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「~したいが為に」
「~してしまったが為に」

というように「が為に」という表現を耳にすることがありますが、
この「が為に」は文法的に正しい表現なのでしょうか?
どなたか解説お願いします。

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A 回答 (9件)

#7です。



>質問した甲斐がありました。
 :
そのように言っていただけるとは幸甚です。
調子に乗って今少し、#8さんの御発言とも絡めた幾つかに触れてみたいと思います。

辞書について
#1さんも迷われるようにネット辞書には文法用語が明記されていない例が多いようです。
次の二つを足しても「その内容を示す」+「連用修飾語を作る」だけです。

・「デジタル大辞泉」では、「[格助]名詞または名詞に準じる語に付く。」というくくりの中で、その「7 (「からに」「ごとし」「まにまに」「むた」「やうなり」などの上に置かれ)その内容を示す。」としています。それなのに上げられた例文は「「吹く風の見えぬ―ごとく跡もなき世の人にして」〈万・三六二五〉」ですから、これでは「「吹く風の見えぬ」は「名詞または名詞に準じる語」ということに帰結しそうです。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/34931/m0u/% …

・「大辞林 第三版」では、「(5)「ごとし」「ままに」「からに」などに続いて,連用修飾語を作る。」とあります。
http://www.excite.co.jp/dictionary/japanese/?sea …

ここで類語辞典にあたると、ようやく次の説明が現れます。
・「類語例解辞典」「【2】「が」にも連体格の用法があるが、現在では、非常に文語的な表現か、ほとんど一語化した結びつきの中でしか用いられない。」とありますが用言での用例がありません。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/thsrs/17151/m0u …

ここで「現在では<非常に>文語的」か「ほとんど一語化した結びつきの中でしか」を明解にしています。

・同じ小学館でも#6さんの「日国」系では初出主義で万葉集を揃えていますが、私の引用した「国語大辞典」はもっとポピュラーな立場からより分かり易い「食わんがために働く」などの用例を上げています。

豊富な用例で助かるのは次の辞書です。
・「学研国語大辞典」「(2)<連体修飾句と「ため」「故」「ごとし」などの形式名詞的な語に挟まれた形で>連体修飾格を示す。文語的な格調を添える。「尽きぬ悲しい夢に酔おう<が>ため、」(永井荷風・ふらんす物語)「人の心を豊かにするが故に…」(夏目漱石・草枕)」

これなら、格助詞「が」の前段が「連体修飾句」であること、「形式名詞的な語」として逆に言えば全てが形式名詞ではないという注でもあり、その上で「が」は「連体修飾格」を成していることにも触れています。
何より「文語的な格調を添える」として漱石や荷風の例文を充てている辺りは面目躍如です。

そして「形式名詞的な語」については次の辞書はそれぞれ慎重です。
・「古語大辞典」「(ハ)形式語「から」「ごと」「まにまに」「むた「ため」などに続く」
・「大辭典」(平凡社)「(二)「如し」又は不完全な副詞(まま・よう等)の上に載って、その意を補ふ。」

これが面白いのは山田孝雄のいわゆる「形式形容詞」としてたった一つしかない「如し」は、活用タイプは形容詞でありながら、「赤し」「悲し」のような実質的意味をもたないのですが、しかし学校文法では比況の助動詞扱いになっているものです。
その辺をデジタル辞書は、まったく無頓着に扱っていますが、また「学研…」では「形式名詞的な」と韜晦させています。その一方、小学館系は「ごと」で扱っていますが、果たしてそれであれば「形式名詞」と呼べるのかどうか。
その点からすると「大辭典」の「「如し」又は不完全な副詞(まま・よう等)」は言い得て妙というべきかもしれません。

これはまた、形式名詞の内、1)実質的意味を失っている、2)連体修飾語(句)を伴わなければならないという、そのどちらを優先させたら良いのかという重点の取り方でその範囲が異なってくる問題にも通じます。

この例のように、辞書によって文法的扱いや、要点の取り方が大きく異なって来るものなので、回答の際にはその辺のどこまで配慮するのが望ましいのか如何にも悩むところです。
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この回答へのお礼

有難うございます。
とても参考になります!

