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主人がアルコール性肝硬変の末期と言われてます。しばらくは禁酒していたのですが、少しずつ飲み出し1週間前くらいから焼酎のお湯割りを薄くして飲んでいました。
焼酎を飲み出してから、容態が悪くなり、ここ2〜3日は、トイレに行くのがやっとの状態です。
主治医もアルコール性肝硬変とあって、飲むな!それしかないしかおっしゃいません。肝癌もあるみたいなのですが、肝臓の数値が悪過ぎて、治療は出来ないそうです。
過去に2回、食道静脈瘤が破裂しています。
今日、幻覚見えたかも…と言ってました。
食欲もあまりなく、ヨーグルトとかプリンしか食べません。このような状態でどのくらい持つのでしょうか?
昨年の5月に、余命半年から1年でしょうとは言われているのですが…

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A 回答 (1件)

素人考えですが、概ね医師の言葉どおりではないでしょうか。

一般的に短めに伝えることがあるように聞いていますので、少し伸びるかもしれませんが。
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Q肝硬変末期の父が余命1週間と宣告されました…

よろしくお願いします。

もし出来れば、医療関係の方のアドバイスを求めています


まず、私は匿名ですが、「nao913」です。

質問履歴を公開にしています。

このカテゴリ:「家族」の欄で、何度も投稿しています。


父の病状については、

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7973280.html

を参考にしてください。


さて、一昨日、母が主治医から余命1週間と宣告されました。

尿の量が減っているな、と思っていましたが、

肝硬変末期の上に「腎不全」が来たみたいです……

人工透析が1週間できなければ、どうなるか素人でも解りますね……

今の父に人工透析をしても意味が無いことも素人でも解ります。


そこで、質問なのですが、

父は、肝硬変末期で、3回、腹水を抜いて、

それでも、またお腹も両脚も腫れています。

こんな父が、穏やかに最期を迎えることが出来るでしょうか???

腎不全の最期というのは、どういうものなのでしょうか???


遅れましたが、私は父の長男(42歳)です。

私は父の病院へは、車で25分で行けます。

しかし、弟は東京に居り、関西のK市の、この病院には、

どんなに早くても3~4時間かかります。

父の最期に弟も居させたいと思ってもいます……


どうか、アドバイス、よろしくお願いします。 m(_ _"m)

よろしくお願いします。

もし出来れば、医療関係の方のアドバイスを求めています


まず、私は匿名ですが、「nao913」です。

質問履歴を公開にしています。

このカテゴリ:「家族」の欄で、何度も投稿しています。


父の病状については、

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7973280.html

を参考にしてください。


さて、一昨日、母が主治医から余命1週間と宣告されました。

尿の量が減っているな、と思っていましたが、

肝硬変末期の上に「腎不全」が来たみたいです……

人工透析が1週間できなければ、どうな...続きを読む

Aベストアンサー

お返事読ませて頂きました。NO.6です。

お父様と、まだ会話が出来るのですね!ご家族への感謝、何気ない会話…。へんな言い方かもしれませんが、お父様・ご家族ともに、今の現状を充分分かった上での会話という感じがして、切なく、でも温かい気持ちになりました。
ある意味、それは幸せなことかもしれませんね。最後の時、これほど濃厚な時間を過ごせるご家族はそう多くないかもしれません。
きちんとお別れができて旅立てる方は、そうはいらっしゃらないように思います。
でも、心の準備がお互い出来ているからこそ、お辛い部分もあるでしょうね。

血圧もまだまだ大丈夫、尿もちゃんと出ているようですね。意識もまだ保たれておられるようですし、あとは苦痛の少ないことを心から祈ります。

質問者様も、休める時はしっかり休まれて下さい。お返事は無理なさらないで下さい。

Q肝硬変の行く末…どの位生きられるのでしょうか

親戚の話です。
65歳、男性、肝硬変と診断されて何年も経っています。
先生曰く末期であろうとのことです。
半年前に食道静脈瘤が発見され、入院して硬化療法をしました。
今後は定期的に胃カメラで様子をみるようです。

食道静脈瘤の破裂・出血の心配は、だいぶしなくて良くなっただろうと
思うのですが、
では、このまま行けば、普通の健康体の人と同様に
何十年も生きられるのでしょうか?
(勿論、他の病気にならなかったら…ですが)
それとも、肝硬変がますます進んだ場合に、
肝臓の機能が停止してしまう…とかそう言う心配もあるのでしょうか。

勿論、余命は人それぞれだとは思うのですが、
可能性として、健康体の人と同様に数十年生きられる場合も結構あるのか
それとも持って数年なのか…
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

肝硬変の経過ですが、
(1)肝機能が徐々に低下して肝不全になる。
(2)食道静脈瘤などができて、そこからの出血が起こる。
(3)肝臓がんを併発する。
こういう理由でなくなる方が大部分です。(1)は比較的少ない印象で、(3)、(2)、(1)の順である印象があります。
食道静脈瘤が出来ているとのことですので、完成された肝硬変と考えられます。
10年より長いということは低いと思います。

