プロが教えるわが家の防犯対策術!

すみません、カテゴリ違いで質問してしまったようなので、質問にリンクを貼らせてください。
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9071152.html

幼稚園の娘のお友達で、自分からは絶対に謝らず、お友達のダメなところを見るとすぐ指摘「~じゃなきゃダメなんだよ!」してくる子がいます。
ちなみに、その子もかなりの確率でできていません。
ただ、自分が慕っていたり自分より上の子にはあまりしない。自分より下、とか遅い子にはよくする。
親は基本的に、みんなで遊んでいても見ておらす、見ていても、やんわりと「気をつけてね~」です。
お友達が嫌がっても、謝らせたり、親が謝ってくることはなく、常に「気をつけてね~」というかんじです。
他のママさんなど見ていると、その場によってはきちんとお話したり、ハッキリよくないと言うなど、状況により口調や言い方を変えて対応(自分もですが)しています。

リンクの方にも書きましたが、こういうのって、子供が「自分からは謝らなくていいい」と学習しそうで私は嫌です。
近所なので、いろいろな家庭があると思いながらおつき合いしていますが、正直、ダメなことをダメと言えないのはママがどんなにいい人でも、振り回されて疲れます。

皆さんは親しくしたいですか?
ある程度距離をおいてつきあいますか?

娘はもう疲れてしまって、特に親しくしたくはないようです。

A 回答 (3件)

誠に不誠実な親。

としか言いようが無い。
ご近所で お子様が同年代程度となると極端な事はできませんものね。
大人としての振る舞いをするだけです。
ママがどんなにいい人でも?良い人なのですか?
基本的マナーを教えることが出来ないママさんって良い人なのでしょうか。
良い人ではないですよね。その場を取り繕って とりあえず一緒に居る仲間を
作ってるだけの事じゃないでしょうか。
ご自分のお子様が疲れているのに それ以上に仲良くする意味があるのでしょうか。
マイナスな人との付き合い方を教える良いチャンスですよね。
無理して一緒に居る事はない。
でも
最低限のマナーとしての挨拶。聞かれたお返事。
適度な距離を於いてのお付き合いの仕方を学ばせてみてはどうでしょうか?
極端な無視とか上の空であからさまな拒絶は駄目ですものね。
それじゃあ、謝らないその子と同じになってしまいますものね。
遊びに誘われたらきちんと理由を言って 遊べたら遊ぼうね。とお断りしたり
意思表示をはっきり示しながら 相手をいたわる心も忘れないようにすれば
特別一緒に行動する事もないと思います。
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この回答へのお礼

基本的マナー→本当にそう思います。とりあえず一緒にいる仲間というのは納得しました。とても面倒見のいい人なので、最初はわからなかったのですが、お子さんがお友達と遊びたがるからそうだったのかもしれませんね。
本当、人間関係を学ぶチャンスと思って、できる範囲でのつきあい方を娘には話していきたいと思います。
相手をいたわる気持ち。無理せず、そういったおつき合いをしていきたいと思います(^^)
ありがとうございます。

お礼日時:2015/09/22 09:43

大人とは違う感覚で捉えてあげてください。



少し視点をかえて、見守る必要があると思います。

大人と言うのは、

絶対やってはいけない事、話しあえば良い事と、戦わないといけない事、

について識別が出来ます。

これらは両親から学んだはずです。


両親が影響できる年齢(子供に好かれている)うちに、

ここに介入して順番をつけてあげる必要があるようです。

大人の水準になると、やってはいけない事が沢山あります。

しかし、この次元を先に叱ってしまうと、それ以外はやって良いことになります。

ですので、親のほうで順番を考え、叱った物事をメモしておいて、

悪いことの中で順番をつけてあげる。

「これを教えないと、あれは教えられない。」とする。

例えば、犯罪に結びつく行為を叱った記憶がなければ、

友愛については教えられない。

この順番が逆になると、人と仲良くなるために手段を選ばなくなります。



親御さんは個々にそういう作業を行っているため、

親の責任(順番の作戦)に任せるのが大事です。

先に違ったことを教えれば大変なことになります。責任が取れません。

すべてがわかっている私たち大人が、私たち大人の感覚で是非を教えると、

子供は覚えきれずに、順番が逆転します。

他所の子供を叱ってはいけないのは、相手の親御さんの作戦を邪魔するからです。


例えば、

子供が人のモノを取ったりするシーンがあるはずです。

このときに、謝らせてしまうと、謝ることでモノを取っても良いとなります。

絶対に行けないと教えるためには、叱った後、家に入れないとかお尻を叩くなど、

体罰に相当することをしないといけません。

(昔は、ここに関しては緊急事態なので、他人の子供でも体罰を与えてよかった)

