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広島では6日に新型爆弾の実験が行われるという情報をかなりの人が知っていたそうです。
わざわざ近隣の市町村から見物に行った人もいると聞いています。
この話はその日に都合がつかず見物に行けなくて被爆しなかった人から聞きました。
その人は呉にいて『残念だなあ』と言いながら山の向こうを眺めていて強い光を見た数時間後に鉄道で炭の塊みたいな人形のようなものが運ばれてきたのを見た。
それが新型爆弾に焼かれた人たちだと聞いたと言っていました。
とはいえその人も海上特攻の命令が下っていて終戦がなければ数日後には死ぬことになっていたのです。
市民を始め軍関係者の間でも新型爆弾が味方のものか敵のものかということは知らなかったようですが、
どこからこんな情報がどのように伝わっていったのでしょうか。
そして市民はどのように受け止め理解しどのような行動をとったのでしょうか。
この疑問は繰り返し報道機関に投げかけられていながら
中央紙はもちろん地方新聞の記者に至るまで
今までに何の取材も報道もした事が無いと記憶しています。
これは業界のタブーなのでしょうか。
どのような理由があるのでしょうか。

A 回答 (12件中1~10件)

元軍国少年です。


当時政府、軍の関係者以外は短波放送の受信は
堅く禁止されていましたが、結構民間でこっそり
聞いていた人はいたと思います。
勤労動員で通信機メーカ-に配属されましたが
そこではお手のもので、こっそり聞いていた
ようです。
勿論私が聞いたり、聞いた人と話をしたわけでは
ありませんが、研究室が仕事場だったので係員の
話がそれとなく耳に入りました。
オーストラリア放送を聞いていたようです。
(日本と時差がないからでしょう)
大本営発表と大分違うなとかは判りました。
そんなこと、うっかり外でしゃべれば憲兵に
つかまりひどい目にあわされます。
あの頃は無線ブームで短波マニアも少なくなく
あの手この手で取り締まりを掻い潜り聞いて
いたと思います。
情報を知りたいの世の常です。

原爆投下時は進学して勤労動員も飛行機工場に
変わりましたが、工場は空襲で破壊され、仕事は
洞穴掘りと芋掘り(農家の人で不足で)です。
午前中は学習で、午後から作業です。
広島に新型爆弾投下の翌日の物理の授業で、
先生があれは原子爆弾だといい、説明したのには
驚きました。
知る人は知っていたのです。
先生は東大出で、当時日本でも原爆の基礎研究は
軍や東大など協同していたから当然でしょうか。

次の話は終戦後伝え聞いたもので信憑性は不明。
米国は8月5日短波放送で原爆投下を予告し、
避難勧告をしたが、日本軍部は混乱を恐れ、一般に
知らせなかった?
この噂はかなり流布していました。
本当だとすると軍は原爆の威力を、誤ったのでは
ないでしょうか。
また日本の原爆開発を恐れ投下を急いだ?
いずれも怪しいものです。
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この回答へのお礼

東大関係者は敵の研究の進捗状況に興味がないわけはなく
かなりの所まで知っていたのでしょうね。

後半のお話の予告放送ですが、
謀略の一環として日本語放送をしていたのでしょうか。
市民に竹槍を持たせていたような軍ですから、
原子爆弾の威力を知っていたとしても
逃げろなどという指示をとても出せなかったでしょう。
市民も「さあみんなで逃げましょう」と声を上げた時点で
憲兵隊に捕まると考えられます。
今の原子力発電と同じ論理に基づく行動。
歴史は繰り返すのでしょうか。

原子爆弾の投下を急いだ理由は
ソ連の影響力を最小限にというのが理解しやすいです。
残る疑問点は現代の報道機関の態度です。

私は今、回答者様のような人に一人でも多く会って話を聞き
内容を記憶にとどめておきたいと一生懸命です。
直接会ってお話が聞けないのが残念ですが、
この度は貴重な回答をいただき本当にありがとうございました。

お礼日時:2015/01/29 00:43

>広島で新型爆弾の実験が行われるという情報をかなりの市民が知っていた



 いやあ、皆さんがおっしゃるようにガセでしょう。回答の中で紹介されたビラだって、「ソ連が宣戦布告」って書いてある。ソ連の対日宣戦は広島に原爆が落とされた後の8月8日ですから、このビラはどう考えたって原爆使用後に撒かれたもの。
 「広島に新型爆弾」の情報があった時に、科学者の多くは原子爆弾だと直感したそうですから、そういう方が投下後に撒いたものではないかなと思います。

