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私はどこの党でも景気が良くなればいいと思っていますが、何故いつも議員達は足の引っ張り合いをするのでしょうか?出る釘は打たれるというかレベルが低すぎだとは思いませんか?いつの時代もあったとは思いますがこれではいつまでたっても日本は低空飛行のままですね・・・うちわの問題でも追及している議員のあの勝ち誇った顔 うんざりですね 公費の件でもまさに寸借詐欺そのものです なんでこうなるのでしょうか?皆さんは日本の政治家、お役所等どうお考えですか?私は腹が立ってしょうがありません

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A 回答 (6件)

何で、あんなのが大臣? て感じですけど。

 民主主義だから政治家には美味しいのでしょう。 中みたいに政治家なんだから責任重大なので処刑の法律でもあれば良いのですが、共産主義の利点はこの位だけど。法改正してもらいたいですね! 汚職は極刑!!!
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貨幣の廃止すなわち真実の価値への復帰


 現代社会において、人がある個人に置く価値は、しばしばその財産に比例する。作家、画家、発明家、音楽家、研究者に関しても、文無しの者は世間の関心を引くことがない。人は、個人に特有の価値よりも金銭的な価値の方を重んじ、それを強調するものとして「金持ちにしか金を貸さない」という諺がよく引かれる。このことは単に金を貸す場面だけではなく、人の気を引く場面においても全く同様に真実である。天才画家も、かれの絵を通りに並べると誰の気も引かないのに、この同じ画家が著名な画廊に展示すると、世の女性たちを有頂天にさせるのである。音楽家や詩人についても同じことが言える。貨幣の容認は、現代人の目にとって価値を持つ唯一のものなのだ。 ~
 貨幣が廃止されるとき、人びとはなぜ「最初の者が最後の者になるであろう」と書かれてきたのかを、本当に理解することであろう。
 ラエル著

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7014536.html
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 うちわを配った/貰ったで公職選挙の結果が左右される選挙区、まず 公職 というものを甘く見ているのではないでしょうか?
地域が暑いから配ったのかもしれませんが、事もあろうに国家公職、うちわ自体は電気店開店やら競輪場でも配られる、まめに貯めれば何枚も何十枚にもなっている、それがうちわというものではないでしょうか。
日本全国から公職として集うそれが国会でしょうが、うちわでその公職姿勢を疑われる国会討議、まさに国会公職を甘く見ている、そう見える。
 上記に、“ 貨幣が廃止されるとき ”とあるわけですが、うちわ ばなしに火花を散らす国会その手当て/時間(手当ての時間あたりに)に有意義な内容はあったのでしょうか? それは国家官憲のそのすそのまで揺るがす事態になるのかもしれない、災害としては縁起でもないはなしですが。
配るべきは、うちわ ではないような?
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あなた方国民(選挙民)が政治家を育てないからいけないのです。

明治座観劇させてもらうと投票するからいけないのです。小渕氏が26歳で初当選したときの第一声が、「これから勉強させてもらいます」、経産大臣になったときは、「原発や電力買い取り問題、勉強させてもらいます」。そう言う勉強は、議員や大臣になる前にすることです。こういう不勉強のどうしようもない議員が集まると、お役所の言う通りにしか動けません。役人はうはうは喜んでいます。なにせ政治のことが分からないので、足の引っ張り合いしかしなくなります。明治座や団扇は確かに低次元に過ぎますが、国会でそれしか追及できない野党議員も同じぐらい低次元です。彼らから、アベノミクスに代わる経済政策や、原発再稼働させないときの電力需給の見通しや、太陽光電力買い取りをやめたときの対案や、集団的自衛権を認めないで国土防衛できる案を聞いたことがありません。それもこれも「明治座へ連れて行ってもらって喜んでいる選挙民」が悪いのです。「明治座」は大方の議員がやっていることでしょう。
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今現在実際の国家運営は官僚が牛耳っています。


