なぜ、こんなに犯罪が起こってるのに歯止めが利かないのでしょうか?
また、司法は、正義なのでしょうか?

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A 回答 (8件)

質問者の方へ


 私の父は警察官でしたが、私が幼い頃に死にました。その後、母は警察官の男と再婚しましたが、この男が私の事を何故かひどく嫌っていて、何か問題が起ると、必ず私のせいにするのです。私は身に覚えがないので否定すると、彼は私に正座を強要して私が罪を認めるまで寝かせないのです。(私は無実なのですよ!)そしてえんえんと正座をさせたままで罪を認めるよう促すのです。夜も白白と明るくなるころには、私はやってもいない罪を認めます。今、思えば、あれが警察の自白を強要するやり口だったのかもしれません。暴力はふるっていないのですから、虐待にはならない訳ですし、証拠も残らない。実に巧妙なやり方です。
 そのことに思い至ってから、私は警察の自白強要の話を聞く度に憤りを感じます。しかし、秩序を守るために警察は必要なのも事実です。警察のやり口が卑劣だからといって、警察の存在を否定する訳にはいきません。要は警察が腐敗しないよう、卑劣な行為に走らないよう監視していくしかありません。(例えば、公安委員を公選制にするとか)
 戦前の野党の件ですが、この種の政治弾圧が許されないのは当然のことです。戦前の無産運動家の中には警察から激しい拷問を加えられた人が多く、戦後、どんなに政府寄りの人でも言論の自由を侵す恐れのある法案に対しては体を張って抵抗したといいます。そういう人達がいなくなったことで、言論の自由に対して政治家自体が非常に鈍感になっているような気がします。
 なお、母の再婚は結局三年しか続きませんでした。
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この回答へのお礼

身内話まで聞かせていただきありがとうございます。
お父さんは、事件でなくなられたのでしょうか?
傷み入ります。

自白強要以前に、法律を私物化しているのが問題だと思います。
警察はノルマや、金銭の絡むことを辞めさせ、弁護優先の司法に
かえるべきではないでしょうか。
弁護士も、決して犯罪者を無罪にするわけではないようですし。
でないと、小学生8人殺人みたいなことがいつまでも起こるような気がします。

お礼日時:2001/06/08 23:11

質問者の方へ


 あまりプライベートなことは明らかにしたくないのですが・・・。(このサイトの趣旨にも合わないと思うし)
 そこで、最低限の情報だけ教えると、私は行政の人間ではありません。日本政治および日本政治史の研究家です。そのため、日本政治に関するあらゆる問題に興味があるのです。主に日本の野党の研究をしています。

この回答への補足

いつも的確な回答ありがとうございます。
第2次大戦中、野党の党員が逮捕、拘留され、拷問を受けたという事実を
どうお考えになりますか。

また、現在の逮捕、拘留による、自白強要事件をどうお考えになりますか?

補足日時:2001/06/08 08:13
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補足への回答です。


>それでは、戦争は、ルールがないと思いますが、これは犯罪ではないですかね?
戦争にも一応ルールはあります(捕虜の扱いとか使ってはいけない武器だとか色々…)。しかしそれがなかったとしたら、戦争は永久に犯罪ではありません(「犯罪的」ではありますが)。だって最初の回答にもあるように、犯罪はルール(成文不文は問いません)のある所に存在し、ルールのない所には存在し得ないからです。
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質問者の方へ


 再質問があったのでお答えします。警察官の数についてですが、職務の割に数は全く足りないと思います。特に足りないのは交通事故担当で、交通事故でしばしば死亡者が不利、生存者が有利な判定が出るのは、交通事故担当の警察官が足りなく、十分検証する時間がなく、証言のみが重要視されるからです。警察官の増員は警察国家につながるという論議もありますが、治安の悪化によって犠牲者が増えることを考えたら、警察力はもっと充実すべきです。でなければ、今の治安を今後維持できないでしょう。
 罷免された判事についてですが、「朝日新聞」2001年4月20日付夕刊によれば、弾劾裁判所によって判事2名・判事補2名が罷免されています。
 一応、罷免された判事とその理由をあげておきます。
1、帯広簡裁判事(1956年4月6日)・・・400件近くの略式起訴を放置し、失効させた。署名捺印した逮捕状を職員にあらかじめて預けており、職員はそれを悪用して逮捕礼状を勝手に乱発した。
2、厚木簡裁判事(1957年9月30日)・・・裁判当事者から接待をうけ、その事実が投書されると、それを握りつぶそうとした。
3、京都地裁判事補(1977年3月23日)・・・検事総長の名を語って当時の三木総理から指揮権を発動させ、田中角栄の逮捕を止めさせようとし、そのうえその様子を録音したテープを新聞記者に聞かせた。
4、東京地裁判事補(1981年11月6日)・・・担当する事件の当事者からゴルフクラブなどを供与された。
 昔からアホな裁判官はいるものです。少女買春を行ったあの馬鹿野郎もそのうち、弾劾裁判所で罷免されるでしょう。
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この回答へのお礼

