痔になりやすい生活習慣とは?

母が亡くなりました。
2年半前に父が急死して、まるで後を追うように逝きました。
父は昔から横暴で母にも暴力を振るったり人の借金の保証人になって億を超える借金を抱えてその分母まで身を粉にして働いたり、苦労した上に癌で人生を楽しむ間もなく死んでしまいました。
母は欲のない人だったのでほとんど何も遺してはあませんが、カロートペンダント(遺骨ペンダント)というものがあると知ってせめてそれを母と思って、身につけて母と一緒に生きていきたいと思ったのですが、周りから
「落としたりなくしたりしたらどうするんだ。遺骨が粗末になるじゃないか」
と言われています。

実際にカロートペンダントを作った方はいらっしゃいますか。
また、遺骨を身につけるということについてどう思いますか。
ご意見や体験談をお願いします。

A 回答 (6件)

遺骨を食べたという話がよくあります。


言い触らすのでもなければ、遺骨を身に着ける事についてはどうも思いませんが

カロートペンダントは大抵、ステンレスのカプセル状で
ネジで締めるようになっているものですが
身に着けていたら人間が動くので段々骨が粉々になり、
ネジ部分から少しずつこぼれていって
いつか中身が空になるそうです。
ネジ部分にゴム等がはめてあるものもありますが、劣化するので同じ事になるそうです。

身を粉にして働いていらしたとのこと、骨まで粉になるのはいかがなものか。
安置をお勧めします。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
葬儀屋さんに相談した時は「収骨までに考えてください」と言われたのですが収骨の時までに考えがまとまらず、骨壺に収めてしまうと、そこからお骨を取り出すのは墓を暴くみたいで嫌だったので止めました。
おっしゃるように骨がこぼれてしまったら大変ですし…
その代り骨壺を母の好きな桜の花の絵が描いてあるものにしました。

お礼日時:2015/03/23 10:55

親の遺骨をペンダントに・・・・・・。

ちょっとびっくりするかなぁと思いますが、人それぞれ考え方も違えば、故人に対する思いも違うので、そういうのを身につけている人がいたとして、別に何とも思いません。ただ、ひとには黙っていたほうがいいでしょうね。そういえば、犬や猫(ペット)でそんなのがあるような事を見聞きしたような気がします。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
以前猫が死んだときに火葬場で見た気がします。
他人には気持ち悪いでしょうね…

お礼日時:2015/03/23 10:53

遺骨をずっと持ち歩いているのはちょっと・・・・考えてしまいます



お母様を大切に思っていられることは素晴らしいことですが、それは遺骨をペンダントにしなくてもできることではありませんか?
海外ではそうする方も多くいるようですが、日本ではどうでしょう??

お母様が気に入っていた服でお守り袋を作るなどでも良いと思いますよ
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
母が長年使っていた布団がいろいろあって汚れて捨てなければならなくなったので、そのきれいな部分を切り取ってお守り袋を作ることにします。

お礼日時:2015/03/23 10:56

遺骨をちゃんとお墓におさめないと、成仏できないと聞きます。


自分の骨が家にあったり、ペンダントの中にあったりすると「迷う」といいます。
ほかの回答者様がおっしゃるように、お骨は全部お墓に入れて、仏壇に写真を置いておまいりするといいと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
成仏できないという話は初めて聞きました。そうなんですね。

お礼日時:2015/03/23 11:02

貴女は、独身の方ですか?



もし、彼氏と付き合うようになった時、

貴女が遺骨ペンダントを首からさげていたら、

正直、気味が悪くて貴女とお付き合いしたい、、、とは

思わないでしょう。

ペンダントにするより、遺影を飾られてお母さんを

偲ばれた方がいいとおもいます。

お母さんのことを偲ばれることはいい事だとは思いますが、

執着し過ぎても、仏になられたお母さんは戸惑われると

思いますよ。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
独身で恋人もいないのでそこまで考えてはいませんでした(もう結構な歳で結婚なども諦めているので)
恋人でなくても気持ち悪いかもしれませんね。

お礼日時:2015/03/23 11:03

名前初めて知りました、


そういうものがあるということだけは何となく耳に、

貴女のお気持ち少しは理解できるように思いますが、
そこまで執着を持つ必要は無いでしょう、

非常に失礼な言い方をします、
貴女には思い入れ一杯でも他人には唯の物です、

貴女が身に付けてることを知った人は確実に奇異な目で見ます、一応は賛同しますが、

矢張り遺骨は静かに安置でしょ、

手近に置いておきたいのであれば、それで十分に繋がってられるのでは?、

これから余計な事を書きます、
先般の津波災害のように、或いは火災に遭った時などは、
絶対に心惹かれないで下さい、

間違っても取りに戻ったりしないように、
どんなに大切な物でも、

肝に銘じて下さい、踏ん切りをつけて下さい、

誰も喜びませんよ。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
やはり万一の時に粗末になってはいけないので止めました。
その代り母のイニシャルを刻んだペンダントを買いました。それを母の代わりにしようと思います。

お礼日時:2015/03/23 11:04

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Q【再掲】ペットの遺骨を加工してリングやペンダントを作った方はいますか?

以前掲載させていただいたのですが、たくさんの方の情報が欲しいので、再度掲載させていただきました。

遺骨を加工してリングやペンダントが作れることを知りました。ネットで検索すると、たくさんの業者があるので、
どこで頼めば良いのか迷っています。実際に作った方はいらっしゃいますか?どの業者で作ったか、どんなもの
にしたか、など聞かせて下さい。また、評判の良い業者・要注意業者があれば教えて下さい。
なるべく自分の手で遺骨を業者に渡したいので、東京近辺に良い業者がいればうれしいのですが・・・
いろいろな情報をお待ちしております。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

