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A 回答 (10件)

当時の日本の航空学は世界最高水準でした。

学問的な理論だではなく、小型化と軽量化の技術は欧米の追随を許さないものがありました。

日本にとっての不幸は
・燃料がなかった
・機体を作る原料がなかった
・開戦前には暗号を全て読み取られていた
ここまでは、多くの人が答えると思います。

戦後、GHQは日本の航空工学を壊滅させました。日本から飛行機の技術を消し去らなければ、軍事機ばかりではなく、優秀な旅客機を作って、世界の航空市場を日本に独占されると思ったのです。

太平洋での対戦相手が米軍だったというのもあります。騎士道精神を持った英国軍と大和魂の日本軍は、限界の境地では通じ合うものがありますが、米国軍にはありません。開戦当初に日本軍にしてやられましたので、その遺恨を晴らさんとして、残忍極まりない方法を取りました。それは戦友である捕虜や、兵士の心の支えである家族を殺すことです。本土の空襲などで、家に残した女子供を皆殺しにして、日本兵の士気を落としていったのです。ですので、ゼロ戦の能力以外の要素が大きかったと言えます。
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同じ土俵で戦えば、という前提が成り立てば良いのですが、大抵は成り立たないのが戦争です。



大艦巨砲主義で砲撃戦なら大和が無敵、と言っても飛行機に沈められたわけです。
ミッドウェー海戦でも、低空に誘い出されて空母を沈められたんじゃなかったかな。
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戦闘機 対 戦闘機 ですね。



充分歯が立ちます。

防弾ですが、陸軍ではキ43、つまり一式、隼のときからシッカリと燃料タンクをゴムシーリングしています。
これで助かった、という記述はいくつもあり、アメリカ側の記述でも、P-38で9秒間機銃弾をあびせたが落ちなかった、というのもあるので、ワン・ショット・ライターというのはウソです。

むしろ、ラジエターのついた液冷戦闘機のほうが、ラジエターに穴があいたら加熱して確実にエンジンがとまります。
日本は液冷エンジンを充分実用化できませんでしたが、星型エンジンでことは足りましたし、星型の方が頑丈・単純なので、日本のお国柄にはあっていたでしょう。

で、戦闘機同士で、おたがいがやる気だったら、日本機は高度6~5千に降下して戦えば、おなじ数なら充分戦えます。それがイヤだから、アメリカ側は一気に大量に投入して、

みんなで殴ればこわくない

をやったわけです。そのために戦力の集中、よい無線機の活用、サッチ・ウェーブのような集団戦術の全軍への徹底をキチンとやったから、戦争末期はアメリカ側が優位のことが多くなったのです。

戦争末期ならレーダーによる警戒警報で日本側も空中待機できます。
機材も四式、五式、J6だったら武装も速度も充分互角です。防弾もしてあり、無線も末期には使い物になっています。五式は金星エンジンで1500HPですが、使ったパイロットからは高高度以外なら無敵、と喜ばれたそうです。
零戦でも隼でも、慣れている人が操縦者だったら、どうとでもなります。新しい飛行機より一式、隼がいいというパイロットは事実いました。米軍のレポートでは一式は低高度の加速がよいので、1945年夏まで、危険機材とリスト・アップされています。

あと、意外ですが太平洋戦争開戦後に育成を開始した操縦者の練度が、戦争末期には充分につかえたという事実があります。日本は沖縄戦まで使えるだけのパイロット養成にも成功しているんです。ただし、沖縄戦まで、ですが。

日本は持っている物の使い方がダメだったので悲劇がおおくなりましたが、ご質問のような状況だったら、話は別です。充分に歯向かえます。

蛇足

私はボード・シミュレーションゲームと、マイクロソフトのコンバット・フライトシミュレーターをやりこんだくちですが、アメリカ人がデザインしたボードゲームでもフライト・シムでも、サシか2対2なら、零戦五二型以降の日本機だったら、負けたことなかったですよ。勝てないことが多々あったのは事実ですがw 
でも、一式でP-51おいかけまわしたのは、たのしかったです。
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日本にも一部活躍した部隊やパイロットもいましたが、