 また、広島への原爆投下時間は8時15分、学校では校庭で朝礼があり、労働者は工場や会社に向かう通勤途中。明らかに「ヒトが屋外に多数いる時間」を狙ってます。ビラで避難を呼びかけるのは実際のこの作戦行動とは矛盾していますね。

 実は原爆攻撃の確たる情報はあった、日本軍は知っていて市民に知らせなかった、って説を広めたいがために流用された話だと思います。さすがに旧日本軍を貶めるための話をいわゆるネトウヨが広めるとは考えにくいですね。
 もしかしたら、戦後に行われたGHQによるNHKの宣伝放送「眞相はかうだ」「眞相箱」からきた話かもしれません。
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 僕は当時海軍に居て、入隊するまで普通の民間人の知る限りでは戦況は知らされておらず、連合艦隊の実情(例えば、戦艦級は武蔵、大和を含め、殆ど壊滅状態)は、知りませんでした。



 1941年以前に短波受信機はすべて供出を義務づけられ、民放はなく、大本営発表以外は信じるな、と言う時ですから、ビラが撒かれたとしてもを信じる人は極めて少なかったと思います。

 ただ、投下後「新型爆弾」という用語はニュースや新聞で使われました。

でご質問ですが
1。どこからこんな情報がどのように伝わっていったのでしょうか。

 分かりません。多分投下「後」に得た知識を「前」に聞いたと勘違いした可能性が高いと思います。

2。そして市民はどのように受け止め理解しどのような行動をとったのでしょうか。

 予備知識が無いので寝耳に水です。

3、これは業界のタブーなのでしょうか。

 いいえ。

4。どのような理由があるのでしょうか。

 答が無いからです。
 
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
人々に予備知識がなかったのは当然だと思います。
海軍にいて爆薬を専門に勉強していた人でもその爆弾を見に行こうと思った位ですから。
そんなに大きく受け止めることもなければ何の行動に反映されることもなかったのかもしれません。
ただ原爆投下以前に新型爆弾の実験が行われると言う情報は確かに存在していたと聞いています。
一般市民の中に広く伝わっていたかどうかはわかりませんが海軍の人は知っていたようです。
さてその情報がどこから出てきたのかこれを知りたいと思っています。
これを新聞社の人に話しても「そうですね不思議ですね」という反応はありますがそれが取材と記事の掲載と言う行動には反映されませんでした。
これもなぜなのかか知りたいと思っています。
報道に携わる人は答えがわからなければ答えを探すというのが普通だと思います。
引き続き回答を待ってみます。

お礼日時:2015/01/26 11:48

アメリカは知らせるでしょうか?


原爆投下の理由は 表向きは戦争の早期終結と日本の戦意喪失ですが
実際は原爆の性能実験です

事前に知らせていたら逃げる人多数で正確なデータは得られないでしょう(まぁ当時ですからアメリカが発表してもデマだと思って信じないかもしれませんが)


日本は完全に「被害者」の立場です(戦争を仕掛けたのは日本であり原爆投下はその延長ですから実際は日本は加害者)
なのでこんな話をマスコミが報道したら被害者で居られなくなる恐れがあるからです
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>このようなものを”原爆前に撒かれたビラ”としてウソを広めようとするのは、ネトウヨのよくやる手ですね。



ネトウヨねぇ。
ブサヨさんの手法と言ったほうがしっくりきますが・・・
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他の質問の話もあわせると、質問者が聞いたという話し手の話がかなりあやしいように思います。


うちの近所でも、総理大臣(今なら安部)が月一で電話かけてくる、とか言う人がいます。そんな感じの方なのでしょう。呉にいたのは本当かもしれませんが、後は『実は自分だけが知ってる』的な妄想話だと思います。


ビラの話、リンク先の写真の上のほうの「ヒロシマ・ナガサキ・オリンピックの記事へ」といったようなリンクから元のページに飛べます。このビラは通常爆撃の前にまかれたものであることと、原爆前にはビラは撒かれていない旨の話が載っています。
このようなものを”原爆前に撒かれたビラ”としてウソを広めようとするのは、ネトウヨのよくやる手ですね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
話題の提供者は実は私の親族です。
普段はあまり何も話してくれない人ですが、私が熱心に尋ねてやっと口を開いて話してくれました。その内容ですので、妄想や作り話しの類ではないと思います。本人の性格上そういうことを好まない人ですので。
こと戦争に関しては両国政府の言う事はまずあてになりません。西洋の言語では歴史と物語は同じ語彙を使って表現するので、歴史は勝者が書き綴った物語です。
引き続き情報を集めてみます。

お礼日時:2015/01/24 12:37

アメリカ政府がビラなんか巻いてないって公式に発表していますし、広島や小倉にはビラなんかまかれてないって当時の話でもあるので、ビラは巻いてないんじゃないの?



