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古文や日本史を勉強していると本当に今の自分の住んでいる国とつながっている気がしません。
自分の先祖が江戸時代に庶民として生活していたことも古文にでてくる日本も古写真に写っている日本も今この自分が生きている日本と同じと思えなくなぜか不安になってもやもやしてしまいます。
どうやったら今の日本がその歴史の中のこととつながって感じられるでしょうか?

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A 回答 (3件)

あなたの周りにある 道 と 使っている言葉 を良く見たり考えたりしてください。


そして 毎日行っている自分の言動やみているものに気を配ってください。 そうしたら見えてきます。
外観が変わっても 中身まではそうはいきません。あなたの赤ちゃんの時の写真と今の写真比べて下さい。ずいぶん違いますね。でも別人ですか?

ヒント1
茶道、華道、書道、悟りの道、禅の道、学問の道
柔道、剣道、弓道、華道、茶道、野球道、相撲道、武道、道場

ヒント2
ずらかる とんずら ばっくれる 先生 師匠(古い言葉から来ています。)使っていないかな? 
4文字熟語(格言など)意気投合 以心伝心 一期一会 一部始終 (4文字で多くのことが伝わる)
俳句 短歌 百人一首 カルタ取りや俳句 学校でしませんか?
使っている方言 ー 古くから有る物

ヒント3
たたみ 座布団 障子 ふすま 床の間 どこでも見かけますね。(ない家も有りそう) 
靴を脱いで上がる 挨拶でお辞儀をする 着物を着る 初詣 筆で字を書く 座る(椅子ではない)
日本の昔からの姿ですね。 

全部普通にあなたの世界の周りに有るものです。そして古い写真の中の時代の人も 古文の時代の人も同じものを見ていました。その中で生活していました。(多少時代で変わってきていますが本は同じです。)
あなたには 日本人の遺伝子が伝わっています。ヒント1~3 違和感ありますか。多少?も有るかもしれませんがそれが時代の変化です。
全部古い時代から続いてきたものです。見た目で、外観だけで ものを見ずに、その中に一歩踏み込めば繋がってきているのが見えてきます。

外人と会いました。お辞儀をして挨拶しました。ごく普通ですね。でも その外人はびっくりしてあわててお辞儀しました。日本の歴史と其の外人の歴史が違うからです、同じような洋服を着ていても
このように違います。これが それぞれの国の歴史のつながりの違いです。

それと 歴史 と言うなら 飛び越してはいけません。連続的に変化するので、途中を飛ばしてはわかりません。平成27年。平成元年の時は? 昭和50年?お母さんの生まれた時は?昭和30年?昭和20年?昭和元年・・・・明治?江戸?室町?平安、・・・・
遡って概略でもその時代を知れば どうつながっているかわかります。そうしてその時代の人がどのように生きたのか知れば もっと身近に遠い昔の歴史がすぐあなたの傍にやってきます。
新幹線に乗って トンネルばっかりだと、外の景色がどうつながっているかわかりませんね。
同じ事です。

これが参考になるかは自信ありません。でもつながっているのは確かです。多分あなたのおじいちゃんおばあちゃんと似たような時代を生きてきた年寄りですので いわゆる ジェネレーションギャップが有るかもしてません。

あなたと同じ様な世代の人やご両親と同じ世代の人からも回答が有るといいですね。
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この回答へのお礼

歴史と言ってしまって大げさに考えるのがいけないのかもしれませんね。
もっともっと身近なところから見ることでやっと見えてくるのかもしれません。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2015/02/09 18:43

>どうやったら今の日本がその歴史の中のこととつながって感じられるでしょうか?