Q肝硬変と腹水で苦しむ父を見ていられません…

71歳の父です。

もう長くはありません・・・

C型肝炎から肝硬変になり、もう肝不全になって、

今は、入院して、肝臓で処理できないアンモニア等を点滴の薬で処理しており、
アンモニアが身体に回って、肝性脳症(昏睡)になるのを防いでいます。

腹水で、お腹が妊婦さんのようにパンパンに腫れ、両足も腹水で腫れてしまっています。

私は長男で、父の家から車で5分のところに住んでいます。
弟家族は、東京に住んでいて、ここは神戸ですので、新幹線で3時間かかりますが、
父が倒れて入院してから、毎週のように帰って来ています。

父の孫は、私の家族に2人、弟の家族に2人います。


今は、その肝性脳炎・昏睡で倒れた父を、
何とか薬で肝性脳炎になって、意識がなくなってしまうのを止めているだけで、
腹水は、利尿剤等を使ってもなかなか抜けません。
残るのは、お腹に針を刺して腹水を抜くだけですが、
それも、すぐに腹水がたまってしまうそうです。

病院のベッドで起きている時は、腹水のせいで、
「しんどい~、苦しい~、苦しい~」
とばかり言っています。

本当に、苦しいんだと思います・・・

私と母が交代で、毎日、父の看病をしています。

肝性脳炎・昏睡には、5段階のレベルがあるそうで、
私が見る限り、昼間にウトウトと寝る程度で、
5段階の1番目ほどしか当てはまらないと思います。


父は、テレビも見ていますし。

でも、食欲も無く、歩くことも出来なくなりました。

父にとって楽しいことなんて何もありません。

今のところは、私と母で、毎日、父の状態を見て、
肝性脳炎・昏睡が進んでいないか?を確かめるだけです。

父は、2月1日に倒れました。

さすがに、その時は、もう昏睡になって、意識が戻らないかと思って、
私も母や弟と同じように、かなり動揺しました。

でも、3年前から肝臓癌が発症していて、
もともとが肝硬変ですので、1年前から腹水がたまっていたのか、
かなり苦しそうで、「癌」というのが頭にありましたから、
その時から、父の最期を考えてきました。

だから、私の中では、もう、父を看取るように心の準備をしてきました。

母も弟も、そういう覚悟はしています。



しかし、ここからが私の質問になるのですが、

もう後のない父に、今の肝性脳症・昏睡だけを防ぐ治療って、

父が昏睡になるまで?心不全にとかになるまで続けるのでしょうか???

今の総合病院には2月いっぱいまでしか居られず、
3月からは、実家の近くの病院か介護施設に入るしかありません。

母がとても父の介護を出来ないので… 私もそうです…
私たちは、そこで父を看取るつもりです。

でも、「私は」、母や弟と違って、
もう、父は充分に生きてくれたと思いますので、
今の苦しいだけの、治る見込みのない「闘病」生活なんか
父には、意味が無いと思うんです。

まだ主治医の先生に会って詳しく話をしてはいませんが。

そんなに腹水が苦しいなら、まだ昏睡状態の方が良いのではないか?
と思っています。

要するに、今の治療は、ただの「延命治療」に過ぎないと思うのです。

かなり極端な話ですが。


私、個人の話になりますが、
思春期に、父という高い壁があって、かなり父に反抗しました。
大学受験に失敗し、うつ病になって、就職が出来ませんでした。
今は、妻の収入で、「主夫」として生きています。

そういう私に、父は失望したと思います。 親不孝者です。

ですから、毎日、父の病室に足が向かいます。
映画じゃないですが、毎日、短い手紙を父に書いて渡しています。

父に謝って、許して欲しいんです。

私は父の家から車まで5分の所に住んでいるので、
毎週のように、2人の娘を連れて、遊びに行っていました。

ですから、もう過去のことは、父と私の間では「和解」しているかと思います…

それでも、肝性脳症になっている父から、
一言でも、許してくれるような言葉が欲しい・・・

でも、もう父には、闘病生活なんかしなくていい、

今まで本当に私たちのために、頑張って生きてくれたね、
本当にありがとうね。
もう、好きなだけ、好きなお酒を飲んできたんだし、
これ以上、私のために無理をして生きてくれなくてもいいんだよ…

って思うんです。

このように、まだ私の中でも、矛盾していますが、
母と弟は少しでも長く生きて欲しいようで、
私は、今の治療さえ、父には、ただの「苦しい延命」に思えています。

それでも、私個人として、悔いなく父を看取るには、
いま、何をすれば良いのか???

