AIと戦って、あなたの人生のリスク診断 >>

最近庶民の生活が苦しくなるとかいう言葉を聞きますが、
庶民であるのは誰のせいかを考えると自業自得じゃないかと
思えるのです。

ようするに庶民=年収500万円未満の人と定義すれば、
本人の能力と頑張りが不足しただけですよね。
日本では、家柄での差別はありませんから・・・・

そうした自業自得でも大事にしなければならないのであれば、
アリとキリギリスの話も、フランス風にキリギリス(セミ)を
招き入れて楽しく過ごしましたと変えなきゃいけないですよね。

今の日本では、キリギリスが辛い冬を過ごすのは自業自得なので
仕方がないと思われているはずです。

にもかかわらず、庶民というだけで特別扱いすることの
合理性をお教えください。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (10件)

「庶民」なんて意味不明の言葉は日本語以外にはありません。

英語に訳しようがありません。庶民の定義もありません。「市民」などと同じで左翼が政府を攻撃するときの用語に過ぎません。「権力者に虐げられる庶民」とか、「権力に立ち向かう市民」などという風に。辺野古反対を叫ぶ市民はその典型です。実際はプロの「市民活動家」です。実態は革マル派です。共産党や朝日新聞が大好きな用語です。騙されないようにしましょう。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

そのとおりですね。庶民庶民という新聞やテレビ、
そして政治家は要注意ですね。ありがとうございました。

お礼日時:2014/12/07 13:22

 庶民の定義がまずいいかげんです。

と言いつつ僕も習いますが
まずは現代日本では年収2000万未満が政府あたりでの庶民認識
ではないでしょうか。

 国民の9割以上が庶民であり勤労することで国を支えあるいは
過去支えていたあるいはその家族であるのです。

 今、この国の勤労世帯の平均年収は400万円まで下がりました。
貴兄の言では日本人全体が能力と努力不足だったことになりますね。
大半の人が年収を下げ、一部の人が年収をあげたということは、
大半の日本人がバカで怠け者、少数の人が賢くて努力家?
1、政策や経済動向で格差が広がった。個々人の責任ではない。
2.賢いともてはやされた代表が「ホリエモン」儲けた人の大半が
 褒められたものではない。

 アリとキリギリスの童話を持ち出されましたが、「新自由主義」や
「アベノミクス」の投資・株価・円安で法外な儲けを得て浮かれている
人こそがキリギリスなのだと思いますよ。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2014/12/08 00:20

国民の大半は庶民です。


その庶民がたくさん買い物をすることによって
いろんな会社が儲かるのです。
その庶民を苦しめて買い物ができない様にすることは
一流企業の高年収のお偉いさんにとっても
自分の首を苦しめることです。

一部の金持ちが消費する総金額と
多くの庶民が消費する総金額とを比較すれば
どちらが経済に影響を与えるか
考えるまでもありません。

庶民に対して自業自得だから我慢しろと
言って、彼らの消費を落ち込ませたら
金持ちの収入も維持できません。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

消費税をまけてあげるという特別扱いは不要ではないのでしょうか?
だいたい貧乏人は消費性向が高いので、消費税が上がったからといって
消費を減らすなどできないはずです。ありがとうござうました。

お礼日時:2014/12/08 00:23

ご質問とお礼コメントを読みました。


どうも、質問ではなく意見表明のようですね。
そんなことを投稿を利用して表明しても何の役にも立ちませんね。
親か先生に教えられたことをただただ、信じてきたのでしょう。
残念なことですが、ものごとを深く理解する力がないということです。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます。理解する力がないのはいけませんね。
残念な人のようですのでお大事に。

お礼日時:2014/12/07 13:25

向上心を持てという考えには賛成しますが、年収や資産だけで人を区分するのにはちょっと抵抗を覚えます。



江戸時代の武士は、たいてい貧しく、上流であっても体面を守るのが精一杯で、懐は火の車。
だけど、治者としての責任は、おおよそ全うしていました。

そんな武士を見習ってか、富裕な商人であっても、豪勢な暮らしを謳歌するより慎ましく生きて、また浮利を追うよりも手堅い商売をする人の方が尊敬されていたものです。

まあ、私は質問者さんの定義では庶民ではありませんが、まだまだ庶民の枠を外れたとは思っていませんし、仮に成功して富を得たとしても、それを何らかの形で社会に還元できるような人間になりたいと願っています。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

