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パニック障害になる前に
人と話すのが得意ではないのに、がんばって話して脳が停止するような感覚が何日かあったのですが
ストレスになってたんですかね?

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A 回答 (3件)

パニック障害の経験者で完治した経験があります。

』ので、生半可な専門家よりも詳しく説明出来ます。


パニック障害の原因は、その障害を感じている人が、本人の頭の中に作り出している『幻』を、あたかも存在するものと思い込んでしまって、避けようともがいて返って身近なものにして、実感してしまう現象です。

自分で、”自分” から危機回避とか危険回避をしようとしていると言うものです。

もう一つの方面から説明します。それは、花粉症のメカニズムを使っての説明です。花粉症とは『自分の免疫機能が自分の身体を攻撃する現象』ですが、このメカニズムと同じメカニズムが働いています。

花粉症の場合では、免疫機能が『アレルゲンと認められたものが、(実際にはアレルゲンではないものに対してまで)体内に存在すると感知した場合に発動します。』そのアレルゲンを体内から排出するための防衛機構が働く事を意味します。又この間違ったアレルギーにならないものにまで過剰反応して暴走してしまうものが花粉症のメカニズムです。

『心や行動や感情』に対しても人間には『危険回避』と言った花粉症に対する身体の反応と同じ様に反応する、防衛機能が存在しています。パニック障害とは今書いた『自己防衛機能』が暴走をしてしまう現象です。

始めに暴走する原因を書いて、後で暴走しない方法とか考え方を書いてみますので参考にして下さい。

パニック障害が起きる背景を始めに説明をして置きます。分り難い事を書きますので分らなくとも良いですので、兎に角読んで置いて下さい。私の云う事が腑に落ちた時貴方はパニック障害から抜け出していると思います。只理解するには時間が掛かるかも知れません。

身体にはアレルゲンと判断する機能が存在するように、心にもそう云った判断する機能が存在しています。是を説明する為には脳の構造を説明する必要が在ります、或いは脳の機能と言ったほうが分りやすいかも知れません。

是は誰にでも備わっている機能ですが、簡単に説明します。生まれたばかりの赤ん坊を想像して下さい、生まれたばかりで何も教え込まれていない『白紙状態の脳』を想像して下さい。学問を学ぶと言う意味では『赤ん坊の脳は白紙』の状態であって、何も知らないでいると考えられますが、実際では『全てを知っています。』

その証拠は、見たものに対して安心出来るものか?、恐怖に値するものか?は教えてもらう必要がない事で証明出来ると思います。又自身の生命維持をする機能という意味に置いても、自分の生命を維持する機能を働かせる事は既に知っています。

此処で問題にしたいのは、『見たものに対して安心出来るのか?、恐怖に値するものか?』という問題です。是は母親の懐にいる時には『”安心して”すやすやと眠っている状態』を言いますが、『”安心”させている者が存在しているからです。』

言い換えるなら『自分の心=自我意識』に『外界からの情報を安心出来るのか?、恐怖に値するのか?』を教える機能が存在している事を意味します。

この教えられた情報によって『赤ん坊が安心したり、恐怖に陥ったりしています。』是がパニック障害に於けるストレスになります。心地良いものは当然ストレス源にはなりません。心地悪いものが問題になってストレス源になります。

此処まで書いて貴方の問題に触れて置きたいと思います、貴方の嗜好に対する問題点です。貴方は好き嫌いが激しい部分があるという問題です。人として生きて行く場合では、良い事も悪い事も誰にでも大体は、等しく襲ってくると考えられます。良い事ばかりに恵まれる人などいないという意味です。

処が貴方の願いは、良い事ばかりを願っていて、厭な事を嫌い過ぎている点が問題になっています。

自分が感じた『五感から得た情報をストレスとして感じるのか如何か?』が問題になっています。

話を変えて”ストレス”の意味を考察します、誰でも同じ環境の中で生きていますが、パニック障害になる人と平然としている人に大別されます、その違いは『同じ環境』の中にストレス源を作り出している人がパニック障害で苦しんでいる事実があります。

言い換えるなら、他の人がストレスにしないものをストレスとして感じている、という意味です。強い言い方をするなら『本人が頭の中にストレスを作り出している部分がある。』という意味です。

もう一つ付け加えるなら、ストレスの意味ですが、それは『受容れたくないもの全般』をストレスと表現します。ですので貴方にパニック障害の症状が出る場面では『受容れたくない情報』が貴方の心に送られている事が原因で貴方はパニック障害としての症状が出ています。

此処が大事なところです、この情報が貴方にとってのパニック障害の原因です。貴方が『受け取りたくない』と感じてしまう情報が、花粉症における『免疫機能を発動させるきっかけになっている事です。』

この情報で、貴方は防衛機制を自分の心に掛けています。つまり『逃げ出したいとか、危険回避をしよう』がパニック障害の原因と結果になっている事です。

したがって貴方がパニック障害から解放されるという意味は、『今までストレスとして受け入れる事が出来なかった事柄を、ストレスにしない、人間性への変貌が求められている事を意味します。』

難しい事を書いていますが、決して難しい事ではありません。今までのように『好き嫌い』の激しかった部分に少し、学びの部分を積み上げるだけで良いのです。

私の云う事を実践して下さい、それは『良い事に遇った場合では”喜び過ぎないでいる事、厭な事に遭った場合では落ち込み過ぎないでいる事』たった是だけです。

今の貴方とパニック障害から抜け出した貴方の違いとは、感じた事柄に対して『向きになって感情に走ってしまっているのか?或いは感情的にならずに冷静でいられるのか?』たった是だけの違いで、パニックになるかならないのかに分かれているからです。

貴方が完全にパニック障害から抜け出した暁には、『湧き上る感情(雑念)に右往左往するのか?或いは”雑念は雑念”としてそのままにして置けるのか?』の違いをマスターしています。

パニック障害とは、『只の雑念に右往左往しているに過ぎないからです。』

パニックになるような事が起きたとしても『泰然自若』としていられる事を学ぶ場として貴方に『パニック障害』という学びの場が与えられています。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。成長できる場と思いがんばって生きていきます。