全体的には歯が立ちませんでした。

先の方が指されたようにエンジンと燃料の性能が劣っていた。

防弾性能が劣っていた。
日本の飛行機の素材は燃えやすかった。
防弾タンクも戦争末期には実用化されたが,アメリカに比べると弱い

無線とレーダーの誘導がなかった。
敵は無線で連携して攻撃できた。レーダーで敵の位置と高度を教えてくれる。
戦争末期のアメリカの戦闘機には後方監視レーダーや,敵味方識別装置までついていた。

敵の数があまりに多すぎた。
5対10とか 10対20では話にならない。
戦闘機の性能が同等でも,歯が立たない。

しかし,最も大きな問題は、
燃料不足と、制空権の喪失でパイロットの養成ができなかったことだと思います。
自家用飛行機の免許でも最低100時間の飛行時間が必要ですが、
大戦末期には80時間で実戦に投入される例も多くありました。
パイロットとしてはやっと飛べる程度、
戦闘機を操縦するには最低数百時間必要です。
敵を撃ち落とすことができるようになるには、500時間以上必要、
エース級になると1000時間以上の飛行時間、
日本のパイロットの多くは,戦闘機パイロットとしての経験を積む前に,多数のアメリカ軍機に撃ち落とされたのが実情です。
日本がアメリカ軍より性能の良い戦闘機を持っていても,結果は変わらなかったでしょう。

ドイツはジェット戦闘機を実用化し、1人で100機以上撃墜したエースは多数いますが、
多くのパイロットは、上達する前に撃ち落とされています。
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大戦後半になりますとね、「エンジンの性能差」ってのが如実に表れてくるようになります。


第二次大戦が始まったときの各国の戦闘機のエンジンはだいたい1000~1200馬力が中心です。栄エンジンがギリギリ1000馬力くらいでした。しかし大戦後半となると2000馬力級エンジンが主流になってきます。こうなるともう日本はどうしようもない。2000馬力級エンジンが作れないのです。無理くり作ろうとしたらやたらと巨大なエンジンになって、それに合わせて期待を作ったらアホみたいにデカくなった。これが烈風です。
また高高度性能を考えたら、空冷エンジンだと高高度では空気が薄くてオーバーヒートを起こすから、液冷エンジンが定番なのですが、この液冷エンジンがどうしても作れなかった。これが「飛燕(三式戦闘機)の悲劇」だったのです。
飛燕のエンジンは、ひらたくいうとドイツのBf109が積んでいたDB601のコピーです。ドイツが1940年に作っていたものが、日本は1944年になっても作れなかったのです。まあ、DB601は天下のベンツのエンジンですからね。ついでにいえばスピットファイアとP51のマーリンエンジンはロールスロイス。なんかネームバリューで勝てませんわね。

日本が液冷エンジンが作れなかった理由が、現代日本からはちょっと考えられないのですが、「品質管理」の問題でした。液冷エンジンはひとつひとつの部品が均等に作られていないと不調を起こすのです。この、「部品を均等に生産する」というのが戦前の日本は非常に苦手だったんです。
日本陸軍の自動車整備兵だった人の回想録にあったのですが、マレー戦線でアメリカ製のトラックを負けたイギリス軍から手に入れて、整備のためにエンジンをバラしたそうです。すると、ネジが同じ大きさの場所ならどのネジを入れてもきちんと入る。それに驚いたそうです。対する日本ではネジの大きさもネジ穴も実はまちまちで、ネジの在庫の山からちょうど大きさが合うネジを探さないといけなかったそうです。それで、アメリカ製品の品質の高さに驚き「この戦争は負ける」と思ったそうですよ。

