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死刑制度について議論されるべきは制度存続の是非ではなく、
刑の執行方法が現行のままで適切かどうかについてだと思います。
被害者=死んではならない人が強制的に苦痛を伴う死を強いられた
というのに、加害者=他人の命を理不尽に奪った者 が絞首刑という
安楽死(温情刑)で苦痛の無い安らかな最期を与えられているという
あまりにもアンフェアな現状に激しい憤りを覚えます。

死刑は司法による殺人などではなく犯した罪に対する適正な処罰です。
理不尽に他人の命を奪ったのは殺人犯の方です。

他人の命を奪うという犯罪が存在しているのですから、
自らの命をもって償うという罰が存在するのは当たり前のことです。

死刑囚は他人の命を理不尽に奪ったから死刑を言い渡されたのです。
自分が先に殺さなければ死刑判決を受けることなど無かったのです。
死刑判決を言い渡される原因を作ったのは犯罪者自身なのですから。

刑罰には犯罪者に罰を与えるというだけでなく
見せしめることで犯罪抑止力を持たせるという役割もあります。
犯した罪の重さと比べてそれに課せられる刑罰が著しく軽いようでは
犯罪抑止の効果は全く期待出来ないと思います。

たとえば100万円を盗んだ罪に課せられる刑罰が罰金10円では、
刑罰としての体を成さないばかりか、犯罪抑止にも繋がりません。
しかし、これが我が国の刑罰の現状なのです。

支那人によるサンゴ密猟事件がその良い例ですね。

また、死刑を廃止するということは、
どんな罪を犯しても国と法が犯罪者の存命を保証するということです。

どんなに残虐な方法で、どんなに多人数を殺しても
更生不能な凶悪犯罪者の生存が保証されるということです。

これはまさに国による殺人許可です。法による殺人幇助です。

適正な罰則規定があってこそ公序良俗、安寧秩序が保たれるのだと思います。

そこで質問ですが、みなさんは 死刑制度について いかがお考えですか?

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A 回答 (4件)

こんなんだから死刑廃止論者にいいようにつけこまれるんじゃないですかね。



先日私が回答したのと同じ質問者さんのようですけど、先述のとおり
死刑の存在意義は日本人にとっての加害者側被害者側双方のけじめであり、区切りです。
ただそれだけのことです。被害者側からすればなにも解決しません。

 
池田小学校のことをチラリとおっしゃっていましたが、宅間本人が「死にたいから」であったとしても、
その愚劣な願いを成就する形になったとしても、被害者側からすれば「生を全うされること」はあってはならないし、そんなことになればその後の人生で人間世界の在り様を定立する事が出来なくなります。
 

そこまでして必要な死刑ではありますが、被害者本人はもちろんその関係者には補償や補填の意味で何の解決にもなっていません。ここが肝心なところです。「死刑」は必要ではあるが誰の身にも幸福どころか現状復帰の一筋の光すら発することはありません。
殺人の場合被害を受けた側の願いは犯人を極力残忍に殺すことなどでは決してなく、失われた命が帰って来ること以外無いのですから。悲しいかな絶対に叶いません。

人権派という方々に死刑そのものの存在を否定され、執行法を非人道的だと言わせ、冤罪の可能性を指摘され、野蛮だと罵られるのは「暴力に対抗するには暴力」と、4秒くらいで出してしまう本能チックな答えのせいなのではないでしょうか?見せしめだとか苦痛を伴う執行法とか規定でそうするのは構いませんけど、死刑が何かに影響をもたらすような幻想を抱いたこのような短絡的な発言が付け入る隙だというのです。被害者側に必要なのは犯人が「生を止められる」という一点だけです。それをきっかけに呑めないものを胃の腑になんとか落とそうという次の苦しみに立ち向かうだけのことです。

厳罰化の必要な部分もあります。法の成立した当時と現代では環境も変わっています。でもですよ、等価の代償にこだわるのであれば笑気ガスをかがせて練炭殺人を行ったものは絞首刑だと重すぎると思いませんか?意識がある人間の命を奪うなんて私のやり方と違うと言われたら同じようにするのでしょうか。

中国の密漁に関しては排他的経済水域や領海を犯した意図が問題なのはわかっていると思うんですけどサンゴの売却価格がどうとか罰金がこうとか言うものですから、「ほら見ろ厳罰推進論者なんてなにも見えてないやつばかりじゃないか。死刑だって怒りにまかせて7割黒ならみんなそうしちまうぞ」なんて言われるんじゃないですか?ちっともいい例ではありません。事実、世界世論と外交情勢で小康ですよね。罰金を上げるから数が減ったわけでありません。

公序良俗は教育が成すものです。安寧秩序は経済が成すものです。
刑罰は構成要素ではなく、異端が発現した時の自浄方法の一つに過ぎません。

究極的に突き詰めてしまうと質問者さんの言っていることは、昔私も考えて今でもオリジナルの面白いアイディアだと思ってるんですけど、いわゆる「人権剥奪刑待望論」なんじゃないかなぁと思いますよ。
実施できるかどうかは考えてみてください。答えは簡単ですけどね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>公序良俗は教育が成すものです。安寧秩序は経済が成すものです。
刑罰は構成要素ではなく、異端が発現した時の自浄方法の一つに過ぎません。
医療に当てはめると、教育とか経済が健康づくりで、刑罰は薬みたいなものかもしれませんね。
日頃の健康管理を怠って、薬にばかり頼ると、副作用が出るし、今度はその薬の副作用を抑えるために また別の薬を服用したり。
薬で病気は直せても、健康な体は作れませんからね。