子供にとっては「自分は死ぬんじゃないか?」と思えます。

その後に謝らせて、しっかりと愛情をもって許す。

超えてはいけない境界という感覚が出来れば、これは色々と応用されます。

体罰をつかわないと、それらが出来上がりません。欠陥が生じます。


私が謝るという概念を覚えたのは相当後に思えます。

子供にとっては難しい概念(誤解を生みやすい)です。

先に覚えたのは、仲直りをするという概念です。

また子供の喧嘩を年上の人が介入するのは良くないこと。

その親や年上の人が恥ずかしいんだよ。

と何度も繰り返し父から言葉で言われました。

これは自己責任の領域。

戦うとはそう言う事だと教えられたわけです。


親が助けない言っても、子供は感情的になって喧嘩をします。

このチャンスは逃してはいけません。

本当に助けてもらえないと知り、諦める事ができれば、

責任転嫁をする欲求が減ります。

能動的に自律し、自立できるようになります。

これは大事な教育です。

喧嘩を抑止すると何も教えられません。

介入するときは肉体の危険が度を過ぎているとき。

どちらが正しいではなく、やり過ぎであると教える。


男の子の場合は、

日常では勧善懲悪の話を良くしておきます。

曰く、卑怯な奴をやっつけないといけない。

卑怯なことをしたら、生きている意味が無い。

そして、

「喧嘩に負けた子はうちの子供じゃない。」

と言っておく。

すると子供は善悪の区別がつきませんから、

自分の感情面での怒りにより、相手が悪なのではないかと思って、

正義の気持ちにより喧嘩になります。

そしてこれを親が助けない。そして負けると本当に家に入れてもらえない。

勝っても負けても仲直りをさせる。ここで謝らせる。

この通過儀礼を得た後、男性像の核が出来上がります。

小学校1年のときでしたが、未だに記憶にありますね。



これらの順番が綺麗に整っていますと、後々悩みが少なくなります。

ここが出来ていないと、良い事、悪い事の順番がわからなくなります。



これら細心の注意による教育の成果は後に現れます。

残念なパターンですと、突然粗暴になり、道理を無視して我を通し始めます。

思春期を越えたあたりから、20歳を過ぎるあたりで徐々に因子が発芽し、

それまでは普通に見えている子供が突然異常な行動に走ります。

どんなに良い子に見えても、

敢えて経験させ、無理やり教え込まないといけません。

知識と知っているだけでは、実際の感覚が育っていません。

教えてないのに、分かっているようでしたら危ないわけです。

子供にとっては、大人が怖かった為にやらなかっただけです。

無益なことであると体感で知っていたわけじゃないんです。

粗暴になったりする以外ですと、良くない友人と付き合い始める。

その逆に、突然やる気をなくしたり、閉じこもろうとしたりする。

人が見てないところ、または家庭などで衝動的な破壊行動などあります。

嘘をついて言い訳ばかりをする。約束を守らない。などもそうです。


これられが見過ごされ、手遅れになる原因は、

(子供は親の行動を真似るので)一見して子供が分別しているように

思えるからです。

教えてないのに分かっている様に思えたら、危険だと言う事です。


自己愛性人格障害、反社会性人格障害、解離性人格障害。

其の他、アスペルガー、アダルトチルドレン(これは俗名)など多くの問題が

身近に起きています。


この方々も、子供の頃は普通に見えていたはずです。


さてご質問の対象のお子さんは、大人ならば嫌な人でしょう。

子供であれば、子供だなあと思いますよ。

その年齢に関して教えるべきことは別にあります。

そこが出来ているならば、後々治ってしまいます。

逆に、大人が見る良い子でも、対象の年齢で教えるべきことを教えていないと、

親の影響力がなくなる年齢で急変します。



その年齢で一番のポイントは、

どの様なものに親が介入してくるのか?

