戦争の呼び名はたくさんありますが、先の戦争についての質問です。

戦後産まれの戦争を知らない人からすれば、勉強する材料にあまり出会えない気がします。
現在の年寄りは、60代の団塊世代で戦後産まれ、後期高齢者の70代は終戦時に10歳以下です。
小学校当時の絵日記などを紹介したものが最近、某協会で放送になりましたが見た感想は、
分からない間に、戦争が始まって、先生や大人が泣いていたり、戦争に送り出す人を万歳三唱したり、
と、いう行事的なものに出席していただけのまさに無知な子どもでした。
そういう人が独自に調べた内容を聞くと偏った内容な場合があり、それは確かにそうなんだけど、
○○のことを知らずに軍事論だけを言ってるなって思うこともあります。

戦後、軍人達は口を閉ざす人か、ベラベラ話すけどほとんどが内容のない自慢話で本当の事はわかりませんでした。

家に残った女子どもは、とにかく悲しい、貧しい、苦しい。だから、二度と戦争はしないで欲しい。ということばかりでした。

現存する記念碑や博物館も同じで、悲惨だった、二度と戦争はしたくない。を伝えるものばかりでした。

学校で習う歴史は、3学期で駆け足で反日の人や第三国に配慮した最低限の事実(というには怪しい内容?)しか教えてもらえませんでした。

映画やテレビドラマは題材に戦争を取り上げても、主役からの視点であるものですから、
脚色がされており、事実の見方が偏ったいる場合が多く、その真実性に疑問を感じることもあります。

最近、戦時中の朝日新聞が毎号買えるブックレットが販売になっていますが、政府に操作された記事内容である可能性が高いのであまり期待していません。

吉田清治のフィクションや朝日新聞の根拠のない捏造記事など、ウソや捏造でスクープ記事にしたり、その風潮や論調を鵜呑みにして日本を否定するジャーナリストなど国家を貶めるものもありました。

というわけで、戦争について状況は証言がいろいろあると思いますが、
なぜこの戦争が起きたのかなどの俯瞰した見方で、総括された何かしらが見たありません。
今まで自分なりに調べてきたものをパズルのようにつなぎ合わせると答えが一応出るのですが、
検証がなかなか出来ません。

というのは、反日日本人・反日某国人などのデマ情報や資料に邪魔をされて、
日本国民全体になぜ戦争をしなければならなかったのか。などが教育されておらず、
デマ情報や資料に踊らされて、日本国民でありながら日本が嫌いという人が多いために、
日本全体が雰囲気に飲み込まれているからです。

信頼に足る、総括した書籍など何かしらの資料は作られていないのでしょうか?

同調・同じ考えなのは、中部大学の教授 武田邦彦さんです。プログでいろいろ紹介しています。

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A 回答 (10件)

>なぜこの戦争が起きたのかなどの俯瞰した見方で、総括された何かしらが見たありません。



今に限らず、生きておられる戦争従事者の証言著作は、兵、下士官、現場の士官、精々、参謀本部の士官(少佐ぐらい)のものがほとんどを占めることから分かるように、戦域での作戦の俯瞰をするぐらいが関の山です。

先の戦争への真の経緯となると、時の外務大臣を含む政府、陸海の将、天皇陛下ぐらいしか語れないでしょう。天皇陛下とて上程された案に対しての裁定をされるわけで、その経緯はご存知ないはずです。

となると、信頼に足るかどうかは別にして、宮内庁、外務省、内務省、陸軍省、海軍省、国会の議事を時系列に並べ比べるしかないのです。もちろん、自分たちが主役ですので、自分達に都合の悪い表現は婉曲に回避されていたり、記載省略さえもあるでしょう。官僚の暴露があれば多少は補足ができると思いますが、戦前戦中の官僚はそういうことは少なかったと思います。
もちろん、戦争は外交行為なので、関係各国との関係も重要です。どう思うかは別にして関係各国の議事、記録は参照しなければなりません。これらが、今の時点で最高の「信頼に足る、総括した書籍」です。

戦略未満、つまり戦術や戦域であれば、各種の書籍が各々の立場で出ていますので対比することもできますし、日本であれば偕行社や水交社、厚生省の記録と付き合わせることもできます。
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追伸ですが、私の回答の根拠は現在のアメリカがロシア、シナ、北朝鮮の防共をしている事実です。