お礼日時:2015/11/14 15:44

パニック障害の病因については明らかにはなっていませんが、強いストレスがあったのであればその時のことがひとつの誘因になった可能性は否定できないでしょうね。

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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2015/11/04 23:41

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医師、歯科医師、栄養士、薬剤師、獣医師、カウンセラー等に直接相談できる、メディカル・ヘルスケアQ&Aサービス「Doctors Me(ドクターズミー)」に所属する女性医師が回答。
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Qパニック障害の克服

2か月前位にパニック障害(不安神経症)に陥り、病院にも行き気持ちの切り替え、森田療法など行って少しずつですが、症状がでなくなってきて症状が出ても軽めで済むようになってきました。
ですが、昨日症状が出てしまい、しかも症状が重く最近良くなりだしていたのにショックで、冷や汗ともう治らないんだと思い込み出して本当に落ち込み、そういう時に限って悪い方向ばっかりに考えてしまい、もうワケわからなくなってしまいました。こうした心(脳?)の病は症状が出ても自分は治るんだといつも思って付き合って行けば治るんでしょうか?もうショックで仕方ありません…

Aベストアンサー

パニック障害はあなたも書かれているように、以前は不安神経症と言われていた症状だと言って良いと思います。

あなたは病院に行き、気持ちの切り替え、森田療法などを行なったとのことですが、森田療法の場合には神経質性格の特徴を持っていることが必要になると思います。

つまり、心配症や自己内省性の強さ、負けず嫌いといった神経質性格の特徴を持っている場合には森田療法の学習により不安神経症を克服していくことも出来ると思います。

しかし、こういう神経質性格の特徴を持っていない場合は思うような効果は出てこないと思います。

ただ、神経質性格を持っていたとしても、神経症は良くなったり後戻りしたりを繰り返しながら、少しずつ良くなっていくものだと言われています。

また、森田療法では不安神経症は心や脳の病気ではないと言っていると思います。

ですから、もしあなたが、不安神経症を心や脳の病気だと考えているとしたら、この時点で森田療法の考え方は身についていないということになると思います。

不安神経症は「死の恐怖」に対する「とらわれ」が出来た状態であり、うつ病や統合失調症などの心の病気とは全く異なるものだと言われているのです。

そして、だからこそ、森田療法の学習をしていく中で、この「とらわれ」が薄らいでくると症状を克服していけるのだと思います。

ですから、もし、あなたが神経質性格の特徴を持っているのであれば、森田療法の考え方をきちんと身に付けていけば、充分、不安神経症を治していけると思います。

ただ、今は森田療法を掲げている病院でも、きちんとした森田療法の指導を行なっている所は少ないように思います。

ですから、むしろ、あなた自身で森田療法の学習をしていった方が良いのではないかと思います。

パニック障害はあなたも書かれているように、以前は不安神経症と言われていた症状だと言って良いと思います。

あなたは病院に行き、気持ちの切り替え、森田療法などを行なったとのことですが、森田療法の場合には神経質性格の特徴を持っていることが必要になると思います。

つまり、心配症や自己内省性の強さ、負けず嫌いといった神経質性格の特徴を持っている場合には森田療法の学習により不安神経症を克服していくことも出来ると思います。

しかし、こういう神経質性格の特徴を持っていない場合は思うような...続きを読む

Qトラウマなのか?どうしたら改善はできるのか?

私は、彼になった人にいつも同じ過ちをして相手に不快な思いをさせてしまいます。

簡単に言うと、原因は、(1)幼少時の寂しさが無意識に露出するのか。(2)単たる私の弱さか
と分析しています。

いつも無意識にしてしまうため、どのようにしたら自分を変えることがでしょうか?
もちろん、相手をを愛そうとすることが大事だとわかっています。しかし、愛の受け取り方や愛し方がわからず、愛しているつもりがいつも追いかけてばかりで、うんざりされてしまいます。

学生時代に、父親くらいの年の離れた男性と長く付き合い、同棲し、結婚も考えた経験もあります。とても癒され、一度治ったと思っていましたが、それから15年くらい経ちました。彼も心が寛大で包容力のある方で、私に優しく対応してくれますが、やはり、無意識に同じ過ちをしてしまいます・・・。

どなたかアドバイスをいただけるとうれしいです。

■彼にしてしまう過ちとは
 (1) 仕事、学歴、趣味等の達成度を、彼に評価してもらい、自分の存在をさらに認めてもらおうとすること。
 (2) 自分がストーカーや変質者に嫌な目に会うと、彼に被害者意識で相談し、彼の気を引こうとすること。

■生い立ち=原因なのか??
 (1) 中学を卒業して、家を出るまで、アルコール中毒の父親が、自宅の壁にビール瓶やガラスのコップを投げつけ、恐ろしくて、男性恐怖症になっていました。女子高に入りました。(→彼が大好きで安心するのに、彼と室内にいると何を話してよいのかわからなくなる)

 (2) 父親から安心して抱擁された経験がなく、いつも愛されたいと思って育つ。(→彼にもっと愛されたいと努力してしまう)

 (3) どのようにしたら父親が振り向いてくれるのか、父の顔色ばかり伺って考え言動してきた。(→彼の顔色ばかり伺って考え言動してしまう)

 (4) 父や機嫌の良い時に、テレビと会話している内容から、高学歴のタレントが好きだと知りました。
   父と会話が成立した記憶はありません。
   勉強して、よい大学に入ったり、資格をとれば、私を認めてもらえて、愛してくれると思って生きてきた。(→彼に学歴、趣味等の達成度を、認めてもうらおうする)

 (5) それとも、上記(1)~(4)のような育った環境と関連性はなく、私の単たる弱さでしょうか・・・?

