先日夫婦揃ってTVを眺めていたところ、吉祥寺の特集をやっておりまして、その昔から若者の街と称されてはおりましたが、私の記憶の片隅に残る吉祥寺は、小さな商店街が軒を並べる冴えない田舎に過ぎなかった。
ところが今やお洒落な街へと見事な変貌を遂げ、ここ何年かは首都圏・住みたい街ランキングの1位を独占しているとの事です。

私自身恐らく夜郎自大なのでしょう、且つ時代の変化に疎い方でして、かつて 『 金曜日の妻たちへ 』 の舞台となった 「 たまプラーザ 」 他・横浜の奥地も、家内いわく相当に開けているらしい。

ところで我が女房殿は吉祥寺からほど近い杉並出身ですが、世田谷 ( 特に我が家周辺 ) はろくすっぽ買い物する所も無い田舎 ( 言われてみれば、確かにその通りなのですが ) と馬鹿にし、これには普段さほど郷土愛を持たぬ私としても内心  「 むかっ! 」 ときて、その昔の中央線車両 ( 赤っぽいくすんだ色 ) のセンスの無さと、大ヒット曲 「 神田川 」 に纏わる中央線沿線の貧乏臭い勝手なイメージを言い立て、世田谷ロコ VS 元杉並住民の低レベルな全面戦争に発展しました。

言ってみればまあ目糞鼻糞のレベルでして、誠にお恥ずかしい限りなのですが、さて奥様 ・ 御主人或いは彼氏 ・ 彼女 ・ 友人 ・ 知人とした低レベルな言い争いがありましたら、御聞かせ願いたいのですが・・。

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A 回答 (13件中1~10件)

嫁は奈良人、自分は大阪人。


大阪人がガラが悪く、犯罪が多いのは、
大阪人の性格が悪いと嫁。
いやいや、大阪で悪いことしているのは、
各地域で食い詰めて大阪に流れ着いて
そう言う奴が悪いことをしている。
その中には奈良人も含まれていると自分。

また、奈良でもたいがいガラの悪い奴は多いが、
そういうのは大抵が大阪から奈良に転居してきた
大阪人とその子弟という嫁。
いやいや、生粋の奈良人もたいがいガラが悪いと自分。

実際、奈良の人口増加は大阪通勤圏のため
大阪からの人口流入によるものなんですが、
そういうのを半奈良(半分奈良)とか、
大阪と奈良を総称して阪奈(阪奈道路と言うが3本あります)といい
阪奈良人などと言ってます。
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この回答へのお礼

早速の回答ありがとうございます。

奈良は中学時代の修学旅行が最後、一方の大阪にも随分とお邪魔しておりませんが、ガラの悪さの当てこすりは、十分にありそうですね~。
回答者様にお書き頂いた内容を第三者の私が拝見しても、恐らく双方に頷いてしまう、まあ痛み分けといったところでしょう、それよりも何よりも、お幸せそうで結構じゃありませんか。

>実際、奈良の人口増加は大阪通勤圏のため大阪からの人口流入によるものなんですが、そういうのを半奈良(半分奈良)とか、大阪と奈良を総称して阪奈(阪奈道路と言うが3本あります)といい阪奈良人などと言ってます。

おおそれは初耳、一つ勉強になりました。

お礼日時:2014/09/14 08:16

お答えありがとうございました。


同床異夢。。そうですね。。女性の想い方と、男性の求めるものって、一般的にも違う事が多いものですからね。。お互いに向き合っていたとしても。。
先輩とは、所詮一過性の距離のある関係ですから、多くを求めず、一瞬一瞬の彼が私に向けてくれるメッセージを、その場その場で大切に受け止め、楽しませてもらう、というくらいの気持ちでいるようにします。。彼はやりたくもない事をやるような人ではないし、その一瞬の真実、気持ちだけを信じたいと思います。。一期一会ですね。
まあ、私はそもそも旦那さんの事だけを見るべき立場ですから、先輩の事はそこそこにしておかなきゃというのが本来やるべき事ですよね。色々聞いちゃってすみません、ありがとうございました!(^-^)/
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この回答へのお礼

再度の御回答ありがとうございます。

私としても、男のサガ・極端な半面或いは一般論のみを語ったのかも知れない、ただ色んな人がおられるといった具体性が無いものは、個人的には何の意味も無い意見と思っておりますから・・。

ところで遥か以前、40代のさる女性から 「 女も、性的関心を寄せられるうちが花 」といった趣旨の話を聞かされた事がありまして、なるほどと・・、まあその通りなのかも知れません。