それが分かりません・・・

長くなってすみません。

これを読んで頂いた方には、
ただ感じたことだけでも良いですので、
何か私に言葉をかけてください。

どうか、よろしくお願いします。。。。。

71歳の父です。

もう長くはありません・・・

C型肝炎から肝硬変になり、もう肝不全になって、

今は、入院して、肝臓で処理できないアンモニア等を点滴の薬で処理しており、
アンモニアが身体に回って、肝性脳症(昏睡)になるのを防いでいます。

腹水で、お腹が妊婦さんのようにパンパンに腫れ、両足も腹水で腫れてしまっています。

私は長男で、父の家から車で5分のところに住んでいます。
弟家族は、東京に住んでいて、ここは神戸ですので、新幹線で3時間かかりますが、
父が倒れて入院してから、毎週...続きを読む

Aベストアンサー

心中お察し致します。
私の父もそうでした。
父の場合腹水ではなく、血管から漏れ出た水分が体中にむくみをもたらすものでした。
とても高価な抗生物質を何度か投与しましたが、全く効果がありませんでした。
もはや打つ手がないという状態を前に、私もあなたと同じことを考えてしまいました。
それでも父とは意識の疎通が出来ました。
茶目っ気も残っていて、嫌いな親戚が見舞いに来たら寝たふりをするんだと笑って教えてくれました。
今の自分に出来ることは最後まで父と向き合うことだと思いました。
何も考えずただ父の側にいようと決意したのです。
手足のマッサージはとても気持ちが良いと申しておりました。
お湯に足を浸して温めてやるのも良いようです。
看護師さんに内緒でこっそり味のついた氷をガーゼでくるんで父の口に入れてやったりもしました。
そんな時の父の顔はまるで子供のようでした。
私と二人だけの秘密の思い出を沢山作ってくれた父は、眠るように息を引き取りました。
後悔はありません。

参考になれば幸いです。

Qアルコール性の肝硬変

母がアルコール性の肝硬変と診断されました。重度です。
今肝臓の薬と利尿剤を飲んでいます。これらの薬は一生飲み続ける必要があるのでしょうか。肝硬変はアルコール飲まなくても肝臓に悪いことしなくても徐々に進行する病気なんですか。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

肝硬変は肝臓が死滅する病気です

生きた臓器の死滅の始まった臓器など蘇生方法は存在しません

唯一の治療方法は生体肝移植のみ

肝硬変の3大死亡原因は肝不全、肝臓がん、食道静脈瘤破裂です


で、肝硬変患者の5年後の生存率は50%それを潜り抜けて生きたとしても
6,7年後には肝臓がん 

10年後生存率10%未満、急性腹膜炎引き起こして5年後生存率30%ほど

アルコール摂取続きで5年後生存率30%ほど

生体肝移植で10年後生存率90%、残り10%は感染症で死亡

食道静脈瘤破裂で大量の血を吐きだします

親せきにもいるけど医者からもっても5日と宣告されて

5日で死亡しました


末期では腹水、胸水、むくみ (浮腫,edema)、下腿の点状出血(紫斑,purpura)を認める

Q肝硬変末期の父なのに、その母と息子は疲れるだけか?

度々、書き込んでいます。

家族の看護がいったい、どういうものなのか?分からなくなってきました…


71歳の父は、C型肝炎から肝硬変、肝臓癌となり、

年末から腹水がたまり、足も腫れて、仕事も辞めました。

そして、とうとう

2月1日、肝性脳症で風呂場で倒れ、緊急入院

私と母が交代で毎日、腹水で食欲のない父の食事の世話等で通い始めました。
でも、まだ元気そうに見えました…

2月16日、1回目の腹水を抜き、

2月18日、食道静脈瘤破裂で吐血… 個室に移される…

この日以後、家族、私と母と弟は一変しました。
もちろん父も、素人の誰が見ても、もう末期的にしか見えません

母は病院に泊まり込み、私は母のサポートで1日病院に、
弟は東京から週末ごとに帰省します。 

もちろん父も、素人の誰が見ても、もう末期的にしか見えません。

食道からの吐血なので、固形物は食べられず、
点滴と水だけ…

腹水でお腹がパンパンなので、
水を飲みたがりますが、飲むと腹水を圧迫して苦しみます。

3月2日、とうとう2回目の腹水を抜きました… 体力が落ちることが分かっていて。

腹水を抜いて、私と母に冗談を飛ばすように、よく喋るようになりましたが、
それも3日後ぐらいから、腹水が元の状態にもどり、
昼間でも寝ている時間がかなり長いです。

でも、3時間ほど毎に、「み、水、飲ませてくれ・・・」

と言うので、家族はとても看護師さんだけに任せる訳にはいきません。

母は病院の父の個室で寝て、24時間看護の体勢、
私は息子ですが、うつ病の為、家族の食事を作って、病院に通います。
でも、私にも家庭があるので、19時までには帰宅したいところ。

弟は今週は、大阪に出張もないので、東京に居ます。

私や弟が父に出来ることは、とても母にはかないません。
ただ、母の「サポート」をするしかないんだ、と分かりました。

肝心の父のここ最近は、「小康状態」としか言い表せません。

私が10時から18時までいる間は、
喋ることも少なく、ほとんど寝ていて、

でも突然、「み、水をくれ…」というので、吸い飲みで口に注ぎます。
それしか口に入れるものが無いので、「美味しい美味しい」と言ってくれます…

会話らしい会話も出来ず。

母は、一昨日は風邪で病院に、昨日は髪のカットに行きました。
実家の用事もありますし、祖母の介護施設の手続き等々、することがあり、
父だけに時間を使えないので。
その間、私が父を看ています。
何もしないのに、病院に居るだけで疲れます…