これは、ロシアの南進、共産主義の南下を防いでいた日本、ドイツをアメリカが取り去ってしまった副作用です。アメリカは日本の防共を否定し攻撃してしまい、挙げ句の果てには自分達が防共するハメになっているのです。ドイツや朝鮮半島が二つに別れたのもアメリカのせいです。日本に原爆を落し罪のない非戦闘を広島、長崎、東京、あわせて30万人以上虐殺し、ヤルタ会談でロシアの方を持ちシナと共に南京大虐殺を捏造、ロシアの満洲での強姦を黙認、罪のない日本人将校を処刑。そこまでしておいて、自分達で防共している。結局アメリカは何がしたかったのか。アメリカは日本に謝罪してもしきれない罪を犯したのです。
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中村粲氏の「大東亜戦争への道」。

この本はシナ事変の勃発の理由を資料を元にコミンテルンの仕業だと見事に捉えております。この本を読めば先の大戦がいかにソ連、共産主義の独り勝ちまたは共産主義者の陰謀であったのか解るはずです。シナも日本もアメリカも世界中がコミンテルンの思惑に落とし込まれた。これが事実です。これは近年徐々に明らかになってきた事です。当時命がけで戦っていた兵隊は世界の裏はどうなっていたのか知らないはずです。他の回答者様で小林よしのり氏をあげておりますが、小林氏はこの事実を充分に理解しております。小林氏の近代史も充分信用できます。
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日本が鎖国を解いてから、たかだか130年ですが、その為の内戦(維新クーデター)と、第二次世界大戦で、どちらが日本人にとって不幸だったのでしょうか?



市民は自由を手にしましたが、代わりに税を支払うようになりました。
帝国制度を批判する人もいますが、外国からの威圧に、各藩規模の軍では対抗出来なかったのは明白です。
国家規模の近代化が必要でした。
そのための帝国製で、工業化したのです。

今の世界での発展途上国の工業化の遅さを考えれば、日本の工業化の速度は異常です。
第二次大戦時、自動車を生増加のな国は、日本を含めた限られた先進国だけでした。
国産でない兵器で戦争なんてやるには、油か宗教が必要です。
日本ではですけど。
戦争では、敵より優れた科学力と工業力だということを、日本は日露戦争と、日米戦争で学びました。
日米戦争の開戦理由は、シーレーンの封鎖です。
今でもシーレーンは日本に取っての要です。
石油を輸入し続ける限りは、そうなります。

しかし、日本には天然の海洋資源が豊富にあります。
これを生かせば、何もシーレーン防衛を恐れずに住みます。

発端は、中国のサアアース輸出差し止めでした。
日本の市場は大変混乱しましたが、小笠原海底のレアアース採掘で、その混乱も収まりました。
今は、輸出差し止められても、大した影響は出ません。
原油もそうです。
日本の近海の豊富なハイドロメタンを活用できさえすれば良いのです。
現在の原油の価格を考慮すれば、ハイドロメタンでも充分にペイします。
国産の原油は精製に、1バレル3000円もかかると馬鹿にされましたが、1バレル100円以下だったのは昔の話で、現在では3000円を超えています。
もう時代は海洋開発せざるを得ない時代になっているんです。
他から買った方が安い時代は終わりました。
日本は何でも海底から持ってくるべきです。

そして、江戸時代のように、無税の時代に戻って、国が海外から設けるべきでしょう。
小国へ、ハイテク平気を輸出しても良いでしょう。
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小林よしのりさんの「戦争論」や井沢元彦さんの「逆説の日本史」のように歴史の本質を考えようという人や、三橋貴明さんの「日本経済と国防の教科書」のように経済から冷静に考えようというものがあります。

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制圧されると戦争に向うのです。

だから、制圧させない事が一番です。中国が共産化して、今と同じく制圧していたのでしょう。緻密に計算された行動だったと思います。黒船がきて、アジア情勢を分析し、中国を抑え襲わせ見事にやられたと思います。
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私も質問者様とよく似た気分でおりました。


ここ十年のあいだに、そういった間隙を埋めるような著書がいくつも出ているようです。
私が読んだものでは
松本健一「日本の失敗」
猪瀬直樹 「日本人はなぜ戦争をしたか」
同   「黒船の世紀」

そんなところが先の戦争についての総括にはいいのではないかと思いました。

ご参考まで。
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>○○のことを知らずに軍事論だけを言ってるなって思うこともあります。



それをいったら戦争の体験さえない私たち世代には批判する資格もないはずです。

>なぜこの戦争が起きたのかなどの俯瞰した見方で、総括された何かしらが見たありません

それは貴殿が勉強不足なだけ。
「失敗の本質」という良書があります。
http://www.amazon.co.jp/%E5%A4%B1%E6%95%97%E3%81 …
欧州大戦に関しては、児島襄氏による「ヒトラーの戦い」という文庫本で全10巻に渡る大著があります。また、児島襄氏の作品には太平洋戦争に関する著書も多くあります。