そのとおりですね、収入は庶民でも精神の気高さ、
心の貴族でなければなりませんね。

ありがとうございました。

お礼日時:2014/12/07 13:20

”庶民であるのは誰のせいかを考えると自業自得じゃないかと


思えるのです。”
  ↑
まあ、大部分はその通りですね。
でも、大部分の人は、能力が無いんですよ。
だから、いつの世でも、どこの国でも庶民が
大多数なのです。


”ようするに庶民=年収500万円未満の人と定義すれば、”
    ↑
この定義は納得しかねます。
年収3000万でも、庶民だと思っています。

また、年収だけで定義するのは乱暴です。
日本には、金融資産100万ドル以上が百万人います。
不動産を含めれば年寄りの1/3は億万長者です。

こういうのを考えれば、収入、資産とも数億、
数十億でなければ庶民だと定義してよいのだと
思います。


”庶民というだけで特別扱いすることの
合理性をお教えください。”
   ↑
1,庶民の数が多いからです。
 庶民も金持ちも一票しかもっていません。
 なら、庶民をターゲットにするのが効率的で
 合理的だ、ということになります。

2,庶民は能力がありません。
 だからこそ特別扱いする必要があるのです。
 能力のあるひとは、特別扱いする必要はありません。
 特別扱いしなくても、独りでやっていけるからです。

3,大多数を占める庶民を特別扱いして大切にしないと
 社会が不安定になります。
 それは結局、お金持ちの不利益にもなります。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

庶民に安住してもらっては困りますね。
みんなもっと上を目指さないと日本国は
衰退するばかりですね。

ありがとうございました。

お礼日時:2014/12/07 11:50

収入は個人のがんばり次第というのは資本主義社会を支える基本原理ですが、実際はそうでもなくて格差が固定的になる傾向が生まれているのが問題なのですね (日本では往々にして非正規社員が下層を、母子家庭などが最下層を形成すると言われています;労働流動性が低くて一流社員でも一旦職を失うと再雇用の道が狭いのです)。



固定化が続くと自業自得とは言い切れなくなります。中世の貴族対庶民の格差と何ら変わりないではないか!ということになります。庶民にお金を上げようというだけでなくて、格差社会をうまく改善しないと社会全体の活気が失われて行く危険性があります。

備考:このことは米国の経済学者でも議論になっています。経営者の収入が増える反面、社員の賃金の低下傾向が止まらないという傾向が資本主義社会を蝕んでいる、という認識です。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

格差はいけませんね、国立大学に授業料は
1/10程度にするべきですね。

ありがとうございました。

お礼日時:2014/12/07 13:23

>庶民というだけで特別扱いすることの合理性をお教えください。



今の制度では庶民も多額納税者も一票しか投票権をもっていないからです。

より正確にいえば、東京などの大都市の多額納税者よりも、過疎地の庶民の方がより大きな「投票権」をもっているのが、現在の憲法違反の国政選挙です。

レベルの低い政治屋一味には投票権の多寡を測ってものを言う連中が多いですね。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます。
そんな人気取り政治家さんは当選して欲しくないですね。

お礼日時:2014/12/07 10:25

あなたの定義による庶民を考えれば、誰でも状況次第では庶民になるからではないでしょうか。

なりにくい人となりやすい人、あるいは現に庶民であるヒトの差というのは見方によってはごく小さなものではないでしょうか。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

そうですね、だれでも才覚と努力で庶民でなくなることが
出来るなんて良い国ですね。ありがとうございました。

お礼日時:2014/12/07 10:10

学生さんでしょうか。



「日本では、家柄での差別がない」から、「本人の能力と頑張りが不足しただけ」には論理の飛躍がありすぎますよ。

あなたの質問が論理的に成り立っていないので、この質問に正解は無いが回答になるでしょうか。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございました。
やはり人間は努力と才覚でトップをねらわなければ
幸せになれないのですね。

お礼日時:2014/12/07 10:08

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!


人気Q&Aランキング