然ではありません。
ただ単に大本営の作戦指導にミスがあっただけの事です。
勝ち目はありました。

最大の失策はアメリカ1番の弱点を攻めきれなかった事です。
今も昔もこれからもアメリカの1番の弱点は人種問題です。
当時は現在よりもさらに人種問題は深刻でした。
その人種問題を謀略を用いて攻めきれなかった事。これが日本軍最大の失敗です。

当時の米国では黒人等の有色人種の権利は法的にも低いもので平然と差別が行われていました。
黒人等の有色人種はそれに不満をつのらせていました。
太平洋...続きを読む

Qアメリカは日本になぜ原爆を落としたのでしょうか

先日、テレビで広島に落とした原爆と長崎に落とした原爆では、種類が違うということを聞きました。
私はなぜ違うのだろうと疑問を感じました。

早く戦争を終わらせるためという理由だけでしたら、同じ種類の原爆でいいんじゃないかなと思ったのです。
アメリカが日本に原爆を落としたのは、実験の意味もあるのでしょうか?

だけど、実験で何十万という人間が死んでしまうわけですから、アメリカが実験でそのようなことをするのかなとも思います。

すみませんが、お教えいただけましたら助かります。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

質問の主旨は↓でよいのでしょうか。

>アメリカが日本に原爆を落としたのは、実験の意味もあるのでしょうか?

回答:そうです。

原爆使用の目的は↓です。

1:原爆(2種類)の効果を、実際の都市や人間で確かめ、データをとる事。
2:他国に使用可能な核保有国であることを示し、戦後の国際関係で優位に立つ為。

1についてですが、上記の目的を満たす為に、投下する都市は↓のような経緯で選ばれています。

A:周囲を山に囲まれた直径3マイル以上の市街地を持つ都市。
アメリカは、↑の条件をより満たす為に、広島への空襲を停止して建築物を保存し、人口を集中させました。

B:警告無しの使用の決定
トルーマン大統領は、自分が設置した暫定委員会で、原爆の使用は「労働者の住宅に囲まれた軍需工場に、事前の警告無し」で行われるべきだと語り、そのように決定しています。
(開発に携わった科学者は、無警告の原爆投下に反対しています。)


この質問は過去にも何度か出ており、警告については、連合軍は爆撃前にビラをまいて避難を呼びかけていたという意見がありますが、それには【広島】と【小倉】は入っていません。(画像参照)

実は、小倉は広島と同じ理由で選ばれていましたが、爆撃機が航路を誤って、長崎に落してしまいました。
長崎の投下地点の真上には、日本に始めて建設された「教会」がありました。
(アメリカはこの事を隠していますが)


アメリカの原爆の使用について、日本が降伏をしなかったからだという意見もありますが、それは間違いです。

当時の日本は条件さえ合えば降伏(というか講和)をするつもりでした。
しかし、アメリカは曖昧な降伏条件(国体の護持、天皇制の維持等が保証されていない)を出すことで、日本が降伏できないようにして、原爆を使用する準備をしました。
(降伏条件の起草段階では天皇制の維持が含まれていましたが、トルーマンはこの部分を変更しています。)

ただ、これについてはいつまでも戦争を続けていると、ソ連が参戦してしまい、戦後処理についてソ連に発言力を与えることとなり、タイミングが難しい作戦でした。(実際そうなりました)

日本は↑のような条件が不明な状態で降伏した場合、国が消滅する事もありえるので、安易に降伏はでいませんでした。
更に、降伏後に天皇が処刑された場合、国民や軍部が政府の意向に関係なく戦闘を行う場合もありえます。
そのような内戦になった場合、中ソが介入して朝鮮やドイツのような分断国家になり、冷戦の最前線になってしまう事も考えられます。

以上から、敗戦後の外交や政治まで考えれば、安易に降伏できる状態ではありませんでした。
そもそも、原爆の使用自体が、民間人の虐殺という国際法違反であり、日本が降伏しないことを理由に正当化するのは間違いです。


原爆の使用について、東京裁判で糾弾されていたという意見もありますが、それは誤りです。
原爆については、日本の弁護についたアメリカ人(ブレイクニー氏)が語っていますが、その目的は↓を指摘することで「裁判自体の無効」を訴えるもので「原爆の使用そのもの」を糾弾するものではありません。