明確な回答、ありがとうございます。
また何かありましたらよろしくお願いします。
失礼ですが、行政の方なのでしょうか…

お礼日時:2001/06/07 20:42

 歯止めの利かない現代社会に怒りを感じてらっしゃる、というわけではないようですね。

レポートか何かでしょうか。

 犯罪が減らないのって、行政の問題なんでしょうか?(^_^;
 国民一人一人の意識まで、国は面倒を見なければならないんでしょうか。俺としては、その国民の「だらけ意識」が現在の不景気をここまで悪化させてしまったのではないかという気もしないでもないですが。

 ちなみに、司法は正義ではないです。司法は飽くまで、国民が法律を守るよう、義務づけている機関であり、バブル崩壊以降の日本人の共通見解に従うならば、正義なんてものは、個人の心の中にしかないと思います。

この回答への補足

回答ありがとうございます。

だらけ意識ですか、これを解決する手段はないものですかね?

補足日時:2001/06/07 16:58
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そうですね。

第三者的な私たちではなくて、もっと気が付いて欲しい人がなかなか実行できないでいるのかもしれませんね。いろいろ憲法、法律を改正するにし
ても、すぐには実行できなくて、何年後とかですからね。私のような素人では分かり兼ねない部分がきっとあるんでしょう。でも、あきらめずに訴えていけば熱意とかはいつかは繁栄されると信じています。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

お礼日時:2001/06/07 20:44

 まず、現代の日本では犯罪が蔓延しているのでしょうか。

例えば、少年犯罪に限っていえば、敗戦直後や昭和30年代に比べて激減しています。それでも、マスコミが少年犯罪などをことさらにとりあげるため、まるで急に治安が悪化しているように思えるだけです。アメリカなどに比べて日本ははるかに犯罪の発生率も少なく、治安はまだまだ良い国です。それは全国隅々にまで配置されている交番制度が効を奏していると思います。
 ただ、昔は細かな事件は警察がとりあげなかったのですが、最近は警察不祥事によるイメージの悪化を取り戻すため、どんな些細な通報にも対応しているようにしているため、統計上、未解決事件が増えているのかもしれません。
 また、公務員はあらゆる職種をいっしょくたんにして総定員法という法律で定員が決められているのですが、日本人は必要な分野で定員を増やし、不必要な分野で定員を減らすという考えが苦手で(減らされる分野の人が強行に反対する)、今最も定員を増やさなければならない、警察官と教員の定員をなかなか増やせないのです。(だから、全部の分野で定員を増やすか減らすといったことしか出来ない)これが警察の中でうまく対応できない部分が出てくる(例えば、交通事故に対応する警察官の数は足りない)のです。
 司法は正義かということですが、そういう前提にたたない限り、裁判は成り立ちません。一部不心得者の裁判官はいますが、そういう奴らは国会の弾劾裁判所で罷免できるようになっています。
 なお、最高裁が政府よりの判決を下すことが多いのは、自民党政権が長いために自民党寄りの裁判官が多く任命されているためで、政権交代が欧米諸国なみに行われていれば、最高裁判事にも様々な思想の持ち主が任命され、政府の施策を批判する判決もずっと出やすくなります。

この回答への補足

回答ありがとうございます。

それでは、警察の仕事量が多いということですか?

また、裁判官が罷免されたことは、今まであるのですか?

補足日時:2001/06/07 17:01
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>なぜ、こんなに犯罪が起こってるのに歯止めが利かないのでしょうか?