総括的な書籍は、枚挙に暇がないほどありますよ。それこそ偏った視点によるものから、複合的な視点によるものまでね。一般的な傾向でいえば、難しい内容で分厚い本であるほど複合的視点に立ったものが多いとは思います。

>最近、戦時中の朝日新聞が毎号買えるブックレットが販売になっていますが、政府に操作された記事内容である可能性が高いのであまり期待していません。

操作されたっていうか、当時は検閲をしていましたよ。つまりお上の許可が出たものでないと発表できなかったのです。それは朝日新聞に限らず、読売新聞も他の新聞もNHKラジオ放送も全部そうですよ。
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当方40代です。

私が子供の頃は、戦争に行った第一線の人々が生きていましたが、本当に口が重く特に戦争に借り出された軍人の人はほとんど何もしゃべりませんでした。

私も質問者様と同様にいろいろ調べているのですが、やはり日本国または日本国民という視点で俯瞰的に考察し総括したものを見たことがありません。
戦後の日本人は、後代の私たちが思っている以上に「東京裁判史観」を受け入れ「軍部の罪と日本の非道」を受け入れる代わりに、自分たちの「国民の責任」を封じたように感じます。

質問者様が今後この問題を調べるなら、資料としては「事実」を追及していくしかないと思います。実際にあった出来事はなかなか隠すことは出来ません。たとえば当時の人々はミッドウェー海戦の惨敗後の日本の劣勢を知ることが出来ませんでしたが、今の私たちは資料で事実をほぼ追うことができるからです。

それでも最近、少しずつ「東京裁判とは別に、日本人があの戦争を総括すべきだ」という声が高まっているように感じます。

後、10年かければよいものがでてくるのではないでしょうか。
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この話しは明治維新からしないとなりません。

帝国主義的思想が蔓延していた時代に欧米列強に浸食されたくない日本は富国強兵政策により経済的にも軍事的にも強い国家を目指して、欧米列強の拠点化をさけるために朝鮮半島や満州を開拓してアジアの独立を目指していました。
中華民国では共産党軍と国民党軍のあいだで内戦がおこり在留日本人が危険にさらされたので日本は治安維持のために中華民国に進出します。アメリカは中華民国からの徹底(他にも中国の政権未承認や満州国の否認、フランス領インドシナからの徹底、石油の輸出禁止)など日本の権益に関する全てを認可せず高飛車にわがままをいいはりました。これをハルノートと言いますがこのような要求は小国であるルクセンブルクもアメリカと開戦を決意するほど侮辱的な最後通牒でした。ただこれは経済政策にいきづまりをみせていたアメリカのルーズベルト大統領が日本に戦争をけしかけ軍事産業を振興することで経済政策を円滑にしたいといういきさつがあります。日本にとってアメリカは軍事力的に勝てる相手ではありませんでした。しかし日本は自衛のためインドネシアにある石油を確保しなければ石油がなくなります。そうしたくなければ誠に勝手なアメリカの要求を飲まなければなりません。大国の理不尽許すまじということで国民は一丸となってアメリカに戦いを挑んでいきます。国を守るために日本国民は命をかけて戦います。出兵の時に家族が泣くのは、それが最後の別れになるかも知れずアメリカが強敵なだけに生命の保証がないのだけど国を守るためには仕方がない。国のために死んできなさいと送りだすのです。
戦争は避けたいですよ。でもね。この時のアメリカの要求は日本に死ねと言ってきたんですよ。日本が合法的に勝ち得た権益を全て放棄しなければ石油は売らないと脅してきたわけです。日本は自衛のために戦争を選択せざるを得なかったんです。
大国の圧力で権益を失う、これがまさに帝国主義的主観です。日本はその帝国主義的主観に対抗してアジアの解放を目指してアジアに進出し、日本の勇敢な戦いぶりを目の当たりにしたアジア各国は勇気をもらい
戦後独立を果たすのです。
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Q第二次世界大戦の潜水艦について

あの時代の潜水艦でもちゃんと上昇したり下降したり

できてるようですが下降するのは空気をだせば沈むんだろうなと

わかるんですが沈んだあと上昇できるのはどうしてですか?