お礼日時:2014/09/16 19:22

私が会社を辞めてフリーになるちょっと前の話ですが、その時に既にフリーになっていたかつての上司数人と飲んでいた時のこと・・・


ある人が、“○○(私のこと)を雇うとしたら、俺は○○くらい出せるぜ”と言いました。
それを聞いていた別の人が、“じゃあ俺は、○○くらい出せる・・・”と言ってきました。
要は、人を雇った時にどっちが多額の給与を出せるか、どのくらい稼いでいるかの意地の張り合いだったわけですが、私はまだ会社を辞めていないのに、そして当人たちのところにお世話になるわけでもないのに、その2人は“じゃあ俺はこれだけ・・・”と言い争って、私の給与の額がどんどん上がっていきました。
しまいには脇で見ていたもう一人が、“もう、いい加減にしろ”と怒って収まりました。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>私が会社を辞めてフリーになるちょっと前の話ですが、

フリーランスというのは、個人の力量が殆ど全てといっていいのでしょう、餌を与えられる事に慣れてしまった私の様なしがない宮仕えの身には、想像すら困難な世界です。

ところでお二方共、自分の甲斐性を見せたかったのでしょうか?
品評されている気分になる御当人にとっては、いい迷惑ですよね。

お礼日時:2014/09/16 19:07

さて、カミさんとの低レベルの言い争いといえば「ハイボール論争」


ワインでも泡の入っているのが好きなうちのカミさん。女友達との飲み会で
覚えたハイボール。これが気に入って、サントリーのソーダをケースで買ってきて
あろうことか、私の竹鶴21年を割って飲む。

「割って飲むな~!!」
「あら、美味しいわよ」
「そりゃ、不味くはないだろうけど、ウィスキーさんは21年もの長きにわたって
樽のなかで熟成なさったんだ。土牢に幽閉された戦国の軍師やショーシャンクの空へ
の主人公のように、やっと晴れて自由の身になれたら喜びはひとしおだろう。
そりゃ、バカラのグラスに氷をいれて注いであげるのが礼儀だと思うよ」
「でも、山崎ハイボールとかお店にあるわよ」
「あれは10年とかだろ。・・おいおい何してる」
「これ、10年って書いてあるから、これならいいんでしょ。わっ臭い。これ炭酸で割るしかないわね。」
「だめだよ。俺のラフロイグそんなに薄めたら」
「薄めても不味い。やっぱり竹鶴がいいわ。」
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>カミさんとの低レベルの言い争いといえば「ハイボール論争」
>サントリーのソーダをケースで買ってきてあろうことか、私の竹鶴21年を割って飲む。

よく知らないので検索したところ、竹鶴21年とは税別小売価格で1万円以上する高級ウイスキー、ついでにラフロイグも検索をかけましたらこれまた高級スコッチですか、さすがに exhivisionist 家はお洒落。

毎晩ビール ( ・・といっても、サントリーの金麦でして、舌が慣らされてしまって最近はこれが一番美味い ) の後の定番はそば焼酎の炭酸割りですから、ソーダは常備しておりまして、たまにシーバースを割って飲みますが、それこそ今は2~3000円程度で買えますから、昔を思えばお得な気分です。

我が家はカミさんが ( 自称 ) グルメで、一方の私は腹さえ膨れりゃあ何でもいい方ですから、飲食方面での言い争いにはならない。
でも何だかんだと薀蓄を語り出してそれはもう煩い、聞かねばもっと煩い事が分かってますから、「 はいはい、それで? 」 「 御説ごもっとも 」 と聞くふりはしてますが、その実耳を素通りして直ぐに忘却の彼方です。

さて先日 mikasa さんの御質問に投稿されたくだり、あれは面白かった。
殊に「 忠治父・忠作  フクロウ爺さん 」 のキャスティングには大笑い、本質問にも久し振りで御回答賜りましたが、まあ私としてはあのお方がおられないと少々寂しいのですが。

尚不肖私めも「 壺振り三次 」 役でお仲間に入れて頂き、大変ありがたかった、元々博奕打ちは永遠の憧れですから・・。

お礼日時:2014/09/16 18:58

当方、性格が至って単純なため、自分の好きな対象(物事,人,趣味・・etc!)


・・・に対して<いちゃもん>付けられると、心穏やかでいられなくなり、'子供の喧嘩状態'になること度々である・・!!