【戦争は国家の行為であり、戦争指導者であっても個人に責任は発生しない。
なので、日本の戦争指導者が個人として責任を追及されているのは間違っている。
日本人が「個人」として裁かれるなら、原爆の使用を決定した者も裁かれるべきである。】

それに、彼の意見は、↓の動画では、裁判所の意向に拠って却下されています。

【A級戦犯は冤罪】(動画:東京裁判の映像)
http://www.youtube.com/watch?v=sDTJVZheUwo


この類の質問ではよく言われることですが、戦争は政治であり、外交の一手段です。
である以上、国家間の約束や契約である条約は守る必要があります。
戦争では【国際法】がそれにあたります。
そして、【法】である以上、一国の【都合】や【政治的判断】とやらで解釈や判決が変えられるべきではありません。
勝てば何をしても不問になるなら、国際法は無意味になります。


ご質問の主旨とは外れますが、
対立する意見の者を「ネトウヨ」と呼んで、「歴史の一部」だけを取り出して、「事実」を歪曲したり、印象操作、誤解、させるのは愚の骨頂である。ということを書き加えさせて頂きます。



>だけど、実験で何十万という人間が死んでしまうわけですから、アメリカが実験でそのようなことをするのかなとも思います。

質問者様は、WW2が人種差別との戦争であると言われている事をご存じないのでしょうか。
またアメリカ国内の人種差別を知らないのでしょうか。

アメリカには1964年までジム・クロウ法という、黒人は白人と同じ公共施設を使用できないという内容の法律がありました。
こんな法律があるくらいなので、民間でもそれぞれ専用の店があり、トイレも分離されていました。

徴兵されたアメリカの黒人兵は、
【何故我々が、白人と戦っている日本人と戦争をしなければならないんだ】
と言っています。
(アメリカ軍内では、戦闘では黒人がまず先に出され、枢軸軍に応戦させて位置を調べてから、砲撃をしています。)

黒人だけでなく、日系人(アメリカ国籍)も差別の対象でした。

【第442連隊戦闘団(アメリカ日系人部隊)】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC442%E9%80%A3%E9%9A%8A%E6%88%A6%E9%97%98%E5%9B%A3
(アメリカ政府は、アメリカ国内の日系人社会の動向を、黄色人種に対する人種差別的感情を背景に(実際に同じく敵国であったドイツ系やイタリア系アメリカ人については、大がかりな強制収容は行われなかった)不安視していたことなどから、1942年2月以降に、アメリカ西海岸に居住していた日系人と日本人移民約12万人は、ほとんどの財産を没収された上で全米に散らばる強制収容所に強制収容された。)

同じアメリカ人同士ですらこの有様なので、日本人への扱いは更に酷いものでした。

【大東亜戦争における米軍の残虐行為】(動画)
http://www.youtube.com/watch?v=g6MmpEuGipQ

質問の主旨は↓でよいのでしょうか。

>アメリカが日本に原爆を落としたのは、実験の意味もあるのでしょうか?

回答:そうです。

原爆使用の目的は↓です。

1:原爆(2種類)の効果を、実際の都市や人間で確かめ、データをとる事。
2:他国に使用可能な核保有国であることを示し、戦後の国際関係で優位に立つ為。

1についてですが、上記の目的を満たす為に、投下する都市は↓のような経緯で選ばれています。

A:周囲を山に囲まれた直径3マイル以上の市街地を持つ都市。
アメリカは、↑の条件をより満たす為...続きを読む

Q太平洋戦争は本当に勝てなかった戦争?

まあ普通の歴史感を持つ、普通の人ならあの戦争を『負けると分かっていた戦争』と言われる事は百も承知で質問します。

当時の日本の国力でも 勝てない迄も負けない戦いは出来たのでは?と思っています。

戦争遂行に必要な資源を確保した段階で戦線を維持し、防衛戦に特化した作戦を取る。

対中戦でも 内陸部から順次 中共軍の拠点を制圧していき、海側へと中共軍を追いやれば壊滅させる事は出来なかったのでしょうか?