私は、彼になった人にいつも同じ過ちをして相手に不快な思いをさせてしまいます。

簡単に言うと、原因は、(1)幼少時の寂しさが無意識に露出するのか。(2)単たる私の弱さか
と分析しています。

いつも無意識にしてしまうため、どのようにしたら自分を変えることがでしょうか?
もちろん、相手をを愛そうとすることが大事だとわかっています。しかし、愛の受け取り方や愛し方がわからず、愛しているつもりがいつも追いかけてばかりで、うんざりされてしまいます。

学生時代に、父親くらいの年の離れた男性と長く...続きを読む

Aベストアンサー

> やってみました。

お疲れ様です。

> 1)自分には価値がある
> 2)自分は幸せでいていい
> 3)親にも自分にも罪はないと思います。

ではそれを父親に面と向かって言うのがよいです。頭の中で。


あとは、彼氏と会う時も頭の中でそう言ったらいいと思います。

言っているうちに慣れてくる。

価値があるのですから、彼に対して何かを証明する必要はないし、
彼の前で幸せでいればいいです。

もちろん、仕事で成功して嬉しければ一緒に喜んでもらえばいいですし、
嫌なことがあったら話を聞いてもらってスッキリすればいいです。

自然体ですよ。
自然体の自分になじむまで、誰の前でも、彼の前でも

> 1)自分には価値がある
> 2)自分は幸せでいていい
> 3)親にも自分にも罪はないと思います。

と思ったらいいです。

Q精神疾患の、真の原因は?

神経症というものは、どうして、発症するのですか。
どうすれば、解決するのですか?
解決するための、根本を、教えて下さい。

鬱についても、原因は、何ですか。
どうすれば、解決するのですか?
解決するための、根本を、教えて下さい。

Aベストアンサー

私が知る限りでは、神経症と鬱病などの精神病は、発症もそれに起因する原因も違うと思います。
神経症は、過度のストレスが大きな要因になる心の病だと思うのですが、精神病は、色々な要因が重なっての発病で、脳の神経伝達物質の異常の病気だと思います。ですから、神経症は、薬に頼らなくても治る場合がありますし、カウンセリングなども有効でしょうが、鬱病の場合は、薬の治療は、欠かせないと思います。

Q離人症

離人症を克服したという方いらっしゃればどのように克服したのか教えていただきたいです。
(自律訓練法が役立つ・・・etc)


あとやはり自分は離人症だから…と考えたり、離人症のことを思い出すということはよくないことなんでしょうか?
こういうことをとらわれているというのでしょうか?



回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

具体的な質問を頂きましたので、具体的にお答えしたいと思います。

『私は離人症になってからいつも離人症のことが気になってしまい、最近は「時間とは何でできている?」とか「自分という存在(魂)とは何でできている?」とか哲学的なことを考えてしまいます。
このこともやはり離人症によるものなのでしょうか。』

と言う質問の答えは、貴方の性格によっていると思います。そもそもそういう性格の中に『離人症』と言うものが育っています。貴方の性格は『自分自身に敏感』と言う特徴があります、ことばを替えて言うなら『疑問を抱きやすい、或は不安を抱きやすい性格です。』

こういう不安になり易い性格が、離人症に変化しています。それは『心の奥底での、自己防衛機制』が働くと言う意味です。受容れたく無いものを、『心から追い出そうと言う機制です。』

もう一つの質問です『また離人症、神経質体質な人は日常生活をどのような心構えで送っていけばいいのでしょうか。』と言う質問の答えが、神経症を解決する答えになりますが、今の貴方には信じがたい事と思いますが、よく読んで置いて下さい。

その解決する道筋は、決して難しい事では在りません、只私の言葉を信じられるのか或は、貴方が自分自身の考え方を信じられるのかの違いです。

神経症の症状は、離人症の他にも沢山存在しますが、その症状は『意識した事柄全てが、症状になるる可能性を秘めています。何故なら意識した内容を嫌っているだけだからです、

嫌っている感情の『虜にならないように、意識してその意識している感情を追い出そうと規制を掛けている事が、症状の発生となって、更なる厳しい規制の掛け方が、しっかりとその感情を固定させています。

その機制の対象が貴方の場合では『離人感』と云う事です。

その症状が、離人症であっても、対人恐怖症であっても、強迫行為であっても『湧き上がる自身の感情を意識した内容として嫌っている事』は神経症では共通項となっています。

と言う事で、神経症の治し方を書いてみます。是は飽く迄も神経症の治し方を書いていますので、『貴方が願う、離人感の治し方とは、全く別です。』

離人症は治そうとすればするほど、離人感が強くなってゆきます。離人症は治そうとしなければ治っています。離人感を無くそうとする事が『反って、離人感を生じさせて、その感情を打ち消そうと言う心の働きが、固定させています。』

神経症の正しい治し方は存在していますので、この事をもう少し詳しく書いてみます。

神経症とは『湧き上がる自分の感情を、打ち消したくなってしまう現象です。』神経症が一生治らないでしまう場合では、一生湧き上がる自分の感情を打ち消そうとし続ける場合です。

神経症が治る場合では『湧き上がる自分の感情に、優劣や、良し悪しを付けなくなる場合です。』

離人感に襲われた時でも、良いとか悪いとかを言う必要がなくなった場合には『離人感』は消滅しています。此処まで来た時に完治したといいます。

離人感など、有っても無くとも良いや、と言う態度です。それは『離人感』を受け入れる事が出来た時です。

今の貴方は『湧き上がる自分の感情の中で、離人感のみを嫌っているだけだからです。』湧き上がる自分の感情には逆らう事など出来ない、と言う諦めが必要です。

神経症の完治を望むなら、『症状などの相手をしない人間性を確保する事が有効です。』

今の精神医学の方向性は間違っています。症状の改善を望まなくなるという人間性が確保出来た時点で『症状が消滅する事=完治する事』を知らないで、闇雲に『症状の改善のみが図られています。』

是では治らないように、治らないようにしている事を意味するからです。

『また離人症、神経質体質な人は日常生活をどのような心構えで送っていけばいいのでしょうか。?』

と云う事をもっと具体的に書いてみます。

『心の使い方を学ぶ事です。』

何も考えずに生きる事をやめて、『丁度のところを学ぶ事が有効です。』この意味は、例えば挨拶一つでも、『心を砕いて使う事です。』挨拶する相手の距離をどのくらいが丁度良いのかや、声の大きさはどのくらいが丁度良いのかと言う風にして、全身全霊で『丁度のところを探る事です。』

