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「覆水は定めて収め難し」といふらしいのですが、最古の出典は何ですか。
『鶡冠子』『拾遺記』のふたつがあるやうですが、未見です。

A 回答 (1件)

最古の出典は、「昔昔、古い豚(最古の豚)がいたが、体が重くなりすぎて(腹水が溜まって)動くことができず、盆に帰れなかった」、という乞食による・・・


https://oshiete.goo.ne.jp/qa/8985558.html
のではなく、

以下の中国の故事記によるのだそうです
http://gogen-allguide.com/hu/fukusui.html
(ありきたりの引用ですみません)
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この回答へのお礼

御回答ありがたうございます。リンク先の質問を読んで、盆に帰省できないといふ諺の由来を調べてみたのですが、はつきりしませんでした。あちらで回答はしたのですが、西から昇る天才バカボンの世界とガメラとが合体すれば、盆に墓参りができるとのことで、安心しました。

中国古典は主力品以外は手持ちがありませんので、自分で確認することができません。ネットでは『拾遺記』の説が多いやうです。

お礼日時:2015/05/20 13:12

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Q「覆水盆に返らず」と「It is no use crying over ....」って同じ意味?

下記の質問を読んで思い出した質問です。
【覆水盆に返らず】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/8985654

 コメントを入れようとしたのですが、質問者のplapotiさんが締め切るのがあまりにも早くて……。
「覆水は定めて収め難し」(覆水盆に返らず)の原典は『拾遺記』でしょうね。
 ちなみにネットでその説が優勢なこと自体は根拠にはなりません。誰かが流したもっともらしデマが広まったなんてこともあります。『十八史略』あたりを典拠扱いしている例も見ます。
 ただ、No.1の回答者がひいた下記は信用できそうです。
http://gogen-allguide.com/hu/fukusui.html
 ネット情報源のなかで数少ない信頼できるもの、だと思います。『拾遺記』と明記していますから、そうなのでしょう。ちなみに、手元にある『成語林』(旺文社)の記述も同様です。
 問題は、「覆水盆に返らず」の同義とされる
It is no use crying over spilt milk.
 の話です。一般にそう言われていて、『成語林』もそう書いていますが、ちょっと疑問です。

 数年前、サッカーの元日本代表監督だったかたのコメントとして「『こぼれたミルクは戻らない』ということわざがある」というネットニュースを目にし、強い異和感を覚えました。
 これは英語のことわざと「覆水盆に返らず」をミックスしたような妙な言葉です。しかも「器に」がないと、何がなんだか……。「覆水返らず」では意味がわかりません。
 そのときに思ったのは、「It is no use crying over spilt milk.」と「覆水盆に返らず」の意味は同じなのだろうか……ということです。
「覆水盆に返らず」と似た言葉はほかにもあります。「後悔先に立たず」あたりが有名でしょうか。
「It is no use crying over spilt milk.」もそういう意味にとれますが、もう少し前向きな気がします。
「……だからクヨクヨしないでさ」
 というニュアンスが強いような。
 その意味では「死んだ子の年を数える」が近いのかもしれません。下記にあるとおり、「いつまでも死んだ子の年を数えるようなことを言っていても、何も前進はないよ」と前向きな使い方が多いような。
http://kotowaza-allguide.com/si/shindakonotoshi.html

 一方「覆水盆に返らず」は、もともとの意味が「いまさら何を言ってんだ(取り返しがつかないんだよ)」ですから、前向きなニュアンスが感じられません。
 ……そんなことを考えたのですが、やや強引でしょうか。

下記の質問を読んで思い出した質問です。
【覆水盆に返らず】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/8985654

 コメントを入れようとしたのですが、質問者のplapotiさんが締め切るのがあまりにも早くて……。
「覆水は定めて収め難し」(覆水盆に返らず)の原典は『拾遺記』でしょうね。
 ちなみにネットでその説が優勢なこと自体は根拠にはなりません。誰かが流したもっともらしデマが広まったなんてこともあります。『十八史略』あたりを典拠扱いしている例も見ます。
 ただ、No.1の回答者がひいた下記は信用で...続きを読む

Aベストアンサー

このところ仕事が忙しくて、質問しても、いただいた回答にコメントがつけられない状態になりさうなときは、早めに締めきつてゐます。

日本語と英語のふたつの諺は、同じものだと鵜呑みにしてをりました。1311tobiさんの御指摘はさすがに鋭いものです。確かに

It is no use crying over spilt milk.

は、泣くな、といふ趣旨です。ミルクの状態をどうにかするのではなく、人間の気持ちのほうに主体があります。だから戻すべき「器」が登場しないのですね。もつとも、これは文字どほりの解釈です。実際に英語を母語とする人の感覚まではわかりません。対して、

覆水盆に返らず

では、「水」と「盆」の関係がどうにもならない、といふ物体の状態に重点が置かれてゐます。もともとは夫婦関係のたとへのやうですけれど。故事のなかでも、もうだめなんだ、といふ意味で使用されてゐるやうです。質問文の趣旨には納得いたしました。

出典につきましては、諸橋轍次『中国古典名言事典』(講談社学術文庫)で『鶡冠子』となつてゐて、ずつとそれが頭にありましたので、今回ネットで検索して『拾遺記』が多くみられることに驚きました。資料がないので、判断できず、質問した次第です。『鶡冠子』には偽書の疑ひもあるやうです。

このところ仕事が忙しくて、質問しても、いただいた回答にコメントがつけられない状態になりさうなときは、早めに締めきつてゐます。

日本語と英語のふたつの諺は、同じものだと鵜呑みにしてをりました。1311tobiさんの御指摘はさすがに鋭いものです。確かに

It is no use crying over spilt milk.

は、泣くな、といふ趣旨です。ミルクの状態をどうにかするのではなく、人間の気持ちのほうに主体があります。だから戻すべき「器」が登場しないのですね。もつとも、これは文字どほりの解釈です。実際に英...続きを読む


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