私は、家の車から実家で、実家の車に乗り換えて、病院に行きます。
母は、実家の車しか運転できないと言うので。

昨日の出来事の1つですが、

母がカットから実家の車で病院に帰って来て、駐車場に止めました。
もう18時を過ぎていて、私は焦っていました。母も焦っていました。
携帯に母から連絡があり、駐車場の方に向かいました。
「駐車券はどこ?」
「車の中」
「何階のどの辺りに止めたの?」
「3階の昨日とは違う方」
それで、別れて私は車の方へ、母は病院の方へ、
でも、実家の車のカギの引き渡しを受けていませんでした。
すぐ母の携帯に何度もかけても、出ません。 
何で携帯に気づかないのか!?
とにかく父の部屋に戻っていると思って急いで病院に戻るも居らず、
携帯にでた母は、買い物をしていました…
切れたらいけないと思いつつ、切れそうになりながら、
やっと母からカギを受け貰い、駐車場へ。
「3階に止めてあるからね」と言われたので3階で車を探します。
ありません。 また携帯にかけますが、母はでません!
4階を探してもなく、2階に行って、やっと車を見つけた時に、携帯に母から、
「ごめんね。えらい運動させてしまったね~。」
笑って言っていました。
私も、「2階だったよ」と笑って言うしか出来ませんでした。

夜の、「慣れない車」の運転の前なので、怒ってはいけないいけない。落ち着いてと。

そういう「一こま」でした。

私は帰宅してから、家族と夕食の後、
次の日の夕食を料理して、23時。

もう疲れて寝るだけです。

何か、何というか?
肝心の父を看護しているのか?父は殆ど寝ているだけで、
たまに体を拭いたり、寝返りをするため看護師さんの手伝いをして、
父の横ですることもなく、
でも、自分には自分の家族の生活があって、料理・買い物等で疲れて、
母にも、母の用事が何かとあって、
母の方が、病院の簡易ベッドなので、疲れているはずで…

肝心の父と会話もなく、
母も私も疲れるだけで…

看取るというか、家族の看護って、こんなものなんでしょうか?

長々と書いて、すみません・・・・

度々、書き込んでいます。

家族の看護がいったい、どういうものなのか?分からなくなってきました…


71歳の父は、C型肝炎から肝硬変、肝臓癌となり、

年末から腹水がたまり、足も腫れて、仕事も辞めました。

そして、とうとう

2月1日、肝性脳症で風呂場で倒れ、緊急入院

私と母が交代で毎日、腹水で食欲のない父の食事の世話等で通い始めました。
でも、まだ元気そうに見えました…

2月16日、1回目の腹水を抜き、

2月18日、食道静脈瘤破裂で吐血… 個室に移される…

この日以後、家族、私と母と...続きを読む

Aベストアンサー

41歳です。
10年前、私も実父を肝硬変で亡くしました。

父が入院したときは、緊急だとか危ないとかではなく
「ちょっと数値的に悪くなったので、入院してそのへんを良くしましょう」的な
ことだったのに、入院してだんだん悪くなり、3ヶ月で亡くなってしまいました。

当時父の面倒は母が見ていました。
千葉に住んでいた兄と埼玉に住んでいた私は、週末のみ子どもを連れて
病室にいる母と交代したり、必要な買い物をしたりしていました。

たった3ヶ月でしたが、
兄も私も自宅から実家に帰るのに3時間はかかりましたし
途中二度の危篤状態があり、そのたびに小さい子どもを連れて
狂ったように大急ぎで帰って・・・
実父のことなのに、こんなに死んでほしくないと思っていたのに
疲れて・・・3回目(このとき亡くなりました)のときには
「またか・・・」とまで思うようになってしまいました。
家族の不満も、こちらが大変だというのはわかっていましたから
黙っていたけど、それでも溜まっていたのでしょう、
兄夫婦も、私たち夫婦も一時的に不安定な状態になりました。
それでも実家に帰らないわけにはいかず・・・大変疲弊しました。

亡くなったときは「ほっとした」というのが正直な気持ちです。
亡くなってからはまた葬儀等の準備で忙しくなるので
悲しんでいる暇も、疲れた体を休める暇もなく・・・
火葬場の都合で通夜が二晩あったのですが、泣くことができたのは
その通夜も終えて告別式に入ってからでした。

あなたの質問文、ずっと読んでいました。

私の父も腹水が溜まって苦しんでいましたし、
個室に移され、白い壁だけを見ているうちに
自分の死が近づいてきたのがわかるのか
暴れだして点滴を抜いたり、幽霊が迎えに来たと騒いだりしました。
母は本当に大変だったと思います。

