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こんにちは。
興味があり探してみて多少は知りました。映画ガンジーとか。
かつて欧米の植民地がいっぱい有りました。清人も犬猫のように扱われていたという。
表現が簡略すぎてピンときません。シベリあ収容所もあまりメディアが報じません。
かつて帝国主義の時代被植民地の人々はどのように虐げられていたのでしょうか。
具体的に教えていただけると嬉しいです。
法律、差別、強姦、反乱の鎮圧、奴隷の輸出、重い税金などなど。

A 回答 (3件)

 植民地とは、宗主国が統治しているが、国家全体のために制定された法規が行われず、その地域のために特別に制定された法規が一つの体系をなして行われる地域(法域)のことです(美濃部達吉による)。

アメリカ、カナダ、インド、ブラジル、朝鮮、これらはすべて歴史的には植民地から独立した国です。

 植民地と本国との政治的、経済的、文化的な関係がどうだったかは一概には言えません。たとえば英連邦のように、現在でも特別な関係で結ばれている場合もあれば、フランス、オランダ、朝鮮のように旧宗主国との間で独立戦争や紛争を抱えている場合もあります。また南アフリカ共和国のように、国内で独立後に支配や搾取が激化した例もあります。

 一般的に言えば、熱帯・亜熱帯の植民地では、特産物の生産や資源開発を通じた搾取が行われやすく、温帯で歴史、文化、社会などで共通性が強い隣国間では民族的対立が起こりやすい傾向があります。

 日本の朝鮮統治はロシア、中国にたいする安全保障面での政策に基づくものですが、人道主義的であったという弁護論は噴飯ものでしょう。選挙権も与えず、義務教育も行わず、行政や鉄道の管理職を内地出身者が独占していた事実をすっかり忘れているみたいですね。
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失礼な表現、記載、誤記等ありましたら済みません。



まず、最初に述べておきたいのは植民地支配といっても様々です。
日本の台湾や朝鮮半島における植民地支配と西欧の植民地支配は全く異なります。

アフリカは三角貿易で主に労働力を獲得する場であり、奴隷狩りがされた場所でもあります。
一部地域を除いて農産物を作った訳ではありません。
そのあり方はまさに悲惨で船底に詰め込まれて食料や水は必要最小限で死んだ者は海に捨てられます。
そうやって、何割かの人が生き延びて売られた先が南北アメリカ大陸です。
そこでは、文字通り奴隷を売買してその奴隷がつくった農産物を積み込みそれを欧州にもたらす三角貿易です。
奴隷は農場を経営していた人の持ち物であり、強姦は当たり前です。
人口比率にもよりますが北米では少しでも黒人の血が入っていれば黒人扱いで例えば女性奴隷が主人やその息子に強姦され子供を宿してもその子は奴隷です。自分の血が入っていても主人はそういう扱いをしていました。
アメリカの黒人の方の顔立ちは現在のアフリカ人の人と少し異なるのはこの点にあります。
現在のアメリカにおける黒人の方は殆どが実際は黒人と白人の混血であり、両方の血を引きます。
南米ではアルゼンチンなどほぼ、白人国家を除き白人比率が少ない国では混血のあり方で呼び方があります。
アメリカではネイティブアメリカン、昔インディアンと日本で呼ばれた人達は、居住地を追われたり、制限されました。
時に、軍隊が入って行って女子供関係なく一部族を殺戮したということもあります。
南北アメリカで作られた茶、砂糖、などがヨーロッパへ輸出され、空になった船は又、アフリカで奴隷を仕入れます。

アジアにおける白人支配の植民地は、国によって様々です。
インドは最後には英とオランダが覇権争いをします。
インドは国が多かったのですがムガール帝国などと手を組みインドにおける支配の覇権争いを行いました。
勝ったイギリスに組した国の原住民の人々はそうでもないですが負けた国の原住民は支配階級であろうと労働割球であろうと搾取の対象です。
確か、ガンジーさんは勝った国の支配階級に近い出身であったので教育を受け、更にロンドンでさらに高等教育を受けたはずです。
基本、植民地では教育はされないのが一般的です。
まず、この点が当時の日本の政策と違います。
ガンジーさんはロンドンで法律を学ばれたと思いますがそれは運がよかったと言えます。
それと、非暴力で独立を勝ち取りますがそれは、戦争と無関係ではありません。
実は第一次世界大戦で軍隊が必要になります。
インド駐留軍を当てても足りない程の大戦になり、イギリスの二枚舌外交が始まります。
要するに、インド原住民の自治を認める代わりにWW1に参戦させました。
そう言った経緯もありインド原住民でも近代兵器を使える訳です。
その点が少し、他国の植民地と事情が異なります。
そして、WW1が収束すると、名ばかりの自治を認めてやはり労働力を搾取していました。
そのことが独立運動の主導者を即、殺戮すると独立戦争となり厄介になります。
益々、ガンジーざんには手を出せません。
そのようなことが絡んでインドで非暴力の独立運動が成功した要因の一つと考えていいような気がします。

この様に、植民地支配とは言っても何故、ガンジーさんの非暴力の独立が出来たか?歴史的な前後関係を学ばなければ理解できません。

日本が朝鮮半島や台湾を植民地支配しました。
その点は肯定する材料はありませんし、謝罪すべき行為ですし、条約的にも、政治的にも何度も謝罪はしています。
さて、その実態はどうだったかと言うとざっと以下のような感じです。

