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哲学の深く深く潜って探って行く力は数学で養われるものなのでしょうか?
それとも記号である数学をいくらやっても哲学の深く深く潜って探って行く力は養われることはないですか?

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A 回答 (4件)

#1の者です。


「どちらも論理学の一種で」すが、その違いを挙げる
ならば、ある言明が「正しい」と言う場合、「それが
論理的に整合している」という事と、「それが現実を
記述している」という2つの側面があります。
一般的に、その2つは両立するものだと考えられて
いますが、不完全性定理において、「公理系が不完全
(=公理系内で証明できない公理の介在)である場合
にのみ、言明は無矛盾(=同時にAと非Aを導かない)」
という事が証明されており、前者「論理的原理主義=
数学」と、後者「現象的応用主義=哲学」は、異なる
志向となるのです。
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数学とは、計算による、数式の世界。



。。

哲学とは、物理世界における、矛盾への挑戦の学問。。


。。

つまり、数学で哲学を極めようとすると、ゼロの謎が待っている。。

。。

したがって、その人物の思考しだい。。でしょうね。。


頑張って下さい。。

。。。。。。

森羅万象。。この世のすべては、極めると逆転します。

陰陽逆転の法則 。。なのですね。。


。。。。。。


では、今日は、この辺で。。


ごきげんよう。。


逆転地蔵



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☆哲学の深く深く潜って探って行く力は数学で養われるものなのでしょうか?


◇数学や記号論理学などを哲学の分野に応用しようという方向性は、現代哲学の一つの大きな流れになっているのは事実です。
英米の分析哲学と呼ばれるものがその代表的なものです。

分析哲学は、最終的には数学的な記号操作になりますので、こうした操作ができる能力が必要になりますね。
そして、
現実や日常的な文をこうした記号列に置き換える能力が求められます。
我々が日常的に使っている自然言語は余りに曖昧ですから、正確で誤りのしようがない、極めて人工的で数学的な言語で哲学しようといった感じですかね。

19世紀から20世紀の前半に、数学(者)出身の人たちが作った流れです。
フレーゲやラッセルなどがその代表的な人物です。

こうした流れとは異なりますが、
実存主義哲学に大きな影響を与えた現象学を作ったのも、元数学者のフッサール。

現代の哲学の大きな流れを作った人には、元数学者、数学畑出身の人が多数います。

日本にも、東大数学科出身の哲学者(?)は多数いますよ。


☆それとも記号である数学をいくらやっても哲学の深く深く潜って探って行く力は養われることはないですか?
◇哲学的な課題や問題が、すべて、数学的な記号列に置き換えられ、そして、機械的な記号操作を行うことでこの問題を解決できるのであれば、YESでしょうね。
ただし、これで扱うことができるのは、論理学的に真と偽、1と0といった二つの値、論理値しかもたない問題だけです。
ですから、扱える問題はかなり狭いもの、限定されたものになるでしょうね。

と同時に、哲学は、(記号)論理学や数学、そして、自然科学と変わらないものになってしまうでしょうね。



まっ、そういうことで。
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どちらも論理学の一種です。

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