一例(かなり前の話にはなるが・・!?)
・・会社勤めをして間もない頃、当時の糞直属上司他数名と飲み会に付き合わされたとき、(時期的に根掘り葉掘り聞かれる頃だったのか・・!?)
偶々その当時の趣味の話に及び「釣り」の事について話をした・・!
対象の魚、釣り道具、釣りのスタイル、等々話をしていて、他の先輩社員の方々は興味深そうに聞いてくれていたのだが、その糞上司だけが「釣り道具」の話題に関していちゃもん付けてきやがった(`´)
委細は省略するが、坊主[⇒一匹も釣れないこと]や外道[⇒目的の魚ではない魚が釣れること]のために道具に拘ってどうするの!?
「釣り道具」なんて釣るための機能があれば一緒じゃん!!
高価な釣竿が釣果に反映されるわけじゃないし!!
・・的な事を言いやがったため、ムカッと来たので糞直属上司が趣味の一つとしていた[絵画鑑賞]を引き合いに出して言い返してやった・・!!

""それならばゴッホやルノアールやルーベンスの絵と銭湯に描かれている景色絵とは同等ということですかねぇ・・!?""
・・と!!
(当時、別に銭湯の景色絵を蔑んでいたわけではなく、芸術性や価値観が異なる例えとしたに過ぎない! 誤解なきよう弁解しておく)

ただでさえ酒が入っていたため上気していた糞直属上司の顔つきが更に茹蛸状態に変わっていったことは言うまでもない・・!!
他の先輩社員の方々は少し固まっていたようであった!
以来、糞直属上司が参加する飲み会には理由を付けて拒否するようになった・・!
その後、当方とその糞直属上司とが事あるごとにぶつかる様になっていったため、見かねた当時の課長さんが当方の受持ちを変えてくれた・・!
二人目の直属上司は理解のある方だったので、仕事はやり易かった!!

・・・こんなところ!!
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>当方、性格が至って単純なため、自分の好きな対象(物事,人,趣味・・etc!)
・・・に対して<いちゃもん>付けられると、心穏やかでいられなくなり、'子供の喧嘩状態'になること度々である・・!!

これって相手の言い方次第なのでしょう、同じ趣旨でも言い方一つで全く違って参りますから・・、ただ自分の言い分に100%阿られるのも正直言って気持ち悪い、まさに人間関係は鏡の如しという事でしょうか。
それにしても若者相手に、まあその上司も大人げない方ですね~。

>その後、当方とその糞直属上司とが事あるごとにぶつかる様になっていった

Ae610 さんの世代で事ある毎に上司に逆らうとは、かなりの豪傑であられたようですが、私の場合は少々ずるくて、正直腹が立ってなくても、ここ一番という時意図的に費用対効果の大きい喧嘩( 尻を捲る )をしてました。
幾ら若造でも何でもかんでも便利使いされちゃ敵わない、しかも骨が無いと分かったその先には理不尽な仕打ちが待っているのを、周囲の先輩諸兄を見て体感しておりましたから・・。

お礼日時:2014/09/16 18:13

これを低レベルというとご本人さんたちには失礼ですが、ワタクシは福原愛派、父は石川佳純派です。



実は彼女が小学生にして両親の面倒まで見た愛ちゃん(彼女がミキハウスと契約したとき、彼女の両親もミキハウスの社員となりましたとさ)、今大フィーバーの錦織君がまだ出てきたばっかりくらいの頃に目をつけていた(週刊誌にキス写真を撮られた)愛ちゃんをワタクシは支持してやみませんが、父は佳純ちゃんのあの強気な目つきがお好みのようです。

うっかり2人が直接対決してそれをテレ東がテレビ中継しますと、我が親子までガチ対決となり、なぜか我が家のリビングまでピリピリした空気が漂います・笑。
ですから私はあえて直接対決のときはリビングで観戦しないようにしています。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>ワタクシは福原愛派、父は石川佳純派です。

う~ん、これは難しい。
低レベルと言えばそうだし、或いはその真逆と言えるのかも知れない。
無論愛ちゃんに関しては、映像を通して幼い頃から知られている有名人、かくいう私めも近所のオッサンの様な心持ですし、一方の石川選手のきりっとした表情も決して嫌いじゃない、まあ甲乙付け難い、或いは双方に積極的な関心が無いとも言えるのでしょうね。