「紫電改は米軍に対抗した」という意見もありますが、あれは当時数少なかったエースパイロットをかき集めたエリート部隊の活躍によるもので、もちろん紫電改そのものは優秀な戦闘機だったと思いますが、そこまで過大評価していいものかはわかりません。
また、「戦後に米軍が調査すると極めて高い性能を見せた」なんて飛行機もありますが、ありゃアメリカ製のハイオク燃料が使えたから高い性能も出たわけで、当時のアメリカのハイオク燃料の質の高さはドイツもイギリスも凌いで世界一の品質です。もっと質の悪い燃料を使わざるを得なかった日本と単純な比較はできないです。ちゃんとしたレーシングカーを使い、サーキットで戦うレースで、片やハイオク燃料、こなたレギュラーガソリンなら、まあ後者は苦戦せざるを得ないです。ちなみにアメリカ製ハイオク燃料はイギリス軍やソ連軍にも供与され、大変に大歓迎されたそうです。
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 まったく歯がたたなかったわけではないと思いますよ。

本土防空戦での陸軍の五式戦闘機での完勝(真偽はさだかでない)とか、海軍三四三航空隊の奮戦とか、ビルマ航空戦での優勢とかといった「日本の戦闘機が強かった!」という例があります。
 戦後の米軍による接収航空機の審査でも日本の機体でも米軍機より優れていたもの(部分的にも)が多々あったことが報告されています。陸軍の四式戦とか、試作機ですけれどキ-83なんかがそうですね。

 とはいえ、いくら機体がそれなりであっても高オクタン燃料はないわ、機関砲(銃)の性能は低いわ、エンジンンの航空性能が低いわ、といったハンデがあったのは事実。とはいえ航空戦闘・戦争は戦闘機単体で行うわけではなく、熟練搭乗員、良質な整備と燃料、潤沢な補給、なによりも数があってはじめて成立するものですから、戦闘機単体で比較してもしかたがないような気もします。

 なお、搭乗員の防弾板や防漏タンクなんかが考慮されていなかったのは戦争初期の海軍機くらい(陸軍機は不十分ながら最初から備えています)ですので、1943年以降であれば日本側にも装備されていたと考えるのが妥当かと思います。
 またこれは余談ですが、ミッドウェイ海戦で失われた搭乗員は100名強。実際に熟練搭乗員の大量消耗が発生したのはその後のソロモンをめぐる航空戦ですね。数千名の搭乗員を失っていますので。ミッドウェイで熟練搭乗員が多数…というのは、たぶん映画や小説あたりから出てきた誤解だと思います。
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高空能力等の差はありましたが、充分戦える機体だったのではないでしょうか?



敗れた原因は、
パイロットの育成システム、資質を含む、技量優秀なパイロットの不足
生産力の弱体国力による、絶対戦場機数の差
生産力の弱体国力による、絶対航空母艦数の差
戦術飛行場の開発能力の差
資源不足による燃料オクタン価の低下

による大きな戦敗が続いてしまいました。

優秀機体を集め、優秀パイロットを集めた、紫電改の343空に、多いに活躍しました。
しかし、最初から、能力一杯一杯で、休養補充がなされず、先細りでした。

戦闘の流れでは、
ラバウルでは、ちょっと押され、
トラックでは、全くの奇襲で地上撃破され、
また、マリアナの地上部隊は、陸上で撃破され、航空母艦グループは、F6Fの包囲網を突破できず、
比島では、苦し紛れの特攻を行い、
台湾沖では、夜間撃破され、
沖縄は、特攻作戦に投入。
本土では、B29に手が出ず。
P51が現れてからは、歯がたたず。

戦闘機VS戦闘機で考えると、
ラバウルでは、互角。
マリアナ航空母艦突破戦では、敗れ。
本土では、敗れ。
これが、結論でしょう。
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#1のお答え通り、我が国の戦闘機は基本的な多くの点で米国の「技術開発」