止められるもんだったらとうの昔になくなってますがな。
あることをされて迷惑がかかる人が居るからそのことを止めるルールができるんです。
要するに、破る奴がいることを前提にルールができるんです。
ルールがなければ「犯罪」はなくなりますがね。

>司法は、正義なのでしょうか?
正義って何ですか?
あなたが正義だと思っていることが他の人には正義でないことはよくあります。

司法は「法律」に対しては正義を心がけています。(常に正義かというと、私の考えでは「?」がつきますが。)

あなたの思っている「正義」と「法律」の「正義」は違うのかもしれません(それが「間違っている」わけではありませんが)

この回答への補足

回答ありがとうございます。参考になります。

それでは、戦争は、ルールがないと思いますが、これは犯罪ではないですかね?

補足日時:2001/06/07 16:55
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2001/06/07 20:45

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Qアメリカの正義と母の正義

ウサマ・ビンラディンを殺害し「正義は貫かれた」と語るオバマ大統領、そのニュースに"USA"を歓呼するアメリカ市民の様子を報じた報道番組のあとにNHKの「マドンナ・ヴェルデ」というドラマを見ていました。
「マドンナ・ヴェルデ」というドラマは、ガンで子宮を摘出した娘の代わりに代理母になって娘の子を出産しようという女性の物語です。この手の社会派ドラマでは、娘に子を授けてやりたい母の愛情と実際にお腹の中の子(孫)に対し芽生える母性愛とでジレンマが発生しそうですが、これは単に想像でそういう展開になるか分かりません。
ただ、母親の子に対する「無償の愛」もある種の正義といえると思うのです。

アメリカの無差別テロへの報復も、母の子に対する無償の愛情とそれに付随する行動も、どちらの正義も利害は相対的です。
しかし片方は共感出来るのに、もう一方はとても危うい感じがします。

皆さんはどうですか?どちらかが共感出来ますか?それとも両方危うい?

Aベストアンサー

NO.6です。
このすれは哲学カテではありませんので、そのつもりで回答させていただきましたが、質問者様のお礼がご丁寧でしたので、もう少し私も追加させていただきます。

>共有できないと感じるのは、アメリカ国民の喜びや悲しみだからではなく、"ビンラディン殺害"という行為が人質などを開放するなどの目的の過程で偶然的に起こったものではなく、殺害そのものを目的とした"テロ行為"だからです。

ビンラディンがどうして捕捉されず、その場で殺されたのかという疑問でしたら、私はすっきりと理解できます。これは単純に技術的に不可能だったからで、米軍も可能なら生きて捕捉したかっただろうと思います。そういった事情を別にしても、彼の殺害を「テロ行為」とするのは一般常識からは外れています。質問者様の気分は9/11からの米国の一連の国際的な軍事行動、テロ国家や団体への報復行為への疑念があって、そのひとつの帰結である今度の事件をその観点から感情的に捉えておられるのであろうと私は思っています。その思いからの「テロ行為」視なのでしょう。
それはそれでひとつの考え方であり、一概に間違っているとは言えませんが、アメリカ国民を含む国際正義という立場にたてば、それは通用しない考えだと思います。ビンラディン殺害は「テロ行為」ではありません。アメリカ国家の自衛権行使といったところでしょう。



>言葉が足りなかったようですが、私は比較しているのではく2つのことを正しいと思えるかそうでないかを訊ねたのです。
本能であろうとなかろうと、正しいと思えるのなら正義ですし、そうでないなら誤り、絶対的に許容できないのであれば悪なのではないでしょうか?

>殊更、"正義"という言葉を持ち出すのはその事柄に対し、危ういという気持ちが内在しているか、表面化しているのだと感じます。


アメリカが彼ら自身の自衛権行使の結果として9/11の主犯を殺したのは、彼らの立場では正義の勝利なのです。これが世界規模で『危うい」ものだったかどうかは彼らの正義とは無関係です。確かに、今後テロ側が反発して事件を起こすなどの可能性は否定できませんが、貴方の仰る意味での「あやうい」という言葉(多分、人道的に疑問があるというような意味をこめておられるのでしょう)は当然今後歴史hが検証していくべき問題だろうと思います。おおいに議論してください。ただ、この正義と言う言葉は、違った立場から放っても無意味である場合が殆どです。アメリカ軍とアメリカ国民を含み、貴方の立場と同等の(多分国際法上で)検証でなくてはならないと思います。



>当然ながら、代理母に関して私は幾ばくかの危うさを感じていますし、クローン技術を応用した再生医療に対しても同じ気持ちです。

それはそれで生命倫理の立場からの検証は可能だと思います。ビンラディン殺害者の軍人の生命観と比べることは不可能だと私は思います。

>哲学というものが特殊であるのは、その人がどんな立場にあろうと自分が正しいと思えることを論じることが出来る点だと思っています。
>自分の立場を考慮して出す意見は政治的意見であり、オバマ大統領もまた政治的見地から声明を出しているのだと思えます。