意識を集中させる事の意味は『意識を分散させていながらなおかつ、目の前に意識を集中させる事です。』

歩く場合では『靴の底の減り方を、気にしながら歩く事です。』この意味は、靴の底が平らに減る様な工夫をしながら歩く事を意味します。

自分の一挙手一投足に付いても『全身全霊で対処する事』を学ぶ事です。

又今度にします、聞きたい事には答えたいと思います。

具体的な質問を頂きましたので、具体的にお答えしたいと思います。

『私は離人症になってからいつも離人症のことが気になってしまい、最近は「時間とは何でできている?」とか「自分という存在(魂)とは何でできている?」とか哲学的なことを考えてしまいます。
このこともやはり離人症によるものなのでしょうか。』

と言う質問の答えは、貴方の性格によっていると思います。そもそもそういう性格の中に『離人症』と言うものが育っています。貴方の性格は『自分自身に敏感』と言う特徴があります、ことばを替え...続きを読む

Q仏教の教えの矛盾?

仏教の本を読んでいると、「我れ、私」というものの実体は、物質的なものはもとより、非物質的な霊魂なども含めて、その実体はないと言っているように見えます。
一方、「輪廻転生」があると言っているように見えます。

しかし、「我れ」というものがないとすれば、一体何が生まれ変わると言うのでしょうか?
「我れ」がないと言うなら、生まれ変わる主体がないのだから、「輪廻転生」はないことになると思います。
生まれ変わりがあると言うなら、その生まれ変わる主体があって、それが生まれ変わると考えるべきだと思うので、生まれ変わる「我れ」の実体がある(例えば霊魂など。)ことになり、「我れ」には実体がないと言う命題と矛盾するのではないかと思います。

しかし、これまで長い間、偉いお坊さんたちの間では、この二つの命題の間には「矛盾はない」と理解されて来ていたのでしょうから、多分、この二つの命題に関する私の理解が不十分なのだろうとも思います。

そこで、一見矛盾するように見えるこの二つの命題を矛盾なく理解するには、この二つの命題の、それぞれの本当の意味をどう理解したら良いのか、また、両者の関係をどの様に理解すれば良いのか、どなたかご教示頂けると大変有難いと思います。

どうぞよろしくお願い致します。

仏教の本を読んでいると、「我れ、私」というものの実体は、物質的なものはもとより、非物質的な霊魂なども含めて、その実体はないと言っているように見えます。
一方、「輪廻転生」があると言っているように見えます。

しかし、「我れ」というものがないとすれば、一体何が生まれ変わると言うのでしょうか?
「我れ」がないと言うなら、生まれ変わる主体がないのだから、「輪廻転生」はないことになると思います。
生まれ変わりがあると言うなら、その生まれ変わる主体があって、それが生まれ変わると考えるべき...続きを読む

Aベストアンサー

 あけましておめでとうございます。真宗のボーズと呼ばれているものです。しばらくお話しさせていただきやす。

>>仏教の本を読んでいると、「我れ、私」というものの実体は、物質的なものはもとより、非物質的な霊魂なども含めて、その実体はないと言っているように見えます。
>>一方、「輪廻転生」があると言っているように見えます。
 そうですな。そういう理解でいいと思います。

>>しかし、「我れ」というものがないとすれば、一体何が生まれ変わると言うのでしょうか?
>>「我れ」がないと言うなら、生まれ変わる主体がないのだから、「輪廻転生」はないことになると思います。
>>生まれ変わりがあると言うなら、その生まれ変わる主体があって、それが生まれ変わると考えるべきだと思うので、生まれ変わる「我れ」の実体がある(例えば霊魂など。)ことになり、「我れ」には実体がないと言う命題と矛盾するのではないかと思います。
>>しかし、これまで長い間、偉いお坊さんたちの間では、この二つの命題の間には「矛盾はない」と理解されて来ていたのでしょうから、多分、この二つの命題に関する私の理解が不十分なのだろうとも思います。
 この矛盾を指摘して今でも影響力を持つ説として挙げられるのは和辻哲郎氏の『原始仏教の実践哲学』という書籍かと思います。かいつまんで和辻氏の説を説明しますと、輪廻には主体となる「我(attan・アートマン)」が必要である、しかしお釈迦様は「我」を否定する、故に輪廻と無我は両立しない、だから輪廻説はお釈迦様の説でがなく後に付け加えられたものであろう、というのが和辻氏の説です。この説は仏教学者中村元氏においても『中村元選集』15巻で輪廻説は無我説と矛盾することが学者によって指摘されているというような内容があったはずで、中村氏をもってしても批判は加えられておりません。
 ですから、質問者のする輪廻と無我は矛盾するという指摘は中村元氏でもひっくりかえせなかった、矛盾を見つけたという事ですからなかなか鋭い指摘といえます。 

>>そこで、一見矛盾するように見えるこの二つの命題を矛盾なく理解するには、この二つの命題の、それぞれの本当の意味をどう理解したら良いのか、また、両者の関係をどの様に理解すれば良いのか、どなたかご教示頂けると大変有難いと思います。
 もちろんこの矛盾に対して答えたかたはいらっしゃいます。例えば、和辻氏が批判の対象として木村泰賢氏の『原始仏教思想論』なんかが、通仏教的な矛盾の解決を論じています。木村氏の文章はショウペンハウワー氏など、西洋哲学の人の言葉を使ったりして現代的な理解として論じておられますが、私は西洋哲学ちんぷんかんぷんなので、木村氏の説をもとに私のわかる言葉書きます。もし木村氏の実際の文章が気になるのでしたら書籍を手に取ってみてください。
 まず、お釈迦様は実際に筆をとって言葉を残したことはありません。あくまで、現存する資料はお釈迦様が亡くなってから三百年以上たってから書きとめられたものである、という事を前提におきます。しかし、ながらお釈迦様の教えを知るにはそういった文献によらざるを得ません。そのなかでもっとも古い成立起源をもつ経典の一つが『スッタニパータ』というものです。この中で輪廻がどのように説かれているか、最古層といわれる部分から抜き出していきますと、(文章は中村元氏訳を使います。『ブッダのことば』岩波文庫)