>私はあえて直接対決のときはリビングで観戦しないようにしています。

子供の立場として当然取るべき大人の対応、賢明な為され方かと・・。

お礼日時:2014/09/15 22:56

我々の母校の高等部の名簿は、半数以上が世田谷区在住者でしたよ。

特に中等部上がりの子は。だから、世田谷区はお坊ちゃま、お嬢様が多いんだな~、という印象です。杉並区民も多かったですね。井の頭線で渋谷出やすいし。でも1番は世田谷区ですね。競い合う事でもないですが(^_^;)
うちの旦那さんは、あんまり対抗意識が無いのですが、よく喧嘩したのは、以前に株の売買をしていた時ですね。彼が何の疑いもなく、自信満々に「ソ●ーは絶対上がる、だって。。ソ●ーだぜ?」って断言するから、私も説得されて、言う通りに買うと、その株が暴落したりして、「なんであんな事言うの!」とか良く喧嘩していましたが、証券マンでさえ、わからない事をうちの旦那さんがわかるはず無いですよね(^_^;) 精神衛生上悪いので、株は辞めました。しかし、資産の大半を普通預金に入れたままで良いのかと、気にはなるんですが。。
それから前回は私の恋愛相談にお答え頂き、ありがとうございました。
確かにisokenさんの仰る通り、先輩はやましい気持ちがあるからこそ、コソコソした方法でアプローチして来るんですよね。やっぱり何より性欲が根底にあるんですね。。
あの。。だとすると、先輩はずい分長いあいだ、もう5年くらいは、私を性欲の対象として見つめ続けているようなんですが、男の人って、一度性欲の対象として見た女性の事は、ずっと性欲の対象として見るものなんですか?やり尽くしちゃうと飽きるらしいですが、未着手の場合は変わらないですか?男性は"やった"事が勲章になるのでしょうけど、私にとっては彼の心の中で、いつまでも特別な存在として思われ続ける方が価値があるんです。。isokenさんのクソ女様のように(^_^;)ずっと忘れられない女でいれたらいいなって。。だって、決して結ばれない関係だから。。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

我が家は環七と環八の間に位置しておりますから、世田谷の外れでは決してないのですが、御存知の通り世田谷は私鉄沿線ばかりでして、駅そのものの規模がJRとの比較に於いて小さい、それが家内から馬鹿にされる所以であろうかと勝手に分析しております。

さて我が家は日本橋界隈より流れ着いて私でまだ3代目ですが、それでも御近所では古い方でして、何しろ世田谷区はニュー・カマーが多い場所。

70年近く前に引っ越して来た当時のこの辺りは、周囲の殆どがお百姓さんの御子弟でして靴を履いていた人すら少なく、それはもう泣きたくなるほどの田舎、依って都心の学校に通っていた私の父親は、恥ずかしくて世田谷住まいなんて口が裂けても言えなかった、そう申しております。

ところが変われば変わるものでして、今やいっぱしの高級住宅街の趣きでして、それなりの家を建てようと思えば土地代だけで軽く億を超えてしまう、依って代々の土地が無ければ、私の様な普通の勤め人に一戸建ては高嶺の花だった事でしょう。

ところで御存知かも知れませんが、元々世田谷・目黒の御屋敷町(勿論世田谷・目黒の全てが御屋敷町ではありません)の最低地割は150坪単位でしたが、これが皆様方の諸般の事情に依り売りに出され、更に細切れにされて30坪・50坪といった規模の家となり今に至る訳です。

>証券マンでさえ、わからない事をうちの旦那さんがわかるはず無いですよね(^_^;) 精神衛生上悪いので、株は辞めました。

基本的な姿勢としての証券マンは、少額の個人投資家のプロフィットに関しては当然後回しでして、恣意的にババを掴ませられるといった話は枚挙に暇がありません。
加えて私が見るところ、日本経済の先行きはまだ不透明でして余りにも投資リスクが大きく、つまりは素人が為さる投資環境にはない、まあお止めになって賢明だったのでしょう。

>男の人って、一度性欲の対象として見た女性の事は、ずっと性欲の対象として見るものなんですか?やり尽くしちゃうと飽きるらしいですが、未着手の場合は変わらないですか?男性は"やった"事が勲章になるのでしょうけど、私にとっては彼の心の中で、いつまでも特別な存在として思われ続ける方が価値があるんです。

私と haiji さんの間で歯に衣着せてもしょうがありませんから率直に申し上げると、 haiji さんとその先輩さんとの御関係は、同床異夢の典型例です、恐らくは・・。

つまり貴女の分析は概ね正しいという事、やり尽すと飽きちゃうというのもその通りでしょうし、勲章というのもまた然り。

当然人にも依るのでしょうが、仮に私であれば長期に渡るプラトニックは有り得ない、どこかの時点で諦めちゃうでしょう。

一方に於いて今更付き合い方の軌道修正は難しいでしょうね、依って彼にとってはその様な態度を取り続ける以外の選択肢が存在しない・・、そういう事かも知れませんよ。
後は御賢察賜りたいと思います。

