痔になりやすい生活習慣とは?

私って生きてる意味あるんでしょうか。私と同世代のぎりぎり子供生める年齢で、結婚できなければ絶望的です。子供を諦めなければなりません。出会いもなくお見合いに行って、好きでもないような人と無理やり結婚しなければ幸せになれません。元彼などと一緒にいなければ完全に孤独ですし、友達が結婚したら疎遠になりますし。完全に孤独になるなら元彼(別れて友達で独身)といたほうが、下手に結婚相手探すより、10年以上付き合い心を許してますし、何かあった時は頼りになる存在はこの一人しかいません。これから他の人と結婚して、家族ができたとして本当に好きならば幸せですが、孤独感に耐えられるかどうか。既婚者の人はこんな気持ちにならないし、人間的な道を歩んで死にたい気持ちなんてわからないですよね。やっぱりいきなり幸せな転機なんて現れない気がします。逆に昔どん底(死にたいくらい )そのような経験で、急に幸せになれた話聞きたいです。どのような方法取ったかも。
今現在幸せで、何を甘ったれたみたいな解答は要りません。同じ気持ちになった人しかわからないと思います。
あと体験のみで、私の性格の分析等はご遠慮願います。
経験談だけ求めてます。

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A 回答 (5件)

結婚したって同じですよ。


夫の母親にがっかりさせられ、夫にがっかりさせられ、子どもにがっかりさせられ・・・
孤独感を感じない日はありませんが、いっそ天涯孤独の方がマシだと思います。
私は生きてる意味あるのかと考えれば無い方だと思いますが、結婚してもしなくてもなにか一つ小さな楽しみがあれば、苦しみは和らぎます。
確かに自分の作った家族がいれば物質的な孤独感は少ないのでしょうが、無理して結婚して一発逆転的人生を得る確率は低いと思います。
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こんにちは。



私は10年ほど前に自立したときから質問者様同様に孤独感を感じ、その度に男性と体を重ねていました。

男性と体を重ねても、次の日になれば孤独感を感じ、他の男性と体を重ねるという負のループの中を生きていました。

2年ほど前、神様と出会いました。

神様は世界中の人間を愛してくださっています。

私も愛されていますし、tanukiringさんのことも愛されています。

そして、この愛は不変です。
永遠に変わりません。

神様と出会ってから、孤独を感じたことはありません。

私たちと、いつも一緒にいてくださり、いつも愛を与えてくださっています。

このことを知ってください。
教会へ行ってみてください。
聖職者や他の信徒さんに『神様は私のことを愛してくださっていますか?』と聞いてみてください。 

そこに、全ての鍵があります。

私は、あなたのことが好きです。

でも、神様はあなたのことを、もっともっと好きです。

質問者様に平安がありますように。
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>同じ気持ちになった人しかわからないと思います。



傷の舐めあいだけで幸せになれるってんなら、ずっとそうやっていればいい。

幸せは、人の批判にも真摯に耳を傾けられる人間にしか与えられないもの。

>急に幸せになれた話聞きたいです。どのような方法取ったかも。

そういう人はあんたと同じ気持ちになんかなっちゃいない。なってないから幸せになれた。
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じゃあ、経験のみね。

とてつもなく好きな子がいてふられたんだ。忘れられなかった。何回か彼女ができた。でも、その子だけは、わすれらることができず、その子のことだけを見ていた。かなり、重い男になったな。大学に入りうつがではじめた。その子をまだ、追いかけていたな。他の女性は、めに入らなかった。流石にこうなると孤独がおそってきた。俺って弱いのかな?って思えた。弱いわけねえだろ、俺がってこらえたんだけど、こころのなかから、俺は弱いってあふれてきて仕方がなかった。街が白黒にしか見えないほどにこころが沈んだ。這い上がりたいのに光が見えない。説明できない。これがうつだよ。佐野元春っていうミュージシャンがいてさ。俺たちは輝いているって歌ってくれていた。大好きだった。でも、元春は、哲学的な歌を歌うようになった。わたしも生きる意味とはなんだと哲学に明け暮れた。バニティって言葉と虚無がわたしのこころを支配した。みんなの幸せそうな笑顔がわけわからなかった。何が楽しいの?こころは、わらをつかみたいのに、わらさえなく、何もなかくなった。。無だよ。信じられるものがなくなった。やっぱり、俺は弱いままだった。虚無と無と偽善がいつまでもあった。いつしか、弱くたっていいって自分をうけいれた。やぶれかぶれだった。くそーって思い続けたな。なんで俺だけがこんなに弱いんだって。まあ、仕方がないかって思ってた。誰も俺のことなんてわからないだろ。って。もう、光はみえてきたかな。人間って弱いんだって思い始めてた。高校時代の友達が飲もうぜってさそってくれた。今の妻がそこにいた。人間は寂しがり屋だなっていったら、妻は泣いた。
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>…お見合いに行って、好きでもないような人と無理やり結婚しなければ幸せになれません。



