●厄払いでの「お礼参り」とは、どの程度辛い事や災難から逃れた場合に行くものなのですか?
婚約破棄や失恋で鬱、結活が全敗、病気をした、親と縁を切らされたなど、
どの程度のレベルの事が当てはまりますか?
あの時は辛かった、、と引きずって思ってしまうことでしたら、
お礼参りは行かずともよろしいのでしょうか?
(日常のイヤな事・自転車同士ぶつかった、通行人にいきなり因縁を付けられたなど日常レベルな災難は大抵すぐ忘れてしまいますし、特別な災難には含まないですよね、、><??)




●また、お礼参りの時期は、後厄で厄除けした翌年にまとめて(一度のみ)お礼参りするので良いんでしょうか?



質問ばかりですみません。
よろしくお願いいたします。

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A 回答 (3件)

厄は、災難等が起こると言うことではありませんよ。



よく前厄・後厄とかがありますが、これは年の節目に当たるので、人間ドックでしっかり体を診ましょうという意味です。
なので厄だからと心配する必要はありません。

これは霊能者の江原さんが言っていましたよ。

私も厄の時に、大きな家の工事をしたりしましたが、なんの問題もなく健康ですよ。
それ以外でも何の問題もなく生きていますよ。

なので厄と言うのは、その人の年の節目で、病院に行って健康診断をしろと言うことなのです。
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この回答へのお礼

そうなんですか><
そして、江原さんもおっしゃってたんですね、
なるほど…勉強になります。
どうもありがとうございます。

お礼日時:2015/01/24 20:19

大抵は何事も感じなくても年末あたりに行きますね。



だって神社の厄除けというのは「大難を小難に、小難を無難に」ですから。
瀕死の重傷のはずが軽い怪我で済んだといってもその怪我が本当はどんなものであったかなんて解らないでしょ。
入院しちゃったよと言っても本当は死んでいたかもしれないし、かすり傷くらいでと思っても本当は骨折するくらいの予定だったかもしれない。無難に済んでしまったら、気がつきもしないでしょ。
だから何事も無くても「お陰さま」でお参りをする。本来の神社詣での趣旨は「お陰参り」なんです。

年末じゃなくても、ふと「お陰様で」と思ったら、迷わずにいけばよろしいと思います。

決まりだとか、常識と言ったものではありませんから、心に素直にすればよろしい。
一回だけでもないし、一年だけとも限らない。
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起こるとわかっていることから逃れられたっていうなら


避けられたというももわかりますけど
厄払いによって何が避けられたのかなんてわからないじゃないですか?
貴方には起こる災厄がわかるのですか?

それと厄払いってのは自分のためにするのではなく
自分のまわりが災厄に見舞われることのないように
身近な人のためにするものです。

災厄のレベルは人によって違うし
病気になっても前向きな人には厄にはならず
風邪をうつされただけでしつこく恨みを持つ人もいます。
(厄とは主に病気のこと。要するに厄除けは健康祈願)
そういった心のマイナスをフラットに戻すきっかけを厄除けというのでしょう。

怖いのはいつの世も人の心。
たとえ災厄に会っても心を保つことが目的だと思います。
お礼参りは無事生きていられたらお参りすればいいのでは?
お礼参りに限らずことあるごとに頼れるのが神仏のよいところです。
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