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 鎌倉時代のことを考えていて、鎌倉時代というのは、一言で評価すると、「武士による本格的な政治が始まった時代ということなのかなぁ」などと考えているうちに、ふと、最近よく耳にする「戦後70年」ということを思い出してしまいました。

 日本の歴史の中で「戦後70年」……私自身がほぼ生きてきた時代(*^_^*)……というのは、日本の歴史に少しでも関心を持たれている方が、どのように評価しているのだろうか?ということが知りたくなりました。

 それで、とりあえず私の持っている日本史に関する本、数冊をめくってみたら、私の質問の答えに似たような「キャッチフレーズ的」なものがありましたので、1例として列挙します。

 例は、「読むだけですっきりわかる日本史」(後藤武士著)です。

(1) 旧石器~古墳時代……日本のあけぼの
(2) 飛鳥~天武王朝時代……天皇中心国家の形成
(3) 奈良時代……平城京と仏教の時代
(4) 平安時代……藤原摂関政治から武士の時代へ
(5) 鎌倉時代……北条執権と鎌倉御家人、兵どもが夢のあと
(6) 室町時代……足利幕府と南北朝
(7) 戦国・安土桃山時代……群雄割拠から天下統一へ
(8) 江戸時代……250年の太平
(9) 明治時代……近代日本の夜明け
(10) 大正~平成時代……二つの世界大戦、頂点と挫折、そして奇跡の復興

 ということでしたが、「戦後70年」を評価するということになると、上記の「(10)大正~平成時代」とも全く異なるような気がします。もちろん、政治、経済、社会、国際関係などなど、評価する観点によって、その表現は当然変わってきますので正解、不正解という評価は、私には出来ません。

 したがって、BAは選ばないで締め切りします。それでもよろしければ、皆様の考える「戦後70年」というのを、評価していただき、キャッチフレーズ的に表現していただきたいと思い、質問しました。自由、勝手、気ままにご回答を寄せていただければありがたいです。

A 回答 (8件)

NO5です。



真逆政策の例です。
少し難しいかも。読んでいただければ幸い。

ホスピスに関係するのですが、痛みには4つの痛みがあります。
身体的痛み → がんの疼痛など(緩和ケアの対象)
精神的痛み → 合併する「うつ」による精神的苦悩(精神医の治療)
社会的痛み → 長期入院などによる社会的孤立感など(傾聴と共感)
スリリチュアルペイン → いまわの際での「オレに人生は         
(霊的痛み)       何だったのか」という苦悩

霊的痛みについてはホスピスのチャプレン(牧師)が対応するのですが
カトリックであり、日本人の多くは救われません。
僧侶は「死後」からしか対応しないのです(稀に対応する僧侶あり)。

何故でしょうか。
話しは江戸時代になります。
民をキリシタンから隔離するために徳川幕府は寺のもとに民を置きました。
寺により管理したのです。
このためゆりかごから寺小屋、仏前結婚、墓場まで寺がみていました。

明治維新。明治政府はこの政策を変えるため、寺院を弾圧し、今度は
民を神社のもとに置きました。そして墓の移動も命じました。応ずる
民もいました(氏子)。
しかし多くはこの二百数十年の墓を変えられないとなりました。
そこで政府はやむなく妥協し、生前の神社、死後の寺院とすみ分けた
のです。

敗戦。GHQは政教分離を命じます。しかし庶民の制度にはおとがめ
なしでした。
こうして生前の神社、死後の寺院は継続することになりました。
このため誕生のお宮参り、七五三。また神前結婚が今でも行われて
います。亡くなるとお寺に入ります。
(一部の寺院では復活させているところもあります。
 また「葬式仏教」と批判され、反省を始めたところもあります。
 仏教自体は死後だけを扱うものではありません。)

一例でした。     
(スピリチュアルケアを行う僧侶を知っています。)
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この回答へのお礼

再度のご回答ありがとうございました。

whaihanseiさんが、何を念頭に置かれて、「真逆」と言われたのかは、理解できました。

明治政府が、「神仏分離」の方針を採用したことは承知しておりますが、徳川幕府と真逆の方針というよりは、天皇を中心とする国家を目指すにあたって、そのよりどころを皇室に関係する「神道に求めた。」に過ぎないのではないでしょうか?しかしながら、末端では、「廃仏毀釈」というような行きすぎた行動に展開してしまったようですが。

whaihanseiさんが、
 『明治流が一部徳川流に戻り (平和、文化)
      一部米国流が入り (民主、文明)
      一部明治流が残る (暮らし、文化)』
と、表現されている「平和」、「文化」、「民主」、「文明」、「暮らし」というのも、大まかに言うと、宗教と、それに関わる人々の暮らしという観点から、「戦後70年」を理解すれば、このような表現になるということですね?

再再度のご回答には及びません。

お礼日時:2014/12/11 07:32

NO,3 です。



>阪神大震災や、東日本大震災とそれに伴う福島第一原発の事故は、「大きな災害」といえるのではないでしょうか?