779 想いを知りつくして、激流を渡れ。聖者は、所有したいという執著に汚されることなく、(煩悩の)矢を抜き去って、勤め励んで行い、この世もかの世も望まない。

877 かの聖者は、『これらの偏見はこだわりがある』と知って、諸々のこだわりを塾考し、知った上で、解脱せる人は論争におもむかない。思慮ある賢者は種々なる変化的生存を受けることがない。」
(文中「種々なる変化的生存を受けることがない」というのは、わかりにくいのでほかの方の訳と原文を比べ
ますと「いろんなものに輪廻して生を受けることがない」ってことです)

901 あるいは、ぞっとする苦行にもとづき、あるいは見たこと、学んだこと、思索したことにもとづき、声を高くして清浄を讃美するが、妄執を離れていないので、移りかわる種々なる生存のうちにある。

902 ねがい求める者は欲念がある。また、はからいのあるときには、おののきがある。この世において死も生も存しない者、──かれは何を怖れよう、何を欲しよう。
(文中「この世において死も生も存しない者」というのは、やっぱりわかりにくいのですがほかの方の訳や原文を比べますと「この世において生まれ変わり死に変わりしない者」という意味でしょう)

1123 師は答えた、
「ビンギヤよ。ひとびとは妄執に陥って苦悩を生じ、老いに襲われているのを、そなたは見ているのだから、それ故に、ビンギヤよ、そなたは怠ることなくはげみ、妄執を捨てて、再び迷いの生存にもどらないようにせよ。」

1055 師が答えた、
「メッタグーよ。上と下と横と中央とにおいて、そなたが気づいてよく知っているものは何であろうと、それらに対する喜びと偏執と識別とを除き去って、変化する生存状態のうちにとどまるな。

私が抜き出せるのはこんなところです。(もっとあったら誰か教えてください。)現存する経典の最古層でお釈迦様は輪廻についてこのように説いておられます。もっともお釈迦様の立場が分かりやすいのは1055かと思います。簡単に言えば、「輪廻しないようにならないといけない」と説いているわけです。しかしながら、このような文章を使って「ほらお釈迦様は輪廻を否定している。お釈迦様は輪廻を説かなかった」と結論付ける方が学者のなかにもがおりますが、確かにお釈迦様は「輪廻すること」を否定はしていますが、「輪廻説」自体は否定していません。こういった文章を読む限り、お釈迦様は輪廻を前提においた解脱という事を説いています。

 では、その時の輪廻の主体は何か?これは『中阿含経』(パーリ『中部』)の中で、漁師出身の嗏帝(サーティ)比丘という方が

サーティ比丘は
「私はお釈迦様の教えをこのように理解します。識だけは、流転輪廻するが、変化することがないと」
と話していた。それを聞いて、お釈迦さまはサーティを呼び出して
「サーティよ、その識とはどんなものですか?」
と問いかけると
「尊い方よ、識とは、語るものであり、感受するものであり、ここかしこで善悪の行為の果報を受けるものです」
と答えたするとお釈迦様は
「そんなことを私はいつ説いたのですか?。私は様々なお話をしましたが、縁によって生ずる識を説いたのではなかったですか。すなわち『縁がなければ識の生起はない』と」。
と御叱りになった。

というような内容です。ここで、問題になるのは、お釈迦様は何について叱ったのかという点です。この中では、「識とは縁によって生ずるものだ」と叱っておられます。決して、「輪廻の主体が識である」という事を叱ったわけではありません。
 そのようなことを念頭において、今一度『スッタニパータ』最古層に目をやりますと、1055には「偏執と識別とを除き去って、変化する生存状態のうちにとどまるな。」とあって、偏執と識別を無くすことで輪廻から解脱することができると考えられています。この中村訳では識別と訳されている部分は、仏教語として識と訳されるもので、先ほどのサーティ比丘のいう識と同じ言葉です。この識という言葉も意味は多岐にわたりますが、区別し知るものという意味で簡単に言っちゃえば「これが我なんだったっていう執着」ってことですかね。十二縁起(十二因縁)などでは、識の原因は行、行の原因は無明という根本的な無知であるとされていますから、こういうことも含めた識なのでしょう。

 大まかに言えば、これが我なんだという執着が、いわば輪廻の主体です。そして、その執着を取り除いていって「そっか我を我たらしめるものなんて、無かったじゃないか」と気が付くことで輪廻からの解脱を勧めるのが無我説という事ではないでしょうか。ですから、仏教においての輪廻説は我(アートマン)というものを必要としない輪廻説といえます。

 大変おおざっぱなので木村氏の説とはまた違っているかもしれませんが、私の理解はこんなところです。どうぞご自身の理解をより深めていってください。
 急ごしらえのため誤字脱字乱文、引用の間違いがりましたらご容赦ください。
合掌 南無阿弥陀佛

 あけましておめでとうございます。真宗のボーズと呼ばれているものです。しばらくお話しさせていただきやす。

>>仏教の本を読んでいると、「我れ、私」というものの実体は、物質的なものはもとより、非物質的な霊魂なども含めて、その実体はないと言っているように見えます。
>>一方、「輪廻転生」があると言っているように見えます。
 そうですな。そういう理解でいいと思います。

>>しかし、「我れ」というものがないとすれば、一体何が生まれ変わると言うのでしょうか?
>>「我れ」がないと言うな...続きを読む

Q対面で食事をした時、緊張で頭が震える症状って何?

真剣に悩んでいます。よろしくお願いします!