あと日本軍は戦艦や飛行機は有名ですが潜水艦は優秀だったんですか

また活躍したんですか?あまりしられてないようなのでしりたいです。

Aベストアンサー

潜水艦には浮力タンクという空間があり、これに注水するか排水することで浮力を調節する構造になっています。

潜水する場合はタンクに注水して浮力を減らし、潜行したら潜舵という装置で下方に進むわけで、急速潜行の場合は乗組員が艦首方向に集まり艦首部を下げ急速に潜航する方法をとります。

潜舵は艦首部と艦尾部と両側にあり艦首部を下げ、艦尾部を持ち挙げるように操作します。

これにより進行方向が下方に向くわけです。  浮上の場合は潜舵を操作して海面近くまで浮上し圧搾空気で浮力タンクを排水し浮力を付けて浮上します。

これは海中深くでは水圧が大で排水が困難なことによります。
つまり進行方向を下にむけるか、上にむけるかの相違で上下するわけです。

日本海軍の潜水艦は技術面では特に優れているとは言えない水準で、居住性や騒音は大変ひどかったようです。
特に騒音は敵艦に探知される為、潜水艦にとっては命取りといえる弱点でした。
しかし乗組員の努力で弱点を補いある程度の戦果をあげましたが、用兵がまずく不適切な使用を余儀なくされ自滅してしまいました。

潜水艦には浮力タンクという空間があり、これに注水するか排水することで浮力を調節する構造になっています。

潜水する場合はタンクに注水して浮力を減らし、潜行したら潜舵という装置で下方に進むわけで、急速潜行の場合は乗組員が艦首方向に集まり艦首部を下げ急速に潜航する方法をとります。

潜舵は艦首部と艦尾部と両側にあり艦首部を下げ、艦尾部を持ち挙げるように操作します。

これにより進行方向が下方に向くわけです。  浮上の場合は潜舵を操作して海面近くまで浮上し圧搾空気で浮力タンクを...続きを読む

Q小学生のころから歴史が好きで、今まで 戦国時代→第二次大戦→湾岸戦争→中東・イライラ戦争→第一次大戦

小学生のころから歴史が好きで、今まで
戦国時代→第二次大戦→湾岸戦争→中東・イライラ戦争→第一次大戦と
勉強をしてきました、ほかに何か良さそうなものありますか?

高2です。

Aベストアンサー

必ずしも歴史書が歴史の真実を記しているとは限らない。それに、歴史書は必ずしも面白くない。面白く無ければ人間は読むのをやめてしまう。

そこで私が推薦するのは、パール・バックの「大地」だ。中古で千円以下で手に入るようだ。第一巻だけでも読むと良い。あなたの人生が変わる。とてつもない価値の有る本だ。ピューリッツァ賞と、ノーベル賞を取っただけの事はある。

Q第二次世界大戦でのドイツ日本軍

<”もし”の質問です。>
第二次世界大戦でドイツがバルバロッサ作戦、
アシカ作戦を成功した場合
枢軸国はどうなりますかね?

圧倒的なアメリカ軍の物量で押し返されるのか
日本がドイツから支援を受け戦勝国になれたのか

想像・推測でいいのでお願いします。

Aベストアンサー

作戦自体が成功しても、補給が追いつかないから自滅するやろな。

ソヴィエトに侵攻した部隊は、サイドからの攻撃に分断されて孤立 補給が滞り、弾薬・燃料・食料・医療品が枯渇して自滅
ソヴィエト軍とアメリカ軍に挟まれて駆逐されるでしょう。

イギリス海峡を渡ったとしても同じ
陸なら夜陰に紛れて撤退や補給も何とかなるけど、海は無理やね。

日本とドイツですが、陸路では障害が大きく、空路では制空権無く、海路もほぼ押さえられていては「無理」

大戦中の潜水艦 アレは潜水艦ではなく「可潜艦」と呼ばれます。
事実、潜って進むより浮いて進んだ方が「速い」のですから。
現在の「潜水艦」は、皆、水上航行より水中航行の方が安定して速いです。
原潜じゃアレだから「そうりゅう型」でも使って貰いましょう。

B29並みの高々度性能を付与された富嶽にも登場していただいて・・・

それでも無理だな。

結局は、喰って・寝られて・暖かくできた軍隊が勝つんですわ。
暖かい食事、衣料品、寝床が確保できるほど、補給線がぶっとくないとダメなんですね。

Q太平洋戦争と第二次世界大戦

太平洋戦争と第二次世界大戦とは同じものでしょうか、違うものでしょうか?
同じだとしてその接点はどこにあるのでしょうか?

Aベストアンサー

世界大恐慌で植民地を持っている国はブロック政策で自国産業を保護しましたが、
持たざる国であった日独伊は苦しくなり、植民地を持つ国々と戦争をおこします。
この主要国同士の争いを第二次世界大戦といいます。

第2次世界大戦も一般的な開始は1939年の9月1日にドイツがポーランドに侵攻したことです。
この9月1日が開戦日ですが、英仏の立場からすれば宣戦布告した9月3日ということになります。

太平洋戦争は主要国アメリカと日本が戦った期間をいいます。
日本は12月8日に真珠湾攻撃を仕掛け、この日が開戦日になっています。
同日には英国領マレー半島を急襲しており、こちらはあまり知られていません。
日本の功績はどちらかというと英・蘭を駆逐したこと方が大きいので、
真珠湾よりマレー半島上陸作戦の方が価値が高いといえます。