私が利用したサイトを記します。

http://www.rakuten.co.jp/e-mirai/
こちらで遺骨をペンダントに入れられるものをみつけ
(動物用というわけではありませんが)、
毎日身につけております。
ネットショップで問題なく取引はできましたが、注意点が
あるとすれば、ペンダントの中に自分で骨を入れる、ということ
くらいでしょうか。

http://kizunaya.jp/memory/
こちらは毛や骨などを加工してアクセサリーにしてくれる
ところです。私は残っていた爪を指輪にしました。
ただ場所が京都ですので(私は東京都在住)、
正直不安はありましたが、「お近くにお住まいの方は見学も可」と
いうようなことが記載してあったので信じることにしました。
メールで何度かやりとりをしましたが、お話もよく聞いて(読んで?)
くださいましたし、問題なくお取引もできましたので
私は信用しておりますが。。。

ご参考になれば幸いです。

Q愛犬の遺骨、一部だけ分骨してもいいのでしょうか。

2/11に愛犬をなくしました。
本当に辛くて涙が止まりません。
一昨日、火葬しました。遺骨は自宅に四十九日までは置いておくつもりです。

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ペンダントや小瓶に入れたりしてずっと持っていたいのですが、
それはいけないことなのでしょうか。

一番に願うのは、愛犬が、虹の橋で幸せな時間を過ごすことです。

遺骨の一部を離してしまうと、虹の橋へは行けないとか、生まれ変われないとか、そのような意見もあるようなので、どうかご意見をお聞かせください。賛否両論で、踏み切れないままでいます。

自分の気持ちの持ち方、だと思います。でも、万が一、もしも私の身勝手な行動で、愛犬が、虹の橋へ行けないことになったら・・と思うと、考えてしまいます。

生前とても苦しんだ日々を送った可哀想な愛犬の為、どうしても、成仏して、そして幸せな日々を送ってほしいのです。

回答をお願い致します。

Aベストアンサー

私も約1年前にfuyukaxxxさんと同じく・・・涙、涙の辛い思いをしました。13年間、一緒に暮らしてきた愛犬を亡くしました。私の愛犬も火葬して、灰となってしまいました・・・・私は、あの時この灰を少しでも瓶に詰め、家に持って帰って・・これからも、ずーっと愛犬の側に居たい!!離れたくない・・・と思っていました。
けど、前に江原さんの番組で、愛犬(動物・人間も同じらしいです)が亡くなった後・・・・ずっと愛犬の事を思い込んだり、思い出の品など、遺骨はもちろんの事・・・・側に置いて置くものではないと・・・


何時までも思い込んでいたり、思い出の品を持っていたりすると、成仏できないと・・・何時までたっても天国へ行けず、この世を、彷徨い続けると聞きました。うちの叔母も同じ事を私に、そう言いました。なので私は、灰はもちろん・・・お墓の中へ納めました。しかし、家の中には沢山の思い出の品が(さすがに捨てる事は出来ません!!)・・・
思い出の品を見ると今でも涙が溢れてきます。なので、目につかぬ場所へ直し込んでいます。人間も動物もそうですが・・・亡くなる時はとても、辛いですよね・・・・一生、愛犬の事を忘れる事はないと思いますが、時がfuyukaxxxさんの気持ちを和らいでくれると思いますよ。とても辛い判断ですが、愛犬が成仏する為にも、四十九日、過ぎたら全て(犬歯2本と爪を数本、骨壷に入れて)愛犬の遺骨を納めた方が良いのでは?と、私は思っています。愛犬が天国へ行けず、この世で彷徨うほど苦しいものはありませんよ?愛犬を一日でも早く、天国へ連れて行ってあげてはどうですか?亡くなられたばかりなので、今はすごく辛いのは私にも、よく分かります。1週間~10日間ぐらい、愛犬と一緒に過ごしてみては?少し気持ちが落ち着いた所で全ての遺骨を納めに連れて行ってあげて下さい。きっとそれからは、fuyukaxxxさんの愛犬も
天国へ・・そして天国からfuyukaxxxさんを何時までも見守ってくれていると思いますよ。私も自分の愛犬が見守ってくれてると、そ~毎日、思って過ごしています!!今が一番、辛いですが・・・愛犬の為にも
笑顔を見せてあげてくださいね!!涙を見せちゃうと、愛犬も辛く天国へいけませんよ・・・fuyukaxxxさん、頑張って元気を出してくださいね。

私も約1年前にfuyukaxxxさんと同じく・・・涙、涙の辛い思いをしました。13年間、一緒に暮らしてきた愛犬を亡くしました。私の愛犬も火葬して、灰となってしまいました・・・・私は、あの時この灰を少しでも瓶に詰め、家に持って帰って・・これからも、ずーっと愛犬の側に居たい!!離れたくない・・・と思っていました。
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Q「死んだら無」ではないかもしれないエピソードを・・

母の死からもうすぐ100日になります。
母が亡くなった後、ヘルパーさんから不思議な話を聞きました。

ヘルパーさんのお母様が亡くなった後、百箇日位まで親戚の霊感がある人から、ちょくちょく電話がかかってきてお母様からのメッセージを伝えてきたそうです。
それは、ヘルパーさんの家の中の事で、遠くに住む親戚の人は知らないはず事ばかりでびっくりしました。
百箇日が近づくと、親戚の人に見えるお母様の姿もだんだん薄くなり、メッセージも減ってきたようです。
私の母と同じ病気で亡くなった方だったのですが、亡くなってすぐの様子は 入院中に出来なかった色々な事をして結構気楽にやってるよという話だったので、死んでも無ではないんだなぁ、母も病気から解放されて楽になったかな、ということが私の支えでした。

ホーキング博士の「死後の世界はない」という発言がちょっと淋しくて、でも博士もまだ生きているわけだしと思うのですが、
「無ではないかもよ」というエピソードを聞かせて頂いたら嬉しいです。

今回は、死後の世界があるかないかではなく、(生きている人にはわからないのだから)
「無ではないかも」限定でお願いします。

百箇日過ぎたら、より前向きに生きて行きますのでよろしくお願いいたします。

母の死からもうすぐ100日になります。
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うちのじいちゃんが死んだ時。。。

霊感の強い従兄の子が、葬式で「あそこにじいさんいるよ」と言っていた。
自分は霊とか信じないタイプだから「ふ~ん」って流していたけど、その従兄の子は、葬式までうちに来た事がなかったんだよね。