私は会社員(一応管理職)、40歳女性です。
症状はここ5年ほどでひどくなったような気がします。

あれ?と症状を意識し始めたのはここ5~10年ほどでしょうか・・・。


「対面すること」に対してとても緊張してしまいます。
※緊張するときとしない時があるので困ってしまうのですが・・・

一番は、対面で食事をする事です。

気にしなければいいと思うのですが
食事している様子を見られているような気がして目が見れません。
食事を口に運ぶ瞬間、ブルブルっと手と頭が震えてしまいます。
まさに地獄で味などわかりません・・・。

口に入れてしまえば平気なのですが
口に入れる瞬間が病的にまずい気がします・・・。

会社の上司と仕事で外出をした際
対面で食事をしたのですが、途中で食べられなくなってしまいました。
食べ物に箸まではつけられるのですが、「口」に持っていくとブルブルしてしまいます。

それに似たのが
・対面でタバコを吸う
・対面で字を書く(字は対面じゃなくても見られているだけでブルブルです)

そうですね、じっと見られることに苦手なのかもしれません。
隣同士で食事をするのは全然平気です。

ちなみに不安感があって2年ほど前から病院に通ってお薬は飲んでいます。
※薬では症状はよくなっていないです。

先生からは、そういう事がある前に飲む「頓服」を支給されましたが
あまりよくはなく、事前に対面することがわからない場合も多いので
できれば訓練か何かをして直したいと思っているのですが
いい方法はないでしょうか・・・。

病院ではカウンセリングを勧められましたが
カウンセリング料が高くて手が出せません・・・。

どうにか個人で訓練するいい方法があれば教えて下さい!
よろしくお願いいたします!

真剣に悩んでいます。よろしくお願いします!

私は会社員(一応管理職)、40歳女性です。
症状はここ5年ほどでひどくなったような気がします。

あれ?と症状を意識し始めたのはここ5~10年ほどでしょうか・・・。


「対面すること」に対してとても緊張してしまいます。
※緊張するときとしない時があるので困ってしまうのですが・・・

一番は、対面で食事をする事です。

気にしなければいいと思うのですが
食事している様子を見られているような気がして目が見れません。
食事を口に運ぶ瞬間、ブルブルっと手...続きを読む

Aベストアンサー

訓練する事は逆効果になると思います、学ぶなら『神経症』の原因と解消方法と思います。そう言っている私の場合では、14歳から発症をして18年間の悪戦苦闘の末に完治した経験があります。

この経験をした中から貴方にアドバイスをしたいと思います。

神経症のメカニズムを知る事は、貴方にとって直接的な効果はないと思います、という意味は『頭では分っていながら身体が付いてこない事』が神経症にとってのジレンマだからです。

さりとて、原因がわからない事で、尚更落ち込みが激しくなるということもあると思いますので、一応そのジレンマである矛盾という意味からもそのメカニズムを説明して置きます。

神経症の原因は『心の矛盾』が原因です。この意味は『意識している貴方』VS『意識していない貴方』が意識の根底で『出番争いをしている事』が原因です。

誰にでもある普通の事です。此処のところが分る時、貴方は神経症に置いての、症状に悩む事が止みます。

人間は進化の過程で、脳が発達して来ました、この脳の進化によって神経症や自律神経失調症や、うつなどといったノイローゼの状態が生まれています。

これは簡単な言い方をするなら、意識していない時には出来ていた事が『意識した途端に出来なくなる』という現象です。

『無意識で(意識していない時)、出来ていた事が』意識する事によって出来難くなる、という意味です。

訓練するなら『意識性を学ぶ事』ですが、こう言った事を学ばせてくれるところを余り知りませんが『森田療法』を学ぶ中や『禅』を学ぶ中に、あると思いますが、兎に角時間が掛かり過ぎるという欠点があります。

即効性がありながら、確実性が在る方法がありますので書いて置きます。それは逆説的指向という方法です。

意識する事によって『意識した内容』が出来難くなる事を、逆手に取る方法です。貴方の場合では『食事している様子を見られているような気がして目が見れません。食事を口に運ぶ瞬間、ブルブルっと手と頭が震えてしまいます。』

という場合に『もっと(意識的に)ブルブルっと手と頭を振るわせてやろう』とする方法です。震えが止まらないようなら、もっと意識的に震わせるようにする方法です。

貴方の手や頭の振るいは『貴方の意志の力では止める事も、とめないようにする事も出来ない事』が分ります。震えさせようとした途端に震えは止まります。

身体と意志は通じない事が分ります。


『・対面でタバコを吸う・対面で字を書く(字は対面じゃなくても見られているだけでブルブルです)』という場合も同じです。貴方が意識的に『震えさせてやろう』とした瞬間から震えさせる事が出来なくなります。

神経症の場合『意識性を悩んでいる事』を意味しますが、キーワードは『症状を受け入れる事』が、治るきっかけになります。何故なら『症状として意識する事が、症状にしているからです。』

誰でもが感じている、誰にでもある事を『本人の性格的なものや、本人の感じ方や考え方』が拒否反応をして、受け入れないようにする事がきっかけになって症状として顕れているからです。

不安感にしても同じです、誰でもが何時でも感じている事ですが、不安感を追い出そうとした時から不安感は大きくなり始めています。是が不安障害のきっかけになって不安傷害が確定します。

この不安感から特に強く逃れようとした時『パニック障害』にまで発展する場合もあります。こう云った事をきっかけにしないようにするキーワードが『受容=受容れる』です。

何を受容するのかというと『雑念』です、誰にでもが絶えず湧き上がっているものが『雑面』です。

こう云った雑念にいちいち取り合って『問題にする事が』神経症の症状になっています。

貴方が神経症の外に出た場合を書いて置きますので、参考にして下さい。

今迄は沸き上がる雑念の内『「対面すること」に対してとても緊張してしまいます。食事している様子を見られているような気がして目が見れません。食事を口に運ぶ瞬間、ブルブルっと手と頭が震えてしまいます。

それに似たのが
・対面でタバコを吸う
・対面で字を書く(字は対面じゃなくても見られているだけでブルブルです)』

といった事柄が特に気になっていましたが、神経症的な考え方の対処を出来るようになってからは、『沸き上がる雑念』を問題にしなくて良くなりました。

沸き上がる『雑念』は一過性のものであって、特に問題にしないでいると『湧き上がっては消えてゆく性質がある事が分かります。』この為に、不安などいろいろな『雑念』が湧き上がってきたとしても取り立てて問題にしなくなっています。