家族の看護というのは、看取るというのは
あなたのおっしゃるとおり「そんなもの」だと思います。
病室で相手の手を取って、静かな最期を迎えられるのは
ほんの一握りなのではないでしょうか。
私の父も、最期はほとんど言いたいことも言えることなく
こん睡状態に陥り、そのまま亡くなってしまいました。
(私は最期に立ち会えませんでした。間に合わなかったのです)

あなたのお父様があとどれくらい生きられるのか
それはわかりません。
恐らく、病室に誰か1人待機しているのは
看護婦さんに迷惑を掛けられないという思いと
いつ最期の時が来るかわからない、最期のときに
1人にしてはいけないという思いがあるからだと思います。
できることなら、一晩だけでもいいですから看護婦さんにお願いして
皆さんで家で休むということはできるといいのですが・・・
もしものときはすぐに連絡をしてもらう、ということで・・・

キツい言葉になってしまいますが、
お父様が亡くなられてからも遺族の方々には
今の家族との生活が待っています。
これから亡くなっていく人のことより、これからも
生きていかなければならない人のことが、生きていかなければならない人の
生活のほうが大切なのです。
それは私の父が病床で言っていたことです。
お父様のことは勿論大切ですが、それでも、
ご自身の体を、生活を大切になさってください。
疲れたら、看護婦さんにお願いして休む。
大丈夫です、看護婦さんはそのへんはわかっていらっしゃいます。
休みたい・・・と思ったら、その心の声を優先して休んでください。

41歳です。
10年前、私も実父を肝硬変で亡くしました。

父が入院したときは、緊急だとか危ないとかではなく
「ちょっと数値的に悪くなったので、入院してそのへんを良くしましょう」的な
ことだったのに、入院してだんだん悪くなり、3ヶ月で亡くなってしまいました。

当時父の面倒は母が見ていました。
千葉に住んでいた兄と埼玉に住んでいた私は、週末のみ子どもを連れて
病室にいる母と交代したり、必要な買い物をしたりしていました。

たった3ヶ月でしたが、
兄も私も自宅から実家に帰るのに3時間はかかりま...続きを読む

Q救急で入院し、アルコール性肝硬変末期で肝臓が機能していないと診断されたようなのですが、どのような覚悟が必要でしょう。

私の兄が、1週間程前に倒れ、入院したと兄嫁から連絡があり、標記の状況です。

兄の家族は、兄嫁、高校生の長男、次男、長女の4人で、子供達がいることで、大変助かっているとは言うものの、大人の相談役があれば心強いということから、私の嫁にヘルプを依頼してきました。 

私達は、米国在住ですので、簡単に行ったり来たりが出来ませんので、それなりの覚悟が必要なのかとも思っています。

医師によると、点滴で数値が良くなるはずのものが、悪くなっている。 と言うことは、肝臓が機能をしていない状態であること。
他の臓器も段々衰弱していくと思われるので、覚悟するようにと言われたようです。 
また、口の中が切れているようで、血が出ているそうです。
見舞いに行くと、時には理解不明ながら、色々と話すようです。

連絡内容が断片的であるために、今ひとつ理解出来ないこともあるのですが、私には、小康状態に思えますが、これは危篤で、一刻をあらそうという状況なのでしょうか。

この状態から、今後ちゃんと会話が出来るような回復を期待することは無理なのでしょうか?

取り敢えず、家内は、来週に発てるよう準備を始めています。

よろしくお願い申し上げます。

私の兄が、1週間程前に倒れ、入院したと兄嫁から連絡があり、標記の状況です。

兄の家族は、兄嫁、高校生の長男、次男、長女の4人で、子供達がいることで、大変助かっているとは言うものの、大人の相談役があれば心強いということから、私の嫁にヘルプを依頼してきました。 

私達は、米国在住ですので、簡単に行ったり来たりが出来ませんので、それなりの覚悟が必要なのかとも思っています。

医師によると、点滴で数値が良くなるはずのものが、悪くなっている。 と言うことは、肝臓が機能をしていない...続きを読む

Aベストアンサー

残念ながら回復は不可能です。
肝硬変末期で肝機能停止状態ではこの先にあるのは「死」です。
今は重篤な危篤状態です。

言葉は悪いですが、「最悪の状態」に備えてください。

Qアルコール中毒者の末期症状

どうしてもアルコールをやめられません。
そこでアルコール中毒の恐ろしさをたくさん綴り、これを読んだらアルコールを辞めようと思えるような小説、もしくはサイトってないですか?
一応メンタルクリニックに通ってシアナマイドやノックビンを貰って飲んだ経験はあるのですが、やめられませんでした。