自虐史観的発想が先行していて正しい歴史認識と言う意味であえて記します。
実は、日本が考えていた以上に李氏朝鮮は弱体化していて、支配階級は自分の地位を維持するのが優先と言う構図で、日本の文明開化を見習おうとした人はことごとく自国民に殺されています。
当時の李氏朝鮮は両班(ヤンバン)という支配階級がいて、平民や(ヌヒ)、白丁(ペクチョン)と言う支配される階級、身分制度がありは人身売買の対象であり、白丁はその売買もされず、特定の労働のみを行い、移住も、他の身分との婚姻もできないという縛られた階級です。
また、貨幣制度も日本が明治維新を経てもなお満足に整っておらず、物々交換が主な経済活動だったそうです。
この辺は、写真とか当時の李氏朝鮮を実際に見た西欧人の書物があります。
ハングルはこの時、特権階級を脅かす文字なので随分前からあったにもかかわらずほとんど使われず、残っている李氏朝鮮の古書の公式文書は漢文です。
ハングルを日本が禁止させたとか言うのも嘘でそもそも使われていません。
識字率、文字を読める人が少なかった国でハングルを使うように指導したのも日本のようです。
ハングルの発明された時とハングルの文学がどれぐらいあるか調べれば分かります。
最近、日本統治時代の教科書が韓国で見つかっています。
ネットにUpしたものがそのような書物とも知らずにUpしてしまった。と言うのが真相のようです。

日本はその身分制度を廃止し、貨幣制度を徹底させ、漢字で読み書きして特権階級でいたかった両班の意志に反して学校を建てハングルを広め、低かった識字率を高めました。
朝鮮半島は不幸な歴史をたどり、今では南北共に反日教育が今もなお盛んです。
更に、正しい歴史認識と言う割には朝鮮半島には5番目の文明があって朝鮮5千年の歴史と大統領が平気で口にする国です。

その辺の話は韓国在住のシンシアリーさんのブログ(日本語で私も時々閲覧しています)と言うのがあって、朝鮮半島での誤った歴史認識を色々、指摘されています。
ただし、これを韓国では公には出来ません。

【日韓問題】 韓国人から見ても異常な暴走状態の『反日』…
↓↓


台湾出身で、日本に帰化された金美齢さんがTVでも日本がどの様に台湾を扱って感謝しているのか?よく、話をされています。
他にも証言されている方はいます。YouTubeで見ることができます。

【重要証言】「台湾の基礎は日本人が作った」【ザ・ファクト】
↓↓
http://www.youtube.com/watch?v=4rvuDtLiOyI

【重要証言】「日本の兵隊さんは本当に素晴らしかった」【ザ・ファクト】
↓↓
http://www.youtube.com/watch?v=lU1qpkVe7rA
こっちは日本によりすぎな気もしない訳でもありませんが…

済州島による追加取材でも強制連行による従軍慰安婦などなかったことはハッキリしています。
日本は韓国や台湾の方を植民地時代に搾取したりするどころかむしろ、日本国の国費を投じて開発しています。
それも、従来の西欧の植民地とは異なり教育と色んな産業を高める投資です。

最後に、シベリアの強制労働に少し触れます。
鉄道などの工事に携わり、毎日、ジャガイモのスープばっかりの食事で寒さと労働で体が持たない人も多くいて亡くなる方も多かったそうです。亡くなった日本人が見に付けていた日本製の時計などをロシア人は取り合ったそうです。
この話は、私が父から聞いた実話です。
お陰様で私の父はジャガイモが大嫌いでした。

この様に、支配される側とする側、労働力を搾取する側とされる側にも相互の歴史がありその両面を見る必要があると私は思います。
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やはり歴史書を読むのがいちばんでしょう。

大方の植民地は中世から近世に至る帝国主義時代のイギリス、フランス、スペイン、オランダ、ドイツあたりによるものです。アフリカ、中近東、インド東南アジア、中国(シナ)がほとんどそうでした。遅れてアメリカが加わりましたが、せいぜいフィリピン程度です。大半がイギリス、フランスによるものでした。日本が朝鮮を併合したことを植民地支配という人がいますが、一方的な搾取対象を植民地というなら、すこし意味合いが違います。

植民地とは宗主国の一方的な搾取の対象になった国です。富をすべて収奪されたことが“虐げられた”ことの意味です。アフリカの奴隷は原住民そのものが資源として収奪されました。富を収奪するためにはどんな阿漕なこともやりました。その反対に植民地宗主国は、現地の政治(あなたが言われる税金も含め)や教育などには関わらず、ひたすら資源の収奪に徹しました。鉄道などインフラ整備も収奪用に作られました。現地人のためではありませんでした。反乱などで収奪に支障が出たら、圧倒的な軍事力で鎮圧しました。それ以外は放って置かれました。現地人がどうなってもかまわなかったのです。差別については差別以前の問題で、そもそも現地住民を人間扱いしていませんでした。もっぱら収奪の対象でした。アフリカ奴隷はその最たるものです。

日本の朝鮮併合は植民地とは意味合いが違います。現地人である朝鮮の人たちを同じ日本人として扱い、教育、医療、就労、移動の自由など、本土日本人と同じ権利を与えていました。鉄道や学校、病院なども本土と同じレベルにしました。当時京城(今のソウル)に設立された京城帝国大学(今のソウル大学)は日本で6番目の帝国大学で、名古屋大学や大阪大学より先に作られました。そう言うことをした植民地宗主国は一つもありません。その意味でも朝鮮併合は植民地支配とは言えません。実際問題として資源の収奪は行いませんでした。併合後日本が朝鮮につぎ込んだ資金は、現在の貨幣価値に換算して80兆円に及び、収奪とは正反対の金額でした。
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