雑念の相手をしないでいる時、症状と感じていた事柄は全て『自分が頭の中に作り出していた幻』であったことが分ります。

現実にはなかった事柄を『受容れたくない一心で』頭の中で症状にして、現実の世界であるものと錯覚をしていた事が分ります。

沸き上がる『雑念』に過敏に、或は過剰に反応する事がなくなって『安楽な心持が持てる様になっています。』

症状としていた事柄は、『在ってよし、無くともよし、もうそんな事よりも』楽しくおいしく食事をする事に夢中になっています。仕事も忙しくなってなって、そう云った事に構っている事の方がもったいない感じになっています。

毎日毎日有り難いという忙しさで満たされています。となります。

訓練する事は逆効果になると思います、学ぶなら『神経症』の原因と解消方法と思います。そう言っている私の場合では、14歳から発症をして18年間の悪戦苦闘の末に完治した経験があります。

この経験をした中から貴方にアドバイスをしたいと思います。

神経症のメカニズムを知る事は、貴方にとって直接的な効果はないと思います、という意味は『頭では分っていながら身体が付いてこない事』が神経症にとってのジレンマだからです。

さりとて、原因がわからない事で、尚更落ち込みが激しくなるということもあると...続きを読む

Q乗り越えられる試練

神様は乗り越えられる試練しか与えないとは言いますが…手をつくした結果どうにも乗り越えられそうにない場合は、どうしたらいいんでしょうか

もう諦めるか、それとも数年越しに頑張るしか無いのでしょうか

Aベストアンサー

乗り越えられる試練と言うと、響きは良いかも知れませんが、諦める事も『乗り越えられる試練』の内に入ると思います。

ただそう云った問題の前に立った時如何考えるのかで結果は違うと思います。出来なかった言い訳を考えるのか?或はどうやったら出来たのか?の違いです。

出来なかった言い訳だけを考えたり、出来なかった理由はいくらでも見付ける事は出来ると思いますが、それだけでは進歩が無いと思います。

出来た可能性を探す事の方が良いと思いますが、それが出来なかったとするなら諦める事も選択肢の一つと思います。全てを諦めると言う言い方は言い過ぎかも知れませんが、『万策尽きるほど』考え尽くしたのかを考えたらさっぱりすると思います。

針の穴にらくだを通す事さえ出来る考え方もこの世の中にはある事も知って下さい。不可能を可能にする智慧を学ぶ試練を貴方は、今、体験しています。

Q人生何歳からでもやり直せるという風潮が死ぬほど嫌い

薬剤師になりたいのですが
40歳から薬学部に進学したら卒業するのは46歳ですよね。
現実的にいく意味があるのでしょうか?(就職とか)
薬学や人体に興味があり、やりがいもありそうだと思ったので
進学したいのですが・・あと給料もボチボチ良さそう・・
(お金よりはやりがいや興味が優先)
無事に卒業しても50前のじじいを雇ってくれる病院や薬局はあるのでしょうか?
あと働きながら昼間の大学に通ってるのは新聞奨学生くらいですよね?
現実と照らし合わせると難しいか・・
もうじき38歳になる独身おっさんで貯金0の日雇い労働者の質問です。

Aベストアンサー

意味があるかどうかは、自分が決めること…

現実はどんな年齢でも目の前にある…

やり直せるかどうかとはあんまり関係ない。
やる人はやる。その事実があるんだからしょうがない。

Q離人感がある方、どう対処してますか?また原因や、きっかけはわかりますか??

最近1ヶ月に2日くらい、離人感がひどいです。「離人」という言葉は色々調べて、最近知りました。ぴったり、症状が当たっているように思います。

元々自律神経失調症、(眩暈やふらつき、不眠など)や、不安神経症(でしたっけ?不安神経症かもね、と先生に言われました)で、クリニックに通院しているような身です。
行くのも気が向いたらですし、薬も頓服程度ですが。。
まだこのことは先生には言っていません。
なぜなら、不意打ちで、離人感が強烈な日が突然やってくることと
なんとか一日、ないしは二日のりきれば元に戻る場合が多いからです。
ただなっている間は。。苦痛ですね。


元々、小さい頃からごくたまに、ありました。
一人でいる時とか
私は今なんでここにいるんだろう、みたいな
ちょっと幽体離脱っぽい不思議な感覚で
頭の中は「宇宙の誕生」みたいなテーマの雰囲気でいっぱいでした(笑)
でも、小さいながらも、きっとまだ自分が子供なのと、色々なことに対して、知識も浅いしいろんなことがわかってないからこんなふうに思うんだろうなーと思ってました。


最近頻繁なの(月2,3日程度ですが)は、ここ2年くらいですね。

普段と景色が全く違って見える、
普段接している人が全員その日は違う態度に見え、別の人間みたい。
自分がそこに存在してる実感が無く、何をしても、脳、心、体、言動がバラバラな感じ。
人と会話しても「あれ、これ違う、自分じゃない」みたいな。違和感。漠然と、現在の状況が映画やドラマのような感じ。違うーのに---!!!・・・って。
何とも説明しがたいのですがそんな感じです。
勿論誰に言っても理解不能らしく、
彼氏に言っても全く理解不可能みたいです。



そう感じる違和感な日は、何の前触れも無く突然やってきて、違和感は一日中続きます。
仕事がはじまり暫くして、「あ、今日は離人系な一日だ」と気づき、寝るまで続きます。仕事中の記憶が曖昧になります(仕事してる自分も違和感)し、世界が違って見え、緊張、不安感でいっぱい、精神的に不安定な一日となります。苦痛な感じです。

こういう感じになってしまう方は、何がきっかけでこうなりますか?
離人症と病院で診断された方は、原因や、きっかけ、はっきりわかりましたか?

