ズバリ、現代小説と近代小説の違いとは何でしょうか?
一応、比較対象として、
近代小説では、三島由紀夫、川端康成、谷崎潤一郎、夏目漱石、などなど。
現代小説では、東野圭吾、伊坂幸太郎、石田衣良、京極夏彦、などなど。
これらは、飽くまで例としてです。この他にも比較対象を以っても大丈夫です。
ちなみに、ラノベを含むか含まないかはご自由にどうぞ。

A 回答 (3件)

歴史というか、いわゆる「文学史」の中に取り込まれている作家が、「近代」の枠組みに入っているような気がします。


受験のために勉強した文学史の中に三島由紀夫もいました。


そういえば、文学史に出てくる作家は「〇〇派」とか「〇〇主義」のようにカテゴライズされていたのを思い出しました。
自分の推測ですが、「現代」の枠組みの作家は、まだご存命で第一線で活躍中ということもあって、「〇〇派」「〇〇主義」のような評価が定まっていないのでしょう。そういう点も近代と現代の区別になっているのかもしれません。
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この回答へのお礼

伊坂幸太郎や東野圭吾が時折馬鹿にされているのも、やはり似たような理由なのですかね。まだまだ、その作家についてわからないことがある、みたいな。

お礼日時:2014/08/24 16:40

ありゃりゃ



近代の作家と
現代の作家の例が
すごいことになっているぞ
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第二次大戦を境にして近代、現代と分けられることが多いようです。



ですので、三島、川端、谷崎は現代ですね。近代までは戦争をテーマにすると本人の意図とは無関係に「反戦」のレッテルが貼られるので、書くことができませんでした。翻訳物や時代物が多かったようです。戦後になって作家自信の戦争体験などを基にした作品が書かれるようになりました。
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この回答へのお礼

ありゃりゃ、戦前後が境なんですか。不覚です。

お礼日時:2014/08/24 16:36

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もう一度読みたいのでわかったら教えてください。

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多分、貫井徳郎「慟哭」だと思います。

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もしこのテーマですと、皆さんなら何を選びますか?参考に教えてもらいたいです!

Aベストアンサー

レポートでは
現代社会について書かれた本を読んで、レポートを作成せよ
とのことであるのならば、講義内容に沿って、現代社会における問題点を取り上げた本を
本屋、もしくは図書館などで探してみはいかがですか。
図書館に行けば、こういったテーマでレポートを書くためにお勧めの本がありますか、と尋ねれば
レファレンスを行ってくれます。(つまり参考になる、推薦できるものを検索・紹介してくれます)

現代社会には様々な視点から考察すべき大量の問題点や事象があります。
例えば近々話題になったISILのテロについて。
歴史的、宗教的、国際政治的、経済的、国際紛争的など様々な観点からこれを見ることができ、
またこれらについて考察する書籍はたくさんあります。
他にもイギリスのEU離脱について、中国経済について、東京都知事の選挙について
年金の問題について、日本を含む移民問題、国際的な経済問題など
『現代社会』と定義するとかなり幅広く議論できるものを見つけることが出来ます。

上記に挙げた中からやりやすいモノを選ぶも良し
自分で何か興味があるものを主題にするも良しです。
ただ、大学に入学したばかりでそういったニュースに今まで目を通してこなかったということであれば
まずは難解な問題に取り組む前に、それらを簡単に解説している本を一冊読んでみると良いかも知れません。
例えば、大変分かりやすい解説といえば池上彰氏の本などは、小学生でもわかるようなものもあります。
その他にも、『分かりやすい』『基礎から』『かんたんな』などの文言を入れて
Amazonなどで本を検索してみると、かなりたくさんの初心者用書籍が出てきます。
その中から、現代社会に関連しているな、と思うものを選んで読んでみても良いでしょう。

『現代社会』って何?
ということであれば、それは今現在、自分が生きている時代から遠くない時間の社会の事です。
社会とは、集団を構成している様々な要素です。
人であり、法律であり、制度であり、経済です。
要は割と何でもあり、という事になります。
何を取り上げて良いかどうしても分からなければ、講義の内容から拾ってみて下さい。
または、講師(教授)に質問してみるのも良いでしょう。

レポートでは
現代社会について書かれた本を読んで、レポートを作成せよ
とのことであるのならば、講義内容に沿って、現代社会における問題点を取り上げた本を
本屋、もしくは図書館などで探してみはいかがですか。
図書館に行けば、こういったテーマでレポートを書くためにお勧めの本がありますか、と尋ねれば
レファレンスを行ってくれます。(つまり参考になる、推薦できるものを検索・紹介してくれます)

