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空母を調べていたら日本は戦争中に数多くの空母を完成させていましたが、すぐに撃沈され、戦力としては機能していなかったようですが、実際、戦艦の数や空母の数などを考えると、日本とアメリカの海軍力の差というのはどんなものだったのでしょうか?

A 回答 (4件)

太平洋戦争開戦までは、ワシントン海軍軍縮会議によって


日米の主力艦(戦艦)は対米6割に抑えられました。
(実際は日本が陸奥の完成を主張して、対米比は6割弱です)
その後、条約が失効して建艦競争が再開され、
開戦時の戦力は戦艦では日本10隻アメリカ17隻でした。
開戦後の完成を含むと、日本12隻、アメリカ25隻でした。
(戦艦級の船体に重巡級の砲を搭載したアラスカ級2隻は含みません)

よく、日本は大鑑巨砲主義に固執したと言われますが、
建艦実績では、ミッドウェー戦時にほぼ完成していた「武蔵」以後、
大型艦の建造は空母と軽巡洋艦だけです。



空母については、ワシントンやロンドンの軍縮会議で
制限されましたが、隻数より合計排水量が重視されました。
開戦時で比較すると、日本が「鳳翔」「龍驤」「赤城」
「加賀」「蒼龍」「飛龍」「瑞鶴」「翔鶴」「瑞鳳」
「春日丸(大鷹)」の10隻で、アメリカは「レンジャー」
「レキシントン」「サラトガ」「ヨークタウン」「ホーネット」
「エンタープライズ」「ワスプ」の7隻でした。

これが、大戦中の建造だと「エセックス」級だけで17隻、
「インディペンデンス」級軽空母9隻、護衛空母に到っては
100隻以上も作られ、月刊正規空母とか、週刊護衛空母と
揶揄されています。
日本は、正規空母と言えるのが他艦種からの変更を含めて
「大鳳」「信濃」「雲龍」「天城」「葛城」の5隻、
商船や他艦種改造の軽空母・護衛空母と言えるもので
「飛鷹」「隼鷹」「千歳」「千代田」「龍鳳」「祥鳳」
「雲鷹」「冲鷹」「海鷹」「神鷹」の10隻しかありませんでした。

戦艦等に航空機が積めるよう改造したのが「伊勢」「日向」「最上」
(これらは飛行甲板はあるけど事実上は水上機母艦)
艦種がタンカーで飛行甲板を持つ「しまね丸」「山汐丸」
現在の自衛隊にある「いずも」級のような強襲揚陸艦の走りで
陸軍が運用していたのが「あきつ丸」「熊野丸」
などもありましたが、日米の空母はこれだけの開きがあり、
工業力の差は圧倒的でした。



殆どの場合、日本はミッドウェー戦後は没落の一途を辿ったことに
なっていますが、1942年10月26日の南太平洋海戦の結果、
アメリカは事実上太平洋での稼働空母が1隻もいませんでした。
(新規空母は未就役、7隻中「レキシントン」「ヨークタウン」
「ワスプ」「ホーネット」の4隻が戦没、「エンタープライズ」
「サラトガ」が修理中、「レンジャー」は大西洋配備)
しかし、日本側は空母はいても搭載機が不足していて
その時の攻勢は困難でした。

空母の戦力は、搭載機に依存します。(中には「赤城」や
「レキシントン」のように重巡級の砲を搭載した艦もいます)
空母があっても、搭載機が無ければ大きな的です。
航空機の運用でも、戦前は日本が圧倒していましたが、
補充が追いつきませんでした。
アメリカは一定期間の兵役に就くと前線から退きます。
エースと言われる方々の数を見ると、人材の枯渇によって
前線で酷使された日独が人数も撃墜数も多いのですが、
アメリカはエースパイロットでも前線に縛りつけない
余裕がありました。

日米の海軍力の差では、戦艦や空母の数だけではなく、
航空機の性能、VT信管やレーダーの開発、輪形陣の戦術運用など
多くの点でどんどん差ができていました。
最後の機動部隊による決戦であるマリアナ沖海戦を見ても、
搭載機数で2倍、戦闘機数だけでも米軍が400機以上も
上回るのですから、どんなに頑張っても勝てなかったでしょう。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