昔からの小倉在住者ですが、そんな話聞いたことないですねぇ。

通常の吸収の時にばらまかれたビラと混同した都市伝説ではないでしょうか。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
引き続き情報集めてみます。

お礼日時:2015/01/24 12:24

 直接の回答でなく申し訳ないのですけれど。



 No.4の御回答にあるブログを拝見すると、その御回答の趣旨とは全く逆で、通常の空襲の際にはビラで警告していたけれど、広島・長崎では何の警告もなかった、とあります。

 引用の蔡にここまで反対になる、というのはそそっかしいのか意図的なものなのか。
 念のためご注意下さい。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
リンクを開いてみましたが写真しか出てこなくてよくわかりません。
私は先ずインターネットの使い方から勉強しなければならないようです。
すみません。

お礼日時:2015/01/24 08:52

アメリカは原子爆弾を投下する数日前に


原子爆弾投下予定のビラを多量に撒いたようです。
http://ameblo.jp/tokorozawa-weekendfarmer/image- …
かなりの市民が読んだようですが、それを読んだと口外することや
持っていると非国民呼ばわりされたようです。
もし読んだとしても今でこそ核兵器の恐ろしさは解りますが
史上初めて使われた兵器なので一般の人は十分理解できなかったと思います。
それで逃げ出すとかすれば臆病者とか非国民とののしられたでしょう。
また報道管制が有りましたのでビラの内容を新聞に載せることは出来なかった筈です。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
知らされない。
逃げる場所さえ用意してくれない。
本当のことを言えない。
聞いても理解できない。
反対できない。
まるで現代の”同じ原理の発電所”のような話ですね。
後の世のために記録を残すことは必要ですね。
歴史を学ばなければ同じ過ちを繰り返しますから。

お礼日時:2015/01/24 08:50

質問の主旨は↓でしょうか。



A:>どこからこんな情報がどのように伝わっていったのでしょうか。
B:>そして市民はどのように受け止め理解しどのような行動をとったのでしょうか。
C:>これは業界のタブーなのでしょうか。
D:>どのような理由があるのでしょうか。


A~Dですが、その疑問の原因となる↓の1が、全て「伝聞情報」であり事実であるという証明がされていません。
(【告発側の立証責任】により、事実であると証明する義務は質問者様にあります)

1:>広島では6日に新型爆弾の実験が行われるという情報をかなりの人が知っていたそうです。
わざわざ近隣の市町村から見物に行った人もいると聞いています。
この話はその日に都合がつかず見物に行けなくて被爆しなかった人から聞きました。
その人は呉にいて『残念だなあ』と言いながら山の向こうを眺めていて強い光を見た数時間後に鉄道で炭の塊みたいな人形のようなものが運ばれてきたのを見た。
それが新型爆弾に焼かれた人たちだと聞いたと言っていました。


仮説を証明せずに、それを事実とした上で論理を進めることで、仮説への疑問を忘れさせ、結論や新たな疑問を提示する事で、その仮説自体を事実と誤認させるのは、詭弁や詐欺の常套手段でもあります。



私は、当時の広島市民がその「新型爆弾」とやらの投下を知っていたとは思えません。
理由は、原爆の投下は人体への影響のデータを取る為でもあったからです。

当時の日本は、原爆以前から条件さえ合えば降伏(というか講和)をするつもりでした。
しかし、アメリカは曖昧な降伏条件(国体の護持、天皇の地位への保証がない)を出すことで、日本が降伏できないようにして、原爆を使用する準備をしました。
(降伏条件の起草段階では天皇制の維持が含まれていましたが、決定稿では変更されています。)

しかし、これについてはいつまでも戦争を続けていると、ソ連が参戦してしまい、戦後処理についてソ連に発言力を与えることとなり、タイミングが難しい作戦でした。(実際そうなりました)

日本は↑のような条件が不明な状態で降伏した場合、国が消滅する事もありえるので、安易に降伏はできませんでした。
更に、降伏後に天皇が処刑された場合、国民や軍部が激昂し、政府の意向に関係なく戦闘を行う場合もありえます。
そのような内戦になった場合、中ソが介入して朝鮮やドイツのような分断国家になり、新たな戦争の原因になったり、朝鮮半島ではなく日本が冷戦の最前線になるかもしれませんでした。
そのような事態は日本もアメリカも望んではいなかったと思います。