学校でする「勉強」から少し離れて、斜めの目線で見ることをおすすめしますが、そのためには勉強以外の知識も必要です。興味があるなら、ネットでもいろいろ調べられますので、楽しんでみてください。

以下は私の知っている一例です。

あ、その前に、、
世界をみて、日本ほど古代からのつながりが残っている(古代から連綿と続いている)国はありません。たとえば隣の中国などは、4千年の歴史といいながら、異民族支配を受け、古代からの連続性が少なくなっています。漢字はずっと使われているけど、服装や髪型は支配した民族の影響を受けてずいぶんと変化しています。

日本には自分たちの歴史的な変化はあっても、異民族から強制されて変化したものはほとんどないのです。

さて、日本が古来から連綿と続いている一例ですが、身近なところからいえば「食事」でしょう。
今でも旬のものとして食べられている、多くの魚・銀杏・柿・栗などは、縄文時代から食されていたおり、特に栗は縄文人が始めて栽培した植物であるとも言われています。それぐらい昔から栗を日本人は食べていたのです。
またウニやアワビなどは古事記に宮廷料理のご馳走として載っています。古事記は勉強したと思いますが、こういう部分までは学校では習わないですよね。

また、時代が下がり、戦国時代になると、西洋との交流が始まり、西洋式の調理法が伝わります。カステラや金平糖(コンペイトウ)はもともとスペインなどのお菓子ですから、あのザビエルも食べていたかもしれません。
天ぷらも元々はポルトガル語のテンペロ=調理する、から来た西洋料理である、と言われています。

さて、故司馬遼太郎氏が言うには、日本の基礎は室町時代に出来たとそうです。今につながる、建築様式・茶道や花道の基礎ができたのがこの時期だからです。また作法もこの時代に原型ができました。

なぜ日本人がお辞儀をするのか、これもこの時代に形が出来上がったようです。鎌倉時代から武士の時代になり、常に刀を携帯してみんなが道を歩くようになり、喧嘩で切りあいになることもあるようになったため、お互いの間合いをつめ(相手の刀が届く位置まで来て)相手から目を伏せて、頭を下げることで「どうぞ首をお切りになるなら、やってください。私はあなたに敵意をもっていません」という意味をもつようになったのが、今のお辞儀の始まりです。お辞儀が深いほど「敬意を表す」のは深いほうが相手に反撃しにくからです。
刀を持たなくなった今でも、日本人は「首を差し出す」のをお辞儀の作法としています。もっとも西洋の握手も「手に武器をもっていないよ」という確認が原型ですから、同じようなものです。だから西洋では利き手ではない左手で握手をするのはよくないとされています。

宗教もそうです。日本人は、正月に神社に行き、教会で結婚式を挙げ、葬式はお寺であげます。キリスト教徒やイスラム教徒だけでなく多くの宗教から見ても特殊であるといえます。これは奈良時代に仏教を国教として輸入したからです。大和朝廷から今の天皇まで、朝廷(いまなら皇居)ではほぼ毎日神々への祈りをささげています。神々というのは、古代の大和朝廷が征服してきた色々な地域の豪族たちの神様(=ほぼ先祖たち)たちのことです。大和は「天皇家を中心に統一国家を作るから、天皇に従ってほしいが、そのかわり各地の神々は国の神々として朝廷でお奉りする」と言って、各地の有力者たちを従えたのです。つまり、朝廷で自分たちの神が奉られるということは、自分たちの子孫は滅ぼされない、ということと同じだからです。

しかし、各地の神々を奉っても「統一国家」の指導をするには具合が悪かったので「国家宗教」としての仏教を取り入れて東大寺や法隆寺などを作ったのです。
しかし、この時代仏教を受け入れたくない人々ももちろん居て、蘇我氏と物部氏の争いが有名でしょう。蘇我氏が嵩仏派で物部氏が神道派、これに翻弄された朝廷の人々が崇峻天皇であり聖徳太子であったわけで、この争いから「大和」「和をもって尊しと為す」という日本独特の「和」の考え方がでてきたといえます。しかし、神様たちと仏様をほっておくと「別の宗教」ですから、また争いがおきかねません。
そのため、知恵のある人たちが「本地垂迹説」というのを作りました。それは、同じ神様が別の地域や民族では違う名前で現れ、本質は同じである、という考え方です。これにより、アマテラスは大日如来、八幡神 = 阿弥陀如来、大国主 = 大黒天のように「同じ神様たちだから、喧嘩しないでね」ということになります。
これが、現代の日本人が神社もお寺もキリスト教だって、そのまま取り入れて拝んでしまう原型だといえます。
キリスト教だって本地垂迹によれば、観音菩薩ぐらいになるのでしょうか。
現代の日本人を含めて、日本人がどんな宗教だって「ありがたい」と感じるようになったそもそもの発端は奈良時代にあるのです。