お礼日時:2014/09/15 22:43

こんにちは。




そうですか、低レベルの争いねぇ。任せて下さい。高レベルはともかく、低レベルなら幾つでもありますので。
ではその中から・・・




若い頃、中部地方の支社に赴任していた時期がありまして、その時の話です。海外取引先からのお客は珍しくもないのですが、その中で1人、忘れられない人が。

その人、何処で聞いたのか、日本に来る前から既に日本のあの遊びの事を知っていまして。早速要望して来たのです。支社長から直々接待の方を依頼されたのが私。何故自分が?と思ったんですが、断れないのが宮仕え。そこで、運転手役の部下と私と当のお客の3人で夕方から出かけました。

他府県になるとはいえ、遠くはない中規模都市へです。先ずは、鵜飼の篝火が見渡せる河畔のホテルのレストランで食事の接待。ついで彼切望のお店へ。前払いをしてお客の希望を聴き店へ繋いで、女の子が待合へ出て来て、お客は上機嫌でエレベーターへ。その後、我々は店を出て近くの喫茶店でウンザリしながらの時間待ち。こういう時の男って本当に苦々しい気分です。

2時間のコースでしたので、その少し前に店へ戻りました。と、フロントは、お客様の希望で1Hの時間延長となってますと。唖然となりましたが、追加分を支払い、どうぞお茶でも、との店側の言葉で、ソファに案内される2人。高級店なので調度など落ち着いた作りになっていましたが、落ち着けない事も多々。

店の子達が何の用事か、ちょくちょくフロントまで来るのですが、揃ってロングドレスに深いスリット、腰まであるのかと思える深い切れ込み。それで歩かれると、こちらもモヤモヤ・イライラ・ムラムラ・・・・・おこれてきます。

接待とはいえ、身勝手で厚かましいお客の態度に堪忍袋の緒が切れた我々。だって2H+1Hで3時間待ちですよ。フロントで、タクシー代金と、彼の宿泊先を書いた紙、伝言メモを渡し、店を後にしました。その後どうした?ですか。店の待合で2人で話し合った通り、自分で憂さ晴らしをした訳です。自腹で別の店へ入りました。

職務放棄というか職場放棄と言いますか、軍隊で言うなら敵前逃亡、重罪です。きっとお客からクレームが来て云々は予想したのですが、不思議と何も起こらない・言われない、で済んでしまいました。もう馬鹿らしくてやっておれない「接待」でした。

そういえば

あの地では、営業の私は、ちょくちょく接待でクラブへ行きましたが。大抵の店でTの話題が出るのです。店の売り上げはTしだいよとか。要はTが接待で使うお金が店の経営に大きく関わってきているらしいのです。
前述の、あの店でも女の子が話していました。お客はどういう層が多いの?と私が聞いたら、多いのはTが社用でお客を連れて来るケースだよ、と。

自分の中では、Tと言えば質実剛健・ケチで頑張り屋、余分なお金は使わないのかなと思っていました。以外や、必要なお金は使うんですね。事実、私が出会った当時のTの社員は一様に地味でしたけれど。また今は当然変化して来ていますが。

あの地でTへの認識を新たにした訳です。



まぁ、社用とか接待とくればオオイソケンタさんの独壇場ではないでしょうか。国内外での活躍(笑)を以前に読んだ記憶があります。


これからも低い方でしたら、どうぞご用命ください(笑)。
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この回答へのお礼

sqqrcxvx さん、こんにちは。
回答ありがとうございます。

>他府県になるとはいえ、遠くはない中規模都市へです。

知る人ぞ知る 「 金津園 」 ですね。
私も結構行ってますよ、その手の店には・・、ただ最後はもう20年以上前でしょうか。
尻の穴を見せあってこそ男同士の付き合い・・、などという訳の分からない論理が罷り通っていた時代ですから、まあ御誘いには事欠かなかった。

誰かが言い出したらもう断れない、吉原はもとより、千葉の栄町・川崎の堀之内・南町辺りにも行きましたが、面白いかと聞かれれば正直それほどの事も無い、ただまあ何事も経験でして、当時経験したからこそ今更行きたいとは思わない、それはそれで良かったと思います。

>その後、我々は店を出て近くの喫茶店でウンザリしながらの時間待ち。こういう時の男って本当に苦々しい気分です。
>店の待合で2人で話し合った通り、自分で憂さ晴らしをした訳です。自腹で別の店へ入りました。