つまり空母は、開戦前+開戦後で、
日本は、10+5+10=25
アメリカは、7+17+9+100以上=133以上
ということですか?そんなに差があったのですね。
戦争ってすごいですね。

お礼日時:2015/10/19 20:44

双方とも戦時中にも空母を作っていたうえに同時に消耗もしているので


絶対数値での比較は難しいですね。
そもそも米国は太平洋と大西洋の2正面で戦力を持っていたから
話が大変複雑になりますし。

作ってすぐ撃沈って、大鵬とか信濃の事ですかね?
南雲機動部隊の空母は相応に活動しましたし。

空母ってそれだけじゃあ、まったくの役立たずなのは承知していると思います。
搭載している艦載機とパイロットの技量、および
それらを有機的に運用する「指揮システム」と「戦術」が
空母の価値を決める。

あと、それらを作る国力の問題ですかね。

レーダーや無線電話などを駆使して先手を打つようになった米国に
日本の艦載機群はバタバタと撃ち落とされた。
「マリアナの七面鳥撃ち」って言葉知っていますよね?

日米の大空母群が正面から殴り合いをしたマリアナ沖海戦、
日本は新造空母と新鋭艦載機を用意して挑んだ。
航続距離の長い日本の艦載機が先制攻撃をかけたけど、
はるかかなたからそれを察知していた米軍は直衛戦闘機を上げ
無線電話で巧にレーダー誘導し、最適な位置から日本機を攻撃。
不意打ち食らってボコスカにやられた日本は、
空母も翌日に米の攻撃範囲内に捉えられ、またまたボコにされたわけです。

本当の戦力とは空母の数だけではなく、
持っているものをどれだけ有効に利用できるスキルを持っているか。
そのスキルを有効活用するための機材を持っているか、です。

現在の航空戦力においては「早期警戒管制機」が非常に重要な役割をしていますが、
それは、どれだけ機動力がある戦闘機でも
管制機から適切に誘導され遠距離からミサイル攻撃してくる敵に勝てないから。
(それをひっくり返すためにステスル戦闘機というのが出てきたけどね)

そんな感じです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
そうです。大鳳のことです。それ以外にもどんどん撃沈されて、作っている方が虚しかった感じがして。
でもそうですね。目に見える攻撃力よりレーダーの開発で一変しましたものね。

お礼日時:2015/10/18 23:54

初期に限って言えば正規空母の数なら互角。

搭乗員の技量なら日本の方が上。
ただしアメリカは大戦中に多くの正規空母、軽空母、護衛空母を完成させました。
真珠湾攻撃、マレー沖海戦以降、戦艦は航空機に勝てないことがはっきりしました。
戦艦は海戦の主力ではなく、空母を主体とする機動部隊が主力になります。


>すぐに撃沈され、戦力としては機能していなかった

ミッドウェイ海戦のことですかね。その直前までなら空母の数は日本の方が上です。
ミッドウェイ海戦で正規空母4隻を撃沈され、それ以降は形勢は逆転されます。
総合的な海軍力では、工業力に勝るアメリカが圧倒的です。
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アリと象ぐらいの差でしょうか?

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Q太平洋戦争はやっぱり無謀?

太平洋戦争は無謀な戦争と評されがちですが、やる前から本当に勝ち目がなかったのでしょうか?
自分で調べたところ、開戦当時の海軍の戦力比では、日本の連合艦隊は空母9隻を含む合計205隻、対する米国のアジア・太平洋地域の艦隊は空母わずかに3隻の合計157隻。ドイツの脅威を考えれば、大西洋艦隊を太平洋にた易く展開できることはできないはずですし。
勢力だって台湾・朝鮮・満州等を含めれば決して米国にひけをとっていたようには思えないのです。
戦局や戦争運営に問題があっただけで、決して無謀な戦争だったとは言えない様な気がするのですが、いかがでしょう?