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Q霊能捜査官アリソン・デュボアで質問があります。

霊能捜査官アリソン・デュボアの 軍人のアリソンの弟が戻って来るエピソードで質問があります。

どうも、弟も同じ能力(予知能力)を持っていて、彼の能力のおかげで、 弟の隊は、危機から逃れることができたのですが、ある日、自分たちの 隊が全滅してしまう夢をみます。と、現実に、その場所に行く命令がくだり、 弟の戦友が軍曹に日をずらしましょうと談判するのですが、軍曹は 頑として承諾せず、とうとう、その友人が軍曹を殺してしまいます。
その軍曹は、自殺したことにして、二人は無事に本国に戻り、LAでサーフショップを始めようと約束し、LAに向かう途中、アリソンの家に寄ります。

弟は、そういう能力があることをひた隠しにしているのですが、 毎晩のように、その軍曹が弟の枕元に現れては怒鳴り散らすので、 アリソンにもバレてしまい、アリソンは弟に真実を語らないかぎり、 軍曹は出続けるし、正しいことをしろと説得します。
で、彼は親友を裏切って軍曹のお葬式で、真実を語ることにします。

そこから先は、場面が変わって、晴れ晴れとした表情の弟が、 LAに行くバスに乗り込みます。 で、このラストシーンが謎なのですが、バスが出発し、窓の外を見ると、 その親友が軍服姿でにこやかに弟に敬礼しているのです。弟も敬礼をし返して そのまま去っていきます。

この軍服姿の友人は、死んでるってことなんでしょうか? 生きていたら、つかまって軍法会議にかけられるわけで、 バスターミナルになんかいられるわけないし…
それとも、弟は真実を語らなかったのか、でも、それでは何も解決しないし…
そこのところが、はっきりしないので、気になっています。

長くなってすみません。もし、わかる方がいたら教えてください。

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その軍曹は、自殺したことにして、二人は無事に本国に戻り...続きを読む

Aベストアンサー

『バスが出発し、窓の外を見ると、 その親友が軍服姿でにこやかに弟に敬礼』
↑この、にこやかに敬礼していた軍服姿の人は、
親友ではなく軍曹だったのではないでしょうか?

アリソンが言った通り、弟が真実を語ったことによって
軍曹の無念の気持ちがやわらぎ、笑顔で出てきてくれた、
と考えると筋が通ると思います。

Q現代の日本で新作の小説を職業作家が書く意味はあるの???「一億三千万人の小説教室」を読んで

僕は高橋源一郎著「一億三千万人のための小説教室」の影響が強いので、それを読んでいる人には話が通じやすいと思います。僕はこの本の中の、「エーミールと探偵たち」と「原始林のペータージーリエ」のくだりで高橋氏が言おうとしていることがよく分かります。
簡単に説明しますと、娯楽小説なんてどうでもいいから、あなたが体験し、本当に知っていることについて書け、ということです。
この本には三重苦を背負ったヘレンケラーのくだりもあり、ヘレンのような人物、マイノリティーが持つ苦しみを知っている人こそ小説を書く資格がある、とあります。(補足しますと、この本の中では小説とエッセイのようなものの区別はなく全部小説という言葉でくくっています。)

そういう意味ではこの前までテレビでやっていた「1リットルの涙」は日本に残された財産だと言ってもいいくらい本当に価値のある闘病日記だと、僕は思っています。

そこまでは高橋氏と同意見なのですが、氏はそこから、自分が体験した本当に知っていることを書きさえすれば、誰でも小説を書く資格があるし、ぜひ書いて欲しいと本を結びます。
が、僕はそういう風に思えません。自分の体験した本当に知っていることを書いたとしても、膨大な量の小説が出きっている現代の日本で、その新作を読んではじめて知ることや人の気持ちなんて、まずもってないんじゃないかと思います。だから新作小説を書く意味も殆どないんじゃないかと思います。

それから、高橋氏の言っていることから考えると、小説よりも、ドキュメントやノンフィクションにこそ意味があるように思います。

それでも作家が新作を書く意味があるのでしょうか。娯楽じゃない小説を書く意味があるのかという意味です。もしくはどんなに文学サイドのつもりで小説を書いても、小説である以上は娯楽の要素がゼロではないのでしょうか?