んで、じいちゃんが生前、部屋の出入りに使っていた窓があったんだけど、そこから出入りしているよ~と従兄が教えてくれたのには驚いたよ。

そこの窓から出入りしているのを知っているのは、うちの家族だけ。。。
どう見ても、通常は出入りに使うような窓ではないから、従兄が知る訳ないんだよね。
「マジで。。。?」と思ったけど、それを聞いたうちの父ちゃんは「そうか、じいさんが歩いているか。。。」と嬉しそうにしていたよ。

うちのじいちゃん、死ぬ時はもう歩けなかったからね。
死んでから、膝の痛みも無く、歩けるようになったんだな~と思ったな。

怖い幽霊とかは見たくはないけど、家族とか「もう一度会いたい」と言う人であれば、幽霊でもいいから会いたいと思うよね。

Q★遺骨を砕骨し、ペンダントに収めたい・・・

先日、父の「分骨」について質問させて頂きました。
頂いたアドバイスも含め、その後もネットにて様々な情報を調べております。
改めて、今や葬儀の方法1つをとっても、実に多種多様であると実感すらしています。

皆様の中で、遺骨をペンダントなどに入れていらっしゃる方はいますか?
というのも、某サイトでこのようなメモリアルペンダントの存在を知り、例え「分骨」は無理でも、せめて父の形見(?)である遺骨の一部を肌身離さず持っていられる方法があるのなら・・・。と関心を持ちました。

小さなペンダント内に収める遺骨の量はしれてはいますが、その場合、遺骨を「砕骨」しなければなりません。
まだお墓はありませんので、当分は実家に遺骨はあります。
しかし、果たして骨壺の中から勝手に必要量の遺骨を取り出し、その上、自分の手で砕骨してしまっても良いものかどうか・・・。

やはりお寺さん同席の上・・・の方が良いのでしょうか?

一時の感情ではなく、心から尊敬し大好きだった父ですので、真剣に思い悩んでおります。

経験者の方、いらっしゃいましたら教えて頂きたいです。

先日、父の「分骨」について質問させて頂きました。
頂いたアドバイスも含め、その後もネットにて様々な情報を調べております。
改めて、今や葬儀の方法1つをとっても、実に多種多様であると実感すらしています。

皆様の中で、遺骨をペンダントなどに入れていらっしゃる方はいますか?
というのも、某サイトでこのようなメモリアルペンダントの存在を知り、例え「分骨」は無理でも、せめて父の形見(?)である遺骨の一部を肌身離さず持っていられる方法があるのなら・・・。と関心を持ちました。

小さ...続きを読む

Aベストアンサー

ペンダントでは
ないですが親しい人の遺骨を
一時期ケースに入れて
持ち歩いていました
離れたくない気持ちが
強かったので。
でも今はもう持ち歩いてません
理由はもしももしも
持ち歩いている遺骨を
紛失してしまったら
きっといくら後悔しても
後悔しきれない心情に
陥ってしまうのではと
気付いたからです。
ご遺骨を持ち歩かれるのは
十分熟慮の上お決めください。

Q母の死をどう乗り越えたらいいのか分かりません

母の死をどう乗り越えたらいいのか分かりません
 今年の4月に母を癌で亡くしました。62歳でした。若い時から“百五十歳ぐらいまで生きるんじゃないか?”とみんなに言われるほど元気な人でした。フルタイムの仕事を定年退職してからも、地域のボランティアで広報誌を作り、“若い頃の夢だった新聞記者に一歩近づけた”と、60歳を過ぎてからワードやエクセルを自由に操れるまでに覚え、あちこち取材に行っては記事を書き、楽しそうにしていたのに、去年の2月に末期寸前の卵巣癌と診断されてしまいました。

 それでも、手術を受け、半年間の抗がん剤治療をし、去年の年末には腫瘍マーカーの値も下がり、快方に向かっていた…はずだったのに、年明けに早くも癌が再発。その後は、脳梗塞・脳内出血・てんかんなどを立て続けに併発して抗がん剤治療ができなくなり、あれよあれよと言う間に逝ってしまいました。

 母とは大親友以上の仲だったので、亡くなった当初は天地がひっくり返るような感じだったけど、四十九日を終えて、少し落ち着いたつもりでした。でも、三ヵ月半たった今、なんとも言えない虚無感でいっぱいです。

 母はきっとどこかで見ていてくれるから、前向きに生きていかなければいけない。…とか、
 私が悲しんでばかりいたら、きっと母も辛いだろうな。…とか、
 40年間ほとんど我慢するだけだった結婚生活を送った母だから、きっと今ごろ若くして亡くした最愛の両親と、天国で平和に暮らしてるんだろうな。…とか、
 常に人への感謝の気持ちを忘れずに、いつも回りの人を笑顔にしていた母の心を受け継いでいかなければいけない。…とか、
 そんな心を、自分の子供にも引き継いでいかなきゃいけない。…とか、
 まだ3歳の子供の前で、しょっちゅう泣いているのはきっと良くないんだろうな、…とか、
 いつか母にもう一度会えた時に恥ずかしくないような生き方をしていくしかないかな、…とか、
 きっと時間にしか解決できないことなのかな、とか。

 頭ではいろいろ考えるのですが…。 

 飛行機と電車を乗り継いで6時間かかる実家に、職場にこれ以上ないくらい無理を言っては、しょっちゅう長期で帰って、してあげられるだけのことはしたつもりだし、最期にも間に合ったから、後悔はあまりしていないつもりです。だからか、亡くなる前や亡くなった直後の方が、悲しみは深いながらも上に書いたような前向きな悟り、みたいなものを心から感じていました。でも、ここに来て、なんだか時間が止まってしまったような感覚に陥ってしまっています。

 長い文章を読ませてしまい申し訳ないですが、皆さんはどうやって身近な人の死を乗り越えられましたか?乗り越える手助けになった本なども、もしあれば教えていただけませんか? 