ああ、気持ちは分かります、宮仕えの身ですから何でもやんなきゃならない不条理さ、その後おさまりがつかなくなってしまった辺りの事も・・。

何だか思い出してしまいます、あのけばけばしい待合室の事を・・、一見豪華そうな調度品とソファー。
かしずくお姉さんの顔を見るまでは期待と不安が入り混じり、個室に入ると 「 お客さん、煙草は何? 」 って聞かれて、セルロイドの容器に詰められた銘柄の数々、これがちょっとしけってたりしましてねぇ、何だか懐かしい。

出張で札幌に行った時の事ですが、先輩とすすきのお店に行きまして、私共が最後の客だったらしく、私も生来図々しいもんだから、つい 「 お店はねたら、お酒を飲みに行かない? 」 って誘ったら、何と同じお店の子を伴ってやってきた・・、後にも先にも××嬢とデートしたのはそれが最初で最後、思えば若かったのでしょう。

>あの地では、営業の私は、ちょくちょく接待でクラブへ行きましたが。大抵の店でTの話題が出るのです。

それはもうその通りでしょう、中京地区に於いてはTの社員は超VIPらしい、何しろ同地区の GDP / 景気の動向は殆どTさんに掛かっておりますから・・。
メーカーさんとしてはその資金量も桁外れ、どこぞの大銀行が吸収合併に追い込まれたのも、Tさんが増資の要請に首を縦に振らなかったから・・、なんて噂が実しやかに流れたほどでして・・。

>まぁ、社用とか接待とくればオオイソケンタさんの独壇場ではないでしょうか。国内外での活躍(笑)を以前に読んだ記憶があります。

接待と言えば誰もが嫌がりましたが正直私は大好き、ロハで美味い物を喰い・高い酒を飲んで・綺麗なお姉さんがいるところに行ける、こんな良い事はないと思ってました。

接待するのもされるのも当たり前の時代でしたが、喜んでついて行くもんだから、その内に幹事を仰せつかるようになりまして、接待のオーソリティーになっちゃった、勿論選ぶのは我が財布では躊躇われるような和洋中華の超高級店ばかり。

例えば焼肉ですと、叙々苑辺りの半端なお店はチョイスしなかった、骨付きカルビ一切れ5000円なんてハレンチに高いお店ばかりでして、当然全個室。

ところで某大手化学品メーカーの課長クラスを接待した時の事は、今でも鮮明に覚えております。 
20年以上前の春先の事ですが、新橋の料亭で鳥すきを突つき・銀座のクラブで飲んだ後、繰り出した六本木で季節外れの大雪になりまして、その時はロアビル斜向かいの横丁を入ったフィリピン・クラブにいたのですが、何しろ夜ともなればタクシーが犇めく不夜城六本木にタクシーが一台も来ない、一曲歌っては外にタクシーを探しに出かけても何しろいないものはいない。
我々はともかくお客さんは帰さねばならず、結局最後は個人タクシーのネット・ワークに縋り、拝み倒して一台来てもらった訳ですが、我々は始発を待って上野のサウナで仮眠後に出社と相成りまして、あの時は泣きたくなったものです。

思えばいい時代であったのかどうか、 バブルの頃は接待稟議の後出しは常識でしたし事実上の盲判でしたから、私なんぞはやりたい放題のし放題、ところが悪い事は出来ないもので、あっという間にバブルが弾けた後は、未精算の請求書と立て替え払いした領収書の山また山。
全部で300万円を超える金額でしたが、自分で被らざるを得なかった、まあ自業自得と言えばそれまで、且つ今となっては笑い話ですが・・。

さて国内でこそ臍の下の接待はありませんでしたが、あちらに赴任時はそれはもう嫌というほど・・。
我が国内では紳士であられる方々も、変に期待して来られる方が少なくなかったとの印象でして、先のお礼でも述べたと思いますが、そんなこんなで置屋の華僑の親爺とツーカーの仲になり、 「 どれでも好きな子、タダで持ってっていいよ 」などと言われるほどになりましたが、言葉だけありがたく頂戴し丁重にお断りした次第です。

>これからも低い方でしたら、どうぞご用命ください(笑)。

その節にはそれこそ指名で是非とも・・。

お礼日時:2014/09/15 09:43

こんにちは。



暑さも少し落ち着いたようですがお元気で?
私はまだ本調子でもないのですが、まあその話しは最後に・・・
吉祥寺の話しが懐かしいのでお邪魔しましたが、
今、「住みたい町NO1」らしいですね。
私は青梅街道を挟んで反対の町に住まいしておりましたので、
新宿で飲んだくれていない時は吉祥寺が主な主戦場でした。