それはそのとおりです。それは充分正当なもので、論じられるのも自由です。一般にその議論が可能なのは、同じ立場で正義の是非を論じる場合だけです。アメリカの内政的立場にもまた立派な正義は存在します。それを国際法の場に引き出すことは不可能です。日本でも竹島紛争に見られるとおりです。

NO.6です。
このすれは哲学カテではありませんので、そのつもりで回答させていただきましたが、質問者様のお礼がご丁寧でしたので、もう少し私も追加させていただきます。

>共有できないと感じるのは、アメリカ国民の喜びや悲しみだからではなく、"ビンラディン殺害"という行為が人質などを開放するなどの目的の過程で偶然的に起こったものではなく、殺害そのものを目的とした"テロ行為"だからです。

ビンラディンがどうして捕捉されず、その場で殺されたのかという疑問でしたら、私はすっきりと理解できます。...続きを読む

Qまた新たな地震で別の原発が事故を起こしたら。

また新たな地震で別の原発が事故を起こしたら、
日本政府は、世界に対してどのように申し開きするのでしょうか?
また、想定外というのでしょうか?

現時点で危ないとおもっているのは、
浜岡:東海地震の震央に近い
伊方:中央構造線の上にある
柏崎刈羽:前の地震で断層が敷地内に現れた。フォッサマグナの東縁
若狭原発群(もんじゅ含む):下に断層がある原発が多い、津波対策が低レベル
六ヶ所村再処理場:下に活断層がある。今回揺れなかった北側プレートに近い


事故は起きないという回答は無しね。

Aベストアンサー

また新たな地震で別の原発が事故を起こしたら、
日本政府は、世界に対してどのように申し開きするのでしょうか?
また、想定外というのでしょうか?

そのとおりです! 政府って責任者はいないですよ やめれば済むんですから 電力会社とて同じです また国民が責任者として振舞いにくいシステムなので 日本は無責任国家のレッテルを貼るしかないですね 

Qいじめ問題に歯止めを・・・

最近いじめを苦に自殺する未成年が急増している気がします。私はこの原因は、マスコミによる過剰な報道にあると思います。テレビや新聞は、いじめた側が一方的に悪く、いじめられた側にまるで非はないような報道をしている気がします。それにより「僕(私)の方がもっと酷いいじめを受けている。この程度で自殺してもいいなら・・・」となり自殺をしてしまうというケースが多い気がします。
皆さんはいじめが急増している理由をどのように考えますか?
また、どのようにすれば自殺は減ると思いますか?

Aベストアンサー

原因を一言で表すことは出来ないでしょうが
一つ言えることはモラル低下と子供の過保護が原因でしょう。
子供の保護と権利ばかり与えて責任を与えず
その事を考える事が無いためであると思います。
自殺についてですが、今、追いつめられた子供に
「死んではいけない」と言っても、何故死んではいけないか
理由を言える大人が少ないし、言った所で形だけの綺麗事としか聞こえないでしょう。
「生きていれば、再起出来る力と権利がある。」
「間違えた事は必ず正される日が来るんだ」
という事を大人が堂々と言える世の中でなければならないと思います。

私なりの対策法
1.政府の元、学校問題対策室を設立し様々な学校問題を検討する。
2.対策本部より全国の学校に各3名ほどの対策の専門家を常駐させる。
3.イジメ等の問題が起こった時、先生の手を離れ専門家に対処させる。
4.専門家には生徒、先生、保護者を指導する権限を法的に認め
深刻な事態に置いては対策本部を通し罰を与える事が出来る。
(♯1さんが仰っている英国でコレと似たような内容の対策を実施する様です。)

以上の取り決めだけでも、相当数のイジメや学校問題が減少出来るのではないか?
また世論やニュースでは先生が悪いと言うような報道や風潮があるが
多種多様な子供がさまざまなイジメをするが担任は1人
勉強を教えるプロであったとしても全ての人間が人間関係修復のプロではない。
また生徒保護優先の今の体制では注意すら生徒の側が拒否できる。
これでどうやっていじめを辞めさせられるのか?
教員を否定する事は簡単だが、すぐに先生の責任にしたがる人に
貴方が先生ならば、この複雑なイジメが防げるのか?と問いたい。
今のように教員に力が無い状況で教師の責任と
押しつけては教師も責任逃れに走り、責任の押し付け合いになり
議論する時間の無駄を生んでいると思う。
もう議論の段階ではない、一刻も早く具体的に前に進むための行動が必要ではないか。
全国の学校にイジメ専門部門を設立、研究し一定のガイドラインを設け
対処すべき時代が来ているのではないか。
先生、生徒、保護者はいじめの予兆があれば相談し、
後は専門家が集中して解決法と道筋を考えるのが良いのではないか。