母の死をどう乗り越えたらいいのか分かりません
 今年の4月に母を癌で亡くしました。62歳でした。若い時から“百五十歳ぐらいまで生きるんじゃないか?”とみんなに言われるほど元気な人でした。フルタイムの仕事を定年退職してからも、地域のボランティアで広報誌を作り、“若い頃の夢だった新聞記者に一歩近づけた”と、60歳を過ぎてからワードやエクセルを自由に操れるまでに覚え、あちこち取材に行っては記事を書き、楽しそうにしていたのに、去年の2月に末期寸前の卵巣癌と診断されてしまいました。

 それでも...続きを読む

Aベストアンサー

私は同居の祖父母の死を経験しました。
両親よりも接する時間が長かったので,存在も大きかったです。
年相応で,ある程度予想はできており,質問者さんほどの衝撃ではありませんでした。
しかし,

>母とは大親友以上の仲だったので
という部分,私が祖父に対して持っていたのと似ているようにも思えるので,お答えになるかどうか分かりませんが,ご参考になればと思い書いてみます。
私の場合は,親友というよりも,耐え難い日本の不条理に対する戦友のような感じでした。

私は祖父譲りの徹底的な無信仰です。
なので天国で~,といった感傷はありません。
でも,「生きていたらどう言うだろうか」というシミュレーションはします。
祖父はとくに
「死亡通知は出さない。形式ばかりのお悔やみをもらっても意味がない。知人から連絡があったときに,こういう事情で亡くなりましたが故人の意思によりご連絡しませんでした,と返信せよ」
と,若い世代でもなかなかできない思い切ったことを遺言しました。
「死者は生者を惑わすべからず」が信念でした。

また,私自身は非婚男性で,おそらくこのままだと思いますが,「先祖代々」といったつながりは重視していません。
よく言われる「たくさんの人が先祖にいてあなたがいる」というのも信用していません。

霊感商法が問題になったときに,祖父の言った言葉が強烈な記憶になっています。
「先祖が苦しんでいるから供養がどうのなんていうが,子孫を苦しめるようなことをするはずがない」
私はさらに拡張して,子孫を苦しめるような祖先はいなくても結構だ,と言っております。

でも,これだけ極端に過激な考えを持ってる私でも,純粋に今でも「かっこいいなあ」と思います。
現代の若い世代でもこんなこと言えるのは何人いるんだ?と,身内贔屓ながら思ってしまいます。

死後の世界を否定しても,受けた教育や影響,話してくれた体験談や直接見聞きした記憶というものはちゃんと残ります。
長所も短所も個人の記憶として残っています。
自分のDNAは残せなくても,こういう考えをした人がいる,という話は伝えられます。
教育は誰も奪うことのできない財産であり,絶対に消えないものだと信じています。
残っているのは過去の出来事であっても,そこから新たな法則性や価値基準は抜き出せると思います。

視点を,ちょっとだけ亡くなったお母様から外してみませんか。
~してはいけない,~しなくてはいけない,と考えるのはどんな場合にもつらいです。
お母様は,あなたをここまで育てあげたんだから,あなたは何をするにも自分の考えと都合に素直に従っていいと思います。
泣きたいなら泣いていいでしょう。そこで泣けるように育ててくれたんですから。
お母様がどう思うかと意識が集中しすぎるとつらいと思います。
親がどう思うかで動くのは,言い方は悪いですが,ある種子どもの考え方ですよね。「怒られるからしない」と同じような。
でも,一個人として成長すれば,誰が何と言おうと私は嬉しい,何と思われようと私は悲しい,といえるようになります。
それで必要かつ十分です。
いま,質問者さんはどうしても亡くなったお母様に視点を合わせてしまうために,どう思うだろうか・これではいけない,と自分を抑えつけてしまうのではと思います。
自分を信じてあげてください。自分を大事にしてあげてください。
ときに自信がなくなったら,「お母さんが私には合格出してくれたんだから私はこれでいい!」と考えてはいかがでしょうか。
ご参考になれば幸いです。

私は同居の祖父母の死を経験しました。
両親よりも接する時間が長かったので,存在も大きかったです。
年相応で,ある程度予想はできており,質問者さんほどの衝撃ではありませんでした。
しかし,

>母とは大親友以上の仲だったので
という部分,私が祖父に対して持っていたのと似ているようにも思えるので,お答えになるかどうか分かりませんが,ご参考になればと思い書いてみます。
私の場合は,親友というよりも,耐え難い日本の不条理に対する戦友のような感じでした。

私は祖父譲りの徹底的な無信仰です。
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Q親がある日突然死んだショックを引きずっています

去年母を亡くしました。父はすでに死んでいるので私は一人暮らしになりました。
ある日突然死んだので、心の準備ができておらず、今でもつらいです。

母が入退院を繰り返すなどしてたら心の準備もでき、母の死を受け入れられ、悲しみや寂しさも時間とともにやわらいでくると思います。突然死だったから辛いのです。それまでふつうに暮らしてたのに
ある日突然倒れ、そのまま死んでしまいました。70代でした。

私は独身男性ですので「お嫁さんをさがしたら?」と言う人もいますが、そう簡単に結婚相手が見つかるものではありません。

今でも時々母を亡くした悲しみや寂しさに襲われ、胸が締め付けられるような辛さを感じたり、うつ状態になることもあり病院で相談して薬を出してもらっていますが、それでもどうしようもない辛さに襲われることがあります。

「予測できる死」と「突然死」では同じ死でも悲しみの度合は違うと思いますか?

親の突然死の悲しみをやわらげるいい方法はありますでしょうか?