お礼日時:2014/12/02 04:52

"刑の執行方法が現行のままで適切かどうかについてだと思います。

"
 ↑
なるほど、これは気がつきませんでした。
実現性は無いけど理が通っていると思います。

今までの中では、一番説得力があります。



”適正な罰則規定があってこそ公序良俗、安寧秩序が保たれるのだと思います。”
     ↑
そうなんですよ。
刑罰が適切でないと、国民が法や司法を信頼しなく
なります。


”みなさんは 死刑制度について いかがお考えですか? ”
     ↑
被害者に与えた苦痛の二倍の苦痛を与えるような
死刑にすべきです。
被害者が複数なら、二倍 X 被害者数 の苦痛が必要です。

そういうことで、死刑の方法にいろいろな段階をつけたら
どうですかね。

憲法改正は9条だけではありません。
36条も。

この回答への補足

やはりこの国の多くの人間は、本当の意味での自由主義教育を受けておらず、一部のエリートのみが自由主義教育を受けているに過ぎないんだね。

残虐刑そのものは古来からあるので別に驚きはしないが、なぜ?残虐刑が禁止されたか理解しないとダメですね。

これは自由主義に基づく考えで、基本的人権は自然権つまり「人間社会の誕生する以前から自然にある自由と生命の保障を基本原理とする正義」に守られているという考えが自由主義にはあり、だから罪を犯した者の自由を奪っても命まで奪うのには疑問符が付く。

特に神ならぬ人間が裁く以上、常に冤罪の可能性と向き合わねばならず、その結果、欧州では死刑制度そのものを廃止した。

その前段階として残虐刑の廃止があり、従来の残虐刑は多種多様で確かにそれらを復活させれば今の日本の【キチガイ】どもが【死刑になりたいから死刑になる犯罪を起こす】という狂った状況を止められるかもしれないが、それならば『死刑制度そのものを廃止したほうが合理的だ』と理解しなければならない。

なぜなら既に国際社会では【残虐刑】そのものを禁じているからで、あなたの主張を実現すれば即、日本は【キチガイ】国家認定されるだろう。

私は残虐刑そのものを復活させるという案は、今の【死刑になりたいから死刑になる犯罪を起こす】という【キチガイ】どもを止めるのに適切だと思うが、それ以上に適切で合理的なのは『死刑制度』廃止になる。

よくよく自由主義の基本に立ち返って考えると、死刑制度そのものを廃止する方が遥かに合理的だと理解できるだろう。

なぜなら人間は不完全だからで、人間の裁きが常に正しいとは限らないからだ。

私は憲法9条改正論者だけど、今の自民党や産経新聞の憲法改悪案では断固反対だし、憲法36条改正なんて論外だね。

補足日時:2014/12/02 07:32
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>被害者が複数なら、二倍 X 被害者数 の苦痛が必要です。
イスラムの法でさえ、同害報復なのに、これだと マフィアみたいになりませんか。それに、苦痛と言っても、
精神的苦痛には無理もありますし。

お礼日時:2014/12/02 04:48

どちらでもいい。


どうでもいい。
多くの国で大した問題も無く実行されてる。
なので、日本でも大した問題も無く実行可能。
一度試してみたらいいと思う。
慣れの問題。
十年もしたら慣れると思う。
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あなたの考え方全部には賛同できませんが、



>被害者=死んではならない人が強制的に苦痛を伴う死を強いられた
>というのに、加害者=他人の命を理不尽に奪った者 が絞首刑という
>安楽死(温情刑)で苦痛の無い安らかな最期を与えられているという
>あまりにもアンフェアな現状に激しい憤りを覚えます

この部分に関しては同感です。

冤罪があり得なくて(例:秋葉原や池田小事件のような)、
通り魔的、猟奇的殺人、リンチ、拷問的な犯行
などの場合には、『拷問刑』というものがあってもいいと
個人的には考えています。
※誰がそれを実行するのか?それで被害者が喜ぶか?などの細かい点は除外して

自由を束縛して刑務所内で刑務作業をさせ、生かせるなんて、
まだ実際の被害者にはなった事はありませんが、こんな苦痛は無いと思っています。

で、私個人が考える『拷問刑』は死刑ではありません。
結果的に死刑に準ずるかもしれませんが、あくまでも被害者と同等の苦痛を味あわせるということ。人間の自然治癒力ギリギリの範囲内での苦痛を与え続けるというものです。
もちろん、百叩きレベルではありません。わかりやすく言えば、五寸釘を毎日1本ずつ刺し込むレベルです。

あ~、削除されちゃうだろうなぁ、この回答。。。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>人間の自然治癒力ギリギリの範囲内での苦痛を与え続けるというものです。
同害報復ですね。でも、これは 肉体的な苦痛に限られますよね。
↓の質問も参考ください。


http://oshiete.goo.ne.jp/qa/8840928.html

お礼日時:2014/12/01 11:15

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