日本だと主に真珠湾攻撃~終戦記念日の8月15日までを第2次世界大戦として扱い、
この期間はアメリカとの戦いでもありますので併せて太平洋戦争といいます。
ですが、実際には8月15日以降もソ連参戦など戦いは続いています。

このように国によってスタンスが異なりますが、世界史というグローバルでみるなら、
1939年9月1日~日本が降伏に調印した1945年9月2日をもって第2次世界大戦の期間、
1945年12月8日~1945年8月15日をもって太平洋戦争といえるでしょう。

世界大恐慌で植民地を持っている国はブロック政策で自国産業を保護しましたが、
持たざる国であった日独伊は苦しくなり、植民地を持つ国々と戦争をおこします。
この主要国同士の争いを第二次世界大戦といいます。

第2次世界大戦も一般的な開始は1939年の9月1日にドイツがポーランドに侵攻したことです。
この9月1日が開戦日ですが、英仏の立場からすれば宣戦布告した9月3日ということになります。

太平洋戦争は主要国アメリカと日本が戦った期間をいいます。
日本は12月8日に真珠湾攻撃を仕掛け、この...続きを読む

Q第二次世界大戦中の日本とドイツ空軍間の会話方法について質問があります。

第二次世界大戦中の日本とドイツ空軍間の会話方法について質問があります。
当時、日本人パイロットは何語でドイツ軍と会話していたのかでしょうか?またそれに
関する書籍があれば教えていただきたいのですが。
英語(またはドイツ語)で書かれている本を探しています。
もしくはインターネットサイトでもかまいません。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

こんにちは

> 第二次世界大戦中の日本とドイツ空軍間の会話方法について質問があり
> ます。当時、日本人パイロットは何語でドイツ軍と会話していたので
> しょうか?
(中略)
> 唯一、ドイツ空軍と日本空軍が共同でしたのはテスト飛行でした。
> おそらくオーストラリアでの記事はその当時のことを言いたかったんだ
> と思います。


WWII当時にドイツ空軍と日本軍(陸軍航空部隊)が共同で行ったテストと
は、1941年7月に陸軍航空審査部が岐阜各務原飛行場にて行った"模擬空戦"
のことでしょうか?
(他には 共同でのテスト、及び類似の出来事に関する記録が見当たらなか
ったもので・・・)

さて、同模擬空戦はドイツ空軍から日本に派遣されたフリッツ・ロージ
ヒカイト大尉が操縦するBf-109E(メッサーシュミット社から輸入)と
飛燕、鍾馗、隼などの日本陸軍の航空機との間で行われており、もしも
両国パイロット間で会話がなされたとしたならば 多分その時であろう、
と思われます。

また、その時の会話は何語で交わされたか? ということですが、残念
ながら当時の模様を詳しく記した資料などは見当たりませんでした。
同空戦にて日本側のテストパイロットを努めた 荒蒔義次少佐は、陸軍
士官学校出身ですので、多少ドイツ語は理解していたものと推測されます
が、流暢にドイツ語を喋れた との話は聞きません。

一方ロージヒカイト大尉も来日されたのが同年5月ですので、日本語は
ほとんど解らず、また彼は既に当時ドイツ空軍のエースパイロットでも
ありましたので、来日以前に日本語を覚える機会はほとんど無かったもの
と思われます。

以上のことから同空戦に参加したパイロットには、母国語以外の共通の
外国語を流暢に話せる人は多分いなかっただろうと思われます。
(とは言え、パイロット同士ですので 荒蒔少佐が片言のドイツ語を使っ
た簡単な意思疎通位は出来たかもしれませんが、とても会話をするという
レベルでは無かったでしょう)

おそらく 当時 日本側には ドイツ語が堪能な士官、専門の通訳者が 空戦
の場に同席していたはずなので、その人達(通訳)を介して やりとり
していたのではないでしょうか?

こんにちは

> 第二次世界大戦中の日本とドイツ空軍間の会話方法について質問があり
> ます。当時、日本人パイロットは何語でドイツ軍と会話していたので
> しょうか?
(中略)
> 唯一、ドイツ空軍と日本空軍が共同でしたのはテスト飛行でした。
> おそらくオーストラリアでの記事はその当時のことを言いたかったんだ
> と思います。


WWII当時にドイツ空軍と日本軍(陸軍航空部隊)が共同で行ったテストと
は、1941年7月に陸軍航空審査部が岐阜各務原飛行場にて行った"模擬空戦"
のことでしょうか?
(他には ...続きを読む

Q太平洋戦争(第2次世界大戦)での日本の敗戦について

太平洋戦争(第2次世界大戦)での日本の敗戦について

太平洋戦争で日本は敗戦しましたが、自分の感覚では降伏のタイミングを誤ったために大きな犠牲を払う結果となったと思えます。そのために良くも悪くも今の日本の姿があると思います。
ただ勉強不足のためか、日本の敗戦のきっかけ、原因がイマイチわかりません。

質問ですが
先の大戦での日本の敗戦の原因は何だと思われますか?

