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旧日本軍で、陸軍士官学校・海軍兵学校の主流の軍事教育を受けた軍人の他に 軍医や技術将校がいました。
このような人たちは、階級昇進について
陸士・海兵卒の人たちと
別の基準があったのでしょうか。

森鴎外は、軍医としては最高の役職の軍医総監を勤めながら、階級は中将どまりでした。
たとえば、陸士・海兵以外は大将になれないというような
規則があったのでしょうか。

よろしく御教示ください。

A 回答 (3件)

海軍のケースのみ回答します。


当初、大将に昇進するのは兵科の士官に限られていました。
太平洋戦争末期、機関科の士官にも大将昇進の道が開かれ、大将昇進を期待された機関科の中将が複数いましたが、戦争の終結等の理由で実際には機関科出身の大将は生まれませんでした。
最後の海軍大将の井上成美提督は、機関科の某中将のことを評して、もう少し戦が続いていれば大将になれたのにと述べたそうです。
主計科、軍医科、造船・造兵科などの士官は最後まで、中将が制度上の最高階級でした。
確かに大将に昇進するのは兵学校卒業者でも少数で、同期で一人の大将も生まない年次もありますが、一方、山本五十六大将の同期生(兵学校32期)では、塩沢幸一、山本五十六、吉田善吾、嶋田繁太郎の4人が大将に昇進しています。
連合艦隊司令長官ですが山本五十六長官の後任には、古賀峯一大将が就任しています。
吉田善吾大将も中将で連合艦隊司令長官と海軍大臣を歴任したあと大将で横須賀鎮守府のと支那方面艦隊司令長官に就任しています。
ですから、連合艦隊司令長官や鎮守府司令長官が必ずしも中将で就任するとは限りません。
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この回答へのお礼

たいへん詳しい御回答をありがとうございました。
戦争末期には、機関科にも大将への道が開かれたとのこと、なかなかドラマティックな話と思います。機関中将だったひとたちは、ポツダム大将になったのでしょうか。

お礼日時:2004/06/25 01:10

機関学校、経理学校出身は中将止りですね。


大将という位自体ほとんどないんですよね。
兵科でも1学年1人か2人ですよ。
例えば連合艦隊司令長官は中将で任命されますし、各鎮守府長官も中将です。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
そうですね。陸軍でいえば師団長が中将ですし、大将というのはやはり一種特別な階級なのでしょう。正規の兵科以外には不要とされても無理はないのかもしれません。

お礼日時:2004/06/25 01:04

下記サイトを見る限り、階級の上限があるようです。



って私も詳しく知ってるわけではないのですが。

参考URL:http://digitarius.easa.ne.jp/database/p_enc/p_en …
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この回答へのお礼

さっそくありがとうございました。
やはり本流の陸士海兵以外は大将にはなれなかったようですね。
獣医、歯科医の専門職の軍人がいたとは知りませんでした。

お礼日時:2004/06/25 00:59

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