消費増税も色々と理由をつけてはいますが
ワザワザ下げた筈の公務員給与増額と何故か一致します。
悲しい事に今の政治家はただの看板、官僚の隠れ蓑に過ぎません。
内閣だろうと野党であろうと政治家達はそれを知り過ぎる程知っています。
誰が大臣になろうが同じです。
だからこそ国の進路を定める国会において
政治をせずに安心しとスキャンダルで時間を潰しているのです。
団扇の件なんて良い例です。おそらくあの団扇を配布していない政治家なんて一割もいません。
鏡に向かって罵るのと同じです。
こんな事、常識ある社会人がする訳無いじゃないですか。
小学生の学級会のほうが遥かにマトモで真剣にクラスのあり方を討議しているんですよ。
つまり本当の国家運営の討議は官僚レベルで済ましてしまっているんです。
政治家というのは国民に対する目眩ましに成り下がってしまっているんですね。
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だって、政策で勝負できないし、予算を審議できる頭がないんだもの。



だから精査もできない。

後援会の観覧会のチケット代が安いと有権者買収と騒ぎはしても、放射能被災地の放射性ゴミ関連予算や沖縄振興予算は有権者買収とはけっして言わない。

うちわにしても、柄のないものは配布物で、絵が付くとうちわ。
問題は価値のかるものかどうかのはず。

こういうのを分別がつかないといいます。

だから国会も子供の喧嘩状態になるんです。
正直見るに堪えないし、聞くに堪えない。

在特会の人と記念写真取るのは問題で、一議員が左翼デモに参加するのはOK。
元慰安婦に日本人将校にレイプされたと証言しろと入れ知恵したのは問題なく、政治活動費で、社交辞令のおみやげを購入するのは問題。
それならそうと、買っていいものの定義をすべきもんだいです。
熊手に8億円支払った野党の党首もいましたね。
スーツを買うのはよくて、ドレス駄目とかわけわからないです。
スーツも国産安物しか駄目とかにすればいい。
車も軽かバッテリーカー以外駄目とか・・・
議員宿舎持ってて、ホテル泊まっちゃ駄目とか・・・ホントおかしいです。
議員宿舎そのものが駄目でしょう。

だから、女性や帰化日本人が議員やっちゃ駄目なんです。
能力無いんだから。

にしても、美人が着飾っても何も言われないのに、ブスが赤い服着たり、化粧品を買ったからと批判するのは差別じゃないんでしょうか?
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国家の明確なビジョンがないことと、リーダー不在の文化が原因ではないかと思います。



高度経済成長までは「欧米に追いつけ追い越せ」という明確な目標があり、
きちんと「お手本」があり、要するにその通りにやっていればリーダーの質がどうであろうとさほど関係はありませんでした。
しかし、現代はもう「お手本」がありません。
「国民を豊かに、生活をより便利に」といいますが、何が豊かで、何が便利なのかすらわからっていない状態です。
その典型例が「日本にはジョブズがいない」的な言説でしょう。
目標も、やり方も、人材も、欧米にお手本を求めるわけです。

そしてリーダー不在の文化ですが、
日本の「リーダー」は第二次世界大戦を機に失われました。
正確に言えば、明治維新の元老、元勲が亡くなった時、日本にリーダーは存在しなくなりました。
(終戦も、明治元勲の鈴木貫太郎がいなければなしえませんでした)
勿論、明治元老、元勲が「優れたリーダー」であったかは評価は分かれるところかもしれませんが、
国家の指針を決め、それに向かって各省庁の舵を強力にとっていくということができたのは彼らまでです。
彼らが去ったのち、日本は完全な官僚国家、すなわち「誰も決めない、誰も責任を取らない」国家になりました。

そして、現代日本では「強力で優れたリーダー」を持った記憶がない状態なので、
どのようなリーダーが必要か、そもそもリーダーとはなんなのかが理解できなくなり、
些細な粗を探しては「リーダーにふさわしくない」と降ろすのです。
そして「何が些細か、何が重大な粗か」すらも理解していないのです。

作家の永井荷風は
「日本現代の禍根は政党の腐敗と軍人の過激思想と国民の自覚なき事の三事なり。
政党の腐敗も軍人の暴行も之を要するに一般国民の自覚に乏しきに起因するなり。
個人の覚醒せざるがために起こることなり」

と書いています。
これは二次大戦直前にかかれたものですが、今も昔も正論であり続けると思います。
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