宜しくお願いします。

Aベストアンサー

 続きです。

・支那事変(日華事変・日中戦争)
 石原莞爾は、1937年の日中戦争開始時には参謀本部作戦部長となり、内蒙古での戦線拡大(熱河作戦以後)に作戦本部長として、中央の統制に服するよう現地にまで出かけていって現地軍指揮官の説得に勤めましたが、かえって現地参謀であった武藤章に「石原閣下が満州事変当時にされた行動を見習っている」と嘲笑される結果となりました。
 戦線が泥沼化することを予見して、石原は不拡大方針を唱え戦線の拡大を抑えようとしましたが、当時関東軍司令長官東條英機ら陸軍中枢と対立し、1937年9月には参謀本部から関東軍に左遷され、支那事変は継続していきます。

 日中戦争を開始した中国派遣軍参謀を評して、石原は「鵜の真似をする烏」と言ったらしのですが、過去の自分の行動が影響を与え、石原の戦略は崩壊することとなって行きます。

・満州事変の性格と支那事変の性格
 高校の日本史の資料・年表程度のものに目を通せば、その実態が分かります。

 満州事変(1931年)当時の日本陸軍の総兵力は45万程度で、「電撃戦での勝利」であったため、兵力・日本経済には大きな影響を与えていません。

 支那事変が、1937年7月に起こり、在留邦人保護と言う名目で継続され、1941年12月には、真珠湾攻撃を行い、アメリカとの戦いに入っていくのですが、それらの時点での主な統計数字を見れば実態が見えてきます。

 真珠湾攻撃をする直前の、日本本土・満州・中国大陸にある兵力は約190万(支那事変後に急激に増え、満州事変前の4倍になっています。参考:現在の日本=人口12000万の陸上自衛隊約16万、中国=人口13億の人民解放軍陸上兵力170万{誤差は大きいかもしれません}程度。)は、とんでもない数字なのです。
(陸軍兵力の急膨張で、士官学校出身の職業軍人は平時にはありえないような出世をどんどんしていったため、陸軍内部に日華事変の停止・撤退を望む声が盛り上がることはありませんでした。)
 対米、南方作戦のために、その後も更に兵員の数だけは増えていき、終戦時には、更に増え650万だったそうです。女性・子供・老人を除外した成年男子に対する軍人の割合を考えれば、国家経済が維持できるはずもありません。

 これだけの兵士を、生産を行わない「軍人」として動員したため、日本の戦前の各種工業生産力は1937年をピークに減少・横ばいを始めます。
 さらに、1938年には国家総動員法・1940年には食料の配給制が国内で始まります。

 アメリカとの戦いを始める以前に、中国との泥沼の戦争で、国力の大きな消耗が起き、顕著に国民生活を圧迫しているのです。

 政治が「軍」をコントロールしていれば、工業生産力を低下させてまで長期に戦いを続けることは考えられません。国益に明らかに反していて、無意味な消耗ですから。

 そして、中国側の焦土戦術(決戦をしないでどんどん内陸部に主力を後退させる戦略)によって、 中国側は「負けなければ勝ち」なのに対し、日本側は「勝たなければ負け」という、抗戦側の理論と侵攻側の理論のギャップで、戦闘を中止して撤退すれば『負け』という状況となっていました。
 
 『負け』ないためには、戦い続けるほかに方法はなく、アメリカから石油禁輸をされた日本(当時の日本産業の動力源は石炭。輸入石油の半分は軍が艦船・飛行機・車両の燃料として消費していました。)は、結局、中国からの撤退か、西太平洋の制海権を手に入れて、オランダ(既にドイツによって占領され、独立国家として機能していませんでした)の支配する領インドシナの石油を手に入れるかの選択(=戦線の拡大)となったのです。

 つまり、この時点で日本の経済的継戦能力は失われていて、ジリ貧負けは決定していましたが、中国戦線が内陸で行われたために、海軍艦船は無傷で残っていて、『負け』を認めて撤退する決断が出来なかったのです。