お礼日時:2014/09/14 21:02

No.6、No.7のご両人のコメントで、少し納得が行きました。

お使いの辞書も「日本国語大辞典」ですね。
~が+形式名詞(から・ごと・むた・まにま・ため)という形で使われる用法のようですね。これは他の辞書にも出ている事なのですが、「ごと(ごとし)」や「ため」・「から(からに)」・「まにま(まにまに)」・「むた」が例にあがっており、聞き慣れない言葉が多くて戸惑いましたが、実際には万葉集の用例が多く、「波のむた」なども歌の中に出ていたのをかすかに思い出すのみです。
 万葉の時代から、長い期間を受け継がれてきた用法なのですね。そのような例は外にもあるのは知っていますが、文語体専用の用法にもかかわらず、現代にも生きているようです。そのため、現代語との隔離感があるのでしょう。

 「青空文庫」には「が為に」の使用例は173件も出てきましたが、いずれも古めかしい文体で書かれている作品ばかりでした。
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この回答へのお礼

改めて日本語の難しさを感じます
ありがとうございました。

お礼日時:2014/09/11 21:01

品詞構成としては次の通り、基本は文語体表現限定です。


文語体の用言連体形+格助詞「が」の連体格用法+形式名詞「ため」+副詞端末の「に」

「が[格助詞](一)連体格用法。(2)下の形式名詞(「から、ごと、むた、まにま、ため」等)の実質、内容を示す。「食わんがために働く」」
ため【為】助詞「が」「の」の付いた体言、または用言のい連体形に接続し、形式名詞として用いることが多い。」
(引用:「国語大辞典」小学館)

したがって口語体と、時代限定性のある「が」の連体格用法との組み合わせはかなり抵抗を覚えます。
?「食おうがために働く」→「食うために働く」「食おうとして働く」「食いたくて働く」

まして、用言でも動詞ではなく、動詞の複合語となった形容詞「したい」は「ため(為)」という形式名詞との調和が弱い気がします。また複合語であるだけでなくアスペクトで終了形となる「してしまった」には一層違和を覚えます。この場合は形式名詞は「ため(為)」ではなく「が」を取った「せい(所為)」「おかげ(お蔭)で」などが相応しいでしょう。
「~してしまったせい(所為)で/おかげ(お蔭)で」

なお、青空文庫では「したいがために」3点だけ見つけました。
「お雪ちゃんを 一時 喜ばしたいがために焼き直した形跡が」(中里介山「大菩薩峠」)
「だれも長生きがしたいがために、」(河上肇「貧乏物語」)
「日本人たることを誇りとしたいがために、」(岸田國士「風俗時評」)
その一方で、文語体でなら、例えば「せんがために」で908点あります。

そもそも「誰がために鐘が鳴る」はあくまでも文語調の「誰(た)が」であって口語体の「誰(だれ)が」では受け入れかねます。口語体なら「誰(だれ)のために鐘はなる(のか)」あたりでしょうか。
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この回答へのお礼

とても良い回答をいただけて
質問した甲斐がありました。

お礼日時:2014/09/11 21:00

No.4でhakobuluさんが、No.1、No.2の回答を取り消して、No.3が正しいと書かれていますが、私はNo.2の回答が正しいように思います。


「なるが堪忍、するが堪忍」「恋するがゆえに」「転んでしまったがために」「5分遅れたがゆえに(ために)」「演じるがさまは」とは現代でもたまに使われる表現です。
古文では、「故郷は遠くもあらず一重山越ゆるがからに思ひぞ我あがせし(万6-1038)」もあります。

辞書には、《「が」:格助詞(1)「連体格用法。受ける体言が、下の体言に対して修飾限定の関係に立つことを示す」》とあります。(精選版日本語大辞典)(1)-2で、《下の形式名詞(「から、ごと、むた、まにま、ため」等の実質、内容を示す)》と解説が続き、万葉集の例が2つ出ています。
この辞書の説明によるなら、「ゆえ」「ため」「さま」の形式名詞の内容を限定するために「が」を先行させ、「が」の前に「ゆえ」「ため」「さま」を限定的に修飾する文などを述べているのだと思います。(連体形になっている)