Aベストアンサー

アル中ですか。大変な事になりましたね。
私の友人も23歳の若さでアル中で亡くなりました。
そんな私は今、アルコール依存症と闘ってます。

人間の臓器の中で一番再生能力が早いのが肝臓です。
その再生能力がアルコールを分解できなくなるまでになると
いずれは肝硬変になるでしょう。
肝硬変は肝癌になる確率が70%と高く、肝細胞がんに至っては
完治する事は無いでしょう。
又、アルコール中毒は覚醒剤と同じで幻覚を見たり
幻聴を聴いたりする事もあります。
自力での断酒はまず無理でしょう。
サイレントキラーの肝臓ですが自覚症状さえ解ればその時点で
押さえる事も出来たのに。
初期症状は両手指の関節に痛みを感じるようになります。
次に電解質、特にカリウム・ナトリウムの減少。血小板の減少。
白血球の減少が見られます。この時点では医者でも気付かないでしょう。
次に毛細血管の膨張による赤面、両手足の紫斑、急激な体重の激減。
体温調整が出来なくなる。めまいに似たフラつき、拒食。
ここで気付いても手遅れと思って下さい。
黄疸が出たらOUTです。肝硬変から癌に変異するか
腎機能に影響を起こし、脳症に至るケースもあります。
又は骨髄で作られる血液が未熟なものしか作れなくなり
その未熟な血液は腎臓で破壊され汎血球減少症を起こし、
立ちくらみや貧血になります。この症状は再生不良性貧血と
よく似ていて医師の判断は更に難しくなります。

もたもたしてると本当に死んじゃうよ!

参考URL:http://www.k4.dion.ne.jp/~care/

アル中ですか。大変な事になりましたね。
私の友人も23歳の若さでアル中で亡くなりました。
そんな私は今、アルコール依存症と闘ってます。

人間の臓器の中で一番再生能力が早いのが肝臓です。
その再生能力がアルコールを分解できなくなるまでになると
いずれは肝硬変になるでしょう。
肝硬変は肝癌になる確率が70%と高く、肝細胞がんに至っては
完治する事は無いでしょう。
又、アルコール中毒は覚醒剤と同じで幻覚を見たり
幻聴を聴いたりする事もあります。
自力での断酒はまず無理でしょう。
...続きを読む

Q慢性アルコール依存症での死

数年前、父親を亡くしました。突然死でした。

朝起きると、吐血した状態ですでに亡くなってました。

何十年もお酒を飲み、亡くなる間際は病院へと母親達が話をしていたのでおそらく、慢性アルコール依存症だったと思われます。

本人の意志で病院へは行かず、最後のほうでは薬局から買ってきた睡眠薬を毎晩飲んでいました。

お酒と睡眠薬の同時摂取です。
死因は、動脈瘤破裂での死亡と判断でした。


もし詳しい方がいらっしゃったらその因果関係を教えて下さい。

Aベストアンサー

はじめまして。
お父様の死因についてのご質問ですが、推察するとすれば、長年アルコールを摂取していると、アルコール性肝機能障害になることがあります(もちろんならない人もいますし、飲む量にもよりますが…)。それをほっておくと更に症状が進みアルコール性肝硬変へ移行します(絶対移行する訳でもありません)。肝硬変になると腹水がたまったり、黄疸が出たり、いろんな事がおきますが、特徴的な合併症に『食道静脈瘤』があります。これが破裂する事もあり(酷い時には仰向けに寝ていて天井まで吹き上げる事もあります)、その場合には生命の危険も充分に考えられます。更に就寝時に眠剤を服用されていたということですので、一般的にアルコールと眠剤は相乗作用がありますので、睡眠が深くなった所で吐血をした場合には知らない内に気管に入り呼吸困難…ということも考えられます。これはあくまでも私見ですし、ご質問には動脈瘤となっていましたので違うかもしれませんが、ご質問を読んで1番疑わしいパターンを記載させていただきました。
お悔やみ申し上げます。

Qアルコール性肝硬変 非代償期の人との結婚について

現在40代前半の彼の事についての質問です。
少し長くなりますが、お付き合いください。

彼がアルコール性肝硬変で集中治療室に入りました
黄疸、少しの腹水、肝脳障害、体重減少、出血傾向、極度の貧血
食道静脈瘤など、すべての症状が当てはまった末期の状態でした。

1週間ほど入院してアルコールのデトックスや
輸血などをして歩ける状態になったので家に帰されました。
(アメリカなのであまり長く入院できない)

その後は、AAに通って禁酒を続け
定期的な血液検査と、食道のバンディングをしています。
筋肉を保つために一緒に歩いたり、
海にいってビタミンDなどの摂取のために日光浴したりしています。
そのせいか、数ヶ月で黄疸や腹水の改善と
やせ細ってガリガリだった体も筋肉がつき普通体系に戻りました。
頭もハッキリしていて、
今は、少しづつ理解のある会社でパートタイムの仕事を始めています。
パッと見た感じでは肝硬変の非代償期とは分からない感じまで回復しました。

お医者さんがおっしゃるには、以前は
肝硬変、特に非代償期になると改善の見込みはないと考えられてきましたが、
最近になって、アルコールが原因であれば禁酒と節制をしていれば
まだ40代なので改善する可能性もあるそうです。