僕は高橋源一郎著「一億三千万人のための小説教室」の影響が強いので、それを読んでいる人には話が通じやすいと思います。僕はこの本の中の、「エーミールと探偵たち」と「原始林のペータージーリエ」のくだりで高橋氏が言おうとしていることがよく分かります。
簡単に説明しますと、娯楽小説なんてどうでもいいから、あなたが体験し、本当に知っていることについて書け、ということです。
この本には三重苦を背負ったヘレンケラーのくだりもあり、ヘレンのような人物、マイノリティーが持つ苦しみを知っている...続きを読む

Aベストアンサー

 あけましておめでとうございます。

 お正月そうそう、パソコンを開いてみたら、amiさんの質問が気になって、回答してしまいました。
 暇人の回答を暇なときにでも見てやってください。

 高橋源一郎氏の『一億三千万人の…』はパらっとしか見ていないので、それについての感想は書けないのですが…、書き物の必要性について私の考えを書かせていただきます。

 私は、一時期マスコミ業界で取材をしていた側の人間でした。それだけに読み物の重要性をとても感じています。
 
 その中でもっとも大切だと思うのが「ノンフィクション」でした。
 
 膨大な量の資料とたくさんの人の証言に支えられる「ノンフィクション」は、時間がかかる上に人手も必要なため、一般に敬遠されがちです。しかし、現在の社会に巣食う悪に対する訴えというのが最も身近に感じられる作品です。
 また、人を訴えるということはその背景には「自分も訴えられる」可能性ものあるので、そう簡単には出版できません。出版するために付随する責任感が並大抵のものではないのです。

 そう考えると、今現在でいえば、社会に流通している読み物で必要なのは「ノンフィクション」ではないでしょうか。

 小説に関して言えば…空想の中で考えられたのか、経験上の事実があるのかがわからない作品がたくさんありますね。中でも楽しいのみの娯楽作品が大変多いですよね。
 村上春樹氏がそういうを読み物を確立してから、簡単で楽しい「娯楽作品」が増えましたね。
 パソコンの登場がそれを助長しているのではないでしょうか。

 昔の作家が書いた原稿用紙を神保町の古本屋で見た事がありますが、恐ろしいほどの推敲をこなしていて、しかも手書きで…本当に頭が下がります。

 あれだけの手直しをして出版された本なら、中身も濃く、素晴らしいですよね。

 今は、なかなかそういう作品に出会えない世ですね(ノンフィクションは別です)。

 それだけに手書きで自分の経験を書くという作業が重要になってくるのではないでしょうか。
 長文になってすみません。

 

 あけましておめでとうございます。

 お正月そうそう、パソコンを開いてみたら、amiさんの質問が気になって、回答してしまいました。
 暇人の回答を暇なときにでも見てやってください。

 高橋源一郎氏の『一億三千万人の…』はパらっとしか見ていないので、それについての感想は書けないのですが…、書き物の必要性について私の考えを書かせていただきます。

 私は、一時期マスコミ業界で取材をしていた側の人間でした。それだけに読み物の重要性をとても感じています。
 
 その中でもっとも大切...続きを読む

Q【素人小説の為】自衛官の階級、年齢、活動の違和感の無い組み合わせについて

 自力では、Web検索や書籍から調べることが出来なかった為、質問させて頂きます。

 現在素人のブログ小説で、市街地で破壊活動を行うSF的に強力なテロリストに対し、自衛隊内でそれに対抗する10名~20名程度の隊が組織されていると言う描写を行おうとしています。

 そこで、その隊を現場で指揮する人物を登場させたいのですが、それを四十代男性と設定することはおかしくないでしょうか?20代前半の主人公に対する良き理解者と言う位置付けとしたい為です。

 また、その場合、その人物の階級はどれ程でしょうか?1等陸尉や3等陸佐と考えたのですが、これは妥当でしょうか?