「なるが堪忍、するが堪忍」は、「なる(の/こと)が堪忍(である)、する(の/こと)が堪忍(である)」とも理解(主格をさす)できますが、堪忍の実態内容を限定的に内容を示しているとも理解できないことはないと思います。
「君のため」を「君がため」、「険しきさま(様)」を「険しきがさま(様)」ともいいますが、これも「ため」や「さま(様)」の実質を表現するときの「が」の用法だと思います。
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この回答へのお礼

とても納得しました
ありがとうございます

お礼日時:2014/09/11 20:57

 これは意外に難しい質問と感じて口を出しかねていました。

「が」は、No.3の方がおっしゃるとおり「連体格」の「が」と思いましたが、その「が」がどういう役割りを果たすために置かれているのか、はっきりできませんでした。
「~したいが為に」、 「~してしまったが為に」は、現代語でいえば、「したい為に」「してしまった為に」と言い換えてしまえばいいのですが、昔は「~したき為に」「~したる為に」とは言えず、「~したき<が>為に」「~したる<が>為に」と言わねばならなかったのでしょうか。そのあたりがよく分かりませんでした。
 
 この「が」は、「我が家」「君が代」に残る「の」の意味の格助詞で、わ(代名詞)+が(格助詞)+家(名詞)だったもので、現代では「連体詞」の「我が」に転成されています。また「君が代」は一語の「複合名詞」とされているようです。その「が」が入り込んだものでしょう。

 この連体格の「が」は古文では「~したいが為に」といまだに残る用法であるのに、現代文では「の」をもつけられず、「~したい為に」になるのが、説明しにくい所ですね。単なる接続の問題と割り切るでは、もう一つ不満が残ります。

 この話は、質問者には何の関係もない話なので無視してください。
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この回答へのお礼

回答助かります。
ありがとうございます。

お礼日時:2014/09/11 20:53

#1です。


#3さんのご回答が正しいです。
わたしの回答は完全な勘違いでした。お詫びして取り消します。
  
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この「が」は古語における格助詞で、連体修飾格です。

します。つまり、現代で言うと「の」に近いものです。現代語の「の」は、用言の後にくっつくことはありませんが、この「が」は用言を直接、体言につなげることができます。
http://ameblo.jp/aiaia18/entry-10928646217.html
つまり、「したいが為に」は「したいということの為に」ということです。「したいの為に」とはできませんから、「こと」という体言をくっつけてみました。

この「が」は、古語ながらも、現代でも広く用いられていますよ。一番簡単なのは、「我が」。「我」一字でも「わが」と読みますが、これは「我(われ)の」ということです。
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この回答へのお礼

古語が今も使われているんですね~
ありがとうございます。

お礼日時:2014/09/11 20:50

#1です。

すみませんが、修正があります。

×
「何の為か」という内容を説明(修飾)しているわけです。


「~したいが」や「~してしまったが」の部分は、続く「為」の内容が「どのようなものであるのか」ということを説明(修飾)しているわけです。
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この「が」は、下記辞書の、【(5) 「ごとし」「ままに」「からに」などに続いて,連用修飾語を作る。

「山は人の無力をあざわらう-ごとくそびえている」 「たけき河のみなぎり流るる-ごとし/徒然 155」】という用法です。
http://www.excite.co.jp/dictionary/japanese/?sea …
「何の為か」という内容を説明(修飾)しているわけです。
  
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

お礼日時:2014/09/11 20:49

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参考URL:http://okwave.jp/qa1126103.html

Q「を通じて」と「を通して」の使い分け

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2.学生会を通じて、学校側に意見を出した。
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4.問題があると、民主的論議を通じて解決する。

「を通して」
1.書物を通して世界を知る。
2.両国の文化交流を通して、相互理解を深める。
3.仲人を通して娘の縁談を進める。
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Aベストアンサー