実は私は彼と婚約をしていました。
私は現在27歳でこちらで働いています。
周りにアルコール依存症、肝硬変の方なんていなかったので、
それらの病気について理解しようと、手探りで調べてきました。
結果、彼は私がいると甘えてしまい彼の人生が良くならない事が分かり
今は婚約解消して別々に住み距離をとっています。
お酒を飲んだらいつでも、彼の前から消える事、
ただ、今の用に頑張り続けて、きちんと社会復帰できたら
また、一緒に暮らしましょうと言っています。

正直、この一連の事は言葉では表せない位とても辛かったです。
世間知らずだったので
結婚して家族を作って幸せになれるんだなぁと勝手に思ってました。
目の前でだんだん変わり果てて行く彼に対して
どうしようも出来ない自分を何回も責めました。
周りは、そんな人と一緒になれば絶対に不幸になる
貴方は結婚の大変さをしらない、現実を見なさい。
と言われますが、それが出来たらどれだけ良いかと思います。

結婚して彼の子供を産みたいと言うのが
私の本音です。

ここで、本題に入るのですが
アルコール性肝硬変の方とご結婚された方はいらっしゃいますか?
その場合、今はどんな生活をされていますか?
また、アルコール依存症で肝硬変になったけど
頑張って禁酒を続けておられる方の意見が是非聞きたいです。

よろしくお願いいたします。

現在40代前半の彼の事についての質問です。
少し長くなりますが、お付き合いください。

彼がアルコール性肝硬変で集中治療室に入りました
黄疸、少しの腹水、肝脳障害、体重減少、出血傾向、極度の貧血
食道静脈瘤など、すべての症状が当てはまった末期の状態でした。

1週間ほど入院してアルコールのデトックスや
輸血などをして歩ける状態になったので家に帰されました。
(アメリカなのであまり長く入院できない)

その後は、AAに通って禁酒を続け
定期的な血液検査と、食道のバンディングをしています。
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Aベストアンサー

彼とつきあって、どのくらいになるの?
2年未満だったら、やめれるんじゃない。
そのうちに吹っ切れるよ。

それ以上だとすると、、、乗りかかった船だ。
最後まで面倒見てやれってことになるな。
酒のんでんの知ってて、付き合ってたんでしょ。
エイズで白血病の猫拾ったようなもんだよ。

親戚に一人、アルコール性肝炎から、肝ガン
になったあたりでマロリーワイスで死んだ奴がいるけど、
結局、禁酒しちゃ、再開の繰り返しだったね。

奥さん、毎日ないていたよ。
今は、いろいろ楽しんでいるみたいだけどね。

冷たい言い方で、受け入れられないと思うけど、
私は、あなたのことも、彼のことも、何にも知らないから、
あなたが、私のことをどう思おうと知ったこっちゃないし、、、

だから、あなたたちのことを良く知っている、あなたを大切にしている
人たちの意見を聞きなさい。 家族や友人と、あと、彼の言い分を。

結局、決めるのはあなただし、その結果をすべて刈り取るのもあなた。

まあ、甘い言い方をするなら、一度でも飲んだらすぐ離婚する覚悟と、
決意と実行力があるなら、不幸を覚悟で実質数年間の結婚生活に踏み切るのも、、、
やっぱ、お勧めはできない。

距離をおいて、様子を見ているほうが、あなたにとっても、彼にとっても、
夢のようなぼんやりした時間が長続きするような気がする。

 

彼とつきあって、どのくらいになるの?
2年未満だったら、やめれるんじゃない。
そのうちに吹っ切れるよ。

それ以上だとすると、、、乗りかかった船だ。
最後まで面倒見てやれってことになるな。
酒のんでんの知ってて、付き合ってたんでしょ。
エイズで白血病の猫拾ったようなもんだよ。

親戚に一人、アルコール性肝炎から、肝ガン
になったあたりでマロリーワイスで死んだ奴がいるけど、
結局、禁酒しちゃ、再開の繰り返しだったね。

奥さん、毎日ないていたよ。
今は、いろいろ楽しんでいるみたいだけどね...続きを読む

Qアルコール依存症 肝不全 身寄りなしの今後

困っています。教えてください。

遠方に母方のお祖母さん(要介護)と叔父(56歳)が二人暮らしをしていました。
あまり付き合いはなく、法事で数回会った程度の関係でした。
叔父がアルコール依存症になり、肝不全で緊急入院しました。
入院したという連絡がきて、始めて散々ご近所に迷惑をかけていたこと、
アルコール依存症が原因で仕事を首になったこと、
何度も警察沙汰になっていたことをしりました。
お祖母さんはとりあえずケアマネさんが入所施設を探してくれて
叔父の入院以来、泊まっています。

叔父は、黄疸、腹水、肝性脳症など症状は末期で、
アルコール依存症のせいで脳が萎縮していました。
余命二週間から四週間と言われましたが、
入院から四週間で回復し、血液検査次第では退院の可能性が見えてきました。