 これらの疑問を解消して下さるご回答、或いは参考となるWebサイトなどのご紹介を頂きたく、宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

このスレッドにふさわしくない「アドバイス」ですが・・・

 ある程度の枠を踏まえた上で「おかしくないんだ」というホラを吹き通すというのが創作だと思います。
#「19歳の統幕議長」とかが居ても、辻褄さえなんとか合っていれば、または少なくとも合わせる気があるなら「ああ、そういうファンタジー世界なんだな」と諒解します。

 例えば、警察の話になりますが大沢在昌の新宿鮫。あの歳であの経歴の人間があの階級、というのは現実には有り得るわけがありませんが、それでもこちらが納得できるだけの『ホラ』が用意されているわけです。

 お示ししたサイト等に示されているのは最速・最遅のモデルケースであって、その中間を指すあたりならばそれなりの妥当性を付けることはできるでしょうし、多少の無茶も承知ならば、防大・一般幹候出という設定も新宿鮫同様、なくはありません。別に総て表に出さなくても良いわけで。
#いま作ってくれ、と言われりゃやらなくもないですが、それは支援者たるの領分を越える

 また、習作であるとお見受けしますので、発表によるツッコミでさらにブラッシュアップしてしまうと言うこともアリだと思います。

このスレッドにふさわしくない「アドバイス」ですが・・・

 ある程度の枠を踏まえた上で「おかしくないんだ」というホラを吹き通すというのが創作だと思います。
#「19歳の統幕議長」とかが居ても、辻褄さえなんとか合っていれば、または少なくとも合わせる気があるなら「ああ、そういうファンタジー世界なんだな」と諒解します。

 例えば、警察の話になりますが大沢在昌の新宿鮫。あの歳であの経歴の人間があの階級、というのは現実には有り得るわけがありませんが、それでもこちらが納得できるだけ...続きを読む

Q現代人が、写実主義or自然主義の小説を読むことの意義は何だろう?

現代人が、写実主義or自然主義の小説を読むことの意義は何だろう?

最近、フランス文学を読解しているのですが、ふとこの疑問を持ちました。

ロマン主義からは一転し、また現在の大衆的な風潮とも違う、写実主義や自然主義の作品を読むからには、単なる娯楽以外の意義・得るものがあるはずです。

どこかの先生の説でも、回答者さんの持論でもかまいません。考えをお聞かせください。写実主義と自然主義については、一方についてでも、総合的にでも構いません。

主にフランス文学を読むことの意義を想定していますが、専門や趣味が国文学や他の国のものならば、そちらでも構いません。

Aベストアンサー

僕なりの考えということで、お答えします。
どちらの考え方にも共通しているのは、現実をそのまま描こう、ということではないでしょうか?登場人物の心理も、そのままじかに描こうとするわけですよね。
では、そういう作品を、現代において読む意義は何か?
昔の自然主義、写実主義作品を読むなら、それをそのまま現代に当てはめるのは無理があります。その時代の前提を受け入れて、作品が成立しているわけですから。
今現在の時代を描いているそのような作品ならどうかというと、これにも、僕は限界があると思う。
現代の私たちは、近代の後の『ポストモダン』と言われる時代に生きている。大体1970年代以降だと考えていただいて結構です。
ポストモダンの大きな特徴は、『大きな物語』が崩壊した、ということです。『大きな物語』というのは、みんなが信じていると思われる価値観のことです。日本人ならば当然こう考えるだろう、というようなことが、今の時代には失われている、ということです。ひとりひとりの人が、独自の価値観を持つことが奨励されているくらいです。
そのような中で、写実主義、自然主義は、本当に可能なのだろうか?僕は疑問です。新たな文学の形を考えなければいけないと思う。
(東浩紀さんの『動物化するポストモダン』、その続編の『ゲーム的リアリズムの誕生』に、これらの話の詳しい説明が載っています。僕の考えは、彼の本に同意するものです。)

昔の作品と今の現代の状況をよく鑑みてみる価値は、しかしながら、絶対にあると思います。それは何も写実主義、自然主義作品に限った話ではなく、プラトンの対話篇でもそうだと思います。

僕も大学のフランス文学科に属していますが、やってることはフランスの哲学です。なので、こういう回答になってしまいました(笑)。すいません。

僕なりの考えということで、お答えします。
どちらの考え方にも共通しているのは、現実をそのまま描こう、ということではないでしょうか?登場人物の心理も、そのままじかに描こうとするわけですよね。
では、そういう作品を、現代において読む意義は何か?
昔の自然主義、写実主義作品を読むなら、それをそのまま現代に当てはめるのは無理があります。その時代の前提を受け入れて、作品が成立しているわけですから。
今現在の時代を描いているそのような作品ならどうかというと、これにも、僕は限界があると...続きを読む

Q他の職種から警察官にはなれますか??

小説を書こうと思っています。
小説を書くにあたって疑問が出てきたので質問させていただきます。
警察官の採用はだいたいの県が29歳までというのを見たのですが、東京都などで30歳を過ぎて警察官に転職するのは無理ですか??
転職する前にやっている職種は何でもいいんです。不動産屋でも、裁判官などでも…

ダウンタウンの浜ちゃんがやっているドラマは仕事を転々として44歳で新人検事になる話ですよね??
警察官になるのと検事は違うのでしょうか??