 続きです。

・支那事変(日華事変・日中戦争)
 石原莞爾は、1937年の日中戦争開始時には参謀本部作戦部長となり、内蒙古での戦線拡大(熱河作戦以後)に作戦本部長として、中央の統制に服するよう現地にまで出かけていって現地軍指揮官の説得に勤めましたが、かえって現地参謀であった武藤章に「石原閣下が満州事変当時にされた行動を見習っている」と嘲笑される結果となりました。
 戦線が泥沼化することを予見して、石原は不拡大方針を唱え戦線の拡大を抑えようとしましたが、当時関東軍司令長官東條...続きを読む

Q第二次世界大戦で枢軸国が行った酷いこと(ドイツ軍によるユダヤ人迫害、日本軍による南京大虐殺など)を教

第二次世界大戦で枢軸国が行った酷いこと(ドイツ軍によるユダヤ人迫害、日本軍による南京大虐殺など)を教えてください。出来ればやったことがはっきりしていることでお願いします。

Aベストアンサー

ドイツがしたユダヤ人迫害。アウシュビッツに行って直に目にした。幸か不幸か当日は停電していて、中の一部が観れなかった。髪の毛の山等は観れなくて却って良かったかもしれない。若ければ若いほど、恐らくトラウマに成る。トラウマにして確りと後世に色々と植えつけるために存在する施設では有るが、中々強烈です。

未だにドイツ人はそれを後ろめたく思っている人間が多い。今回の難民受け入れは有る意味罪滅ぼし的な感覚も充分有り。

Q太平洋戦争なんて所詮、第二次大戦全体で見れば 東部戦線>西部戦線>>北アフリカ戦線>バルカン戦線>太

太平洋戦争なんて所詮、第二次大戦全体で見れば 東部戦線>西部戦線>>北アフリカ戦線>バルカン戦線>太平洋戦争>日中戦争
こんな感じの立ち位置に過ぎない、ちょっとした小争いですよね?
教科書に載せる内容は精々、原爆投下程度だと思うのですが...。

どう思います?

Aベストアンサー

>>こんな感じの立ち位置に過ぎない、ちょっとした小争いですよね?

日本の左翼、沖縄で基地反対を言っている方、原発反対を主張している方といった現実が見ていない人、もしくは、「死んでしまえば、無だよ。結局、人間の人生なんて意味ないじゃん!」と考えている方からの立ち位置であれば、そんな意見もあるかもしれませんね。

日本が戦った「大東亜戦争」(日本を占領支配したGHQは、「大東亜戦争」という言い方を禁止し、「太平洋戦争」とすることを命令しました)は、自国領土を拡張するためとか、資源が欲しいっていう理由だけではなく、「帝国主義反対、人種差別反対」を戦いの目的にしていました。

このような高尚な「大義」を掲げた大東亜戦争に並ぶものとしては「奴隷制度廃止」をかけて戦った米国の南北戦争を思い出すくらいです。
(私は歴史に詳しくないため、同様な「大義」をかけた戦争が他にもあるかもしれませんが・・)

もし日本が大東亜戦争を戦ってなければ、現在でもアジア・アフリカ・南米などと同様に、日本も欧米の植民地として支配され、白人優位主義の人種差別政策が行われ、私たち黄色人種である日本人は、劣等人種として、卑屈な思いをしながら生活していたことでしょう。

日本の未来が良くなるように、と太平洋上の島で玉砕した日本兵たち、特攻機で爆弾かかえて突っ込んでいった若い人たちのことを知れば、「ちょっとした小争い」なんて、私は言えません。

>>こんな感じの立ち位置に過ぎない、ちょっとした小争いですよね?

日本の左翼、沖縄で基地反対を言っている方、原発反対を主張している方といった現実が見ていない人、もしくは、「死んでしまえば、無だよ。結局、人間の人生なんて意味ないじゃん!」と考えている方からの立ち位置であれば、そんな意見もあるかもしれませんね。

日本が戦った「大東亜戦争」(日本を占領支配したGHQは、「大東亜戦争」という言い方を禁止し、「太平洋戦争」とすることを命令しました)は、自国領土を拡張するためとか、資源...続きを読む

Q第二次世界大戦の敗戦国 日本とドイツのついて

なんて質問すればいいのか分かりませんが、日本はアジア諸国に対して悪いことをしてきましたよね。それで今でも反日感情など中国、韓国、北朝鮮などを中心にまだまだあります。ドイツなども一緒なのでしょうか?欧州諸国もやはり反ドイツ感情などは、あるのでしょうか?第二次世界大戦の同盟国で両方とも敗戦国で(イタリアもだが)外交の仕方に違いなどがあったのでしょうか?私の潜入感だと日本は、ものすごく恨まれていて、ドイツは、恨まれてないような感じがします。もちろんナチスは、恨まれていると思いますが・・・。世界情勢に詳しい方よろしくおねがします。

Aベストアンサー

質問文の中の「日本はアジア諸国に対して悪いことをしてきましたよね」という段階で、質問者様の勉強不足を感じます。具体的な事実をどの位知っていますか?漠然と「日本はアジア諸国に対して悪いことをしてきましたよね」と「信じている」だけではないのですか?