さて、分かりやすいものばかりでなく、以外?なものにも昔との関連はあります。
たとえば、日本の警察は都道府県単位、消防は市町村単位で設置されているのですが、ご存知でしょうか。これは江戸時代の名残で、警察権は藩がもっていたものを都道府県に、消防は町人街なら町人が、武家屋敷なら武家がそれぞれ担っていたため、現代でも最小の行政単位の市町村が設置することになっているのです。

また、日本は新しい道路などを作るときに、なかなか土地所有者が土地を売ってくれないし、強制収用も難しいです。これも墾田永年私財法という奈良時代にできた法律にルーツがあります。
日本の街は、城壁をもつ都市国家のように、すぐに土地がなくなるというリスクがなく、開墾した土地は自分たちのものだったために、個人の所有権がものすごく強いです。それに対して都市国家のルーツをもつヨーロッパでは都市の土地は公共の用が優先される、という考え方が強く、土地収用も日本に比べればかなりやりやすい、といえます。

日本人が連綿と培ってきた文化やしきたり、考え方や規律というのは、案外目に見えないものです。
しかし、よく調べてみると、そのひとつひとつに理由があり、その理由は古代からの日本のどこかの時点で生まれたものであるといえます。

日本ほど古代からずっとつながったままの国は、ほかにはありませんよ。
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この回答へのお礼

倭も輪も話もうまい具合に和にしてしまうのが日本人ですよね。
しかし墾田永年私財法がまさかそんな風に今に残っているとは思いませんでした、西洋の歴史をみると国は変われども思想などは未だに昔と変わらなく歴史が身近に感じられますが、日本は奈良平安時代と言いますと神話と大して変わらないように遠く感じます。
でもそうやって見てみると短く感じられますね、江戸時代以前も貴族や武士だけの日本史ではないと思わされます。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2015/02/09 18:49

手っ取り早くなら神社やお寺に行ってみる。



行った神社やお寺について調べてみる、ネットでぱぱっとやれる範囲でも、結構いろいろと分かることがあります。

あとは、日本語の由来などを調べてみる。時間かかりますw
日本語がどのような言語で、どのような変移をしてきたか、などなど。知れば知るほど今の言葉とつながっていることが分かると思いますが、思えるようになるのに1年くらいは優にかかると思います。気長に♪
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この回答へのお礼

確かにお寺も神社もあの木で少し薄暗い感じがいいかもしれません。
古文なんかも勉強頑張ってみます。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2015/02/09 18:44

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Q屯倉・部曲等、覚え方

大化前代の政治で
私有地と私有民について

・大王
私有地・・屯倉
私有民・・子代、名代、田部
・豪族
私有地・・田荘
私有民・・部曲

とありますよね
一つ一つの単語は暗記しているのですが
屯倉は、大王なのか、豪族なのか
もしくは私有地なのか私有民なのか
わからなくなってしまいます
これを関連して覚える方法はありませんか?
知っている人がいれば回答をお願いします

Aベストアンサー

こんにちは。
私の場合、大王はコナミ(子代、名代、屯倉の一文字目をそれぞれとって)で、豪族はカタ(部曲、田荘の一文字目をそれぞれとって)といった感じで覚えました。
私有地なのか私有民なのかは、よく部曲あたりが問題にでますが、そこは部民制というものを理解ないし言葉だけでも知っておけば大丈夫だと思います。

参考になったらうれしいです。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%A8%E6%B0%91%E5%88%B6


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