Aベストアンサー

申し訳ないけど、悲しみをやわらげるいい方法は無いです。

私も19の時と22の時に両親を突然死で無くしました。どちらも60に満たなくて、突然死という割には若年齢でしたが、その後、若いからと人の足元みたような態度や発言をする大人と喧嘩したり、それこそクスリも飲みましたが結局何も変わらなかったし、自殺未遂も、彼女やその他のことでそれを相殺すればしようすればするほど、精神的に浮き沈みが激しかったし随分苦しみました。

「予測できる死」と「突然死」の悲しみの値について安直には計れないんじゃないかなと思います。それでも貴方が現在おいくつか分からないですが、少なくとも20代、30代で両親を亡くすというのは普通じゃないことですし、「予測できる死」と「突然死」という死の基準よりも、死という現実を受け入れる年齢が、「早いのか」、「遅いのか」ということ。

親が死ぬと言うことは誰でも経験することではありますが、実際若い身空で親の死を経てフラットになった時、何にもない自分に喪失感が出てくる気持ちは非常によく分かります。

結論からいいますと22歳の私はその踏ん切りつまり親の死を乗り越えたと、自分で思えたのは26の頃でした。質問者さんと同じく22ぐらいの時にはわかったような口を聞く大人に「はやく結婚すれば?」と言われました。結果、26で結婚しました。そのとき初めて肩の荷が降りる思いでした。

19の頃は絶望感ばかりがあり22の時にその加速度が増しました。大学もやめ、バイトをしながら親の貯金を食いつぶし、親が残した有り難くないコトを整理して俺が何をしたっていうんだよ!って毎日思ってました。23、4のとき就職をきっかけに地元を離れ違う土地へ行き、それこそ色んな年相応のことを経験してに両親のことに対して前向きな諦めをつけた瞬間に彼女が出来て、すぐに結婚~という流れになりました。ただし結婚して全てのことが払拭されたわけでもなく10年経っても未だ悩みはつきません。
だけど、自分の経験したことは確実に同世代にはない経験でしたし、自分の友人らにもし突然のことがおきても冷静に対応できるだけの能力は備わったと思っています。

できれば10年前の絶望感ばかりだった自分に今、まともに生きていることを教えてあげたい。

質問者様へも私自身、早く結婚しろとはいいませんが、今すべきこと、10年後のよりカッコいい自分を想像してみてはいかがでしょうか?そのために今自分がなにをすべきなのかが見えてくると思います。
それが答えです。

申し訳ないけど、悲しみをやわらげるいい方法は無いです。

私も19の時と22の時に両親を突然死で無くしました。どちらも60に満たなくて、突然死という割には若年齢でしたが、その後、若いからと人の足元みたような態度や発言をする大人と喧嘩したり、それこそクスリも飲みましたが結局何も変わらなかったし、自殺未遂も、彼女やその他のことでそれを相殺すればしようすればするほど、精神的に浮き沈みが激しかったし随分苦しみました。

「予測できる死」と「突然死」の悲しみの値について安直には計れないんじゃ...続きを読む

Q四十九日までの自宅での供養を教えてください

四十九日まで、初七日や逮夜以外の日に、家族はどのように供養すればよいか教えてください。

数日前、喪主として母の葬儀を終えました。
(ちなみに父はずいぶん昔に亡くなっています)
今のところわからないまま、家族で毎夜般若心経を3回唱えています。
(般若心経の本がたまたま家にあったので、なんとなく3回です)

宗教は、私自身は信仰はありません。
私の実家(母の婚家)は浄土真宗です。
亡くなった母の実家は真言宗です。
葬儀は音楽葬という形でお坊さんはお願いしませんでした。
引っ越しを期に(浄土真宗)の檀家ではなくなり、仏壇は置いていません。
お盆やお彼岸はお墓参りだけで、自宅で祀ることはしていません。

現在、遺骨はローボードの上で、写真とろうそく立て・線香立て・花入れを並べています。
これもわからないまま、なんとなくです。
(住宅事情で後飾り壇・中陰壇というものを設置できません。)
仏壇があった頃は平常、仏飯器と華瓶を仏壇に供えていました。
この時期も同じようにしてもよいのかどうか。
故人の好物などを供えてもよいのかもわかりません。

お参りに来られる方も呼ぶべき人もいませんので、対面を気にする必要はありません。
信仰している宗教はないのだから好きなようにしていいのじゃないかと思いつつ、腑に落ちないまま日が過ぎています。
最初に初七日・逮夜・四十九日といった言葉を使いましたが、法要や、お骨やお墓をどうするかもまだ考えていません。
十分に悲しんで母との別れを納得したいです。
含めて助言をいただけたらと思います。
よろしくお願いします。

四十九日まで、初七日や逮夜以外の日に、家族はどのように供養すればよいか教えてください。

数日前、喪主として母の葬儀を終えました。
(ちなみに父はずいぶん昔に亡くなっています)
今のところわからないまま、家族で毎夜般若心経を3回唱えています。
(般若心経の本がたまたま家にあったので、なんとなく3回です)

宗教は、私自身は信仰はありません。
私の実家(母の婚家)は浄土真宗です。
亡くなった母の実家は真言宗です。
葬儀は音楽葬という形でお坊さんはお願いしませんでした。
引っ越しを期に(浄...続きを読む

Aベストアンサー

 お母様を亡くされてご愁傷様です。
 人間は死んだら物体になるだけと思っていますし、宗教はビジネスだと思っている者です。そんな人間の意見なので参考まで。
 
 三谷幸喜さんが若くして他界された、俳優の伊藤俊人さんの葬儀で、「人間は2回死にます。1回は肉体的な死。そして、もう1回は友人たちがその人のことを語らなくなった時です。僕たちは君のことを語り続けます」と言う内容の弔電を述べられました。
 また、居酒屋で知り合った男性は他界された奥様のことを今でも心から愛していると話されていました。奥様が他界される1週間前、病床で私は生まれ育った故郷の墓に入りたいと言われたので離婚届を提出され、奥様を故郷の菩提寺に供養されたそうです。お墓参りには中々、行けないけど、奥様と過ごした写真を部屋中に貼られているそうで毎日、行って来ます、ただいま、と声を掛けられ、、その日の出来事を奥様の写真に話しをされているそうです。
 何が言いたいのかと言うと供養の方法等どうでもよいのです。ただ、悲しみが癒えるまでお母様との思い出に浸り、納得が行ったときにお墓に供養されればいいのです。そして、たまには故人を思い出すことが大切だと思います。

 大体、多くの日本人はクリスマスを祝った1週間後に初詣に行き、春になったらお墓参りしているんです。質問者様がどうかわかりませんが、そんな宗教にいい加減な人が仏教の供養方法にこだわっても無意味だと思いませんか?

