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ミケランジェロの「アダムの創造」は、旧約聖書における創世記の一部の場面を描いた絵ですが、これに思いっきり「神」の顔が描いてあります。白髪で髭を蓄えた男性です。

旧約聖書・新約聖書関係の絵画では、神の意志は天使を通して伝えたりするものだと思っており、神は直接登場しないものだと思っておりました。
ですが、少なくともミケランジェロの作品では、創世記の他の場面で同じ顔つきの「神」が登場します。

他の年代や別の作家でも、「神」が登場する絵画はあるのでしょうか?

そもそも、「神」を描いてよいのでしょうか?

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A 回答 (3件)

「神は自分になぞらえて人の形をつくった」と創世記にあるのを描いたのですから間違いとは言えないでしょう。


特定の個人を描いたとして削除依頼は出ていないと思います。
たまたま似ている人は居るかもしれませんけど。

ルネッサンスの時代はギリシャ・ローマ時代の美術の見直しでもあったので人体を美とする表現も積極的に肯定されたし、ギリシャ時代のエロな神の姿も復活しています。
キリスト教美術には詳しくないので他の人の意見を待ちます。

神を描いていいかどうかはそれぞれの宗教の中の問題だと思います。
ただし神を姿の無いものと考えるのは実は日本の神道が徹底しています。例えば御神体というのがありますけれど、岩とか自然の泉とかの自然物であったり鏡などであったり、それは偶像ではなくて精神的に象徴する事物であることが多いのです。神道の中でも国家神道の系統の神様は具体的に名前のある人物である事が多いのですが、そうではない神様もたくさんあります。具体的に人物を祀った神様であってもその肖像を拝むということはほとんど無く、神様は形の無いもの・精神というのは今の日本の一般的認識なのではないでしょうか。ともかく今の神社でこれが神様だと像を飾ってるところは意外と無いように思います。天狗・猿田彦とか修験道・神仏習合の仏像とかぐらいでは。
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1です。


英語版Wikiにちょっと記述があります。もちろんWikiなのでどこまで信用できるのかは自分で判断する必要がありますが、西洋でどう見られているかの参考のひとつにはなりそうに思います。

http://en.wikipedia.org/wiki/God_the_Father_in_W …

これによると「神を見たものは居ない」のでそれをあたかも見てきたように描くことはできない、というのがキリスト教とその母体であったユダヤ教の宗教的な立場で、代わりとして神の「手」だけとか雲とかを描いていたらしいです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Hand_of_God_%28art%29
↓こちらは描かれている例
http://en.wikipedia.org/wiki/Burning_bush
たぶん19世紀ぐらい(教会ができたのが19世紀なので)

http://worldvisitguide.com/oeuvre/O0031148.html
15世紀の絵、ミケランジェロより前。左上にいるのが神様(Yahweh、Jehovah)

(キリストやマリアは実在の人物なので描いても良いという理屈のようです。イコンも同様。
衆生にキリスト教を広めて権威につかせるためには宗教画は大事だったのでキリストやマリアや聖書の物語の絵・絵解きは必要だった。)

神として人物の姿を描いたのはこれによるとルネッサンス以降らしい。
それと「父なる神」と言うので「父」らしい姿を描くのがお約束のようです。

以下は自説ですけどルネッサンスの時代には美術がキリスト教会に従う度合いが弱まったのだと思われます。むしろ美術のできや美術家の力が尊重されたからこういう表現が赦されたのでは。
それとルネッサンス時代には人体(肉体)の美を肯定的に捉えて、肉体にも理想美がありうると考えたからでしょう。

美術にもなまじリアルに描かないで象徴的な事物や抽象に置き換えた方が想像力を使わせて幅広い奥深い表現ができるとする考え方はあります。
キリスト教の神様本体を描かないというルールもそういう知見にもとづくものではないでしょうか。

以上はキリスト教の神本体を描くのはルネッサンス特有と考えた上での自説ですので、それ以前からあったけれどプロテスタント以降に消されたのが実際でしたら無効な論です。
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イエスがヨハネから洗礼を受ける場面の絵だと、指や手が描かれていたと思います。



・・・・と思って探してみたら、人の姿(神様ぽくないんですけど)で描かれているのがありました。
鳩のように天から下りてくるものは「聖霊」であって、神そのものではありませんが、、
http://blog.goo.ne.jp/powerful_mom/e/7b37eec173a …

こちらは神様らしき姿があります。ジョヴァンニ・ベッリーニという人の作品。エル・グレコも神様らしき白髪の老人を描いています。
http://www.emimatsui.com/subject/new_testament/n …

描いてはいけないわけではなかったのでしょう。※こういうキリスト教美術はカトリックです。
でもイエスが地上に現れた神の子で肉体があったので、そちらの姿をメインに描いたのでしょうかね?