結婚は25歳までにするものと思って居ました。
許嫁との不縁で、国外に出ました。本当に焦燥感を感じました。本来なら素晴らしい自然も、大した感動も無くつらい日々を送りました。

ナイスバディの多くの女性と逢瀬をしましたが、自慰以下の思いしかありませんでした。

帰国して、またしても親の頼み・勧めで、結局結婚しました。


特にパルピレーションを感じる女性ではありませんでした。

しかし、時々「ハッ!」とさせられ事があります。「今度の日曜、お墓掃除に行こう!」なんて、声をかけてくれるのです。子育てと、親の面倒見は、申し分有りません。

欠点は、床上手で無いこと位でしょうか?嫁に貰った時は、素性は知っていたのですが、どうしようもない女だと思って居たのです。妻に、床遊びは仕掛けられなく、正常位のお勤めばかりだったのです。

しかし、頑張り屋さんだったので、私も持ち帰った彼女の仕事を徹夜に近い状態で、ワープロ処理などしていたのです。隣で、鼾かいて寝ている妻を見ては、情熱的な国外の遊び女達と分かれたことを悔やみました。

遂に、妻はパソコンもマスターして定年までがんばり、今は炎天下で草取りなどに励んでいます。
「ご飯にするよ!」 今は、何でも取り仕切っています。

結婚は、ゴールでは無く、始発点では無いかとと思うようになりました。

気力があり、自由に飛び回っているときは、沢山の出会いがあります。相手も輝いているのです。
ただの彼女なら、小型ヨットで、珊瑚礁の小島に二人っきりのランデデブ-にも出かけられました。

深みで大波を受けてヨットやカヌーが転覆しても、はしゃいで居られたのです。

妻となると、そうはできません。「楽しむ」より、「無事に連れ帰る」ことの方が、絶対要件になるのです。何かにつけて、守らなくてはならないので、面白みは半分以下す。←私の個人的な思いかも知れません。

他人なら、「アレは避けられない事故であった。」と綺麗に分かれることができるのです。夜の酒場に繰り出すこともできたのです。


>急に幸せになれた話聞きたいです。
子ども達が相次いで、「結婚する!」と言い出したことです。嫁に「お父さん」と呼ばれたり、「おじいちゃんに先にあげるのよ!」と孫に言い聞かせる声を聞いた時です。

「ウ~ウッ」から「ジータン」そして「おじーちゃん」と孫達が、自分の食べたい果物をがまんして最初に私に差し出す姿をみたり、膝に登って来た時に、高い体温をかんじたり、子どもの汗の臭いを感じたときに幸せを感じます。

「今が、人生で一番良いときかな」、と思います。


>私と同世代のぎりぎり子供生める年齢で、…
女の旬ですね。 分かる気がします。二十歳代中頃に街区に出た時は、本当に人生の終幕寸前(当時は本気でそう思ったのです)でどうしようかと暗い気持ちと、「今夜は遊ぼう!」という一瞬の快楽に燃えたのです。
< 金で体を売る女性とはダンスくらいで、以上の接近は避けました。 >

若い子をゲットして、自分好みに育てるというのは、いかがでしょうか?出会いから結婚まで、そして老後に至るまで、貴方がプロデュースするのです。
伸ばした膝や足に登る孫の重さや体温を感じたときに、自分が生きているという本当の喜びを感じます。


年代を重ねると、不安も欲求も楽しみも、不思議なくらい変わってきます。

「無駄死にで無ければ、死を選んでも良いかな?」と思えるようになりました。売名行為では無く、誰かの役に立つのならです。決して自殺ではありません。←念のためです。

90歳まで生きるのはかなり難しいことです。
しかし、不思議にも、確実に覚悟はできてくるのです。
義母の後半生・半世紀は寡婦でした。何が喜びかと言えば、メール便で購入する全国の特産物と、どやどやと押しかける孫達の喧噪であったようです。


重ねて言います。
まずは、結婚しましょう。そして、伴侶を育てるのです。子を育てるのです。伴侶と子の育て方が間違っていなければ、孫が素直に育ちます。つまり、信頼できる人が確実に増えるのです。

身内で、見合い結婚は、私だけでした。見合いも有りです。

結婚は賭けかもしれません。だまされるかも知れません。論ずるより、実践アルのみと承知します。
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