加藤陽子著の「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」を読んでいます。
その中で、パワーバランスという表があります。1939年当時の、人口・常備軍・戦闘機・主力鑑・駆逐艦・潜水艦について、英・仏・ポーランド、独・伊・日、米、露の4グループの比較がされています。

ところで、アメリカの常備軍数と戦闘機数は、他の3グループと比較し、明らかの少ない、と思います。アメリカの常備軍は19万人(ちなみに独・伊・日の合計は192万人)、アメリカの戦闘機は800機(ちなみに独・伊・日の合計は6245機)です。
なぜ、アメリカの常備軍と戦闘機は、少ないのでしょうか?

A 回答 (2件)

元も子もないのですが、まずお金がなかったことが


第一の理由でしょう。

"圧倒的なアメリカの国力"がGHQの戦後政策として
宣伝されていたこともあって誤解されがちなのですが、
実は開戦直前のアメリカは世界恐慌からの立ち直りから遅れ、
道義的な理由から、軍事輸出の制限をしたことで輸出も急減。
建国以来最大の大不況中にありました。

そもそも大戦前のアメリカの産業構造からして、
造船や航空産業に関しては、世界的に見れば生産力に
おいてまだまだ二流国で、
軍事費についても1939年~1940年以降
政策の転換があるまで、なんと日本のほうが
一時的にではありますが大きい状態になっていました。




次に常備軍に対する伝統的志向も影響しているでしょう。

実は第二次大戦まで、アメリカは常備軍を重視せず
アメリカ独立の歴史的経緯から、圧政の呼び水ともなりえる
常備軍より、「民兵」が重視され、国民一人一人が銃を持ち
危機にあたっては独立のために団結するという考え方が主流でした。
(1940年以降は治安維持軍(州兵)も動員されているので
数え方によってはもともと、もっといるのですけれど。)



これだけだと勝てる要素が無いように見えますが、
開戦直前から「戦闘機5万機計画」「レンドリース法」などの
戦争準備が景気刺激策となり、大軍拡が始まったのです。
不況の打開策として一気に軍事にシフトし、
生産力でも他国を抜き去っていきました。

反対に、アメリカにとっての有事の最たるものであった
南北戦争でも軍の規模は数年間で200万人規模に増えましたが、
終戦後は一斉に民間に戻り小規模になったという経緯があります。

こうしたオンとオフの切り替えを
ダイナミックに、そして迅速に行うのがアメリカという国であり、
1940年より前の数年間はまさに「オフ」の時期であったわけです。




というわけで最後に、アメリカの戦闘態勢のバロメータとなる
航空機の数についてですが、そもそも第二次大戦まで
航空機そのものが現代に比べれば戦術・戦略的に重視されておらず
観測用か、良くて防御的な兵器と考えられていました。
1939年のスペイン内戦や1940年のバトルオブブリテン、
そして日中戦争の戦略爆撃、多少あとになりますが真珠湾攻撃などを経て、
ようやく「有用な攻撃用兵器」として人類に認識されていったわけです。

すでに戦争中だったドイツや日本に比べ、
戦前はあまり生産に力を入れる理由はなかったでしょうね。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
1.経済面や軍事費の面において、アメリカは
<世界恐慌からの立ち直りから遅れ>
ていたのですね。
2.軍事面において、常備軍や戦闘機について、事情があったのですね。
3.アメリカの社会や政治体制面において
<オンとオフの切り替えをダイナミックに、そして迅速に行うのがアメリカ>
なのですね。今の私にとって、オフであった当時のアメリカは、ほとんど別な国のような気がします。そして、日本もこの敗戦で、オフに切り変わってしまったのですね。

お礼日時:2015/12/02 12:02

アメリカは、1939年9月の第二次世界大戦勃発時には参戦していません。

第一次世界大戦でヨーロッパ列強の対立に巻き込まれてしまったという反省の感情が米国内に強く、伝統的な孤立主義の外交政策を採らせることとなって1935年に中立法が制定されていたからです。よって、参戦の予定もなかった1939年の時点では、米国の軍備はそれほど大きくなかったのです。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
<伝統的な孤立主義の外交政策を採>
っていたのですね。隔世の感がありますね。

お礼日時:2015/12/01 17:29

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!


人気Q&Aランキング

おすすめ情報