 お墓は、離婚をされていなければお父様のお墓に供養されればいいです。ただ、遠くてお参りできないのなら近所に建てるのも良い思います。質問者様がご結婚されていて息子さんがいらっしゃるのなら、外墓地を探されるのもよいし、未婚、あるいは息子さんがいらっしゃらないのであれば納骨堂での永代供養墓というのもあります。納骨堂は比較的、費用を安く抑えられると思います。
 お墓に納骨する時期ですが、一般的には四十九日前にされる方が多いですが、それを過ぎたらいつ納骨しても同じです。ただ、永代供養墓の場合、契約期間が、十三回忌までとか三十三回忌までとなっているので手元にお骨を置いて供養する期間が長ければ、お墓の使用期間が短くなります。納骨堂の場合、使用期間を過ぎると合祀墓に合祀されます。
 話が前後しますが、故人を忘れないために、法事を行い、子孫に故人を語り継いでいく、そのことで故人の2度目の死を避ける事ができます。

 お母様を亡くされてご愁傷様です。
 人間は死んだら物体になるだけと思っていますし、宗教はビジネスだと思っている者です。そんな人間の意見なので参考まで。
 
 三谷幸喜さんが若くして他界された、俳優の伊藤俊人さんの葬儀で、「人間は2回死にます。1回は肉体的な死。そして、もう1回は友人たちがその人のことを語らなくなった時です。僕たちは君のことを語り続けます」と言う内容の弔電を述べられました。
 また、居酒屋で知り合った男性は他界された奥様のことを今でも心から愛していると話されて...続きを読む

Q子供の死の乗り越え方

内容に不快感を持たれる方がいらっしゃいましたら、申しわけありません。予めお詫び致します。

私は今年の初めに娘を突然亡くしました。前日まで元気でした。
おっぱいをあげてから寝かしつけたのは私です。娘は寝かしつけた1,2時間後に亡くなったようです。深い眠りについてしまった私は、翌日起きるまで、娘の異変に気が付きませんでした。主人も良く眠っていると思ったようで、朝早く、起こさないようにそっと出勤したようです。

発見した時、助からないのは一目で分りました。
冷たく硬直した体を必死で温めて、人工呼吸や心臓マッサージをしたり、動かしたらいけないのは分ってるのに、救急車が来るまで、何かせずにはいられませんでした。目の前にあるのは絶望でした。

警察の現場検証と司法解剖の結果、「原因不詳の死」でした。私は半狂乱で警察の方に「娘は私が寝かしつけました。だから私が殺したのも一緒です。なぜ私は裁かれないのですか?」そんなことを言ったように思います。殺したのか?と聞かれれば決してそんな事していません。

警察関係者、家族、友人誰一人として私を非難する人はいませんでした。非難されれば、それは、とても辛いことなので、感謝しなくてはいけないと思いますし、周りの温かさに随分救われました。なぜ自分は自分を許せないのでしょうね。自分を責める事で自分を守っているのでしょうか。かわいそうと思ってもらいたい、同情して欲しい・・・心の中ではそんな気持ちもあるような気がします。情けないですね。

警察では「現代の医学では解明できない数十万人に一人の割合で起こる原因不詳の死。事故死でも窒息死でも無く、乳幼児突然死症候群とも分類しがたい。8ヶ月で亡くなってしまった事、それが娘さんの運命だったと思います。」そう言われました。

沢山笑ってくれるようになりました。とっても元気にバタバタ手足を動かして、お名前呼ぶと、にや~として。でも、もう何もしてあげられません・・・もう会えません。一緒に桜並木をお散歩するのが夢でした。温かくてふわふわしてたあの子はもういません。娘があまりにも大きな幸せをくれたので、失ったものの大きさに押しつぶされて、泣いてばかりです。小さな小さな体に全身メスを入れられ、本当に最後まで良く頑張ってくれました・・・・。そして最後にかわいそうな事をしてしまいました。

ちなみに、主人は決して、私の前では涙を見せません。一緒にいる時は一生懸命笑わせよう、楽しくしようとしてくれます。でも、私は泣いたり、時に酷い事を言ったり・・・悲しませてしまう。主人が泣いたのを見たのは2回だけです。

これから先、お迎えが来るまで私は悲しみを乗り越えて、生きて行かないといけません。私一人ではどうしても悪い方向に考えてしまいます。皆様の経験談や悲しみの乗り越え方のアドバイスをお待ちしております。どうぞ、宜しくお願いします。

次の子供を作ったらと母乳を止めるために行った病院でも、警察でも言われました。
本当に次に子供を授かる事が出来たら、乗り越えられますか?

私の願いは娘にただ会いたいということです。ママを事を許してくれる?パパとママの事好き?聞きたいことが、話したいことが沢山です。

長文にお付き合いくださり、本当にありがとうございました。

内容に不快感を持たれる方がいらっしゃいましたら、申しわけありません。予めお詫び致します。

私は今年の初めに娘を突然亡くしました。前日まで元気でした。
おっぱいをあげてから寝かしつけたのは私です。娘は寝かしつけた1,2時間後に亡くなったようです。深い眠りについてしまった私は、翌日起きるまで、娘の異変に気が付きませんでした。主人も良く眠っていると思ったようで、朝早く、起こさないようにそっと出勤したようです。

発見した時、助からないのは一目で分りました。
冷たく硬直した体を必死で温...続きを読む

Aベストアンサー

お嬢様の、18ヶ月の人生はとても輝かしいものだった事と思います。
素敵なお母さんお父さんに愛されて、幸せな一生だったと思いますよ。

私は初めての子(長女)を生後2日で亡くしています。
お腹の中で原因不明の難病にかかり、肺が育たず、しかし体はどんどん浮腫み続け。
医師から、これ以上お腹にいさせたら浮腫みで死んでしまうと宣告されました。30週で帝王切開しました。
けれど肺も育っていないため、呼吸(ガス交換)が出来ず、生後2日目の夜に亡くなりました。