まあ私の頃も田舎は田舎でしたけど、
少し裏通りを入りますと小洒落たBARや居酒屋が多くありましたね。
今は分かりませんけど当時は吉祥寺東映もあって・・・
ここもオールナイトを土曜日に演りますから、
池袋の文芸座?とどちらにするか随分と困ったものです。
西荻、三鷹なども今はお洒落な街だそうです。

質問の回答もしておかないと叱られますので、低レヴェルの争い?
昔は私も家内と真剣に低レヴェルの争いをしておりましたね。
私の生まれは北海道のオホーツク海沿いの片田舎なのですが、
TVなどは富裕な家一軒にあるかどうかの時代です・・・
「田舎者とは話をしたくない・・・」とか言われて、
私もムカッ!としますからねそれからは悪態合戦です。

最近はもう泣く子と地頭には勝てません。
仰ること、そのとうりですと人間卑屈になるばかりです。

さて、ここからは少し雑談を・・・
前回の回答でお褒めいただきましたが、
私はあなたをさすがにisokenさんと実は感心しました・・・
「忠臣蔵」については昨今多面的な捉えかたもある・・・
仰るとうりでしょう。
今、義士の討ち入り前に家族に残した書簡なり見るときに、
単に討ち入り美談とは出来ない人間臭い打算などが見え隠れします。
大野九郎兵衛、能吏の側面があって思慮深い人柄でもあったようです。
歴史家は歴史の事実を露にすることが仕事でしょうが、
あまりねぇ・・・美談は美談にしておいたほうがいいのかな?
そうも思います。

松方さんの嘆きについても少し触れましょうか、
「やくざ映画を撮ろうにももはやそれだけの役者がいない・・・」
松方さんの言うとうりで脇役がもう少ないのでしょうね。
例えば丹波哲郎、私はあの人の「砂の器」は一世一代の名演と思いますが、
「仁義なき戦い」では明石組組長の写真だけ・・・
ただそれだけであの映画があれだけに締まる!
そのことは成田三樹夫さんも同じことが言えます。
柳生一族の陰謀の公家を始め映画のスパイスの役の出来る役者さんでした。

脇役が素晴しい人ばかりでしたね、
河津清三郎、安部徹、遠藤太津郎、天津敏・・・数えあげるときりがない。
東映映画のチョイ役であった小林捻持さんなどがもう大御所ですものねぇ・・・

PCをしていましてね頭の奥で鐘が鳴ったりしていましたが、
どなたかが「電磁波」のせいでは?と言われましたが、
そう言うこともあるのかな?と思っておりましたが、
膝下、ふくらはぎが激痛におそわれるようになって、これが5秒くらい・・・
もう悶絶して動けないのです・・・視神経からのようです。
私は読んでいないのですが最近のベストセラーに、
「長生きしたければふくらはぎをもみなさい」。
はて?なるほどと身をもって実感しております。

入退会の手続きも煩わしいのでIDはこのままにして、
たまにまたお邪魔させていただきます。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

HNの一部が先祖返りされたようで・・、私としても kamejrou さんとお話出来ないのは寂しい限り、先ずは 「 お帰りなさい 」 と申し上げたいところですが、御身体がまだすぐれないとの事、諸事あまり無理なさらず、でもたまにはお付き合い頂けたらと思います。

>私は青梅街道を挟んで反対の町に住まいしておりましたので、
新宿で飲んだくれていない時は吉祥寺が主な主戦場でした。

青梅街道の北となりますと、恐らく練馬の石神井か関町辺りでしょうか?、練馬も結構拓けてきておりまして決して一昔前の練馬に非ず、まあ御世辞にも都会とは申せませんが・・。

>西荻、三鷹なども今はお洒落な街だそうです。

実は家内の実家が西荻(正確な住所は異なりますが)にありますから、まあ結構な頻度で訪れますが、西荻窪の駅前を見る限り我が地元商店街と五十歩百歩、大した事ないと個人的には思うのですが、世間様はどうも西荻に軍配を挙げるようでして、古女房殿の勝ち誇る顔が癪の種の一つです。

>私の生まれは北海道のオホーツク海沿いの片田舎なのですが、

一口に北海道と言いましても実に広い、健さん主演 「 駅 」の舞台とはまた異なるかと思いますが、何れにしても北海道の北部沿岸部は憧れの場所です、まあ住めと言われれば恐らく怯んでしまうのでしょうが・・。