に全く太刀打ち出来なくなりました。
1)宮崎駿先生の「風立ちぬ」に既に出て来ますが、海軍の要求は過重でした。
大口径の機関砲、小口径の翼部機関銃が「ゼロ」には課せられました。
堀井次郎は一線を退きましたが彼の天才は「空中性能」にあったのです。
海軍はこれを非常に重視した。だから空中戦は圧倒的に有利だった、だが軽過ぎる。
2)堀井達はこの過剰な課題をパイロットの「保護を放棄する」とい「自殺戦略」で
しのぐしか無かった、爆撃機が簡単に火を噴いたように、防衛は後回しにされた、
だから開戦時の徹底的に磨かれたパイロットはミッドウェー海戦時にはほとんど
殺されていた、さらに米軍は燃料タンクの内側にゴムを巻いて発火による損傷を
最低限抑えた、パイロットの損失も必死に抑えた、米国は民主制だ、兵士が死ねば
大統領も議会も支持率も低下の恐怖に曝される、だが我が国にはそんなものは無い。
3)結果として米国の戦闘機はどんどん重くなった、だから空中性能は落ちたままだ
ったが仕方が無かった。それを逆転したのが過給器の導入だった、酸素濃度の小さな
高度での性能が飛躍的に上昇し、より多くの断薬、燃料、保護そして高度だった。
我が国の戦闘機は既に初期から無力だった、映画で次郎が言って居る。過給器が
無ければ爆撃にさえ届かない「エンスト」を起こし自分で墜ちる。結局巨大なエンジン
と武装を持ったB29爆撃機に抵抗する術など無かった。我が国も試作機程度なら
作れた、その性能はB29を容易に堕とせる、だがそれを量産する設備が既に無い
ネジの「標準化」さえ維持出来なくなった。出来たのは十機程度、百単位の爆撃機
になす処は無かった。
4)暗号(パープル)については私は知らない。少なくとも真珠湾の艦隊司令官は
可哀想に知らなかった「どうしよう」「どうしたらいいんだ」と泣き叫ぶ司令官を
副官は見ている。
5)電波探知機、マグネトロンだ「チン」するあいつだ、直進性の電波で鋼鉄製の
軍艦も、ジュラルミンの飛行機も丸見えになる、ただ水平線の彼方を見、潜水艦と
交信出来る「象の檻」は後世の技術だ。こっちは長波、超長波を利用する。

結論として、最新技術をふんだんに導入し、大英帝国の「見えない」援助を受けた
海軍がロシア軍に完勝した日露戦争の海上部分から得たものは無かった。
大嘘つきのドイツは真珠湾攻撃のその日にソ連から撤退を始めたのだ。
悲惨な戦争だった。人は失敗からは多くを学ぶが、勝利からは学ばない、
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シニア男性です。



そんなことはありません。
紫電改は十分対抗できました(実戦実績あり)。

ただ供給は十分ではありませんでした。
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アメリカ機のほうがより高空に上がれましたから、高度差で負けてました。


低空なら、そこそこ戦えたでしょうが、飛行機、燃料、操縦士、全て不足してましたから、焼け石に水でしょう。
 飛行機同士というより、日本側の対空砲が届かず、飛行機が離陸して現場に行くごろにはアメリカ機はとっくに爆撃を終えて帰還中というすれ違いが多かったはず。
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例えば、人間の格闘技では以下のようなことがよくあります。
AさんはBさんより強い、BさんはCさんより強い、CさんはAさんより強い。
じゃあ誰が一番強いの?ってなりますよね。
これは相手との愛称の良し悪しと「特定の敵をどれくらい知っているか」によるからなのです。

以上のことから総合的に推測しますと、「理想的熟練パイロット同士の1対1の戦闘」の場合、
主に有利な攻撃ポジションを得やすいムスタングが攻撃するのをゼロ戦はその旋回性を生かして守勢にまわりつつ反撃するチャンスを伺って攻撃するというパターンになりそうです。
結果、なかなか勝負は決まらないまま長時間の戦闘になり、最終的にはより強い緊張感を強いられるゼロ戦パイロットの集中力低下から敵に攻撃チャンスを与えてしまうという結果になりやすいのではないしょうか?