ぜひ、
「日韓併合以前の韓国がどのような状況だったか。日刊併合後にどうなったか」
「南京大虐殺と言われるものは、何を証拠にしているのか。中国人が行った通州事件などの虐殺行為と、今に伝えられる南京大虐殺の虐殺行為が瓜二つなのはなぜか」
「スターリン統治下のソ連がどのようだったか。第二次大戦で勝利したソ連が、支配下に組み入れた東欧で何をやったか」
「終戦1週間前に日本に宣戦布告したソ連が、満洲、樺太、北朝鮮で何をやったか。ソ連の参戦目的は何であったか」
「中国で、毛沢東の無謀な大躍進政策、次いで行われた文化大革命で何が起きたか」
「強制連行と言う行為が本当にあったのか」
「従軍慰安婦はどのような人だったのか」
などをしっかりした本で調べることです。幸い、現在では特定のイデオロギーに影響されない本が増えています。

質問文の中の「日本はアジア諸国に対して悪いことをしてきましたよね」という段階で、質問者様の勉強不足を感じます。具体的な事実をどの位知っていますか?漠然と「日本はアジア諸国に対して悪いことをしてきましたよね」と「信じている」だけではないのですか?

ぜひ、
「日韓併合以前の韓国がどのような状況だったか。日刊併合後にどうなったか」
「南京大虐殺と言われるものは、何を証拠にしているのか。中国人が行った通州事件などの虐殺行為と、今に伝えられる南京大虐殺の虐殺行為が瓜二つなのはなぜ...続きを読む

Q太平洋戦争と第二次世界大戦の情報戦略について

戦争をやる上で、敵国の情報を仕入れることはとても重要なそうですが、例えば第二次世界大戦や太平洋戦争では各国はどのように情報を得て、それをどのように活かしたのでしょうか?教えてください。

Aベストアンサー

情報戦の雄は英国です。  これは第一次世界大戦の教訓もあり普段から外交電文の蒐集、解読技術の開発を心がけていました。
戦時は殆どの命令や連絡が暗号電文で飛び交うのでこれらの傍受、解読は緊急業務で特別の機関あ編成されました。
英国は日中戦争中から日本軍の電文を蒐集し、解読していました。

この情報をアメリカに提供し、アメリカも同様な機関を設けたのです。
従って日本の外交電文、軍事電文は内容が相手国に筒抜けの状態でした。
米英はこの事を極秘にしていましたから日本は開戦後も暗号を変更する事なく気付くこともありませんでした。
真珠湾攻撃、南方戦略、山本連合艦隊司令官の迎撃、ミッドウエー海戦の悲劇はいずれも英米の情報戦の勝利でした。
日本軍は暗号の強度を過信し最後までこの事に気付きませんでした。

南方島嶼の攻撃前に、空中偵察により日本軍守備隊の宿舎、トイレの数を分析し、正確に兵力を算定し殆ど差は無かったといいます。 これも日本軍がトイレの使用人数を一定に定めている事を利用したのです。
そしてこれに数倍の兵力を集中して攻撃しました。
また日本兵の戦死者の日記やメモを蒐集分析し部隊の出身地、移動の履歴なども調べ、関東軍の精鋭が南方戦線に移動し、満州が弱体化している事実も探知していました。
この為に日本の方言の研究訓練も要員に施していました。  またこれからヒントを得てナバホ族の言葉を暗号に取り入れて使用し解読不能にする事も行ったといいます。

空中偵察写真の精密分析技術も英国は傑出しており、それを逆用してアフリカ戦線で兵力の移動の痕跡を隠し、都市の位置を変更し爆撃を無効にしたのは有名です。
ドイツのロケット研究所の発見も空中写真の分析からで、正確な爆撃でドイツは多数の研究者を失いロケット開発が一時ストップした事も有名です。

対日爆撃にも航空機工場の位置は正確に把握されて攻撃されました。

情報戦の雄は英国です。  これは第一次世界大戦の教訓もあり普段から外交電文の蒐集、解読技術の開発を心がけていました。
戦時は殆どの命令や連絡が暗号電文で飛び交うのでこれらの傍受、解読は緊急業務で特別の機関あ編成されました。
英国は日中戦争中から日本軍の電文を蒐集し、解読していました。

この情報をアメリカに提供し、アメリカも同様な機関を設けたのです。
従って日本の外交電文、軍事電文は内容が相手国に筒抜けの状態でした。
米英はこの事を極秘にしていましたから日本は開戦後も暗号...続きを読む


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