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昭和19年9月 鹿児島海軍航空隊に 甲種15期(第1次)飛行予科練習生として入隊した人たちについてお伺いします。
昭和19年10月 には福岡海軍航空隊や小富士海軍航空隊などに配置替えになったと思われます。
昭和20年2月か3月に各航空基地へ特攻要員として配置替えになったり、特攻基地に「ドカレン」として配置替えされています。
これらのことを踏まえて質問です。

質問1 昭和19年9月 鹿児島海軍航空隊に入隊した予科練生は何名ですか?
質問2 昭和19年10月 鹿児島から福岡海軍航空隊に移動した予科練生はそのうち何名ですか?
質問3 福岡へ行くグループと、小富士へ行くグループの違いはなんですか?
一説によると、結核の血液検査で陽性反応者は小富士、陰性反応は福岡だと・・・。
質問4 昭和19年10月 福岡で各分隊ができたと思いますがその分隊は第31分隊から第37分隊でよいですか?
はなしによると、年齢別に各分隊に分けられたとか・・・ 
質問5 この分隊の人数や構成はわかりませんか?
分隊人数は約200人 分隊長は少尉1名 4班に分けられる・・・・など

以上よろしくお願いします。

A 回答 (1件)

もう70年くらい前の事ですので、


資料なども図書館や専門の所に行かないとなかなかないと思います。
ネットではwikiで精一杯ではないでしょうか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B9%BF%E5%85%90% …
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
wikiは見ていたのですが、もっと深い内容を調べておりました。なかなか適当な書籍も見当たらず、困っているところです。
予科練であれば質問事項あたりも情熱的に調べている方がいるのでは?と思いましたが、あまりいないのでしょうかね?

お礼日時:2015/03/22 15:57

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