ユダヤ教、イスラム教、キリスト教は本来は偶像崇拝禁止で、ユダヤ教はよく知りませんが(まあ他もよくは知らないのですが)、イスラム教が偶像崇拝禁止なのは有名です。たとえばムハンマドを描くと怒られてしまう・・・
なのでモスクには絵画や彫刻がありません。美しいアラベスク模様が発達しました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%81%B6%E5%83%8F% …

キリスト教は宗派によって緩さが違いまして、カトリックはイエスやマリアの絵や彫刻をたくさん持っております。思いっきり偶像では、と思うのですが・・・・。「ピエタ」など有名。
(海外旅行でカトリックの教会を見に行くのは好きですが)
※言葉が通じない人とか字を読めない人のために、絵や像で見せるという理由もあったとのこと。
http://kirisuto1225.com/art/prosperity.html

プロテスタントはカトリックに反対して偶像崇拝なしに立ち戻ったため、カトリックの教会のようには飾り物が無いようです。
ロシア正教などの東方教会は彫像など形にしたものは置きませんが、絵はオーケーとしています。聖像、イコンと言います。

参考URL:http://kirisuto1225.com/art/protestant.html
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Qキリスト教とユダヤ教の神様についてお教えください。

キリスト教とユダヤ教では神様は一人で同じ神様と聞きました。
同じ神様なのになぜ違う宗教になってしまっているのでしょうか?
また、キリスト教では、神様が人を神様の形と同じように作ったというのですが、キリストの顔は絵でよく見ますが、人間と同じような形をした神様の顔の絵を見たことがないのですが、どのような顔しているのでしょうか?
すみませんが、お教えいただけましたら助かります。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

>キリスト教とユダヤ教では神様は一人で同じ神様と聞きました

ユダヤ教の「ヤハウェ」、キリスト教の「ゴッド」、イスラム教の「アッラー」はみな日本語訳すれば「神様」となり、同じ方を指しています。これは、これらの宗教が一神教だからです。
一神教とは、この世の中に神様はただお一人だと考える宗教です。その神様は唯一絶対の存在ですので、他のお方を神様呼ばわりするのはすべて間違いと考えます。だから、彼らが指す神様は同じ方なのです。

んでこの唯一絶対の神様、旧約聖書によるとモーゼの前にそのお姿を現したということですが、モーゼが「あなたは、誰ですか?」という至極もっともなご質問に「私はあって、あるものである」などと禅問答のようなお答えをします。そもそも神様によると、名前は何のためにある?他の奴と区別するためだ。だけど俺は唯一絶対の存在だから他と区別する必要はないから名前など必要ないのだ、と実に面倒くさいことを言い出します。しかしモーゼは「それじゃ、お祈りするときに困りますし、仲間内であなたのことを話すときにどういえばいいか困ります」とクレームをつけたので、神様は「じゃあ、神様って呼ぶのは許す」といったのです。
話は横道に逸れますが、旧約聖書ではかように神様と人間が交渉する場面がちょいちょいあります。それで、モーゼと神様はお互いに交渉して「契約」を結ぶのです。旧約とか新約なんていうのの「約」とは契約の「約」なのです。さすがは契約社会の人たちですよね。

>同じ神様なのになぜ違う宗教になってしまっているのでしょうか?

旧約聖書の成立で、いわゆるユダヤ教ができます。これがイスラエルを中心に広まります。古代イスラエル王国などが繁栄するのですが、まあ色々と内紛が起きたりしてやがてイスラエルの地はローマ帝国の属州となります。しかしユダヤ人つーのは非常に排他的なところがある人たちでございまして(彼らが世界的に嫌われる一因です)、自分たちの国に異教徒がデカい顔をしてウロつくのが腹が立ってしょうがない。
そこに現れたのが、イエスです。イエスは、ユダヤ教のラビ(教師)だったんですね。イエスは預言者として画期的なことを言い出しました。それは「愛」です。

大事なことを書き忘れていました。よく「預言者」といいますが、これは「予言者」とは違います。旧約聖書では神様のお言葉を伝える、いってみればコンダクターがいたわけです。この人たちは神様から言葉を【預】かるので「預言」という言葉をあてます。