そのとおりです。戦争末期に東海地方を非常に大きな地震とそれに伴う津波が(何度か)来て、日本の一部に戦災にも劣らない被害をもたらしましたが、当時の情報管制で大きなニュースにはならなかったようです。仰る阪神大震災以降の世界的な地殻変動期が戦後の長い平穏のあとに始まっているという認識です。
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この回答へのお礼

再度のご回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/12/10 18:03

大正時代には、2つの大戦の間に長期の軍縮期をいれるべきかと。

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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

「時代」は、日本史においては、主に時の政権や元号によって区分されていると思いますが、政治、経済、社会の動き、大きな出来事などによって区分することもあるかと思います。それで「戦後70年」について質問をしたものです。

「読むだけですっきりわかる日本史」(後藤武士著)は質問の趣旨を理解して貰うために引用したのであって、mm058114 のあげておられる「大正時代には、2つの大戦の間に長期の軍縮期をいれるべきかと。」という時代区分も、検証しようとする目的によっては当然あるかと思います。

お礼日時:2014/12/10 18:01

シニア男性です。



 (8)徳川幕府時代
 (9)明治政府時代(大日本帝国時代)
(10)民主日本国時代

でしょうか。(10)の適切な呼称がないか思案中ですが。

徳川時代は大きくいえば、内外にわたり平和な時代でした。
文化文明が独自に進化、花開いた時代でもあります。
(秀吉は朝鮮出兵をしています。徳川時代では「朝鮮通信使」の
 招聘がなされています。
 当時「鎖国」をしていましたがオランダ、朝鮮を通じ西欧、
 中国の情報を収集していました。
 一方、薩摩や長州は密貿易で富をなし、また海外情報を得て
 いました。)

明治政府時代はそれまでを一変させました。
これはそれまでの「徳川政治」の真逆を行おうとする明治政府の
方針によるものです(民主党のしたようなこと)。また薩摩長州の
やり方でもありました。
 文明 独自から産業革命の導入
 文化 独自から西欧一辺倒
 平和 平時から戦時へ

民主日本国時代が戦後70年の時代ですが、
 明治流が一部徳川流に戻り (平和、文化)
     一部米国流が入り (民主、文明)
     一部明治流が残る (暮らし、文化)
時代といえましょう。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

大変ご丁寧に説明をいだきまして、お礼を申し上げます。残念ながら、私に、歴史に関する教養が乏しく、徳川と明治と米国を比較できる知識を持っておりませんので、肝心の

『民主日本国時代が戦後70年の時代ですが、
 明治流が一部徳川流に戻り (平和、文化)
     一部米国流が入り (民主、文明)
     一部明治流が残る (暮らし、文化)
時代といえましょう。 』というところが、「一部米国流が入り (民主、文明)」のように何となく理解できる部分もあるのです、後は理解できませんでした。申し訳ありません。m(_ _)m

それと、明治政府というのは、それまでの「徳川政治」の真逆を行おうとしていたのでしょうか?幕末から維新にかけての「尊皇攘夷思想」についても、情勢によりかなり複雑に変化をしていて、『「徳川政治」の真逆を行おうとしていた』というだけでは説明が付かないような気がしています。それに明治政府の方針の柱は、「殖産興業」と「富国強兵」だと理解していますが、これは、単に、産業や文化に関する「西欧の導入」ということではなく、日本が当時の国際社会、国際情勢の中で生き残るための手段と理解しています。

お礼日時:2014/12/10 17:59

(11) 昭和後期~平成時代……初の占領下体制と人間天皇、戦争放棄と自衛、金本位制の崩壊とプラザ合意、電子立国と貿易摩擦、バブル景

と雇用慣例の崩壊
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

政治、経済、社会などの観点から、総括的に、評価していただきありがとうございました。私は、「歴史」も「経済」もオンチですので、ご回答に対してコメントは出来ませんが、「戦後」を考える上で経済の動きと、それが、社会や家庭・家族にどのような影響や変化をもたらしたのか?ということは重要でないかと考えています。

お礼日時:2014/12/10 05:49

日本人が戦争しなかった時代。


大きな災害のない平穏な時代
一億総中流時代
経済の国際化による右肩あがり勝ち組時代
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

「戦後70年」ということですから、明治以降を眺めてみても「平和」が続いた時代といえると思います。私は、「平和」というのは、一つのキーワードになるような気がします。

日本史にどのような災害が記録されるのか承知をしていませんが、阪神大震災や、東日本大震災とそれに伴う福島第一原発の事故は、「大きな災害」といえるのではないでしょうか?

たしかに「一億総中流時代」と言われた時もありましたね。(*^_^*)しかし、私たちの生活という観点からは、戦後一貫しているのは、むしろ「格差社会の浸透」という気がします。

お礼日時:2014/12/10 05:18

奇跡の復興はあり得ない。

鵜飼いの鵜として、アメリカは日本を扱っただけなのだから。
「正常に戦後を迎えられない国家、日本」じゃないの?
何故、戦争に負けたのか。戦略と戦術を見直せないから、現状を変えられない。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

アメリカが基本的に「自国の国益を基準にして行動する国」ということを考えれば、Key_Aさんのご回答はよく理解できます。

ただ、戦後70年、ここに至って、「何故、大東亜戦争に負けたのか」……その戦略と戦術を見直さなければ、正常に戦後は終わらないのでしょうか?これからの日本を考えたとき、検証すべき事は他にあるような気がします。

お礼日時:2014/12/10 05:28

「サンフランシスコ体制の中の日本」


でしょうか。

良くも悪くも日米関係の影響が大きいですね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

全く、頭の中に思い浮かびませんでした。短いフレーズながら、戦後の日本のことを考えたとき、よく理解できます。

お礼日時:2014/12/10 05:33

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