他の方(No.4の方)にもお答えいただいて、よかったです。
私の自信のない(誤っているかもしれない)回答で、質問者の方が誤解したまま終わってしまうようなことがあったらいけないですから。

#2でも少し書きましたし、No.4のご回答でも似た指摘がありますが、
>4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。
という文は、(「通して」「通じて」の問題以前に)
意味がわかりにくく、何か読みにくいような、くどいような、自然でない印象を受けます。
(でも、「日本人はこんな文は書かない」と言えるほど不自然な文ではないです。)
なぜそう思うのかはよくわからないのですが、以下の理由があると思います。
・「臨床実践」という言葉を聞き慣れない。医学の世界ではどうか知らないが、普通の日本人が使うような言葉ではない(#4のご回答でも指摘がある。)
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私なら、もっと軽い感じに、
「実践的な臨床経験を積み重ねる。」
「臨床経験を積み重ねる。」
「臨床の経験を重ねる。」
「臨床の実践経験を積む。」
などなどでもよさそうに思います。


#4の方もおっしゃっている通り、質問の例文に関しては、#2と#4は、似ているようです。
特に、思うのは、

>4.問題があると、民主的論議を通じて解決する。
→このとおり「つうじて」
>2.両国の文化交流を通して、相互理解を深める。
→「つうじて」
>3.仲人を通して娘の縁談を進める。
→このとおり「とおして」

この三例は、#2と#4で同じですし、自分が改めて考えても、この通りでおさまりがいいと思います。
改めて、いくつか意見を述べておきます。

一つ目は、
「民主的論議」「文化交流」などの長めの漢語があると「をつうじて」で、
「仲人」というような和語だと「をとおして」の傾向があるのではないか、
ということです。
(短めの漢語は、中間。)

二つ目は、
「を通じて」というのが、何か形式的な印象を与える、ということです。
「仲人をつうじて」とはあまり言わないような気がしますが、
もし「仲人をつうじて」と言えば、何か仲人を(人ではなくて)道具のように扱っている感じがします。

三つ目は、
「を通じて」は、二つのものの間に「何かが挟まっている」が、その間に挟まっているものそのもの(秘書、書物、・・・)を重要視せず、二つのものの関係を重要視している。
「をとおして」は、「間に挟まっているもの」を重要視している、ということです。

四つ目は、
「を通じて」という表現は、公式であり外向きであるが、
「をとおして」という表現が、ややくだけた表現だということです。

これらは、「まあそんな気がするかな」程度の意見なので、きちんと詳しく検討する必要があるだろうと思います。

改めて考えても、#2#3も、#4のご回答も、みんな正しいような気がするのです。

#4では
>「通して」という場合,文字通り「それを通り道にして」という意味があるように思います.(q304さんの#3のご意見と矛盾してしまうのですが...あくまで私の個人的印象です.)
とのご指摘がありますが、必ずしも矛盾とまでは言えず、別のご指摘かもしれません。
#3では
>「秘書を通じて」というのは、秘書を、単にそういう地位とか役割のようにとらえていて、
>(秘書を単なる「とおりみち」のようにとらえている。)
>具体的な人を思い浮かべていないんじゃないかな、
>ということです。

「秘書を単なる「とおりみち」のようにとらえている」
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「秘書に重きをおかない」という意味です。


ところで、質問では、
「皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。」
とありますが、
この著者自身、本当に使い分けすべきと考えているのでしょうか。

他の方(No.4の方)にもお答えいただいて、よかったです。
私の自信のない(誤っているかもしれない)回答で、質問者の方が誤解したまま終わってしまうようなことがあったらいけないですから。

#2でも少し書きましたし、No.4のご回答でも似た指摘がありますが、
>4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。
という文は、(「通して」「通じて」の問題以前に)
意味がわかりにくく、何か読みにくいような、くどいような、自然でない印象を受けます。
(でも、「日本人はこんな文は書かない」と言えるほど...続きを読む

Q「~やら~やら」と「~とか~とか」の違い

物事を複数並列する時に「~やら~やら」と使っていますが、
最近の若者がよく使っている語で、同じようなものに「~とか~とか」があります。
「~やら~やら」と「~とか~とか」は、どう違うのでしょう?
なんとなく用法が違うとは思うのですが、正確にはわかりません。
以前から気になっています。どうぞ御教示ください。

Aベストアンサー

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

「スーパーでパンとか牛乳とか買った。」
は完全に同じ意味でしょうか?