社会に出ればイジメと呼ばれる行為をすれば犯罪でる事例も多い。
イジメている方も本当は悪いことであると知りながら
何処までなら許されるのか計りながらしている者も多い。
大人が考えるよりも、子供はちゃんと物事を考えられる。
仮にイジメが発覚してもイジメた側は謝罪すれば過去の事になるが、
イジメられた方はその後も心の傷を負ったまま生きていかねばならない者が
どれほど居るのか考えるべきである。
子供だから許されるでは、人としての最低限の責任すら自覚出来ずに育ってしまう。
適切な処分をいじめた側に課すべきであると考える。

処分とは、イジメた側に注意を与える事から
更正施設やモラル講習などを受け、責任とモラルを教育すること。
イジメた側の親や家庭にも場合により講習や罰金や慰謝料を課すべきである。
あと、先生は勉強だけ教えれば良いと言うわけではない。
教育は今まで通り行うだけでなく、イジメられた側とイジメた側の心のケアや
先生のモラル教育も専門家と協議してレベルアップを図るべき。
家庭、教師、社会、国、子供。誰か一つに責任を押しつけるのではなく
均等に責任を負える様な仕組みを考えるべきであると思う。

ここまでしてもイジメはゼロにはならないだろう。
イジメが無くならないのは、この世から犯罪が無くならないのと同じだと思う。
しかし、イジメた側を罪にしなければイジメられた側が
当たり前の主張をするのも難しいのではないか。

後、少し本題とはズレますが無意味な教育委員会など
この際解体し、少しでもイジメ対策の予算にした方がマシですね…。

原因を一言で表すことは出来ないでしょうが
一つ言えることはモラル低下と子供の過保護が原因でしょう。
子供の保護と権利ばかり与えて責任を与えず
その事を考える事が無いためであると思います。
自殺についてですが、今、追いつめられた子供に
「死んではいけない」と言っても、何故死んではいけないか
理由を言える大人が少ないし、言った所で形だけの綺麗事としか聞こえないでしょう。
「生きていれば、再起出来る力と権利がある。」
「間違えた事は必ず正される日が来るんだ」
という事を大人が堂...続きを読む

Q少子化に歯止めをかけたい。

一夫多妻制ならぬ、
多夫一妻制で、
どうでしょう。
子供は連続で産ませると、
体が疲れちゃいますから、
一年おきに、
いろんな種で産ませる。

Aベストアンサー

多夫一妻制はね、システムに無理があるんですよ。中国の奥地にある一部の民族とかで多夫一妻制のところがありますけど、一夫多妻制に比べるとはるかに少ないです。
多夫一妻制をやっている民族は、貧しい民族です。貧しくて長男しか結婚できないから、可哀想だから兄弟間でシェアしようとかそういう考え方です。

もしね、無人島に男が10人、女が1人となったら、この男同士がどんなに協調性があったとしてもいつかその血は絶えます。母体が同じ子同士が交わると血が濃すぎてしまうんですね。いわゆる禁断の関係てやつです。
ではもし男が1人、女が10人だったとしましょう。そして女同士が協調性があって、男も女も健康な体の持ち主だったとします。その島が人が住める環境であれば、いつかその島には村ができるでしょう。父親が同じでも、母体が違えば血は濃すぎないのです。その10年後くらいに健康な新しい男が1人流れてきたらもうそうなったら安泰です。
極端な話、世界に健康な男が4人くらいいれば人類は絶滅しません。

少子化を止めるとしたら、乱交社会ですかね。子供は社会全体で育てる、とする考え方になることです。実はこれ日本では古来からあったことで、例えば江戸時代に未亡人が妊娠したらそれは「菩薩様のお恵み」ということにしちゃっていたのです。昭和初期くらいまでは夜這いの風習があったところは結構多かったようですよ。
日本人が子供を大切にするというのは西洋人から見ると驚くことだったことのようで、明治初期に日本に来た西洋人が、日本人の父親が縁側に座り膝の上に子供をのせて世話をする光景が珍しくないことを「驚くべきことに」と書き残しています。