原因不明。お母さんのせいではない。周りからそう言ってもらえて、頭で理解出来ていても、何かに責任を見出そうとせずにはいられないんですよね。だから、自分が悪いのだ、周りもむしろ私を責めてくれた方が私自身も気持ちのやり場が出来るのに、と思ってしまう。
どうかご自分を情けないなんて思わないでください。
私も自分の妊娠中の生活のあらゆる些細なことを責めました。あの時食べたあれがまずかったんじゃないか、あの時自分がしたあの行動のせいだったんじゃないかと…
だけど、私が自分を責める事を亡くなった娘が望むのか?と考えるようになりました。
娘はあらゆる検査で異常を出しませんでした。医師は特発性と言っていました。私にはそれが、娘の優しさのように思えてきました。「誰のせいでもないんだよ、だからお母さん、自分を責めないで。」と言ってくれている気がしたんです。
医師から「手術室から(生きて)出られないかも知れない」と言われていた娘、生まれた姿は全身浮腫みでパンパンでした。でも3日間も生きてくれたんです。
おかげで出生届も出せた。生前の写真も撮れた。ありがとう。呼吸が苦しい中よく頑張ってくれたねと娘を誇りに思っています。

今はそうとは思えないかも知れませんが、質問主さまも、亡くなられたお嬢様に対し、心穏やかに感謝の気持ちを心に満たす事が出来る日が来ると思います。長い年月をかけるかも知れませんが、きっと訪れると思っています。

長女を亡くし2年経ち、次女が生まれ3ヶ月になる今、思い返してみると私は周りに恵まれたと思います。
私も、家族友人みな温かい言葉をかけてくれ、責める人は誰もいませんでした。
長女の死を受け入れられず、お骨箱を抱っこしたり、はだけたおっぱいをあてたり、外出に一緒に連れていった事もありました。そんな私を、周囲は温かく見守ってくれ、気の済むようにさせてくれました。
納骨しろと言う人もおらず、住職さんも「幼くして亡くなった子はまだまだ両親のそばにいさせてあげて良いのですよ」と言ってくれました。
とことん向き合ったおかげで、私は気持ちを押し込める事無く、整理をつける事が出来たと思っています。
質問者さまも、周りのかたの温かさに救われておられるとの事。
同じ立場の者として、本当に良かったと思いました。
どうかたくさん、たくさん泣いて下さい。
そしてどうか、ご主人も気持ちのままに、泣きたい時は泣いて欲しいと願っています。
私の夫は「男は妻を支えなければならないのだ」と過剰に思い込んでしまっており、自分もお骨箱を抱き締めて泣きたいのを押さえ込んでいた為ほとんど泣かず、最近になって堰を切ったように号泣していました。私は夫の状態に気付けなかった事を悔やみ、以後「子供の親である立場として、夫婦は対等な立場なんだよ」と言葉をかけています。夫婦で肩を抱き合って泣くという事が大事だと気付かされました。質問者さまのご主人が、「自分が妻を支える為にも泣いてはいけない」と思わないよう願っています。

亡くなった我が子に会いたいですよね。
ほんとに会いたいです。そして娘と話がしたい。たまにテレビで、第六感にすぐれている外国の方が出ていますが、もしあのように、亡くなった家族と話せる人がいたら、ぜひ我が家に来て欲しい。…なんてありもしない想像をしてしまいます。


>本当に次に子供を授かる事が出来たら、乗り越えられますか?

私自身、いまだに自分が「乗り越えた」状態であるとは思えません(どういう状態になれば「乗り越えた」になるのか定義も曖昧ですし)。
ただ、確かに次女を授かってからは、より自分の今の生活を思いやれるようになりました。
長女が亡くなって間もなくは、頭の中は長女の事ばかり。家の事は何も手につかず、起こった出来事すべてを長女に結びつけ涙してばかり。
だけど日々暮らしていくうちに、やらなければいけない事(買い物、振込み、冠婚葬祭)に少しずつ目を向けられるようになり、涙の量が減っていき、生活に支障はなくなり。
そうしていくうちに、今後の生活に目を向けられるようになり、感情をコントロールできるようになり(小さい子を見ても激しく落ち込んだりしなくなる)。
そして次女を妊娠すると、今まで長女一色だった頭は長女:次女=50:50になり、妊娠生活を健康に過ごすことに頭を使えるようになり。
次女が生まれ、初めての子育てで頭がいっぱいになっている今、長女の事は大切な大切な思い出となって私の心の中にあります。

この過程を経た今、私は確かに今の生活にしっかり目を向けて過ごす事が出来ている。という事だけははっきり申し上げられます。

子供を亡くしたとき、次の子を作る時期は早すぎないほうが良いと聞きます。
次の子に亡くなった我が子を重ねず次の子として捉えられる自信がついた時が、次の子を作る時期なのだとおもいます。


長くなってしまい申し訳ありません。

最後に、参考になるかは分かりませんが、風呂敷に包んだお骨箱を子供だと見抜いた方(お骨を抱えて行った沖縄旅行で出会った、初対面の方)から、後日に頂いた言葉を貼りますね。


「娘さんはとっても笑顔が素敵でした!
本当は産まれる前に寿命でしたが、
あなたの笑顔が見たくて、がんばって産まれてきたってよ。
でも、すぐ亡くなって、お母さんが毎日悲しんでるのを見て辛かったみたいです。

だから、その日はあなたに笑って欲しくて沖縄へ!
念願の誰からも「愛される娘を夢見たあなた」に娘からのプレゼントです!

願いを叶えたのは娘さん。
そしてママの笑顔をありがとう!
最高のプレゼントをありがとう!と
私に笑いかけてくれました。

わかりますか?娘さんはあなたの笑顔が望みなんです。
「産まれて愛される娘」が彼女の望みではないのです。
優しいあなたの笑顔が好きと言ってましたよ。

で、伝えて欲しいと言っていたのはもうひとつ。
「もうすぐ新しい命がやってくるから、心配しないで!その子の為に笑ってて、もう少し待っててね」ってさ。」

お嬢様の、18ヶ月の人生はとても輝かしいものだった事と思います。
素敵なお母さんお父さんに愛されて、幸せな一生だったと思いますよ。

私は初めての子(長女)を生後2日で亡くしています。
お腹の中で原因不明の難病にかかり、肺が育たず、しかし体はどんどん浮腫み続け。
医師から、これ以上お腹にいさせたら浮腫みで死んでしまうと宣告されました。30週で帝王切開しました。
けれど肺も育っていないため、呼吸(ガス交換)が出来ず、生後2日目の夜に亡くなりました。