くだらない質問かもしれませんが本当に困っていますのでよろしくお願いいたします。。。

Aベストアンサー

・警察官になるのと検事は違うのでしょうか??

検事は、司法試験合格して司法研修所の検事講習終了すれば、何歳でも法務省が
検事に採用してくれる

警察は、年齢(生年月日)、対象学歴職歴指定した採用試験を行う

転職なら、専門分野の実績あれば30歳過ぎでも可。普通の警官採用試験ではなく、
どこの、道府県警察警視庁でも、いきなり部長刑事・警部補になる
特別捜査官がいる。
警視庁だと「財務捜査官」・「科学捜査官」・「コンピュータ犯罪捜査官」・「国際犯罪捜査官」の4種別がある。

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/saiyou/keisatsu/tokubetu.htm

Q近代俳句の近代とは?

正岡子規は、俳句の近代化を進めた、と言われます。(なんとなくそういうフレーズを記憶しています)
俳句における近代というのは、子規以前の俳句と比べて、どのような違いをもって言うのでしょうか。

Aベストアンサー

どうでもいいんですが、クソ暑い中を労働してきて、すっかり煮えた頭でお礼欄拝見して、ぶっ飛びました(笑)。

>とすれば、十七音での完結というのは、どういう要素によってそう感じせしめるのか。その要素がわかれば、その要素をふんだんに踏まえた句が、子規の代表作になるのではないか。

結論的に言いますが、こんなむずかしいことは、わたしにはわかりません(笑)。

ただ、文学史的知識でお答えできる点だけ、いくつか。

まず、発句というのは、連歌のなかの句といっても、また特別なものなんです。
俳諧連歌は、個々の句を鑑賞するだけでなく、発句から終りまでを、移り変っていく物語として鑑賞していくものです。
そのために、いくつも約束事(式目)がある。
みんなで力を合わせて、おもしろい物語を作っていきましょう、というわけです。

なかでも発句は一巻の連句のなかでも、唯一の独立性を持ったものと設定されています(ですから、発句だけを集めた発句集というのも、芭蕉の時代から出されていたわけです)。そのために「や」「かな」「けり」という切れ字を、この句だけが持つことができます。

また、招かれた客が、一座へ挨拶する、という性格があるのもその特徴です。

これはわたしが学校の授業で習って、いまでも覚えているのですが、「古池や蛙飛び込む水の音」は、連歌の席上で発表されたときには、次の句(脇句)がつけやすいように「古池や蛙飛んだる水の音」というものだったようです。

「古池や蛙飛び込む水の音」
「古池や蛙飛んだる水の音」

こうやって並べてみると、どちらが一句としての完成度をもったものか、あるいは、どちらにつぎの句がつけやすいものか、非常にわかりやすいのではないでしょうか。

こういうことは、当時の人々もすでに気がついていて、蕪村が属していた「三菓社」は、いまの句会に近い、発句だけを詠む会などを催していたようです。

つまり、子規もある日突然そういうことを言い出したわけではなく、それにいたるまでの道筋というのは十分にあったわけです。


さて、そのうえで、この世界最小の短詩型である俳句、この魅力はどこにあるか、というのは実に奥深くおもしろいものがあるので、質問者さんもぜひ、今後もいろいろ読んでいっていただきたいと思うのですが、たとえば、たった十七音では、芸術かどうかなど判断できない、と批判する人さえいます。

フランス文学者の桑原武夫なんですけど。
桑原が批判したのは現代俳句なんですが。

桑原が東北大学で教官をしていた当時、一線の俳人の句を十と、素人の句を五、まぜこぜにして、作者名を隠して教官や学生に優劣をつけさせた。
すると、驚くべき結果、というか、句だけでは評価ができない、という結果になってしまった。

桑原は「ともかく現代の俳句は、芸術作品自体(句一つ)ではその作者の地位を決定することが困難である。……作者の俗世界における地位のごときものによって決められるの他はない」と、痛烈に批判します。
そうして
「作品を通して作者の経験が鑑賞者のうちに再生産されるというものでなければ芸術の意味はない」(『第二芸術』講談社学芸文庫)、として、俳句を「第二芸術」(一流の芸術に準ずるもの)というのです。