ここから先は、個人の語感によって、或いは世代によっても意見が分かれそうな部分ですが、
私は「パンやら牛乳やら」からは、並列の意味に加えて、「いっぱい」や「必要もないのに」という印象を受けます。
「パンとか牛乳とか」の方は並列の意味に加えて、ちょっとあいまいに表現しようという気持ちが感じられます。

これは例文を変えてみるともうちょっとはっきりするかもしれません。
1「バーゲンでコートやらスカーフやらいっぱい買ってしまった。」
2「バーゲンでコートとかスカーフとかいっぱい買ってしまった。」
1の方がいっぱい買ってしまった感が強いような気がします。
2の方は普通の並列ですが、この言葉を言う人によっては、本当はコートとスカーフ以外に重要なものを買ったんだけどそれをわざとぼかして言っているような感じも受けるかもしれません。

1「彼女の気を引くために、バッグやらアクセサリーやらプレゼントした。」
2「彼女の気を引くために、バッグとかアクセサリーとかプレゼントした。」
これも、1の方があれこれたくさんプレゼントした感じがよく出てると思いますがいかがでしょう。
2は素直な人が話しているなら単なる並列。
ものをはっきり言わない人が話しているなら、ひょっとしたら車もプレゼントしているかもしれません。

とまあ、こんなところです。
前にも書きましたが、ここまで来ると、個人の語感や世代によって感じ方はさまざまだろうと思います。
色々な回答がつくといいですね。

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

「スーパーでパンとか牛乳とか買った。」
は完全に同じ意味でしょうか?
...続きを読む

Q「今日も今日とて」の意味を教えて下さい

「今日も今日とて」の意味を教えて下さい。
前後の文章から、単純に「今日も」という事かなと思ったのですが、「今日とて」がひっかかります。
「今日」は「キョウ」でいいんですよね?

宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

同じ意味の重ね合わせで、強調してるのです。

「今日も」、今まで通りなんだ、
「今日とて」明日になれば変わるかも希望をもっていたとしても、「今日とて」変わらない。という事ですね。

音を踏んで、何も変わらない事を強調表現しているのです。

Q「基」と「元」の使い方

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上記の場合の”もと”は元、基のどちらが正しいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

はじめまして。

ご質問1:
<上記の場合の”もと”は元、基のどちらが正しいのでしょうか?>

「基」になります。

1.「経験を"もと"に話す」とは言い換えれば「経験にもとづいて話す」ことと同じです。

2.「もとづい(て)」は「もとづく」の連用形です。

3.「もとづく」は「基づく」という漢字しか存在しません。

4.従って、ここでは元、本、素などの漢字は適切ではありません。


ご質問2:
<経験を"もと"に話す。>

1.「~をもとに」という語感が「~を元に戻す」といった語感になるため、「元」の漢字を想定されたのだと思われます。

2.しかし、ここで使われる「もと」とは「土台」の意味になります。

3.他の漢字「元」「本」などには「土台」「ベース」といった意味はありません。

4.従って、ここでは基が適切な漢字となります。

以上ご参考までに。

Q「すいません」と「すみません」どちらが正しい?

 タイトルにあるとおり、素朴な疑問になりますが、「すいません」と「すみません」ではどちらが日本語として正しいのでしょうか。分かる方ぜひ教えてください。

Aベストアンサー

もともとは「すみません」ですが、「すいません」と発音しやすく変えたものもたくさん使います。
話す時はどちらでもいいですよ。

ただ、私個人の語感で言うと、公式的な場では「すみません」の方がいいような気もします。「すいません」はちょっとくだけた感じかな。でも、これはあくまで私個人の語感。人によって、あるいは地方によっても感じ方は違うだろうと思います。

書くときはもちろん「すみません」にしましょう。

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などがあります。これも、話す時にはどちらでもいいです。「しじつ」「せんたっき」と書いてはいけませんが。

Q拘らず・関わらず??

