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何故、江戸時代の農民達(庶民)は、魚をほとんど食べられなかったんですか?

漁師はいなかったんですか? 川で魚釣りできなかったんですか?

月に1-4回ぐらいだったらしい?魚食べられるの。

基本、玄米、つけもの、豆腐、味噌汁、(納豆?)だったらしい?


今みたいに、エンジンとガソリンある、漁船がなかったからですか?

また、日本以外の中国やヨーロッパやインドなどでも、魚は貴重だったんですか?

A 回答 (5件)

海や川、池、湖に近い農民は食べていましたよ



漁師も居たし、海や川、池、湖で魚が取れました

それらから離れた場所に住む人は、新鮮な魚は食べられなかったです、冷凍技術がありませんでしたから

だから、焼く、干物にする、塩や味噌や粕で漬けた魚を食べていました
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海産物を日常的に食していたかどうかは、やはり地域差があると思いますよ。



これだけ広い世界でも、日本だけに生魚を食べる文化が生まれ発達したのはなぜだと思いますが?
流通は、文明の高さを計る要です。江戸時代に、生で食せるほど極めて新鮮な魚を都市部に届ける優れた流通手段が発達したからです。かの世界的にも有名な北斎の「神奈川沖浪裏」に多くの船が描かれているでしょう。これは当時活魚輸送などに使われた世界的にも高速な性能を持つ「押送船」らしく、当時の日本の風俗を素直によく表しています。しかもこれが貴族や権力者に向けた「贅沢品」ではなく、江戸庶民で広まった食文化(ファストフード)であったことは、当時の世界的に見ても驚異としかいいようがありません。そのような状況はヨーロッパにも中国にも無かったでしょう。


私達日本人は殆ど無意識のうちに、祖先達が築き上げてきた「文化」の中に身を浸しているのです。
他に、わかり易いところで日本独自に発展した「漫画」文化も、絵巻物時代の戯画や、江戸の浮世絵といった風俗画がルーツだと考えられています。現代日本の精緻で高品質な産業・技術、そして物作りの精神性は、古くから先人達が築いてきた職人文化の上にあります。個人的に言うなら、日本独自のギャルファッションにも伝統的な着物の美意識・精神が見て取れると思います。
海外が、ふとしたきっかけでそういった日本の「過去と現在との繋がり」を感じた時に、日本をさらに賞賛するのです。
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山間部は、海の魚は輸送に時間が掛かりすぎなので、ほとんど食べる機会は無かったでしょう。


 日本の場合、川魚が豊富なところとあまりいないところがありますから、そんなに食べることはなかったでしょう。
 玄米すら贅沢な人たちもいました。

当時は法律で農民の贅沢を禁止している藩が多かったですから、そのために魚類を食べる機会がほとんどない地域もありました。
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農民も食べることが出来ました。


地方の海岸沿いではね。

江戸では、土壌の関係で東京湾近くはお米を栽培することが出来ません。
少し海から離れた場所になるのですが、今のように冷蔵技術がありませんので、運ぶのが困難でした。
しかし、川の魚は食べていたはずです。

どじょうや鰻は小川や田んぼでとれたもので、昔から食べられていましたよ。

江戸の庶民は、江戸前のすしや天ぷらを食べていました。
すしも天ぷらも、モトは屋台で庶民の食べ物でした。
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どこからそんな話を持ってきたのでしょうか?そこから教えてください。

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この回答へのお礼

http://www.yomiuri.co.jp/culture/news/20150701-O …
こことか

http://matome.naver.jp/odai/2134329123090279301
こことか。金持ちの食事。

http://homepage2.nifty.com/kenkakusyoubai/zidai/ …
>もっとも、江戸時代では魚は庶民にとって贅沢品だった。

お礼日時:2015/10/24 19:41

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