争いに関しては、目上の人は介入しないと教えないといけないです。

無益であると自覚させるには、善悪を目上が決着してはいけません。

肉体やモノの破損について厳しく接し、自分の心については笑い飛ばす。

これを子供が真似れば理想的です。



年上の人は、生産プロセス(ものづくり)や問題の解決プロセスのみを

手助けすべきです。(お手伝い。お料理。工作。遊び)

本当の勝負どころはここであり、大人ですら悩んで競争している。

そう思わせれば、良いところを見せたいと思って、子供も頑張ります。

自己肯定的で社交的な性質になるでしょう。



また、悪いことをしたら謝るのは当然ですが、

正しく段階を教えないといけません。


30代で一人適応障害になった部下がいます。

彼は仕事で損失を与えても、元に戻すとか、補償することができない。

謝るだけで、何をしたら良いかわからない。

元に戻すように行動すれば良いだけなのですが、罰を怖がって動けなくなる。

先に許しを得ようとします。

しかし、許しが得られると、損失を与えた人には補償しないんです。

済んだことになってしまい、面倒で仕方ないそうです。

弁償するという概念を正しく教えられていないからです。

そのため重要な仕事は与える事ができません。

これらは一生治りません。


弁償をするとは、元に戻すと言う事です。

その作業は、自分で考えて、自分で律して自分でやらないといけない。

それについては誰もが助けない。それが終わるまでは許されない。

こうした事を知るのが大事です。

そして、「努力しても元に戻せないものがある」と知るわけです。

だから、人や物が大事に思える。

死の概念を嫌がるのはこのあとです。

これらを教えずに、壊すことを悪い事と教えると欠陥が生じます。

また金銭で贖うと教えると、欠陥が生じます。


けっして恵まれているとは思えない人が沢山います。

共通して見られる特質があります。

例えば物語を見てコメントを出来るが、自分が人と接するときは全くできない。

知識や言動は大人であり、行動も品行方正である。

しかし、物事や人物に対する評価や判断は幼児のままである。

この様な方が増えています。

どうしても仕事や対人関係が上手くいかず、適応障害を患います。

これらは昨今流行の新型ウツと呼ばれています。

しかし、別名は幼児性ウツとも呼ばれています。

意識して経験させていないと、認知が育ちません。幼児のままなんです。

経験しないで得た場合は、客観と主観の違いがわかりません。

体感で知ると、

「ああ、こんな感じがするんだ。人にはああ見えているんだ。恥ずかしい。」

となります。


悩ましいとは思いますが、子供は子供扱いするのが、子供のためです。

思春期では、幼児期の性質とは逆転するのが常ですから。

今の性格をどうこう言わず、大事なポイントを見落としてないか点検しましょう。

「そういえば、あれは経験させたんだっけ?」

見落としがあると、オオゴトです。


長く例えをもって説明しました。

こうした内容は、学問とされているようですので、そちらをご参考にしてください。


そして以下が、大人が介入するべきポイントになります。

http://sekkachi.blog.jp/archives/1028049919.html

私も叔父に預けられた事があります。

両親以外の、高い知性をもつ大人と接するように配慮するのは、大事だと思えます。



以上、ご参考に成れば。
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この回答へのお礼

基本的には、喧嘩も見守りした上で、これは明らかにやりすぎだな、など、ある程度の境界線を越えた段階で介入しています。
1、2歳の乳児もそのように黙って見ているのですか?
赤ちゃんの頃からその子はずっとそうです。
お友達は、突き飛ばされて、親が報告したらスルーされたそうです。それも経験ですか?
怪我がなかったからよかったですが、もし頭を打ったりしていても「必要な経験」といえますか?

参考にさせていただきます。
ありがとうございました。

お礼日時:2015/09/22 09:50

たぶんその子供の親がそういう人なんでしょう。


子供は大人の真似をしますから。
躾されてないんじゃないかなあ?

友人は子供の時から選ぶべきですよね。

謝罪しない子は大人になってもしないですよ!
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この回答へのお礼

躾されていない。まさにその通りです。友人は、その子のパパが叱らない育児(を勘違いしている)していると言っていました。ママは強く言うと子供がマネするから、優しく言っているとのことでしたが、他にも方法はあると思うので…両極端というか。
ありがとうございます!

お礼日時:2015/09/22 09:36

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