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大概の人間だったら 色んな形で持っている人生哲学

人生とは戦いだとか 人生は旅だとか 人生は四苦八苦だとか 人生はゲームだとか

人生は神に与えられたものとか

人生とは何でしょう?これが色々なのが良い事なのかどうかわかりませんが

価値観も多様化してますね どうか思ってることをお教えください。

よろしくお願いします。

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A 回答 (8件)

命は親からもらったものです。

親によってこの世に出て来れた。この世は出て来れた自分を試してみる所です。人生はそのためにあるのです。
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この回答へのお礼

親からもらった命を持つ自分を人生で試してみる なんか進化論を思わせるような

いい考えですね 確かにどこまで出来るか試してみたいと思います。

どうもありがとうございます。

お礼日時:2014/10/02 13:11

こんばんは。




>「「可能な限り、享楽的」

そうすると幸せなんですね?」

・・・そっか。
多分ね。
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諸行無常の中で常に平穏でいられるよう、智を求め智を棄てるよう心掛けています。

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この回答へのお礼

諸行無常ですか 智を求め智を捨てる ですか

智に拘ってはいけないのでしょうね

どうもありがとうございます。

お礼日時:2014/10/03 18:30

人生は「運命の大河の中でのイヌかき」だと思っています。

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この回答へのお礼

確かに人生泳ぎ方なんて、ちゃんと教えてもらってないですよね

大河の中でイヌかき 時には足掻くこともあるでしょう

確かな岸に向かって泳ぎたいものですね。

どうもありがとうございます。

お礼日時:2014/10/03 22:14

yuniko99様、こんにちは。




(「(団塊Jr的)反動」としての?)「可能な限り、享楽的」
・・・ご理解頂けるでしょうか。
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この回答へのお礼

団塊Jrって国鉄時代のことですか?

「可能な限り、享楽的」

そうすると幸せなんですね?

私にはまだ分からないですねえ。

どうもありがとうございます。

お礼日時:2014/10/03 18:26

「臨機応変」


「出来る限りやりたい事しかやらない」
「世界の意味は世界の外にある」
「疑いつつ無限の中で生きる」
「人間は死ぬまで定まらない存在である」
「私の言語の限界は私の世界の限界であり
 学ぶ事によって変えられる」
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この回答へのお礼

人それぞれ言葉を持っていらっしゃるんですねえ

できるだけ楽しいことしかやらない と言うのは体に良さそうですねえ

言語の限界が世界の限界ですか 学ぶ事によって変えられる

視界より言語界の方が広いんですね さすが

どうもありがとうございます。

お礼日時:2014/10/02 16:54

虎は死して皮を残す。

では人は?
この答にあたるものが人生です。人はどうあれ80年たてば死んで無に帰るわけですが、では人生は死ぬまでの暇つぶしか? おそらく違う。何かを後世に残すのです。その何を残すかを追い求め、苦労呻吟するのが人生といえるでしょう。
多くの人にとって、後世に残す最大のものは子供でしょう。ただし他にも芸術作品とか、社会改革とか、豊かな自然とか、地域社会を残すべく頑張っている人もいます。
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この回答へのお礼

大地に爪痕を残せ という言葉もありますが

確かに人間死んだらそれまでで 存在はなくなります

その時に生きた証 生きた価値は何かといえば 死後に残ったものでしょう

私は子供がないですが なにか残したいものです

それら残ったもので現在の現実は残っているのでしょう

どうもたいへなりがとうございます。

お礼日時:2014/10/02 13:19

1981年の発行物に述べた、若かった頃の僕の決意;



充足は生存の上に成り立ち、そこに於ける如何なる感受も
充足の対象となり得、よって最大充足の追求に於て、完全
充足=意志の達成による最長生存、即ち生存自体の目的化
が図られねばならないが、そこに於て目的たる生存の本質
たる物理学的抽象概念としての反エントロピーが、充足として
定常的に認識される為には、高度な科学と完全な思想、最大
の感性を保有せねばならない。

認識が深まるにつれ、欲求の対象は、感覚の複合体としての
抽象へと移行するが、それを幸福と記述するなら、より直接
感覚的なものを快楽とし得よう。
そこに於て、欲求の充足は、認識の連続たる意識の内に顕在
化するものである以上、充足量の支配因子は、単なる欲求の
大きさとその達成の割合のみならず、より深い認識に基づいた
幸福的対象が指向されるべきなのだ。

科学し、思想し、芸術せよ。その果てに、生命の自覚としての
愛があり、その意志は完全充足をのみ感受するだろう。
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