勿論、真珠湾攻撃などは下の下策。

飽くまで南方の資源を確保するに留めていたら中共軍を降伏させた時点で 早期講和にもって行けたと思うのですが…。

まあ、IFの話なので 反論、異論有る方は余り熱くならない程度で回答お願いします。

Aベストアンサー

満州国を作った石原完爾少将は、東条英機と対立して陸軍を追われた天才軍人ですが、世界の最終戦争は日本とアメリカの間で行われ、日本が勝つと言う大構想を持っていました。満州国を作ったのはその戦略の一環です。石原の考えはとりあえずの敵はソ連で、その戦争に勝ってアジアの盟主の地位を築き、最終的にアメリカと戦うと言うものでした。それ故、東条ら陸軍が中国戦線を拡大するのには大反対でした。中国は日本の敵ではないと。そんなつまらぬことにエネルギーを消耗するなと。今はアメリカとの最終戦のために国力を高めるべきだと。そのため東条に煙たがられ陸軍を退役させられました。

石原構想のアメリカとの戦争はいわゆる持久戦で、東条らがやった真珠湾攻撃のような派手な殲滅戦は最後まで反対していました。戦争末期日本の敗色濃厚になったとき、困った東条が石原にどうしたらいいか聞いたら、お前がやっているうちは駄目だと取り合わなかったそうです。

石原の言うように、支那事変拡大や真珠湾攻撃などせず、ソ連という後顧の憂いを絶って、しっかり国力を付けてからアメリカと雌雄を決したら、勝ち目はあった可能性は高いです。その場合の戦争は真珠湾のような派手なドンパチではなく、外交力を駆使したベトナム戦争のような形態だったでしょう。石原は持久戦の信奉者でしたから。あのベトナムでさえ持久戦でアメリカを撃退したのです。日本に出来ないわけがありません。今となっては夢のまた夢ですが。

石原完爾の「最終戦争論」は青空文庫で読むことが出来ます。読んでみて下さい。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000230/files/1154_23278.html

満州国を作った石原完爾少将は、東条英機と対立して陸軍を追われた天才軍人ですが、世界の最終戦争は日本とアメリカの間で行われ、日本が勝つと言う大構想を持っていました。満州国を作ったのはその戦略の一環です。石原の考えはとりあえずの敵はソ連で、その戦争に勝ってアジアの盟主の地位を築き、最終的にアメリカと戦うと言うものでした。それ故、東条ら陸軍が中国戦線を拡大するのには大反対でした。中国は日本の敵ではないと。そんなつまらぬことにエネルギーを消耗するなと。今はアメリカとの最終戦のため...続きを読む

Q太平洋戦争で、日本は負けました。その後のアメリカの温情(!?)

こんな質問をしていますが、
私は、日本の戦争の歴史などについて全く不勉強な者です。(とても威張れることではありませんし、はずかしい限りです)
興味本位というと軽くなってしまいますが、素朴な疑問程度です。

太平洋戦争で、日本はアメリカに負けました。
それまでの世界の戦争の歴史からいけば、
負けた国は、勝った国によって占領されたり、ひどい仕打ちを受けても当たり前と思うのです。
ですが、アメリカは日本に対して、こういった行為を一切しなかったのは何故ですか?

私の浅薄な考え方からいけば、日本はアメリカに大きな借りを作ったように感じます。
アメリカにはどんな思惑があったのでしょうか?

Aベストアンサー

東京戦争裁判は国際法上違法ですし、ろくな裁判もせずにBC級戦犯が大量に処刑されてますからあまり温情とは言えませんが・・。

・第一次世界大戦の時にドイツに多額な賠償金をたたきつけたことがナチス台頭と新たな大規模な戦争(第二次世界大戦)の要因になったこと。

・ソ連との対立関係から日本を共産圏からの防波堤として利用しなければ成らなかった。その後発生した朝鮮戦争がその考えを後押しした。

・日本との戦争があまりに長引き、被害も大きかったので、懐柔した方が得策と判断した。

と言う事情があると思います。
結局、日本はアメリカ本土の安全保障の為に利用されている訳ですから、結局はgive and takeですね。


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