色々よんでいると生理前になったりもするようですが
自分の場合とくにそういう法則性はみあたりません。
別にその日、嫌な仕事がたまっているわけでもないし、彼氏と喧嘩した翌日になるわけでもなく。。。
なるきっかけや理由が全くつかめません。

あとは、やはり、月2日程度いえどもかなり苦痛でその日は一日仕事もままならず、人との会話も、なんか暴走系というか
頭の中でテープが早回しになっているような感じに襲われ
一日とにかく苦痛なので
緩和する方法があればアドバイスいただきたいな、と思います。
宜しくお願い致します。

最近1ヶ月に2日くらい、離人感がひどいです。「離人」という言葉は色々調べて、最近知りました。ぴったり、症状が当たっているように思います。

元々自律神経失調症、(眩暈やふらつき、不眠など)や、不安神経症(でしたっけ?不安神経症かもね、と先生に言われました)で、クリニックに通院しているような身です。
行くのも気が向いたらですし、薬も頓服程度ですが。。
まだこのことは先生には言っていません。
なぜなら、不意打ちで、離人感が強烈な日が突然やってくることと
なんとか一日、ないしは二日...続きを読む

Aベストアンサー

中学生の頃から現在まで離人感が続いています。
私も中学生とか高校生の頃は、症状が出ても
特に深くは考えませんでした。
でも、大人になって離人症だと知って憂鬱になりました。
あの「例えようのない感覚」はなったことがない人には
絶対にわからないと思います。
昔から母には言っていましたが、やっぱり伝わらないですねぇ。
去年、思い切って友達に話してみたのですが
サッパリ何いってんだかわからないって感じでした。
可能なら質問者さんと悩みを打ち明けあいたい位です^^;

幽体離脱っぽい感覚・・確かにそうかも。
私の場合はボーッとした感覚、自分がベールのようなものに
囲まれている感覚、ものすごく冷静に客観的に外の世界を見ているとか
そんな感じでしょうか。自分以外の人、時間が止まっているような
時もあります。

離人症の場合は自分が今「変な感覚になっている」というのを
自覚しているのが特徴らしいですね。
でも、あの感覚は本当に辛いし、苦痛ですよね。
誰にも伝わらないし、こんなことを一生一人で抱えていくなんて・・と
ものすごく悲観的になったこともあります。
「わー!!」って叫びたくなったり、頭を振ってみたりしちゃうことも
あります。
でも、何かの本で「日常生活ができるのであれば、気にしすぎない」
ことが大事だと知って、それについて悩むのはやめました。

私は投薬治療などはしていません。それは最後の手段にしようと・・・。不眠で心療内科にかかっていて、その時に聞いてみたら
お医者さんには「てんかん」でも離人症状がでる場合があると言われて検査(脳波の)しましたが、違っていました。
その場合はデパケンというお薬がバッチリ効くこともあると言っていましたよ。

>こういう感じになってしまう方は、何がきっかけでこうなりますか?
離人症と病院で診断された方は、原因や、きっかけ、はっきりわかりましたか?

私は子供の頃から悩みやすいタチで、不眠症でもありました。
不安神経症だったかはわかりませんが、とにかく色んなことが気になったり心配したり、考えたり・・といったことをしていました。
中学生の頃は女子同士って色々ありますよね^^;
きっとそんなことや元々の性格がストレスとなり、
離人という症状に表れたのかなーって自己分析しています。
クセになっているのか、今も度々起こりますよ。
(元々、月に数回とか、数ヶ月に1度と、特に決まりはなかったので)
昨年ちょっと環境の変化などで、3ヶ月間毎日離人感がありました。
こんな継続したのは初めてだったので、もう抜け出せないんじゃないかって不安でしたが、おかげさまで抜け出せました。
そう考えると私の場合はストレスが過度になった場合、
自己防衛?で症状がでるのかなーとも思ったり。。。
最近はほとんどないですけどね^^

お仕事の時などは特に苦痛だと思いますが、
自分がわからなくなったり、ボーっとして事故にあったりしなのであれば、まずは「気軽に考えてみる」しかないのかな~って思います。
元々「人の意識」自体が不思議なものなんだしね。
緩和方法は私の場合はとにかく早く寝ることでしょうか。
起きているとどうしても「離人」を意識してしまうので
とっとと寝て「無意識の世界」に行きます。
「離人症なんだ」って意識する回数をなるべく減らすのって
いいと思いますよ。

お互いに少しでも「離人感」が出る回数が減るといいですね。

中学生の頃から現在まで離人感が続いています。
私も中学生とか高校生の頃は、症状が出ても
特に深くは考えませんでした。
でも、大人になって離人症だと知って憂鬱になりました。
あの「例えようのない感覚」はなったことがない人には
絶対にわからないと思います。
昔から母には言っていましたが、やっぱり伝わらないですねぇ。
去年、思い切って友達に話してみたのですが
サッパリ何いってんだかわからないって感じでした。
可能なら質問者さんと悩みを打ち明けあいたい位です^^;

幽体離脱っぽ...続きを読む

Q西田の純粋経験について

西田幾多郎の純粋経験や主客未分といったものは、現代ではどのように評価され、また解釈されているのでしょうか。

私の見解では、多くの観念的な悩みが純粋経験によって消失しますが、現実は一つも変わりません。
雨が降れば傘を差し、日々の勤めに精をだし、飯も食い、そして一日一日また歳をとっていく。

頭の中の悩みを消し去ったというのは一つの功績として立派ですし、静かな思索が可能になったというのも大きなことです。

風邪を引くとか、怪我をするとか、そういったことは回避できませんが、心は軽くなったように思います。

Aベストアンサー

お礼ありがとうございます。

リンゴは自分の中にあるという認識の世界において
誰しもが別の世界に生きているのは、ご存知のことかと思います。

その認識で観察し得たものである訳ですから
その世界で体験した者しか、その世界は存在しないと考えています。

現象は、起きる条件が揃わないと起きることがないので
それは、人によって違いというものがあるかと思います。

観察からでも、観察し得るのは自分の事のみです。

それを「環世界」と言う、つまりネーミングがある事を
つい先日知りました。

それぞれの言動の違いは、「間違いではなく違いにある」と言うのは
そこから来るのかなと思います。


ここで大切なのは、a_honaさんの純粋経験によって
誰もデメリットを負わないと言うことであり
何一つ新たな問題が起きる訳ではないという言うこと。

a_honaさんが、少し軽くなり少しでも気分良く過ごせて
少しでも笑顔が増えれば、a_honaさんの周りの人も
少しだけハッピーになれると言うことだと思います。

徐々にでも自由を広げられたらと願います。


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