プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

この記事を読んで、強い衝撃を受けました。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150311-00000 …

私は幸い、震災の影響も殆ど無く暮らせた地域に住んでいましたので、その苦しみを想像することしかできませんが、月並みですが、辛いとか苦しいとか悲しいという言葉でしか表現できません。
この方に正しいとか、批判とか何も判断する権利も基準も私は持ち合わせていなく、ただありのままを受け入れるだけでなのですが…

ただ、問題なのは私がアスペルガー症候群だということです。
いくらか勉強をしていくうちに、私は共感によく似た手順を踏んで物事を感じ取れるらしいこと。ただ、それは何処まで推し進めても、よくできた偽物にしかならず、定常の方が感じる共感とは全く違うものしか吐き出さない仕組みらしいと知りました。

普通の方はこの記事を読んで、いったいどう思うのでしょうか?
きっと私の偽物よりも、ずっと高尚で素晴らしい共感をされることと思います。
ソレを私に教えてください。
こんな悲惨な悲劇に、定常の方は、どんな気持ちを抱かれるのでしょうか?

ちなみに、私は自分が同じ立場に立たされたらどんな行動を取るかわかりません。いつものスタンスなら、この方と同じように自分が助かる道を選ぶといいます。でも、この状況で妻や子供が同じようになっていたら…
そう考えるだけで怖気がします。
でも、これも偽物の共感であり思考なんですよね。

乱文、申し訳ありませんが、記事を読んで思うところを、教えて頂ければ幸いです。

A 回答 (2件)

私自身、テレビで「一部」のスピーチを聞いただけだったのですが、リンクで全文を見た時と以前では、少し印象が変わってきました。



彼女は多分「耐え続けて」いるんでしょうね。
親を助けられなかったということも勿論ですけど…想像するに、あの時に「それしか出来なかったはず」だった(今よりも子供だったのだから当然だと思います)彼女が、今でもその時の行動を悔やみ続けることで、むしろその時の記憶が「消えていかないこと」を恐れています。

私自身、震災の一年半後に現地に向かい、その生活を見てきました。
彼女の「沢山の人々の笑顔」というものも、実感として理解もしているつもりです。
しかし、人は皆、笑顔の裏に「笑顔になれない自分」というものを持っています。
震災の経験者でなくても、それは同じことです。
みな、密かに、どこかで頑張り続けているのです。
しかしそれは逆を言えば「どこかで我慢を強いられている」ことでもある。
震災の被害を被った「被害者」である上に、しかも「そのことを自分たちだけで乗り越える」ことなど、絶対に出来ないはずなのです。

人は必ず、誰かの支えが必要です。
震災被害に限った話ではなく、日常生活のそこかしこで、その必要性を感じているはずです。
彼女には、なによりも「そのこと」を伝えたい。
自分自身を傷つけるようにして、生きていって欲しくない。
だからこそ、どこかで「諦め」を知ってほしいのです。
消えた命は戻ることがない…その通りです。
人には、出来ないことが数多くあり、また、出来る事があったにせよ、その時々においてそれが発揮できるとも限らない。
…出来なかったことは「出来なかったこと」として、自分の中で眠らせてあげたいのです。
そうでないと、彼女は安らげない…そう思います。

話は変わりますが「アスペルガー症候群」と言われている症状は単一なものではありません。
精神疾患の分野は、まだまだ歴史が浅く、アスペルガーの定義そのものも未確定な部分が多いのです。
知的(IQ)に高度であり、なおかつ、自閉傾向がある場合を「アスペルガー症候群」として「ひとまとめ」にしてある、ということです。
乱暴な言い方ですけど、そんな感じだと思ってください。

あなたが「感じていること」は、あなたにとってはそれで良いわけです。
ただ、他人とのコミュニケーションの中で齟齬が出やすい、というのは確かですが、それは致し方がないことです。
たとえ、あなたが得た「結論」が、イミテーションだったとしても、それは受け入れる側…あなたが会話する相手側が「どう認識するか」で、互いの間の関係性は、いかようにもなっていくのだ、ということを忘れないで下さい。

確かに、今の世の中はいつも慌ただしいし、権利権利!と叫ぶような拙速な人も増えていて、腰が座らないような嫌な世の中ではあります。
そういった意味で、辛いことも多々あるとは思いますけど…あまり自分を卑下しても何も得るものはありません。
わからない、通じない、ということは「ある」わけですが、時間をかけることで、いつか理解できる時もある、という心がけで行けばいいと思います。

本物か、偽物か、ということには、大きな意味は無いのです。
大事なのは、自分という存在が何なのか?ということを、実感や経験、他人の「優しさ」から得ることです。
責める言葉には「真実」は無いのです。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
参考にさせていただきます。

お礼日時:2015/03/13 07:20

「ただありのままを受け入れるだけでなのですが」


→それでいいと思います。
私は震災の中にいましたが、海までは距離があったので津波は来ませんでした。
私が小学校の頃に夏休みで遊びに行った母の実家は東松島市でした。
実家から1時間ほど歩いて海水浴場に行ったのですが、今回の津波は実家の屋根まで来たようです。
家や車に混じって人も流されて来たようです。
今までの日本で一度に2万人も亡くなるようなことは初めてでしょう。
それはそれは物凄いことですね。
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この回答へのお礼

>「ただありのままを受け入れるだけでなのですが」
→それでいいと思います。

そうしたいとおもいます。
ありがとうございました。

お礼日時:2015/03/13 07:19

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