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一応実機の性能を設定したプログラムをされているはずなので、あまりでたらめではないとは思いますが、
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添付画像は1995年にムスタングとゼロ戦が同時離陸したときのものです。
ゼロ戦の軽さを感じました。
あ、私はゼロ戦はあまり好きではないので決してゼロ膳贔屓な意見ではありません。

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1) 戦艦大和他の第二艦隊が撃滅された「坊の岬沖海戦」の場合、米軍の損害は「艦載機10機」であるようです。
この海戦の場合「母艦への着艦が夜になったため多数の飛行機が着艦に失敗して失われた」といった事情がありませんので、
米軍の損害10機=第二艦隊が対空砲火で撃墜した機数
となるでしょう。

2) 様相はあまり変わらなかったとする論者がいます。
なぜ敗れたか日本海軍 光人社NF文庫
http://www.7andy.jp/books/detail/-/accd/31828766
に「VT信管は化け物か?」と題して、質問者さんの疑問(2)を考察し、結論として「否」としています。
主な理由は
「対空射撃式装置の性能がアメリカは桁違いに優れていた」
ということで詳細に説明されています。
筆者は、防衛大学校を卒業して護衛艦に乗り組んでいる際に、米軍が第二次大戦中に主用していたのより性能の劣る米国製対空射撃式装置で対空射撃訓練を行い、5インチ速射砲(第二次大戦時の高角砲に相当)に「時限信管」を使用した対空砲弾を使用して、飛行機が曳く吹流しに名中断を与えているとのことです。

なお、筆者によりますと、5インチ(12.7センチ)高角砲の命中率は
アメリカ 30%~50%
日本 0.3%
と、100倍以上の差があったと言います。

また、VT信管は「高角砲弾が目標の20メートル以内を通過した時に炸裂する」ものでしたが、日本の対空射撃式装置の性能があまりに悪いため、実戦では「どこを撃っているのか分からない」状態であり、そもそも米軍機の20メートル以内に高角砲弾を通過させることができず、VT信管があってもなくても同じだったろう、と筆者は言っています。

上記の本は質問者さんの疑問の多くを解いてくれると思いますので、ぜひお読み下さい。

3) 日本側では、マリアナ沖海戦やレイテ沖海戦で、戦艦の三式弾射撃で何機かの米軍を撃墜している、と言っています。
一方、ウィキペディアには
「米軍側の資料には『パンパンと破裂するがまるで花火のようで、実際の被害は少なかった』との記述も存在し、対空射撃での確実な戦果は、ほとんど確認が無いとされる」
と書かれています。

米軍の飛行機が日本の飛行機より工作精度が良く頑丈で、燃料タンクや乗員の防御も優れていたことを考えますと、
「三式弾の焼夷弾子は、日本機には有効だったが、米軍機には威力不足だった」
ことがあったことは有り得ます。

4) 軍艦の対空機銃は、水面に向かって射撃することも出来ました。
太平洋の戦闘、大西洋の戦闘で、「自艦に向かって来る魚雷の航跡を発見して機銃で射撃した」という話はいくつか聞いた記憶がありますが、その射撃で魚雷を破壊できたという話は聞きません。
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「飛行機が、敵の潜水艦が発射した魚雷を上空から発見し、魚雷に体当たりして魚雷を破壊した」
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ということもありますが、それ以上に
「魚雷が自艦に迫っているという状況下で、物理的・心理的に、魚雷に機銃弾を命中させることは難しい」
ということではないでしょうか。

1) 戦艦大和他の第二艦隊が撃滅された「坊の岬沖海戦」の場合、米軍の損害は「艦載機10機」であるようです。
この海戦の場合「母艦への着艦が夜になったため多数の飛行機が着艦に失敗して失われた」といった事情がありませんので、
米軍の損害10機=第二艦隊が対空砲火で撃墜した機数
となるでしょう。

2) 様相はあまり変わらなかったとする論者がいます。
なぜ敗れたか日本海軍 光人社NF文庫
http://www.7andy.jp/books/detail/-/accd/31828766
に「VT信管は化け物か?」と題して、質問者さんの疑問...続きを読む


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