Aベストアンサー

それは単に開戦時の船の数に過ぎませんよね。
アメリカは当時は平時体制で、戦争の準備を
していなかったからの結果であって、
アメリカが真珠湾以後に本気で戦時体制に入ると
フォードの効率化を採用して、
空母などを月ペースで大量生産をはじめます。
逆に日本は、太平洋戦争(と一般に呼ばれる戦争)が
始まった段階で、すで戦争十年目で、
国力は供給能力の限界に達しており、以後は
弱まる一方。特に船舶はどんどん減る一方でした。

現実の世界の話をすると、総力戦というの常識からして、
アメリカは十分に太平洋と大西洋の両方に
軍隊を展開するだけの国力があったのです。
艦隊を新しくつくっちゃったんですよ。それも最初の何倍もの数の艦船をです。
もう事実が証明してますから議論不要でしょう。
実際にできたわけですから、「容易にできないはず」と
あなたがいっても事実に反します。
アメリカの問題としては、生産のための時間が必要だっただけなので
1942年が重要なターニングポイントでしたが、
この年の珊瑚海海戦やミッドウェイ海戦で不利な状況下でも
米軍は健闘して、結果的には日本の空母機動艦隊は壊滅です。
この時点で、もう総力戦の観点からは日本側の挽回は有り得なくなりました。
翌年からは続々と新造艦や新鋭機が戦線に投入されてきますから。

”勢力”ついていっておられますが、
土地の面積は何の意味もありませんよ。
面積が広かったら強国だというのは、基本的に間違った考えです。
満州なんて当時はなーーんにもないところで、
台湾も山しかないただの貧しい島。台湾が経済発展するのは
80年代以降のことで、当時は前近代的な少数民族が多数住んでいただけです。
朝鮮半島もまた近代化の遅れた農業国にすぎず、
工業という点においてこれらの地域は戦争に貢献できるような状況なありませんでしたし
そもそも生産には原材料だけでなく工場やインフラ、高度な労働力など
さまざまな条件がそろわねばならず、現実問題として
当時の日本軍の軍需物資の生産、特に兵器の生産は90%以上が内地で
行われていました。
海外植民地は鉱石や食料などの低レベルの生産能力しありませんし、
これを内地に運ぶのがまた一苦労。
シーレーンという言葉ぐらいは聞いた事があると思いますが、
当時も今も日本の生命線となるものですが、この長大な地帯を防衛するだけの
艦船が日本には不足しており、事実上は敵潜水艦の天国となって
輸送網は寸断されて、内地は干上がるという状態になったわけで
現実問題として、日本は総力戦を戦えるような状態じゃなかったわけです。

戦争運営に問題があった、というよりもそもそもまともに
計画された戦争じゃなかったというのが大問題で、
無謀というよりも無計画な戦争だったと断言できます。
戦争計画は真珠湾攻撃を含む初期の奇襲計画以後は
第二段階の東南アジアの資源確保ぐらまでしかなくて、
第三、第四段階は未定みたいな感じで、山本五十六も頭をかかえわけですが
勝利の目算どころか先がどうなるか誰にもわからず
進んでいったというのが実情でした。

もう、だいたいが、(継続中の)戦争を完遂するための戦争という
つまりは戦争(=日中戦争)を維持するために新しく戦争を
おっぱじめようというのですから、ばかばかしい話で、
うまくいくわけがない。
あらゆる要素が欠落していて、批判も検証もなく
ただ時流にながされて深みに深みにはまっていったような感じです。

これを無謀/無計画といわずして何を無謀というのでしょうかね。

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混同して、うまくやれば勝てる、あるいは運がよければ勝てる
みたいなことを思い勝ちですが、
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どんなにひねくりまわしても、特定の与えられた状況では
特定の答えしかでません。この場合は日本の敗北ということです。
設定となる状況を変えれば、もちろん結果も変わるのですが
それは単なる妄想でしかないわけで、意味ないんです。

それは単に開戦時の船の数に過ぎませんよね。
アメリカは当時は平時体制で、戦争の準備を
していなかったからの結果であって、
アメリカが真珠湾以後に本気で戦時体制に入ると
フォードの効率化を採用して、
空母などを月ペースで大量生産をはじめます。
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始まった段階で、すで戦争十年目で、
国力は供給能力の限界に達しており、以後は
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