質問者さんみたいに「女とあんまり接触したくない」という男性が増えているのは事実ですから、シングルマザーでも子供が育てられる社会になったらきっと世の女性たちはボッコンボッコン産むんじゃないかって気がします。

多夫一妻制はね、システムに無理があるんですよ。中国の奥地にある一部の民族とかで多夫一妻制のところがありますけど、一夫多妻制に比べるとはるかに少ないです。
多夫一妻制をやっている民族は、貧しい民族です。貧しくて長男しか結婚できないから、可哀想だから兄弟間でシェアしようとかそういう考え方です。

もしね、無人島に男が10人、女が1人となったら、この男同士がどんなに協調性があったとしてもいつかその血は絶えます。母体が同じ子同士が交わると血が濃すぎてしまうんですね。いわゆる禁断の関係て...続きを読む

Q立て続けに起こる少年犯罪。

ニュースを見ていると、毎日のように中高生の事件が多発しています。数年前の17歳事件を思い出しますが、どうしてこんなに連続して少年事件が起こるのでしょうか。。
そして、私はどの子も似たような共通性を感じます。社会性がなく友達もあまりいない、ゲームやネットをやっている。などなど・・
そして親、友達への不満を溜め込み、最後に爆発して殺そうとするという極端な行動・・・。どうして彼らはぶつける、話し合うという直接的に相手と向かい合う事はせず、いきなり最終手段へともっていってしまうのでしょうか?
前まではいじめによる自殺が問題になっていましたが、最近では違ってきているようです。いじめられたら死にたいと思うより、それを恨み相手に殺意を抱くといった方向へいっているようです。
このような変化は、やはりテレビでいわれている通り、暴力的なテレビゲームなどが影響しているのでしょうか??

Aベストアンサー

 立て続けに起こってるんじゃなくて、立て続けに報道されるようになっただけです。
 現在では「ヤンキー型ニート」なんて呼ばれたりしますが、社会に適合できずに暴力行為を繰り返す青少年の存在は古来からおり、常に一定割合で確率論的に登場することが知られています。

 ゲームなどのメディアのせいにする意向も見受けられますが、この「最新のメディアに責任を押し付ける」意向そのものも、昔から繰り返されてきたことです。

 さて、彼らがなぜ犯罪に走るか、という主題に関してですが、俺としては「優しさが足りないから」ではないかと考えています。

 最近子供が生まれまして、子育てに関して頭の中で考えることが多くなったのですが、このところ「優しい」と「優柔不断」は紙一重と思うようになりました。
 甘やかされて育った子は、「生意気なガキ」にはなりません。「心優しいけど、裏の世界に触れられない弱い子」になるんです。(あくまで確率論ですけどね)
 逆に厳しく育てられた子は「誇り高い威厳のある人物」になると思われていますが、これは裏を返せば「威張りくさった嫌な奴」と全く同義です。

 人間は往々にして、ある人物から優しくされないと、「その人物には優しくしなくてもいいのだ」と思う傾向にあります。
 これと全く同じで、親に充分な愛情を注いでもらえなかった子は、「人に優しくすること」の意味すら分からなくなり、ADになったり優しくなれない子になったりします。

 ですがそれは決してその子の全てではなく、『「平和的な手段を選べない乱暴者」というレッテルを貼った状態でしかその子を見て上げられない大人』から見た一側面にすぎないのです。

 ゆえに、程度の問題ではありますが、子供はちょっと甘やかすくらいでちょうどいいんだと思います。
 もちろん、叱るべきときにしっかりと怒鳴ることができるのなら。
 それを充分にしてあげられなかったとき、その子は手加減知らずの不可解な行動に出るんじゃないかと思います。

 立て続けに起こってるんじゃなくて、立て続けに報道されるようになっただけです。
 現在では「ヤンキー型ニート」なんて呼ばれたりしますが、社会に適合できずに暴力行為を繰り返す青少年の存在は古来からおり、常に一定割合で確率論的に登場することが知られています。

 ゲームなどのメディアのせいにする意向も見受けられますが、この「最新のメディアに責任を押し付ける」意向そのものも、昔から繰り返されてきたことです。

 さて、彼らがなぜ犯罪に走るか、という主題に関してですが、俺としては...続きを読む


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