しかし、実際には目を離せば、薬は飲まない、酒を飲むことばかり考えており、
アルコール依存症特有の怒鳴り散らすような状態です。
腹水もまだひどく、一人で歩くのがやっとの状態。
とても一人暮らしをできる状態ではありません。

一番血縁関係の近いのは、甥っ子にあたる私たち夫婦なのですが、
遠方なのもあり、すぐ駆けつけるのも不可能ですし、
小さなこどももおり、共働きでとても家に連れてくるのはムリです。
正直、自分たちの生活だけでいっぱいなんです。

大学病院のため、ずっとは入院していられないのは理解できます。
アルコール依存症を治す病院では、このような末期患者は受け入れてもらえるのでしょうか。
おそらく肝臓も治ることはなく、慢性的に病を抱えることになると思います。
アルコール依存専門病院以外で、叔父が入れるような施設はないでしょうか。
また、私たちがいましておかなくてはいけないことは何でしょうか。
叔父の介護保険申請をすべきでしょうか。

どのようなところを当たればいいのかすら検討が付きません。
誰に相談していいのかもわかりません。
いろいろな手段があるのであれば、なんとか探したいと思っています。
どうか詳しい方、教えてください。困っています。

困っています。教えてください。

遠方に母方のお祖母さん(要介護)と叔父(56歳)が二人暮らしをしていました。
あまり付き合いはなく、法事で数回会った程度の関係でした。
叔父がアルコール依存症になり、肝不全で緊急入院しました。
入院したという連絡がきて、始めて散々ご近所に迷惑をかけていたこと、
アルコール依存症が原因で仕事を首になったこと、
何度も警察沙汰になっていたことをしりました。
お祖母さんはとりあえずケアマネさんが入所施設を探してくれて
叔父の入院以来、泊まっています。

叔父...続きを読む

Aベストアンサー

後ろの家に住んでいた男性はアルコール依存症で、常に酔っていました。
10年間でしらふのときは3回ぐらいしか無かったように思います。
朝食は、缶ビールと果物。
昼食は、酎ハイと果物。
夕食は、清酒と果物。・・・と云う具合で、カロリーは常に酒から摂取していました。
ただ、果物が好きだったので栄養のバランスは、あまり悪くなかったようですが、
今年の2月29日、大雪の日に凍死してしまいました。
灯油ストーブのタンクには灯油が沢山入っていたので、「火の点け忘れだろう」ということになりました。
凍死するぐらい寒いなら火を点け忘れることなんて無いだろうと思うのですが恐いですね。

5・6年前に斜め後ろの貸家に52歳の男の人が単身で引っ越してきましたが、
この人は「カラスは悪魔の遣いですから排除しないとなりません」とか
「釘にも魂が有るので古釘は墓を作って供養しないとなりません」などと訳の分からぬことばかり言っていました。
そして実際に「釘のお墓」というものを作って毎日線香をあげて手を合わせていました。
そして2週間後、突然奥さんと息子さんが来て連れて帰りました。
話に聞くと、アル中専門病院(鉄格子や看守付き)から脱走してきたのだそうです。
恐いですね。
凶暴性は無かったのですが、言動におかしな点ばかり有り、精神病を併発していたようです。

こういう人なら、「措置入院」が出来ると思います。
「措置入院」にも3種類ぐらい有ると思いました。検索して調べてみると良いでしょう。
貴方の叔父さんも措置入院が適当でしょう。
病院には違いないのですが、アル中患者の隔離施設に入れられると思います。
言う事を聞かない人や暴れる人は、普通の病院に入れたとしても、すぐに強制退院になってしまいますから隔離施設のほうが良いと思います。

「アルコール中毒 施設」で検索すると少しだけ情報が見つかりますが、残念ながら私の知り合いの「ほげさん」の施設は見つかりませんでした。
「ほげさん」の施設は、まるで刑務所のように、(廊下にも)鉄格子がはまっていて、看護士というより看守という感じの屈強な男が数人居て、暴れる患者は取り押さえるという感じでした。
「ほげさん」は将来に絶望して自殺を図ったのですが、施設のほうも患者の自殺防止にはかなり力を入れていて、何回も見つかって阻止されてしまいました。
貴方の叔父さんは、近所の人を何人も刺し殺してしまった・・などとならないうちに施設に入れたほうが良いと思いますよ。
他には知らないのですが、こんなところが少しは参考になるかもしれません。
・久里浜医療センター
http://www.kurihama-med.jp/

後ろの家に住んでいた男性はアルコール依存症で、常に酔っていました。
10年間でしらふのときは3回ぐらいしか無かったように思います。
朝食は、缶ビールと果物。
昼食は、酎ハイと果物。
夕食は、清酒と果物。・・・と云う具合で、カロリーは常に酒から摂取していました。
ただ、果物が好きだったので栄養のバランスは、あまり悪くなかったようですが、
今年の2月29日、大雪の日に凍死してしまいました。
灯油ストーブのタンクには灯油が沢山入っていたので、「火の点け忘れだろう」ということになりました。
凍...続きを読む


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