何か、近代から現代へ、という感じで後半は脇道へそれた感じもしますが、子規の「写生論」は、漱石の『写生文』にも影響を与えていますし(こっちのほうを書いたら良かったのかな)、子規自身、いくつかのエッセイも残していて、非常にこれがまたおもしろいものです。

あー、いっぱい書いたらすげー疲れました(笑)。
後半支離滅裂になりましたが、おもしろそうなところがあれば、そこからまた、質問者さんご自身で、いろいろ読んでみてください。
連句の項に関しては、高橋順子『連句の楽しみ』新潮選書を参考にしています。この本もおもしろいよ。

どうでもいいんですが、クソ暑い中を労働してきて、すっかり煮えた頭でお礼欄拝見して、ぶっ飛びました(笑)。

>とすれば、十七音での完結というのは、どういう要素によってそう感じせしめるのか。その要素がわかれば、その要素をふんだんに踏まえた句が、子規の代表作になるのではないか。

結論的に言いますが、こんなむずかしいことは、わたしにはわかりません(笑)。

ただ、文学史的知識でお答えできる点だけ、いくつか。

まず、発句というのは、連歌のなかの句といっても、また特別なものなんで...続きを読む

Q「能」を観にいきたいのですが・・

「能」が舞台となった小説を読み、少し興味が湧いてきました。
せっかくの良い機会ですし、思い切って本物を観にいってみようと
思ったのですが、今まで一度もチケットを取った事がないので、
どの演目(?)を取ったら良いのかもわかりません。
(小説で出てきたのは「道成寺」「二人静」「紅葉狩」等でした。)

本当に何も知らないので、演目のお薦めや、席の選び方、
チケットセンター等、色々アドバイスをお願いします。m(__)m

Aベストアンサー

 はじめまして。
道成寺、これは私も見てみたい演目の一つです。終盤になって清姫めがけて頭上から落とされる鐘は80キロほどあると聞いたことがありますので、命がけですよね。日々、精進努力して得た技術がないと出来ない演目だと言われています。

 あと、私がけっこう好きなものは(小町もの)と言われる小野小町を取り扱った演目です。代表的なものでは卒塔婆小町でしょうか。。。
 前半の静けさとは比べ物にならないほどの後半のはげしさ。見ていても分かりやすく楽しめる演目だと思います。

 チケットは。。。
すみません。近所に能楽堂があるのでいつもそこで購入しています。皆さんはどのような方法で購入してらっしゃるのでしょう???

 席はなんと言っても正面が一番良いと思います。高額になりますけれど(笑)たとえば能舞台で御覧になる時には席によって舞台の柱が視界の邪魔になることもありますので、予め舞台の見取り図を入手されると良いかもしれません。
 また普通のホールで御覧になる場合、観客席と舞台が近いために視点が見上げる状態になるホールもあり、あまりにも前の席を取るとと足さばき(←って言うのかなぁ)が見えなかったりします。

 私もそんなに詳しい訳ではなく、ここ数年興味を持って能楽堂に通うようになりましたので参考になりますかどうか。。。
 いちおう、能について関連用語や演目の簡単な説明があるURLを載せておきますね。

参考URL:http://homepage1.nifty.com/HanaYugen/DictionaryRoom0.html

 はじめまして。
道成寺、これは私も見てみたい演目の一つです。終盤になって清姫めがけて頭上から落とされる鐘は80キロほどあると聞いたことがありますので、命がけですよね。日々、精進努力して得た技術がないと出来ない演目だと言われています。

 あと、私がけっこう好きなものは(小町もの)と言われる小野小町を取り扱った演目です。代表的なものでは卒塔婆小町でしょうか。。。
 前半の静けさとは比べ物にならないほどの後半のはげしさ。見ていても分かりやすく楽しめる演目だと思います。

 チ...続きを読む

Qズバリ文学とは何?

皆さんの文学の定義を教えて下さい。

私の定義は
「ある特殊な状況の中で生み出される人間の心と行動を文章で表す試み。また、それを読み『人間に対する洞察』を味わうこと」
です。

Aベストアンサー

 森鴎外は「イタセクスアリス」の中で「僕はどんな芸術作品でも、自己弁護でないものは無いように思う。それは人生が自己弁護であるからである。」と述べています。また、高橋和己は「黄昏の橋」で「生きている者は、生そのものに本来まつわる自己正当化をいつかは果たしうるだろう。」とも述べています。・・・文学とは、作者の自己正当化を、文章芸術の域で表現したものではないでしょうか。


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