すみません。以前から気になっていたので正しい答えを教えていただけないでしょうか。

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例えば

 雨が降ったにも「かかわらず」,彼は傘を差さずにやってきた。

というような文の場合,正しいのは「関わらず」「拘らず」どちらでしょうか。

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すみませんがよろしくお願いします。

Aベストアンサー

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められているのみです。それも「かかわる」でなく「かかる」です。「人命に係(かか)る問題」「係(かか)り結び」など。前者は、「人命にかかわる問題」のように表記されることもありますが、この場合(常用漢字の基準では)「係わる」でなく「かかわる」です。

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ただし、肯定的な「拘わる」が誤りだと言っているのではありません。念のため。

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められてい...続きを読む

Q「充分」と「十分」の使い分け教えてください

題名のとおりですが、どう使い分けるのか知りたいです。

たとえば、「私はじゅうぶん満足した」のときは、十分でいいんですよね???

どちらをどう使い分けるのか教えてください。

Aベストアンサー

そもそも【十分】と【充分】は別のことばです。

国語辞典では「十分」も「充分」も同じこと、を踏まえてのご質問と見うけます。
私は、事務的文書では「十分」に一本化していますが、私的文章では、両者を使い分けています。情緒的な差という人もいますが、語の本来の意味は異なります。
☆「十分」「充分」の意味が混同される原因は(推測です)、
 ・漢字本来の発音の違いが日本語では区別し難いため、便法で漢字音を決めた。
 ・旧かな遣いの時期は区別がし易かったが、新かな遣いになり混同を助長。
 ・漢字の学習の底が浅く安易になった、即ち本来の意味に注意を払わない。
☆この二つの文字の違いは何か?
【十】:1・2・・・・・・と来て数が満ちる。
  原意:古代に枝や縄の結節で数字を示した方法の延長が現在の字形。
     九が数の窮まった値として縁起よく、重視されてきた。
     更に9+1は十分大きい ⇒ 数が足りている状態。 
  ☆数詞、段階を踏むデジタルな思想です。
【充】:満ちる、満たす、余すところなく、担当する、埋める。
  原意:長い、高い から 成長した大人、肥満、肥大、振る舞う、 
     などを意味するようになり、現在に至っています ⇒ 充ちる(満ちる)。
  ☆基本は動詞、切れ目なく満ちる、満たす、果たす、アナログ的思想です。
【分】:実は、発音も意味も一意でないのです。
  【十分】の発音はshi2fen1   【分】fen1の意味は 部分、分割したもの など。
  【十分】の発音はchong1fen4 【分】fen4の意味は 成分、本分、職責 など。 

さて、お尋ねのこと「私はじゅうぶん満足した」はどう書くか。
 ・単純に量的に満たされたならば【十分】。
 ・心または腹が充足感を以って(徐々に内部から)満たされた場合は【充分】。
    としたいところです。
  
【充】については以下の用法で感覚をつかんで下さい。
 充電・充填・充足・充実・充溢・充血・充ちる(潮が、悪意に、月が、刑期がetc)
ついでに、
  「十分ご説明をいただいて、充分満足いたしました」のごとき用法も。

いまや、【十分】【充分】を使い分けるか否かは個人の好みです、読む人の感性に合わなければそれまでのこと、自己満足の域を出ません。いずれにせよ、公式文書や事務的文書では、好悪を捨てて、国語辞典を標準とするに越したことはありません。

そもそも【十分】と【充分】は別のことばです。

国語辞典では「十分」も「充分」も同じこと、を踏まえてのご質問と見うけます。
私は、事務的文書では「十分」に一本化していますが、私的文章では、両者を使い分けています。情緒的な差という人もいますが、語の本来の意味は異なります。
☆「十分」「充分」の意味が混同される原因は(推測です)、
 ・漢字本来の発音の違いが日本語では区別し難いため、便法で漢字音を決めた。
 ・旧かな遣いの時期は区別がし易かったが、新かな遣いになり混同を助長。
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