それまで、ユダヤ教の予言者はみな「お前ら、堕落しやがって。神様は怒ってらっしゃるぞ!」といってきました。有名なのが死海の底にかつてあったという伝説のソドムとゴモラという町で、あまりに悪徳と欲望と堕落がひどいので、神様は火の玉を落としまくって壊滅させたと旧約聖書にあります。「お前たちもこのままでは神様のお怒りをかい、ソドムとゴモラの二の舞だ!」と預言者は警告してきました。

そんな中、イエスは「神様は、お前たちを愛しているんだ。誰でも天国に行ける」と言い出しました。これはもう大変に革命的かつ非常識極まりない発言でした。だって、娼婦も泥棒も天国に行けると言い出したんだもの。まっ正直に生きている人からすれば天国で犯罪人と一緒になるだなんて受け入れられるわけがないでしょう?
だけど、貧しい人、差別される人たちからすると自分たちは行けないといわれていた天国にイエスが「君らも行けるよ。行いを悔い改めればね」といったので、たちまちのうちにイエスブームが起こります。
しかし、イエスは結局十字架にかけられました。その理由は話すと長いのですが、要はユダヤ人の独立運動指導者になることを期待されていたのにイエスは「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ」などといって大衆の期待を裏切ったからです。

イエスはあくまでユダヤ教の指導者として十字架にかけられたのですが、パウロという人が「イエスは救世主だったんだー!」と言い出してキリスト教が成立します。ちなみにこのパウロさん、イエスの弟子の一人に数えられますが、イエスと会ったことがありません。イエスの死後に弟子になった人です。死後で弟子ってどういうことやねんと思うかもしれないけど、長くなっちゃうから割愛。
このパウロさんによって、「ユダヤ教イエス派」というべき集団が「キリスト教」という独立した宗教になっていきます。

それからずっと後の6世紀くらいに、メッカの洞窟で瞑想していたマホメット(ムハンマド)に大天使ガブリエルが現れて「お前は預言者だよ。これから神様のメッセージを伝えるね」といいます。これによってイスラム教が始まります。
マホメットはイエスも含めた他の預言者たち、いやブッダなども含めた宗教家としてかなり独特な一面を持ちます。それは「政治家であり、軍隊の司令官でもあった」ってことです。んー、かなり俗っぽいぞ。軍隊を率いて敵を打ち破ったりもしているので、汝の敵を愛せよといったイエスや殺生を禁じたブッダとはかなり違います。
しかしその辺りがかえって中東近辺の人たちの心をつかみます。まあこのへんは民族性の違いというしかないです。イスラム教の経典コーランにはイエスを始め他の預言者たちも預言者の一員とはしていますが、いうまでもなくマホメットが「一番最高の預言者である」としています。

>人間と同じような形をした神様の顔の絵を見たことがないのですが、どのような顔しているのでしょうか?

神様は「私は偉大すぎる存在だから畏れ多いから形にして拝んじゃダメ」とおっしゃっているので、顔を描くのは禁止です。ただ旧約聖書によると「私が7日かけて世界を作ったときにお前ら(人間)は自分の姿に似せて作ったからよ」といっているので、どうも人間に似ているらしいってことになっています。
仏像とかああいう像にして拝むのを「偶像崇拝」といいまして、実は仏教もユダヤ教もキリスト教もイスラム教も「偶像崇拝禁止」といっています。なんで禁止するのかというと、「これは神様のありがたーい像だ。拝むなら、金払え。あとお土産物屋でレプリカを売ってるぞ」という輩が現れるからです。だけど人間つうのは、形にして拝みたい生き物なんですな。このへんの葛藤は現代にも続いています。
だけど、ユダヤ教は偶像崇拝をはっきり禁止。キリスト教もプロテスタントは原点回帰ということで十字架だけを印にしていて、イスラム教はマホメットの姿を描くことも厳しく禁じています。時々欧米人がマホメットをマンガで描いたりしてイスラム教徒からものすごい反発を受けたりしています。

キリスト教も初期は「顔を描くのは畏れ多い」と記号などで表現しましたが、いつからかあの長髪で面長で髭をはやしていて、というステロタイプが出来上がりました。つい50年くらい前までは映画でも俳優がイエスを演じるのは畏れ多いということで、影で表現されたり姿は見せなかったりしたのです。