>最近はもう泣く子と地頭には勝てません。
>仰ること、そのとうりですと人間卑屈になるばかりです。

まあ仰る通りでして、私も似たようなもの。
何しろ家事全般を投げ出されては、私なんぞ恐らく干上がってしまう、料理の 「 り 」 の字も知りませんし、洗濯機のスイッチすら押した事がありませんから。
「 老いては嫁さんに従え 」 という諺こそ聞いた事がありませんが、何事にも 「 御説ごもっとも 」 、やはりそれが家庭円満の秘訣かと・・、お互いに嫌な渡世です。

>歴史家は歴史の事実を露にすることが仕事でしょうが、
>あまりねぇ・・・美談は美談にしておいたほうがいいのかな?
>そうも思います。

古文書の類の読解が格段の進歩を遂げ、例えば関ヶ原に於いて、北政所は実は心情的に西軍寄りであったとの確証の高い新説が為されたりして、かつての定説が覆されつつある昨今ですが、それはそれとして歴史のロマンはやはりロマンでして、胸中何とも複雑ですが・・。

さて先日またぞろ 「 関ヶ原 」 のDVDを引っ張り出してきて観たのですが、勝敗の帰趨が決っし、三成が捕えられその処分を巡って本多正信と思案するさ中、家康が三成の為を思って泣くんですね。
「 三成の如き家臣に恵まれ、泉下の太閤も幸せであったろう 」・・と、やはりこの種の懐の深い演技は森繁さんならではのもの、それはもう鳥肌が立ちました。

>脇役が素晴しい人ばかりでしたね、
>河津清三郎、安部徹、遠藤太津郎、天津敏・・・数えあげるときりがない。
>東映映画のチョイ役であった小林捻持さんなどがもう大御所ですものねぇ・・・

誰も彼も鬼籍に入られ寂しい限りですが、仰る通りかつては脇を支える役者陣が実に多士済々、個人的には山本麟一さん・小池朝雄さん辺りも大好きでしたが、お二人とも今の私の年齢で亡くなられまして・・。

一方成田三樹夫さんは、私の中ではそれはもう 「 永遠の松永 」 でして、「 仁義なき戦い 」 を始めとするやくざ映画の全盛時代に、何とか間に合った我が身の幸運を思うばかりです。

さて冒頭にも述べましたが、くれぐれも御身体大切になさって下さい、では。

お礼日時:2014/09/15 04:27

isokenさん おはようございます。



韓国、飲食街の看板の日本語表記。。

左のお店には<いじくられた牛肉料理>
右のお店には<炒めたけものの肉>

う~ん。。なかなか決められませんっ!
日本語への翻訳事情の方が気になりました~笑
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この回答へのお礼

sofaa さん、こんにちは。
回答ありがとうございます。

>韓国、飲食街の看板の日本語表記。

韓国は10回程度訪れているはずですが、その最期が1992~3年辺りでして、実は最近のあの国を知りません。
一方初めての渡韓が大学に入学した年ですから1979年の事、関釜フェリーで釜山まで趣き、当時唯一の特急列車であったセマウル号に乗り込み、ソウルへと北上した一人旅でした。

以来韓国にはまりましたが、彼の国は断然地方が面白い、個人的にはそう思っておりまして、全羅南道の光州・木浦 / 忠清南道の古都・公州 / 慶尚北道のやはり古都・慶州辺りが特に印象深い場所です。

尚当時は現大統領・朴槿惠さんの御尊父・朴正煕大統領の軍事独裁政権の末期、もっともその年の内に例の暗殺事件が起こり、朴元大統領はお亡くなりになられたのですが、都市部には戒厳令が敷かれており、韓国人も概ね暗くて大らかさが無かった。

恐らく言論の自由が制限されていた事、加えて途轍もなく貧しかった生活全般も影響していたのでしょう。我が国がGNP(当時の)10000ドルを突破した頃であったと思いますが、あちらはまだ1000ドル未満の水準でして、当然現在の江南地区はまだ未開発、繁華街と呼べるところも明洞・梨泰院 ( イテウォン ) 程度しかなく、ソウルという大都市でさえ、それは鄙びた田舎街の趣きでした。

ところが1980年代以降、訪れる度に目覚ましい発展の様子が窺えたソウル、1990年代以降は東京とさほど変わらぬ景観を持つ大都市へと変貌を遂げ、現在に至ります。

・・とまあ、まるでガイド・ブックの受け売りのようになりましたが、最近ではとかく微妙な日韓関係に鑑み、ネット全般及び当サイト上に於いては、こと韓国に関し述べる事を極力控えておりましたが、それもこれも我が若かりし頃の思い出の一コマ、sofaa さんのお蔭で久し振りに思い出させてもらいました、ありがとう。

お礼日時:2014/09/14 19:45

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