原因不明。お母さんのせいではない。周り...続きを読む

Q浄土真宗の新盆の迎え方について

昨年秋、母が亡くなりました。
当然、今年は新盆を迎えるのですが、私の家は浄土真宗です。ネットなどで調べたところ、浄土真宗ではお盆に特別なことをしない(霊魂が帰ってくると言う考え方はない)ようですが、新盆にも当てはまるのでしょうか?
なぜこれで悩むかと言うと、私は早くに父を亡くし母と二人暮しでしたが、お盆には迎え火と送り火を焚きお飾りをし、という日本のごく普通のお盆の迎え方をしていました。ただ、菩提寺は現住所の他県にあって遠いため、お坊さんをお呼びしてお経を上げてもらったり、お墓参りはしていませんでした(数年に1度くらいは行ってましたが)。
父が亡くなったのは私が小学生のときでしたが、白いお盆ちょうちんを飾ったのは覚えてるんですが、それ以外の記憶はないんです。
母が亡くなったときは菩提寺がない状態でこちらにお墓を買っていたので、葬儀屋さんの紹介で葬儀の時にお世話になった住職さんに49日まではお世話になりました。実はその方から法要についての冊子をもらってあったんですが見つかりません。
お盆のときの作法はどうなのか、そもそもお坊さんには来てもらうのか、もう細かいところから全くわかりません。どなたか詳しい方がおられたら、教えていただけないでしょうか。
ちなみに、私の住所では7月にお盆を行うのが慣習のようですが、うちでは8月にやっていました。私の仕事の関係で、母の初盆も8月にしようと思っています。
よろしくお願いします。
また、文面中もし失礼なところがあったらご容赦ください。

昨年秋、母が亡くなりました。
当然、今年は新盆を迎えるのですが、私の家は浄土真宗です。ネットなどで調べたところ、浄土真宗ではお盆に特別なことをしない(霊魂が帰ってくると言う考え方はない)ようですが、新盆にも当てはまるのでしょうか?
なぜこれで悩むかと言うと、私は早くに父を亡くし母と二人暮しでしたが、お盆には迎え火と送り火を焚きお飾りをし、という日本のごく普通のお盆の迎え方をしていました。ただ、菩提寺は現住所の他県にあって遠いため、お坊さんをお呼びしてお経を上げてもらったり、...続きを読む

Aベストアンサー

自己紹介欄にあるように、浄土真宗の坊さんです(^○^)

>新盆にも当てはまるのでしょうか?

そのとおりです。お盆という行事は仏教のものではなく(他の仏教国にはそのような行事が無い)、中国経由で仏教が伝わる際に、シルクロードを通って伝わった他の宗教行事とミックスして、日本で独自に発展したもので、仏教の心を味わうには伝統的な意味で必要な行事でありますが、霊魂が帰ってくると言う考え方は仏教には無いので、浄土真宗ではそのような考え方につながるお盆での特別なことはいたしません。新盆でも同じことです。
なお、お盆の行事は、宗教行事というよりも地方独自の民族行事ともなっておりますので、日本全国一律の作法があるのではなく、地方ごとに、その土地の特産物などを取り入れた独自の飾りつけも残っています。その中には、浄土真宗では行わないことになっている提灯や灯籠等もありますが、迎え火や送り火は全国的に浄土真宗では行っていません。

なお、お母さまがご往生の際にご縁のお寺があるようですが、冊子等は、再度申し出ればすぐにいただけると思います。気にせずに「見つからないので・・・ください」と言えば良いのです。そのためのお寺です。

>そもそもお坊さんには来てもらうのか、
来てもらうか、来てもらわないかは、亡きお母様のご往生には関係がありません。したがって、亡きお母様にとって、どちらもプラスとかマイナスとかではないので、ご自身にとって、どのように新盆を迎えるのが良いかでご判断ください。自宅に呼ぶのも良し、よばないのも良し、本山や別院のお盆法要に参加するのでも良し・・・何でも良しです。
浄土真宗は、「ああしなければいけない」とか「高しなければダメ」ということは少ないです。ただ、他宗と比べると、「する必要が無いからやらない」ということが多いだけです。
合掌

自己紹介欄にあるように、浄土真宗の坊さんです(^○^)

>新盆にも当てはまるのでしょうか?

そのとおりです。お盆という行事は仏教のものではなく(他の仏教国にはそのような行事が無い)、中国経由で仏教が伝わる際に、シルクロードを通って伝わった他の宗教行事とミックスして、日本で独自に発展したもので、仏教の心を味わうには伝統的な意味で必要な行事でありますが、霊魂が帰ってくると言う考え方は仏教には無いので、浄土真宗ではそのような考え方につながるお盆での特別なことはいたしません。新盆でも...続きを読む

Q49日の法要を家族だけで行っても良いのでしょうか

いつもお世話になります。

親族がすべて遠方である・経済的に苦しい、という理由から、
49日法要は家族(3人)だけでお寺に伺ってお経を上げてもらうだけの質素な形で行いたいと思います。
しかし、色々な事例を見ると、49日は重要なので親戚や友人を呼んできちんとやるべきだ、
というような書き方がされていてとても迷っています。
家族だけで49日、というのは一般的に許されることなのでしょうか。

また、この場合、会食(精進落とし)をしない予定なので
お寺へのお布施に「お膳料」をプラスするべきでしょうか。

何卒ご教授お願いいたします。

Aベストアンサー

1法要はより多くの方に参列いただくのが望ましい=理想論です。現実には呼ばれる方も大変です。
2我が家の場合も同居家族のみでしました。
3住職いわく「葬儀・法要は故人追悼の大事な行事ですが、みかけを大掛かりにするのと、それぞれのご遺族一人一人が哀悼の意を込めるのとは別物」義理や見栄で大勢集まるより、現地にいけなくても一人一人が心中で哀悼の意を表せば目に見えなくても「仏様」にはわかります。」

4ご住職によりますが「お布施」「お膳料」「お車料」と3つに分けました。金額は事前に直接お聞きしました。一応宗派で戒名のランク・葬儀の祭壇のランクで基準があるようです。


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