以上から、敗戦後の外交や政治まで考えれば、安易に降伏できる状態ではありませんでした。


アメリカが欲しがっていたデータですが↓から、避難されては取れない内容となっています。

E:実際の都市や【人間】への効果を調べる。
F:他国に使用可能な核保有国であることを示し、戦後の国際関係で優位に立つ為。

Eについてですが、上記の目的を満たす為に、投下する都市は↓のような経緯で選ばれています。

E1:周囲を山に囲まれた直径3マイル以上の市街地を持つ都市。
アメリカは、↑の条件をより満たす為に、広島への空襲を停止して建築物を保存し、人口を集中させました。

E2:警告無しの使用の決定
トルーマン大統領は、自分が設置した暫定委員会で、原爆の使用は「労働者の住宅に囲まれた軍需工場に、事前の警告無し」で行われるべきだと語り、そのように決定しています。
(開発に携わった科学者は、無警告の原爆投下に反対しています。)


連合軍は爆撃前にビラをまいて避難を呼びかけていたという意見もありますが、それには 何 故 か 【広島】と【小倉】は入っていません。(画像参照)
(小倉は広島と同じ理由で選ばれていましたが、爆撃機が航路を誤って、長崎に落してしまいました。)

福山空襲は年8月8日
久留米空襲は8月11日
長野空襲は8月13日
(広島の原爆投下は8月6日、長崎は8月9日です)

また、長崎の投下地点の真上には、日本に始めて建設された「教会」がありました。
(アメリカはこの事を隠していますが)


原爆投下後の降伏ですが、これ以上降伏しないままだと、第3第4の原爆が落とされる可能性があり、もう条件がどうこう言っていられなくなった為です。

降伏については誤解している人が多いようですが、無条件降伏したのではありません。
ポツダム宣言の降伏に関する文章には、「Following are our terms」(我々の条件は次の通り)と記されており、
それには「日本国政府は直ちに全日本軍の無条降伏を宣言」となっています。
これは、軍隊の無条件降伏=単なる武装解除であって、軍組織の解体や消滅ではありません。
そして、軍=国家・政府 ではない以上、ポツダム宣言によって、日本という国家が無条件降伏したという事にはなりません。

【日本は「無条件降伏」をしたのか?!高森明勅】
「新型爆弾が落とされることを事前に知ってい」の回答画像3

この回答への補足

仮説は一件も立てていません。
詭弁や詐欺の意図もありませんので誤解のないようにお願いします。

原爆の投下は人体への影響のデータを取る為でもあったからという理由では、
当時の広島市民がその「新型爆弾」とやらの投下を知るという事実の否定は成し得ません。
データーを得ようとしている人が知らせたくなかったのではないかという仮説は成り立ちますが、
敵方でもそれ以外の人はまた違う考えを持つかもしれませんし
情報の入手源は他にあるかもしれませんから。

折角のお答えに否定的なことばかり書いてすみません。
お気を悪くなさいませんようにお願いします。
後半の情報は大変興味深いものが含まれていてとても参考になりました。
本当にありがとうございました。

補足日時:2015/01/24 00:47
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
そうですね。
事実であるという証明をするための証拠はすべて敗戦で消し去られています。
新型爆弾は占領軍の軍事機密ですし日本側も占領軍がやってくる前に
ありとあらゆる資料を焼き捨てていますから。
私は、信頼できる人物の語る言葉を直接この耳で聞いて事実として信じています。
これは私の信条であって第三者に事実としてその内容を納得してもらうとか
告発しようとか立証してみようとかいう考えはありません。
回答者が疑いを持たれるのは自然なことだと思いますから事実ですよと押し付ける気はありません。

私の信じている事実を実際に記憶して知っている人
または私のように信頼できる人物から直接聞いて知っている人に出会い
回答者が整理してくれたABの疑問について答えをもらいたいのです。
CDの疑問は、私が信じている事実に間違いがないかどうかを出発点に
取材を始めることもできるわけですから疑問として意味があると思います。
このようなことについてはここ十年くらいが最後で
当時を知る人が亡くなった以後は何の調査も取材も不可能です。
私などは調査や取材をする能力も何もないので出来る立場の人には是非今のうちに調べて欲しいです。

お礼日時:2015/01/24 00:23

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