というわけで、ずいぶんと長文の回答になったけど、旧約聖書と新約聖書とコーランをぜんぶ説明したのでこれでもずいぶんコンパクトな方です。

>キリスト教とユダヤ教では神様は一人で同じ神様と聞きました

ユダヤ教の「ヤハウェ」、キリスト教の「ゴッド」、イスラム教の「アッラー」はみな日本語訳すれば「神様」となり、同じ方を指しています。これは、これらの宗教が一神教だからです。
一神教とは、この世の中に神様はただお一人だと考える宗教です。その神様は唯一絶対の存在ですので、他のお方を神様呼ばわりするのはすべて間違いと考えます。だから、彼らが指す神様は同じ方なのです。

んでこの唯一絶対の神様、旧約聖書によるとモーゼの前にその...続きを読む

Qキリスト教の唯一神の名は何ですか

ユダヤ三教はいずれも一神教です。

例えば、
1.ユダヤ教の唯一神の名は「エホバ(ヤハウエ)」、
2.イスラム教の唯一神の名は「アッラー」です。

それでは、
3.キリスト教の唯一神の名は何ですか。ご存じの方、教えて下さい。

Aベストアンサー

高校生の時カトリックの洗礼を受けた60代の男性です。
これまでの回答も間違ってはいないのですが、少し混乱されそうだと思いましたので、もういちど整理して回答してみましょう。

・あなたの言われるとおり、ユダヤ教・イスラム教・キリスト教の神(引いてはそれ以外の宗教も、という考えもある)は、同じ唯一神であり、呼び名は色々ある。(呼び名はどうでもよい、という側面もある。)
・キリスト教の場合は、古くからヤーウェ(エホバ)或いは、デウス(「神」のラテン語訳でギリシャ神話のゼウスも同じ語源)という呼び名もあったが、
・現代のキリスト教では、単にGod(神)と大文字で表記し、普通名詞としてのgodと区別することが多い。
唯一神なのだから、単に、固有名詞の「神」だと考えればわかりやすい。
・日本の信者間での通称は、「主」(しゅ)が一般的である。
・私が子供の頃は、「天主」という呼び方もあったと記憶している。古い教会で「浦上天主堂」などと呼ばれているのはその名残。多分「天使」と混同するから使われなくなったのだろう。

・尚、カトリックでは、「三位一体」説というのがあり、神には、「父」と「子」と「聖霊」の3つのペルソナ(人間なら「人格」と訳すが、神なので「位格」と訳す。英語のパーソンに相当)があるが、本来は同じ一体の「神」の別の表れ方という解釈がなされている。
→ http://www1.tcat.ne.jp/eden/Hst/dic/trinitas.html
仏教の阿修羅のように、一体なのに、顔が四方についているイメージを思い浮かべば、イメージしやすいかもしれない。

この内、「父」は、「天の父」であり、
「子」は、「神の子」でありながら、人類の救いのため、人間の姿になって地上に降られた「イエス・キリスト」であり(その意味で、「イエス・キリスト」は「救い主」(メシア)と呼ばれる。)
「聖霊」(「精霊」ではない)は、イエスの誕生、洗礼及び復活のとき、イエスの中に満たされるとともに、今日ペンテコステ(聖霊降臨の日)と呼ばれる日に舌の形で弟子たちのもとに下り、一瞬の内に出身国・国語の異なる弟子たちの言葉が通じ合い、喜びに満たされた、という話があり、今後も「聖霊」が人類に与えられることによって救いが完成すると言われています。
→ http://www.pauline.or.jp/spirit/sps3.php

このように、三位一体説は、非常にわかりにくい教義で、3つのペルソナの中で、すぐにイメージしやすいのは「子」であるイエス・キリストのみであり、教会内にキリスト像ないし十字架上のキリスト像があるが、あとの2つは、像もなく、目に見えにくいイメージですね。

神=イエス・キリストという回答も間違いとは言えませんが、正確には、イエス・キリストは神の3つのペルソナの一つであり、「キリスト教の唯一神は固有名詞の「神」Godという呼称で呼ばれています。」という回答の方が、現代では一般的だと思われます。

高校生の時カトリックの洗礼を受けた60代の男性です。
これまでの回答も間違ってはいないのですが、少し混乱されそうだと思いましたので、もういちど整理して回答してみましょう。

・あなたの言われるとおり、ユダヤ教・イスラム教・キリスト教の神(引いてはそれ以外の宗教も、という考えもある)は、同じ唯一神であり、呼び名は色々ある。(呼び名はどうでもよい、という側面もある。)
・キリスト教の場合は、古くからヤーウェ(エホバ)或いは、デウス(「神」のラテン語訳でギリシャ神話のゼウスも同じ語源...続きを読む


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